心の膿を出してくれるひと

夢(ドリーム)設定しおり一覧
 久々に、珍しく、奇跡的に定時で仕事を上がれた夜。強調は敢えてだ。それだけ稀な出来事だと伝えたいがための漸層法だ。
 二十時前に入浴を済ませた私は、兎角テンションが上がっていた。そもそも入浴剤を入れてゆっくりと湯船に浸かったのも久しぶりだったから、心地が浮き立っているのは身体がさっぱりして気持ちいいのも理由として挙げられるだろう。
 だがもっともたる一番の理由であり目的が、今の自分を奮い起こしている。一周回って億劫になる前に行動を起こすべしと、手始めに邪魔な髪をシュシュで束ねた。
 買い物は帰宅途中に済ませてきたし、仕事のLIMEは緊急を除けばほとんど入らない。また洗濯やアイロン掛けも終わらせており、最低ラインの生活を保つための家事はあらかた完了してある。――つまり、この後はのんべんだらりと寛げる。満ち満ちた開放感に、いつになく心躍らせた。
 しかしながら。座ってからしばらく立たないためにも、事前に下準備を整えなければならない。ひとときの怠惰を満喫するには、初めに少々の手間を要するのだ。
 ゆえに私は鼻歌交じりにキッチンへ向かった。時間が余っているせっかくの機会だ。晩酌だけでなく録り溜めしていたドラマも消化しようと目論んで、なかなか使いどころのなかったアイスペールを戸棚から取り出した。
 氷を詰める前に、一杯目は何にしようかしばし悩み。冷蔵庫からヒントを得ようと中を掻き分けるように物色してみると、奥のほうにサランラップでくるまれていたライムが目に留まった。柑橘類はそうそう腐ることはないけれど、食べるなら早いに越したことはない。なおいっそうのこと悩む。
(ジントニック……は、トニックウォーター買ってないから無理か)
 ピンからキリまでライムを使ったお酒を思い巡らせ、冷蔵庫の在庫と相談しつつ自分の飲みたい味を選定する。あれは違うこれは違うと消去法で捌いた結果、モスコミュールにしようと定まった。それぞれ引っ張り出したグラスとライムをまな板の上に据え、念入りに手を洗う。
 しかし果物ナイフを出そうと身を屈めた刹那、来客を知らせるチャイムが部屋全体に木霊して眉をひそめる。
(通販は利用してないし……誰だろう?)
 首をひねりながらも、刻み足でリビングに戻ってドアホンのモニターを確認した。時間も時間なので、知らない人なら居留守を使うのもありかと考えていた。だけど薄暗い中でも輝きを損なわない赤髪がカメラの前で所在なく揺れているのを見て、その考えはあっけなく覆される。当然だ。だって彼は不審者でもなければ、知らない人でもない。
 応答することもせず、私は気づけば廊下を突っ切って玄関の二重鍵とチェーンを外し、重たい扉を開いていた。

「羽鳥君!」
「やあ、久しぶり。アポなしで突然ごめんね」

 なんだか先日から不測の事態に出会うことが多い。まさしく、と確信して玄関を開いたものの、実物のオーラは凄まじく眩しくて若干顎を引いてしまった。
 あからさまにキョドる私とは対照的に、ポケットに手を入れて余裕綽々とした振る舞いで佇んでいたその人は、瞠目する私の装いを見るなり双眸を細める。次いで悪戯っぽい笑いのシワを片頬に漂わせた。……あ、この顔は何か企んでる、と察知して身構えるには幾分遅く。
 私が自分の異変に気づくよりも、コンマの差で先制を勝ち取った羽鳥君は嫌みなくらい爽やかな風体で、再会の余韻を早々にぶち壊した。

「でも、夾迦ちゃんのそんな魅力的な格好が見れるなんて思わなかったな。すごく得した気分」
「え? ……あ。」

 羽鳥君の目線を追いかけて行き当たった興味の矛先。それは紛うことなく私の、……不用心ともいえるルームウェアで。
 もう誰とも会うつもりはなかったから油断していた。まかり間違っても人前に出るような格好ではない決まり悪さから、羽織っていたカーディガンの前を交差するように重ね合わせて、露わになっていた胸元を隠した。
 その行為を羽鳥君はどう捉えたのか分からないけれど、多くの女性を籠絡してきた笑顔を浮かべて「可愛い部屋着だね。腕の中に閉じ込めちゃいたいくらい」などと、茶化す口調で歯の浮くようなセリフをわざとらしく宣う。
 不本意ながら私は慣れているから惑わされることはまず無いのだけど、相手を見る目が胡乱げなものになってしまうのは、まあ、妥当な反応だと認識している。

「……リップサービスありがとう。前向きに受け取っておくね」
「あれ、相変わらずつれないなぁ。俺は本当のこと言ってるだけなのに」
「はいはい。それもいつも聞いてるよ。そんなことよりも、今日はどうしたの?」

