今日もまた夢を見る。最近は毎日、一日に何度も見るようになってきた。 ベッドに伏す時間も、少しの睡眠の時間も。いつでも夢の誘いが強くなってきた。 「ルカさん?大丈夫?」 「…」 「疲れているようなら、休んだほうが…」 寝ぼけ眼に掛けられる言葉は儚いものに聞こえる。だめ、今にも消え入りそう。私は声を掛けてくれた人にへらりと笑うと、自然と瞼を閉じていった。あまりにも眠りの誘いが強いから、なんだか抗えなかった。 そして落ちていった。いつもの、されど覚えていない夢の中へ。気のせいかな。呟く声が聞こえた気がした。 ―――さて、次はどんな尋ね人だろう? ふわり、ふわりと歩いてゆく。気がつけばいつもの森を歩いている。もちろん、これまで多くの尋ね人に逢った場所に向かっていることにも気づいている。たまに動物もいたけれど、最近はまったく逢わなくなっていた。 ちらりと足元を確認すると、やっぱり自分の足は地に着いていない。浮かんでいるのか、といつも不思議に思う。歩いているけど歩いていないような感覚に陥るのがほんとうに不思議でならない。そして不思議に思うことと言えば、もうひとつ。それは、いつもここで出会う人や動物たちのこと。彼らがどこからやってくるのか、どこへ行くのか。本当に不思議だ。でもここは夢の話だから、継ぎ接ぎであっても不思議じゃないのかもしれない。夢とはそんなもの。だから、きっとこれでいいんだと思う。 森を抜ければ、目の前に広がるのは見慣れた場所。まるで生まれ落ちた場所のように、身近に感じる空気。この場所はわたしを知っているようで。わたしもまたこの場所を知っているような気がした。 カサッ。そんなことを思っていると、ふと聞こえた音。どうやら今日の尋ね人が着いた様子。私はその音を辿るように、あの一本木へと歩みを進めていく。そうすれば、うっすらと見えて来た尋ね人の影。今日もまた笑っていればいい。私がここですることはいつも決まっているのだから。 「……」 見つけた。 「(こんにちは)」 「…」 じっとこちらを見る目がひどく鋭い。突き刺さるようなそれは私を見定めているよう。けれど、気にしない。気にしたところでこの人には私の何も見透かすことはできないから。だから、そのまま歩みを進めて、いつものように笑顔を張り付ける。 「…」 「(大丈夫、何もしません)」 心で伝える言葉はいつも届かない。どんなに笑い掛けても、やさしく声を掛けても、いつも返されるものは同じ。一歩、また一歩と近づいていけば、ほらね。すっと構えられた右手。そして、その手には見え透いた脅威。とても大きな殺気がぶつけられた。 「悪いが、それ以上近づかないでもらえるか」 放たれた言葉は問いかけではない。それは明らかな命令。ごめんなさい、でもあなたに従うことはできない。私は掛けられた言葉に反して、一歩、また一歩と歩を進めていく。すると更に強まる殺気。右手の中の脅威が私に照準を合わせた。 「何者かは知らないが、人の忠告は聞くもんだ」 カチャリ、と鳴った眼前の人の右手の中。向けられる銃口には、目の前の彼同様に疑念、疑心、殺意。向けられ慣れてしまった感情がたくさん詰め込まれていた。そして、映し出される情調を他所にふかされたタバコの煙が空気を伝う。…煙たい。けほっ。咳き込んでしまいそうになった。でも我慢しよう。そんなことを頭の隅で考えながら、私は彼をじっと見据えた。この人もその引き金を引くだろうか?今までの人たちと同じように、この殺意を仕舞うことはないのだろうか。 「(大丈夫)」 剣呑に光る瞳を前に、私は笑顔で口を開く。すると、やっぱり深められた顔の皺。大きな疑念が更に彼を襲っていた。上げられたままの右腕。その銃口の指すものも変わらない。 「アンタ、声が…」 「(…?)」 けれど、ほんの一瞬。かすかな一瞬。不意に何か感じたことのない感覚が肌に伝った。気のせいだろうか?彼の瞳の奥底に何か今までとは違うものが見えた気がした。なんだろう?揺らいだ彼の空気に小首を傾げてしまいそうになる。でも、相変わらず差し出されたままの右手は私を捉えていた。そして、そんな揺らいだ空気もすぐにまた緊張したものに変わって、彼の瞳は再び私を突き刺した。 だから、私はすっと右手を伸ばした。この人もこれまでの人と同じだと思ったから。伸ばした腕に警戒を強める男性。後ろに流された銀髪は彼の年齢を示しているようだった。 ふっと口元に笑みを浮かべながら、私は彼の目の前で人差し指を突き出す。それを突き立てるのは己の左頭部。そして、伝わるように口を動かした。ゆっくりと鮮明に、口の形が見えるように。 「(あなたのここ、怪我をしているでしょう?)」 ピクリと動いたその人の米神。僅かに上げられた眉毛は、怪我を言い当てられたことに対する図星だった。私は未だに放たれることのない銃口をそのままに、突とその人に近づいた。尋ね人との距離はもうほとんどない。けれど撃たれない。私は、口元が緩みそうになった。でも、それもすぐに収まることとなる。 「近づくなとは言っておいたはずなんだがな」 刹那、威嚇するように振り上げられた銃。その柄が降りてくるのはもちろん私。銃を撃たずして振り上げたその人は、掴んだ銃を思い切り振りかぶると、それを私目掛けて振り下ろした。 「!?」 「(…)」 端整なつくりの銃はぶつかりを覚える。けれど、それは彼が意図して目掛けたものではなく。私を通り越したさらに下方。芝生の生い茂る地面とだった。その人の顔にはたくさんの疑問が浮かんでいる。出会ってからあまり動くことのなかったその人の顔が、明らかに疑問に顔を歪めていた。 「どういうことだ?」 けれど、その事実に驚きながらも冷静さを欠いていないその人。今までの人たちよりも大人だ。そんなことを思いながら、わたしはこれ幸いにとその人の額に手を伸ばした。 「!?」 瞬間、じろりと突き刺さる視線が「触れるな」と言う。振り払われそうになる手は、勿論私を通り抜けて。その人は「なぜだ」と漏らしていたけれど、「ごめんなさい」と私は呟いて彼の額に手を伸ばし続けた。そして、触れる前に一瞬だけ彼を見やる。この顔にいつもの笑顔をのせて。 「(大丈夫です、もう、痛くありません)」 翳した手で触れずに額を撫ぜる。そうすれば、ほら、また。 「!…っ」 「(大丈夫、ゆっくり休んでください)」 その人は驚きに満ちた顔で、私を見遣る。そして、襲い来る眠りに抗うように眉間の皺をさらに深めていた。でも私は知っている。彼らが絶対にこの眠りに抗えないことを。そして、彼らの眼が閉じた瞬間。彼らがどこか知らない場所へと旅立っていくことを、私は知っている。 だから、今は素直に目を閉じてください。そう、最後に呟いた。 「…く、そ」 漏らされた言葉を最後にその人は目を閉じる。瞬間、消え去ったその人の身体。この場に残されるのは私と森。いつもの光景が広がっていた。 私は誰もいなくなったその場で彼らの降り立つ場所を見つめた。尋ね人。どんな人たちなのかは知らないけれど、いつもここで出会う夢の住人。彼らはどこへ行くのだろう。どこからやってきて。なぜわたしに向けるのだろう?今日は不思議に思ってばかりだ。 次はどんな尋ね人なんだろう?