それはすでに裏の世界じゃァ有名な話だった。 だが信憑性のねェ話を信じるほど俺ァ馬鹿じゃねェ。 だから、実際に配下の奴から報告を受けるまで毛ほども気に留めてはいなかった。 「ァア?そんなくだらねェこと抜かすんじゃねェ」 「すみませんッ、報告だけとも思ったのですが…」 「んねーんねードフィ。面白いよねェ。それ本当だってベビーファイブも言ってたよ」 「ァア?オメエまでんなこと抜かすのか」 「べへへ。この海だからね。ないこともないんだよ」 「………近ェ」 「べへへー!」 その会話からか、件のことを頭の隅に置くくらいになったのは。くだらねェとは思ってはいたが、確かにこの海じゃァ何があっても不思議はねェ。俺らみてェなモンがいるくらいだからなァ。 そんな頃だった、丁度海軍から久々の招集が掛けられたのは。どうせ俺意外の誰も来やしねェくそ会議に毎回律儀に参加する俺を褒めてほしいくらいだ。特にあの一匹オオカミは絶対に面なんざ見せねェからなァ。だから海に出たときは正直に驚いたぜ。 「フッフッフッフ。珍しい面があんじゃねーか」 「……」 「まァ、本部に行くつもりはねェだろうがなァ。ァア?鷹の目」 「…フン、お前にこのようなところで会うとは」 「俺ァ会議に出席だァ。だからこの航路をわざわざ律儀に通ってんだよ。テメエはどうやら違ェみて―だがなァ」 海軍本部に向けての船に乗っていれば、何のめぐり合わせか、航路で出くわした男。笑いが漏れちまうのも仕方ねェだろ。テメエにこんなところで遭うとは。その面見んのも随分と久しいなァ。 だからかはわからねェ。別にこいつとは仲良く会話をする仲でもねェからなァ。ただの気まぐれに、話題のいったんとして冗談でその話をしてみただけだ。他意はなかった。 「そういや鷹の目、オメエ年中うろついてんだろ。なら『尋ね人の森』にも行ったことあんのか」 「……そんな場所は知らん」 「ほォオメエでも行けねー場所かァ」 「……俺がそんなヘマをする男に見えるか」 「ァア?ヘマだァ?」 「知らんのか」 コイツのことァよくわからねーが、俺の言った言葉に若干イラついたのは見て取れた。フッフッフ、コイツのこういう表情は悪くねェなァ。だが、最後の野郎の面ァむかついたぜ。 「ヘマたァどういうことだ」 「ククッ、裏社会の男にもわからぬことがあるとはな」 「ァア"?」 「怪我をしたものしか行けぬ地と聞いた。それも不特定の者だけだ」 「そりゃァ面白ェ」 寄り掛かっていた船縁に飛び乗る。目下の男はこちらを見ずに真正面だけを見つめている。だから俺ァ、暇つぶしに誘ってやったんだ。一ぺんテメエの剣で俺を切ってみろってなァ。フッフッフッフ。なァ面白ェだろ?これでその場所に行けんなら儲けもんじゃねェーか。 「……本気か」 「フッフッフッフ。面白そうじゃねェか」 「フッ、手加減はせんぞ」 「あァ」 後ろの部下どもは焦った様子で止めに入ってきたが、邪魔くせェ。俺の邪魔するとはいい度胸だァ。 そんな俺の船の状況など気にもしねーのか、鷹の目の野郎、甲板に乗りつけた瞬間に切りつけやがった。まァ久々の怪我ってのも悪かァねェ。避けることも防御もしなかった傷は一気に俺の肩口にめり込んだ。自分の血なんざ久しぶりに拝んだぜ。 「フッフッフッフ、これで行けねーなら笑いモンだぜ」 「…あとは気絶でもなんでもしろ」 「ァア?」 「怪我をした後意識を飛ばさんと行けるものも行けんと聞く」 「……チッ面倒くせェ」 他人に寝かされるなんざ御免だ。俺ァ自分で仮死状態に入った。 「フン…馬鹿な男だ」 俺が倒れたのを最後に鷹の目は鼻で笑ったらしい。まァ、今回はそれで見逃してやるがなァ。今度やりやがったらわからねェなァ。 それにどうやら俺が行き着いたことにも気づいてなかったみてェだ。フッフッフッフ残念だったなァ、鷹の目ェ。 俺ァ最高の玩具を見つけちまったってのによ。