 先日は慶太。今日は羽鳥君。こうも立て続けに特定のメンバーと会うと、ほかのふたりにも会う前触れめいたものを感じる。それも偶発的ではなく、当然の事象のような成り行きで。まさか代わる代わる様子を見に来てくれてるのか、と考えるのはさすがに思い上がりも甚だしいから、他言することはないけれど。
 それよりも「上がってく?」と扉を背にして招き入れる体勢を取る。話が長引くようなら、外よりも室内のほうが都合がいいと思ったからだ。けれど羽鳥君は首を振った。神楽にバレたら殺されかねないから、と軽口を叩くけれど、断る彼の面持ちは砂を噛んだような微苦笑に染まっている。
 その表情を目にして、私も私で軽率だったと反省した。羽鳥君の言うとおり、亜貴にバレたらこっぴどく叱られてしまう。羽鳥君ほど言及されないとはいえ、薄着で玄関を開けたことも含めて「女としての意識に欠けてるんじゃないの」と冷たい目で痛いところを衝かれそうだ。
 されども羽鳥君は手ぶら。その様子からして、今追ってるスタンド案件での"届け物"があるというわけでもなさそう。第一、それなら私じゃなくて玲ちゃんのお宅に訪ねるだろうし。したらば私に改まった話があって訪ねてきたんじゃないかと予想したのだけれど、見当違いだっただろうか。
 ますますもって疑問符を連ねる私に、くすりと笑みをこぼした羽鳥君は私の髪を一束すくい取って口づける。気障なこともこの人がやれば絵になるのだから憎らしい。
 彼は見とれるほどの恭しい所作で顔を上げた。手に取った私の髪を手のひらに乗せたまま、上目にこちらを覗き込むと。
「夾迦ちゃんの時間、少しだけ俺にくれない? 絶対に飽きさせないって約束するから」
 ……と。免疫のない女性ならそれこそクラッとしちゃうくらいの甘い笑みを湛えて、恥ずかしげもない殺し文句を滔々と語った。
 いかにも言い慣れた口ぶりに抵抗感は募る。でもその反面、そこまで豪語してくれるならまぁいいか、という心持ちにも不思議と変わって。
「言質は取ったよ」「抜かりないなあ」なんてじゃれ合うようなやり取りを交わして、ひとたび和やかな雰囲気になってから、私は笑って夜のデートのお誘いを了承したのだった。


          ◇


(だいぶ待たせちゃったかな……)
 ガイドレールに沿って下降していく音だけが響く空間で、壁に寄りかかりながら腕時計を一瞥する。思い出すのは羽鳥君といったん分かれる時のこと。
 彼は自分のことは気にしなくていいから、とも、ゆっくり支度しておいで、とも言ってくれた。その言葉に甘えてメイクまでしてしまったのだけれど、想定外に時間を消費してしまったことで後ろめたい気持ちが胸を渦巻く。
 いくら羽鳥君が異性の支度には時間が掛かるものだと理解していて、且つ寛容だからって、長く待たせていい言い分にはならない。仕事なら大目玉を食らっているところだ
 一緒に出かけるときは財布すら出させてくれない人だけど、なんとか隙を見つけてお詫びをしなければ。
(とにかく、エレベーター降りたら少し走ろう)
 浮いていた気を引き締め、階数表示がされる操作盤の上部を見上げた。エレベーターは一度も止まることなく三階、二階と地上へ近づいていっている。そして二階にも止まらず、一階へ差し掛かる壁のところで、いよいよエレベーター内部にポーンと軽やかな音が響き渡った。
 ガラス越しの景色が変わると同時に、トン、と一度足元が弾むような振動を感知する。操作盤では点灯していた押しボタンが明滅し、鉄の塊は滑らかな動作で左右に開いていった。
 一階だ。ドアがすべて開くや否や、私は急ぎの足取りで狭い箱から抜け出した。細い廊下に取り付けられた照明はたった四つ。いつ通っても不気味さが拭えないそこを疾走して、カーテンが閉まっている管理人室の前を通り過ぎる。そうすると、たどり着くのはマンションの集合ポストがあるフロアだ。
 ひとまずこの辺で、どこかで待ってくれてるはずの彼に連絡を取ろうとショルダーバッグに手を掛けた。けど外の植え込みの横にポツンと人影が伸びているのが見えて、はからずも身振りを停止する。人の様子を慎重に窺うのは職業病の類いだ。場合によっては職質も辞さない構えで、息を潜めて斜め後ろから近づいてみる。
 男の人にしては長く、耳の位置で結われた赤髪は間違いなく――そう、さっきまで自分が見ていた姿で。
(……ほっ)杞憂で済んだことに安堵しつつ、声を掛けようと手を挙げる。しかしその寸前に動いた気配でバレたのか、はたまたヒールの足音で最初からバレていたのかは判別がつかないけれど、羽鳥君は特別驚く素振りもなく振り向いた。その一挙があまりにも自然で、逆にこちらが面食らってしまう。
(この感じだと、最初から分かってたんだろうな……)
 そりゃああんなに走ればバレるかと自分の失態に苦笑いし、挙げた手を下ろして階段を降りる。地に足をつけ、石垣から腰を上げた羽鳥君の前に面すると、彼は私の頬骨を親指で攫うように撫でた。唇には上機嫌なしるしの三日月が浮かんでいる。
 謝意を述べるなら今のタイミングしかないと慮った私は、彼の柔らかな眼差しに溶かされてしまいそうな心証を抱きながら、控えめな声のトーンで話を切り出した。

