鏡を見ながら淡い色のリップクリームを唇にひく。いつもは選ばないはずのその色がどこか不自然に思えて、眉を寄せて鏡を凝視した。

『……そんなに難しい顔をしなくても、よく似合ってるだろうさ』

横に置かれたタブレットからそんな声が聞こえて、「あ…」と恥ずかしさに頬を染める。

「"見て"いたのですね、お恥ずかしいです」
『そんなに気になるの?』
「いえ…。でも、本当に高校生としてやっていけるのか少し心配で」
『大丈夫さ。君の演技力には期待してる』
「雅紀様…」

主人の優しい声に、体の緊張がほぐれる。立ち上がり、机に置いてあるペンダントに入った元女優の母親の写真を眺め、ふっ、と頭を仕事モードへ切り替えた。

今日から私は、聖城学園に通う高校生。名前は紺野真奈こんのまな、紺野家の長女だ。歳は15歳。実年齢より3つ下だが元々童顔な方だし、制服を着て生徒に紛れ込んでしまえば違和感を与えることもないだろう。

支度を整え、髪を結んだところで時間が来る。

「では、行って参ります」

そう言って通話を切ろうとすると、雅紀様は『待って』と言って何かのデータをタブレットに転送してきた。

「これは…?」
『観察対象の生徒の一覧』
「対象の?」
『ああ。そこに載ってる生徒の家や親の会社は代々聖城学園の繋がりがあるんだ』

データにある名前をざっと見渡しながら、「なるほど」と頷く。
数秒、それを目に焼き付けるように見てからタブレットを鞄にしまった。今度こそ雅紀様との通話を切って部屋を出て、マンションの前で待つ車に乗り込んだ。



目的の高校について車から降りる。私の他にも、高級車で登校するお嬢様やお坊ちゃまが新しい制服に身を包んで校門に入っていっていた。


聖城学園。

私立の名門校で、大企業・芸能人などの富豪の子供が通う高校だと世間では有名だが、実際には問題生徒が多く、裏では生徒が起こす問題事を学校が揉み消していると噂されている。

私の目的はただ一つ。聖城学園の生徒が起こし、もみ消されている悪行を暴き、世間に知らしめさせること。

このために、私が幼いころから仕えている雅紀様はずっと計画していた。あの人の期待を裏切らないためにも、私は必ずこの任務を遂行しなければならない。

違う学校とはいえ、ついこの前卒業したはずの高校に、また新入生として行くのは変な気持ちだ。

私が本当に通っていた高校もそれなりの名門女子校だったため、以前の通り普通にしていれば問題ないと思うが、ここは共学だし気は抜けない。

「私のクラスは…B」

クラスを確認して自分の席につく。教室を静かに見渡していると、「ごきげんよう」と隣の席の女子生徒に話しかけられた。

「初めまして。私仲倉志穂といいます。これからよろしくお願いします」
「あ…初めまして。紺野真奈です」

いきなり話しかけられたことにびっくりして笑顔を作ると、仲倉と名乗った少女もふわりと笑った。

「あの…隣の席ですし、良かったら仲良くしてください。ため口でもいいですか?」
「え…うん、もちろん。よろしくね、仲倉さん」

よかったぁと安心したように笑う彼女に、ほっと胸を撫で下ろす。どうやら、不自然に思われてはいないようだ。
イレギュラーな思いで緊張していた体がふっと軽くなったように感じる。




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