「待たせちゃってごめんね。身体冷えてない?」
「ああ、うん。立秋が過ぎても都内はまだ残暑が続いてるからね。夜になってもその恩恵は多少残ってるし、平気だよ」
「そっか、よかった……」
「……それに、身体冷えたら夾迦ちゃんにあっためてもらうって手もあるし」
「そんなサービスオプションは設けておりません」

 隙あらば囁いてくる羽鳥君に頑とした姿勢でNOのサインを示す。すると彼は残念、とぼやきながら手を放してくれたけど、私は心臓がいくつあっても足りそうにないので、これ以上のお戯れは切実に止めていただきたかった。
 常ならば羽鳥君がじゃれてきた時点で亜貴が引っぺがしてくれるのだけど、今日という今日は助けを求められそうにもない。デザイナーの仕事が立て込んでるらしいって話を慶太から聞いたばかりだし、きっと根を詰めて徹夜もしてるだろうから、連絡を入れることさえ憚られる。
 あんまり迫られると困るけど、言葉の応酬だけなら羽鳥君のあしらい方は学んでいるのだ。今までは庇ってもらっていたけど、今夜こそは対等に渡り合えるか試みるのもいいだろう。これまでの会話で流されそうになることもなかったし、うっかり揚げ足を取られなければ大丈夫。
 ……そうやって、楽観していた。もっと言えば、大谷羽鳥という人物を甘く見ていた。
 百戦錬磨の彼と、こと男女の駆け引きに関しては凡庸な私。こういった密なやり取りには、相手のほうが遥かに優位だと自認したときには――もう逃げられないよう布石を打たれていて。
 のちの立ち回りを受けてようやく圧倒的不利と悟った私は、自分の判断を翻すのがこの上なく早かった。

「それより……うん。やっぱりすっぴんも可愛いけど、ナチュラルなのもいいね。奇麗だよ」
「…………」
「あ。ちょっと。夾迦ちゃん今、携帯取り出して神楽に電話しようとしたでしょ。ダメだよ」

 亜貴を呼び出せないなんてどの口が言ったのか。コレはダメだ、渡り合えるはずがない。と第六感から危険信号を受け取った私は再びショルダーバッグに手を掛けたが、ものの数秒で見事に羽鳥君に看破されて押し黙った。
 制すように手首を捕まれてしまい、ダメ押しで眉を下げて羽鳥君を見上げる。が、出たとこ勝負が通用する相手ではない。案の定「そんな顔してもだぁめ」と意地が悪い声色で一蹴されてしまって、力なく項垂れた。
 そのあいだにスルスルと手の甲を伝って降りてきた無骨な手は、いとも簡単に私の指を絡め取る。男の人らしい関節のゴツゴツした感触は、私の心拍数の上昇をよりいっそう加速させた。

「今日くらい独り占めさせてよ」

 ふわふわと飛んでいってしまいそうな甘言を浴びせられるだけなら慣れている。しかし、未だかつて羽鳥君にこんなに触れられたことはあっただろうか。こんなに真剣な瞳で見つめられたことはあっただろうか。……否、ない。そもそも、幼馴染み以外の男性とこんな風に触れ合ったのも最後はいつだったか――。
 過去の記憶をまさぐる一方で、二の句が継げないまま羽鳥君を見つめる。羽鳥君も私の目をまっすぐ見つめてきて――しばらく、心臓だけが騒がしい沈黙の時間が続いた。
 その静けさを破ったのは、奇しくも車のクラクションだった。近くには通り掛かる車などない。とすれば、往来のほうから聞こえてきたものだろう。
 音の出所を探して咄嗟に振り返った首を前に戻すと、同じく視線を戻した羽鳥君が何事もなかったかのように微笑んだ。

「そろそろ行こうか。向こうに車待たせてあるから」
「う、うん? このまま車まで?」
「もちろん。俺と手を繋ぐのはイヤ?」

『イヤ?』なんて、たぶん羽鳥君は狡い聞き方だと承知しているうえで口にしている。そう解釈した理由にはモテ男がやりそうだなぁ、という勝手な先入観や憶測も混じってるけど。
(でも羽鳥君なら素でやりかねない)
 ある種の信頼のような、諦念のような感情を持て余す。私の中の羽鳥君のイメージがどんどんしっちゃかめっちゃかになっていってるのは否めない。その事実に塩っぱい顔を浮かべつつも、私はこれまた二番煎じな返答を返した。

「……いやなわけじゃないけど……知り合いに見られたら後日問い詰められるから、できれば放してほしいかな……」
「なるほど、なおさら燃えるね。じゃあこのままで行こっか」
「???」

 おかしい、会話が成り立たない。私は自分の意思表示をしっかりしたつもりだったのだけど、羽鳥君は私の返答を笑顔でかわして繋いだ手をそのままに歩き出す。
 ええ、と困惑した心境が声に出た。向かっている方向は往来だ。今のまま進んでいけば人目につくのは免れない。イコール、羽鳥君の顔の善さに惹かれた女性たちから好奇の的にされる。これは以前の経験から学んだ方程式だ。けれど、羽鳥君は私の主張にさっぱり聞く耳を持ってくれなくて。どうすればいいんだろう、とほとほと弱り果てた。
(……思えば、こんなに強引なのも初めてだな……)
 通常は私が逃げ腰になっているのを察したら自分からスッと引いてくれる人だが、今夜はなぜか強気一辺倒だ。羽鳥君のペースに巻き込まれるのは良くあることだけど、今回はとりわけ段違いなように感じる。羽鳥君自身には平素と変わった様子が見受けられないからこそ、その違和感はより浮き彫りな形として露わになった。
 こそりと正面を見据える横顔を覗き見る。それで普段から本心がつかめない人の何が分かるというわけでもない。でも微表情くらいは見抜けるんじゃないかと思い立って、口角や頬の上がり具合を観察してみる。
 すると出し抜けに、絡められていたふたりの指先にキュッと力が籠もった。指と指の隙間を埋めたのは言うまでもなく羽鳥君だ。前に向けられていた眼差しがこちらを振り返り、見過ぎ。と釘さして笑う。

「どうしたの。俺のこと好きになっちゃった?」
「……なんで今日の羽鳥君は強引なんだろうって」
「なぁんだ。そんなこと考えてたんだ」

 私より一歩先を歩いていた彼は、歩調を緩めて隣に並んだ。混ぜっ返す口調で問いかけられた最初の話は敢えて聞こえなかったフリをし、蟠っていた疑問を率直にぶつける。明確な答えが返ってくるとはこれっぽっちも期待していなかったけど、口に出すことで晴れる意もある。私は、この話題を広げようとはしていなかった。
 だがどんな些末な言葉も拾ってくれるのが大谷羽鳥という人物だ。彼はうぅん、とお腹で呻りながら空を仰ぐ。真っ正面から表情を見れたわけじゃないから確かではないけれど、心なしか眉尻が下がっているような。わずかに下唇を、噛んだような。

「寂しかったから。って、言ったらどうする?」
「……? 羽鳥君も寂しくなるときがあるの? いつも女の人を取っかえ引っかえして遊び回っ……ンンッ、そんなこと考える時間なんてなさそうなのに?」
「はは、夾迦ちゃんって誤魔化すの下手だよね。今のはわざとだろうけど。……傷付いたから今日はずっと手を繋いでようかな」
「えっ」

 傷付いたなんて建前だ。とても落ち込んでいるようには見えない涼しい顔で脅しまがいなセリフを宣った羽鳥君は、私の手をその手で覆い込もうとせんばかりに力を込めた。そこから何があっても放さないという頑なな意思が伝わってくる。たちまち青ざめる私とは正反対に、ゆったりと歩く羽鳥君は心の底から楽しげだった。
(……前途多難)のっけから彼のペースに振り回されてるのは、このとおり一目瞭然だった。
 往来はもう目と鼻の先だ。これはおとなしく諦めたほうが良さそうだと固唾を飲み込む。折しも脳裏に蘇るのは、『羽鳥はあんなんだけど、意外と面倒見もいい奴だから大丈夫』と幼馴染みが苦笑交じりに詳述していたフォロー。――致し方ない。かつての話と彼を信じ、ひとつ腹をくくるとしよう。
 深呼吸をし、重い足取りだった歩調のピッチを上げ、背筋を意識して歩く。羽鳥君の口角が吊り上がったのが傍目に見て分かった。彼はおそらく私が己の主張を飲み込んだことを察したのだろう。繋がれた指が、いい子いいこするように手の甲をなだらかに滑った。
 その仕草がやがて街灯の光に照らされて白く映える。住宅地を抜けたのだ。羽鳥君は素早く路肩に目を配らせたあと、ああ、と声を落とした。

「あの車だよ」
「――え。もしかしてあれ、社用車?」
「うん。今日は俺も飲みたいから、自前じゃなくて悪いけど」
「……いやいや……あれも十分すぎる代物だよ……」

 むしろ規格外といっても過言ではない。
 離れた位置からでも一際存在が目立つ黒塗りの車は、たかが飲みに行く程度で使っていいものなのか。そも"あの"お母様にチクリと刺されたりしないのか。様々な私見が脳漿を巡り、つい鳩が豆鉄砲を食ったような顔つきになる。
 その横で、彼は空いてるほうの手を軽く挙げた。それが合図となったのか、視線の先にあった高級車は徐行運転で私たちの手前に停まる。
 羽鳥君は絡めていた指を一度ほどいた。車に先に近づいて、エスコートするように私の手を携えドアを開く。

「どうぞ、お姫様」
「……お邪魔します」

 堂に入った振る舞いを受け、身を縮こまらせながら車内に入る。奥にずれて移動する合間に運転席にいる初老の男性に会釈すると、向こうも優しそうな笑顔を浮かべて会釈し返してくれた。羽鳥君の会社で働いているようには見えないから、羽鳥家で雇っている方だろうか。……と考えてから我に返り、その思考を打ち消す。初対面の人をじろじろと探るのは失礼だ。今日くらい職業病も自重しようと留意する。
 場違い感が否めない心地で腰を落ち着けると、続けて隣に乗り込んだ羽鳥君がドアを閉めて「行って」とドライバーの男性に指示を出す。行き先は告げなかったものの、車はあらかじめ承っているように車線を変更して、駅とは真逆のほうへ発進した。

 ――しかれども、走行してほどなく。
 無理からぬ静寂が何となく気まずくて、窓に映る自分の姿のさらに先、移り変わる街の顔をぼうっと眺めた。
 時刻はおおよそ午後の十時。私が普段帰宅する頃の街並みとは打って変わって、ぼちぼち人が歩いている光景を何度か目にする。中にはこれから帰宅するのであろう会社員らしき人もいて、私は思わず、無意識にも遠い目になった。
(私が帰宅するのって、大半が草木も眠ってる頃だもんな……大学生時代は毎日見てたのに、今はもう懐かしい風景だ……)
 遅くに帰ることが今の私の当たり前と化しているぶん、目の前の光景はただただ切ない。私の場合、家に帰っても待っててくれる人がいないため、独り身の悲しさみたいなのが相乗効果でドシッと肩にのし掛かってくる。直視した現実はとてつもなく重たかった。
 ふぅ、と吐いたため息は、しかし羽鳥君には聞こえていたようだ。彼は運転手さんの苗字を呼んで指で何かを回すような仕草を取ると、微笑を浮かべて頷いた。応じて運転の片手間に男性がカーオーディオを操作する。
 そして、車の中に流れてきた音楽は。

「ラプソディー・イン・ブルー」
「!」
「好きな曲でしょ? 槙から聞いた」

 図星を指されて、隣を見遣る。窓の外から差し込む明かりに照らされた羽鳥君の目は、いつの間にかこちらを見つめていた。
 予告なしに座席のシートに置いていた私の左手に大きな手のひらが重なる。こういうときほかの女の子だったら、薄暗い車内の中、運転手にバレないように手を繋ぐ、なんて状況はときめくシチュエーションのひとつかもしれない。けど私は『また?』という感情をしっかり面に出してしまったようだ。
 可笑しくてたまらない、と言わんばかりに羽鳥君が吹き出し、肩を頻りに揺らすくらい懸命に笑いをこらえている。その様相に眉を寄せた私は唇を一の字に結んで、ツボにはまっている羽鳥君から目を逸らすように顔を背けた。

「っあー……ホント、夾迦ちゃんってそういうとこあるよね」
「それ暗にどんくさいって言ってる?」
「そうじゃなくて……。これは神楽と槙も神経質になるわけだなって、納得しただけ。他意は無いよ」

 案外、桧山タイプかもね。と、さらっと私にも桧山君にも心外なことを言ってのけた彼の目尻には、うっすらと涙が光っている。……こんなに相好を崩すのも珍しい。なんだか今日は羽鳥君の新しい一面を見てばかりで、一体全体どうしたものか、と思案投げ首の体で首をひねる。今までがコミュニケーション不足だっただけかもしれないけれど、こういう彼の姿は夢にも思わなかっただけに、とても新鮮だ。
 いつしか私は自分がへそを曲げていたのも忘れて、羽鳥君の笑顔から目が離せなくなっていた。そうすると次第に落ち着きを取り戻した彼が視線を上げ、淡く微笑むと、重なっていた手をおもむろに浮上させる。その手は私の頭に着地して、髪の輪郭をなぞるように、下へ下へと滑っていった。

「もう一回聞くよ。……俺と手を繋ぐのは、イヤ?」
「だからそれは、……」

 ――冷静に鑑みて、今は車の中。現状、人目にはつかない閉鎖空間。見知らぬ誰かの視線が(主に羽鳥君に)集中することもなければ、知り合いと出くわす可能性も極限まで排除されている。私が懸念する条件をすべて取っ払ったうえで改めて訊ねてくる羽鳥君は、相も変わらず狡猾だ。
「ああ…………もう……」頭を抱えながら、深々と息を吐いた。降参だ。私にこの手を振り払えるはずがない。こめかみの間がズキズキと痛み出すのを実感して、もう一度深く息を吐いた。
 彼は自分に気を引かせるのが飛び抜けて上手い。そのための話術も、手法も心得ている。早い話、会話の主導権を握ることにおいて長けている。……手綱捌きが恐ろしく上手い、とも言えるか。今はもうすっかり手を引いたようだけど、縄張り争いしていたふたつの組を口八丁で唆して、抗争をさらに激化させて遊んでいたのも羽鳥君らしいし。
 そんな彼にまさか勝てるとは思っていない。渡り合おうという気も早々に殺がれてしまった。けれど、なにくそ根性が刺激されて押されっぱなしなのも何だか悔しいと思ってしまう。おそらくは亜貴も毎度こうして話に乗ってしまうのだろう。
 今まで見えなかった内情を推し量りつつ、すでに腹をくくっていた私は機会を窺って苦し紛れの反撃に出た。私の髪を撫でていた羽鳥君の手を自ら捕まえ、恋人のように指を絡めたのだ。
 蜂蜜を溶かしたような薄茶の瞳が驚きに見開かれる。今日初めて目にした面差しだ。望んだ表情の変化を目視すると、喉元までこみ上げていた溜飲があっという間に下がっていった。対比して膨れ上がる嬉しさに、勝手に唇が弧を描く。

「これでいいの?」
「――はは。うん、最高」

 滅多にない私の行為に頬を綻ばせた羽鳥君に、最適解の選択を取ったことを了知する。
 なぜそんなに手を繋ぎたがるのか。理由は結局釈然としていないけれど、ここまでお膳立てされたのだ。車の中でくらいなら良しとしよう、と心を決して、自分から指の隙間を埋めていく。羽鳥君も強く優しく、今度はからかったりせずに、黙ってそっと握り返してくれた。



 私たちが車から降りたのは、それから一時間ほど経ってのことだった。
 私の住まいから、さほど離れていない場所。されど都塵の一画からは外れ、自然の声が十二分に楽しめる場所。そこに羽鳥君が隠れ家のひとつとして利用しているらしいウッドハウスがあった。
 手を引かれて建物の中に足を踏み入れる。入ってまず驚いたのは、その奥行きの広さだった。カウンター席は十席ほど。しかしテーブル席はL字になっている壁の奥にまで展開されているようで、入り口からは何席あるのか窺い知れない。どうやらここは昼はカフェ、夜はバーとして店の趣を変える飲食店のようだった。
 しかもカウンター席の前には中程な大きさのアクアリウムもある。魚が泳ぐ様を眺めながらお酒を飲めるバーは都内にあるお店くらいしか知らないので、やけに気持ちが高ぶった。
 極めつけは、店内の至る所に飾られているお洒落な小物だ。各テーブルに設置されているフクロウのキャンドルスタンド。ドライフラワーや貝殻が詰められているガラスのコップ。壁掛けのアンティーク時計にフェイクグリーン、ほか諸々。どれも諄くならない程度に配置バランスが考えられていて、店主の素晴らしいセンスに感服の意を示す。
 まるで宝箱のようだ。お店の雰囲気に中てられてキョロキョロと目移りしていると、隣でクスクス笑った羽鳥君にとりあえず座ろう、と着席を促された。まだ見ていたい気持ちを引き摺りながらも、お店の迷惑になるようなことはしたくないので羽鳥君と並んでカウンター席に腰を下ろす。水槽の中では小さな魚がのびのびと自由に泳いでいた。

「こんなお店があるなんて知らなかった……。素敵なところだね」
「けっこう穴場なんだよ、ここ。予約なしでもすぐに座れるから、カップルにもお一人様にも人気なんだって」
「へえ……」
「マスターからは俺たちもカップルに見えるかもね?」
「あ。マスター、マタドールひとつ」
「かしこまりました」

 羽鳥君についてはそろそろスルースキルを小出しにしていこうと思う。奥の厨房から顔を出した店主――いちおうバーなので、以後マスターで固定する――に注文し、ショルダーバッグを肩から下ろして膝に乗せる。マスターはこのお店の雰囲気に見合って、一見凄く優しそうな人だった。何の気なしに視線がぶつかると、ふんわりと温和な笑顔を浮かべてくれる。
 ……恥ずかしながら最近気づいたことなのだが、私はどうもマスター(四十代半ばくらい)の年代の微笑みに弱いらしい。ましてマスターは紳士的なオーラを兼ね備えているから、成熟した大人の雰囲気に胸を打たれて本気で面映ゆくなってしまう。知れずしれず赤くなった私の頬を目の当たりにしたらしい羽鳥君が、希有なものを見たとばかり目を丸くした。

「……ちょっとマスター、俺が気に入ってる子たぶらかさないでよ」
「おや、相手にされていなかったようなので大谷様のことは眼中にないのかと。これは失敬」
「またまた心にもないことを。まったく、今日もスパイスが効いてるね」
「恐れ入ります。大谷様は何をご注文なされますか?」
「ギムレットで」

 納得がいかない、という顰め面をしながらも、羽鳥君もジンベースのカクテルを注文した。どうやら彼はお店のメニューを全部覚えているようだ。側に置かれているメニュー表にはいっさい見向きもしなかった。……否、一杯目だけなら単純にいつも頼んでいるものを口にした、という可能性も有り得るが。
 しかしふたりの剽軽なやり取りを聞いて羽鳥君が足繁く通っていることは推し量れたものの、よもやマスターが彼相手に軽口を叩けるほどの大物だったとは驚きだ。人は見かけによらないというが、いやはや、まったく以てそのとおり。繊細なお店の内装とは異なり、強かな人物である。
(……まあ、だから羽鳥君も通うのだろうけど)
 少々お待ちください。と厨房に戻っていったマスターの後ろ姿を眺め、心の中で小さくごちた。いかにも羽鳥君と波長が合いそうな御仁だ。柔らかそうな物腰とは裏腹に、触れれば切れる鋭い棘を懐に潜ませている。いったい何者なのか。という打診はこの場において無粋だから止めておくけれど、目に見える形だけを信じるな、という意味で善い教訓になりそうだ。
 依然として思うところはあるけれど、プライベートなのでいろいろな所感を断ち切り、取り留めもなく水槽を見つめてみた。するとやおら私の耳元に顔を近づけた羽鳥君が「ここのマスター、見た目は善人だけど中身はあのとおり意地悪だから気をつけてね」とわざわざ内緒話で知らせてくれる。仲がいいのか悪いのか。もしくはそんな境地には至っていないのか。私には判じかねるけど、笑いながら「はいはい」と頷いておいた。羽鳥君にも気をつけておくね、とは言わなかったけど。

「でも意外だな。羽鳥君にこういうお店に連れてきてもらえるなんて思わなかった」
「本当は洒落た店にしようか迷ったけどね。あんまり暗いところに連れて行ったら、夾迦ちゃんも警戒するだろうと思って。こっちのほうが気楽に話せるでしょ?」
「ふふ。そうだね。こういう所のほうが居心地がよくて、安心する」
「そっか。気に入ってもらえたなら何より」

 彼はそう言って莞爾とする。よほどお店のことを推しているようだ。私の芳しい反応を受けてほっとしたように目尻を和ませると、頭をぽふりと撫でてきた。優しい手つきにほんのわずかな安らぎがもたらされて、うっそりと瞳を細める。
 ――だがしかし。セットした髪を崩さないように触ってくるあたり、どうも手慣れている印象を受ける。さてはほかの女の子にもやってるなこれは。と女の勘が働いて目を眇めると、胡散臭げな私の表情に気づいた羽鳥君は苦笑いして、メニュー表を手に取りオススメのカクテルを教えてくれた。
 じゃあ次はそれで、とため息交じりにこぼすと、羽鳥君は口角を上げて頷く。一杯目も来ないうちから次のオーダーを決めるなんて気が早いが、羽鳥君が選んだお店だ。きっとお酒の味も格別に違いないと信じて注文を託した。
 すると一息ついたタイミングで、羽鳥君は私の手前に貝殻の形をした灰皿を差し出してきた。滓ひとつないそれを瞬きをして一瞥する。

「吸う?」
「……いや、禁煙してるんだ、今」
「え、そうなの? やっと健康志向になった?」
「うーん。それもあるけどね。イライラを煙草で紛らわしてたらキリないなって」
「……ああ、実家のこと?」

 うん、と素直に肯定する。私の実家のことは、たぶん慶太か亜貴のどちらかから聞いているだろう。もし聞いていなくても、羽鳥君なら大規模なパーティー会場とかで私の父と顔を合わせているかもしれない。
 仮に私と彼の間に親交がある、なんて実家に知られていたら……そう考えるだけで憂鬱だ。深い深い、嘆息を吐く。頭が痛くなってきた。

「結婚しろって急かされてるらしいね」
「そうなの。こないだもお見合い写真送りつけてきて……ああ、もう、やだやだ。これだから頭の硬い人間は」
「はは、かなり参ってるみたいだね。今、椛家は事業の規模拡大を図ってるって巷で聞いたけど……夾迦ちゃんの結婚も、計画の一端かな?」
「……そうみたいね」

 さすがの洞察力だ。補足することも、反論することもなく、ただそのとおりの推察に瞳を伏せる。
 私の父はとある大手企業の会長だ。化粧品、家庭用品など多くの商品を取り扱うチェーン店を全国に展開しており、界隈では相応に名が広まっている有名人である。だが年齢的にもそろそろ隠居を視野に入れる頃合いだ。後釜には弟がいるとは言え、やはり自分が退役する前に会社の地盤をより確固たるものとしたいのだろう。
 父は次は大手製薬会社と手を結びたい、と申していた。そこで矢面に立たされたのが、私だ。
 狙いは夏八製薬。夏八製薬といえば――同僚である夏目君だ。まさかこちらの事情に彼まで巻き込むわけにはいかない。何としてでもほかに関心を逸らせないかと足掻いている局面だった。

「俺はまだ会ったことないけど、椛家のご当主は相当くせ者らしいね。珍しく桧山も顔を顰めてたよ」
「私たち姉弟も呆れるほどがめつい人だよ。仕事に関しては母も口出しするなって結婚前から言われていたらしいから、何も言えないんだって」
「……そう」
「……だから私も、何も言えない。私が口答えする余地なんて、端から与えられていないの」

 よく知りもせぬ人と結婚するのは別にいい。この家のもとに生まれたことを後悔してから、いつかはこうなるだろうと予期していたから。でも、母にまで悲しい顔をさせるのは忍びない。こればかりはどうにもできないもどかしさに、視線を落とした。
 私たち姉弟は、父の体のいい道具としてこれから扱われるのだ。人生のレールはすでに父の望み通りに敷かれており、私たちはその上を辿って人形のように生きていく。それが『真っ当な生き方だ』と、地位に固執する父はふんぞり返った。
 Revelのひとりである羽鳥君も、似たような境遇に置かれているからか。嫌な顔ひとつせず、私の話に真摯に耳を傾けていてくれていた。真面目なその面持ちを一目見て、知らず愚痴っぽくなってしまったことを申し訳なく思う。
 しんみりしてしまうのはいけない。私は慌てて笑顔を取り繕って、厨房から出にくそうにしているマスターを手招きした。

「あはは、湿っぽくなってしまってごめんなさい。マスター、そのマタドールこっちにお願いします」
「……ああ、はい。申し訳ありません。どうぞ」
「ありがとうございます」
「……ありがと、マスター」

 私はマタドールを、羽鳥君はギムレットをカウンター越しに受け取る。そして遅めの乾杯をして、オールド・ファッションド・グラスに口をつけた。
 パイナップルの爽やかな風味が瞬く間に舌の上に広がって、久しぶりの味わいに頬を緩める。ひとりで宅飲みもいいけれど、外で誰かと飲むお酒も最高だ。もやもやした気持ちも胃の中で溶けていくような感覚がして、静かに瞑目した。

「……ね、夾迦ちゃん」
「……うん?」

 おもむろに、羽鳥君が神妙な口ぶりで話しかけてきた。瞳を開いて、訝しげに隣を見遣る。
 羽鳥君の目線は、目前のアクアリウムへと向いていた。
 
「さっきの話の続き。俺たちも同じような感じだし、気持ちは分かる。だから夾迦ちゃんの家の事情にはどうにも手出しできないし、するつもりも毛頭ないけど。ついでに言えば、どうにかなるよ、なんて気休めも言うつもりはないけど」
「うん」
「こうしてちょくちょく話を聞いたり、寄り添うくらいのことはできるからさ。もうちょっと俺たちのこと頼ってよ。夾迦ちゃんの悲しい涙を拭いたい男は、"あの"バーにたくさんいるってこと、忘れないでね」
「……はは。慶太にも似たようなこと言われたなぁ……」

『疲れたらいつでも帰ってこい』。それは、私が今置かれている立場も汲んで放たれた言葉だったのか。
 ――到底この人たちには敵わないなあ、という気持ちが強くわき上がって、目が熱くなる。再び頭に置かれた手のひらにポンポンと撫でられて、気恥ずかしさに笑みがこぼれた。

 無理はしなくていい、いつも座る椅子は空けてある。泣いたら涙は拭ってやる。だから、いつでも『帰っておいで』。
 そう言ってくれる、Revelという羽を休める居場所。つくづく私は、果報者だ。彼らに出会えてよかった、心からそう思う。

「ありがとう、羽鳥君。近いうちに、帰るね」
「うん。待ってる」

 心の中の痞えが、取れたようだった。
 ふふ、と微笑むと、羽鳥君も目を細めて微笑んだ。話を聞いていたマスターも、頬を綻ばせたのが分かった。
 ありがとう。もう一度こそりと礼を述べて、グラスを呷る。口内にじわりと滲んだマタドールは、なんだか妙に甘酸っぱかった。
- 4 -
小説TOP
ページ:
comment 0