あくる日私の心臓は

耳殻から私の鼓膜にばかり煩い爆発音、何処か遠い火薬の香、浮遊感。

白と黒の半分ずつを視界に留めながら、今日も私は死んでいる。
私ばかり死んでいる。



*     *     *



何も、殺し合いをして居る訳じゃあない。千歳は手に持った団子で器の底からみたらしをたっぷり掬い、衒いなく齧り付きながらひとりごちる。
一方的に殺されて居る、といわれればそうであるけれども。それはそもそも、……そう、それは、そもそも。

ひと月前、千歳は平成の人間だった。教室で学び、暖かな家でねむり、火薬の匂いも刀の燦きも縁遠い世の中で生きて居た。
劇的な何かがあった訳ですらなく、唯眠り入る刹那、心臓を突かれたような衝撃があり、次の刹那には青い空だけが見えた。

落ちている。

塊で迫ってくる大気が体を叩き、風の音を鳴らし、上を向かねば目も開けられない。雲に突っ込んではすぐさま潜り抜け、唯落ちている。
悲鳴も上げられなかった、ただ怖かった。
死にたくないと思った。今は死にたいと思う。

そうしてなんの奇跡も起こらずに、正しく地面に吸い寄せられ私は一度死んだ。
眠り入る刹那、心臓を突かれたような衝撃があった。目の前で落下して死ぬ私を眺める、その人の姿も見えた。


斯くして私の時は巻き戻る。


塊で迫ってくる大気が体を叩き、風の音を鳴らし、上を向かねば目も開けられない。雲に突っ込んではすぐさま潜り抜け、唯落ちている。
二度目を知覚した時、何処か螺子を外してしまった私はまだとにかく死にたくなかった。
今度こそ死にたくない、と神に祈ってみたりなんかして、やっぱり奇跡は起きずに落ちる。
一度目の私が落ちた場所。何処ぞと知れぬ立派な城。の、庭の中。同じに正しく帰結しようとしながら、ただ、あの人と目が有った。
一寸瞳を見開いた、ような気がした。

それは初めて嗅いだ火薬の匂い。指を鳴らす音。巻き起こる逆風に慣性が殺され、しかし殺しそこなって炎の中に突っ込もうとする。

「風魔」

黒い影が私を攫った。目前で燃え盛る炎は黒い煙を上げ、美しく整えられて居た松の木を舐めながら上へ伸びて行く。死を回避しながら三度死んだような気分だ。妙な笑いが溢れ、抱え上げられた体を降ろされる。
赤い髪の人だった。ありがとうございますを告げる間も無く消えてしまう。

立ち尽くす私にその人は笑った。

「君は、死を知らないのか。……厭、違う。何処から来たのだね?」

白と黒の服。きっちり結われた髪、腰に帯びた優美な刀と、何より、その目。

「私は物じゃないです、けど、有り難うございます。私は、何処へも行ってないんですよ」

積み木でも見つけたような幼子の目。

私は首裏を掴み上げられ、蒐集品の棚に仕舞われた。


あれもこれもどれも、私が死なないせいだ。
或いは私が死んだせいだ。一つとして自覚はないが、元の世界の私は死んだのだと思う。
そうでなければあの胸を衝く感覚の説明がつかないし、何より、私がここにいる説明もつかない。
“特に理由もなく”ここへ来てしまったのだと嘆くより、生きている分マシだと思う方が幾分気が楽だった。

行儀よく串に刺さった団子を噛み下して息を吐く。私を殺す割八つ時のおやつは用意してくれる。
さて食べおさめだと皿に並んだうち最後の一つに手を伸ばし、しかし団子はたどり着く前に攫われた。

「嫌だ嫌だと喚く割、君は存外に喰らうのだね。異界の物を口にしては戻れぬと、耳に覚えたことは無いらしい」

後ろから降って来た声に振り向いて手を伸ばす。案の定、と言うべきか、城の主たるその人は知らぬ顔で団子に噛り付いていた。

「食べるにしても食べないにしても、帰れないと思いますよ、私。だから返して下さい」

「諦めが良すぎるのもつまらないな。恐れを何処に隠してしまったのかね?」

「お団子の中かも」

「それはそれは、遠慮無く戴くとしよう。なに、礼は必要ないとも。少々私の腹がくちく成るだけだ、一つ、ふたつ、命を貰う程度で良い」

話し終えてはもう一つ、私のもので有ったはずの団子が消える。

私はなんだか途端につまらなくなって井草香る床に寝転がった。ここのところ毎日退屈だ。衣も食も住も与えられて、戦国時代らしいと気付いてから。
娯楽らしい娯楽もない世の中で、時間を潰せるのは生きるための奔走しか無さそうなのに。

「暇潰しで私のこと殺すのやめて下さいよ、いい加減。……でも、私、あなたがそんなに生き辛そうにしている理由が一つ、わかったかも知れません」

勝ち取った串を指先で遊ばせ好き勝手立ち去ろうとする背中を引き留める。狙い通りその脚が止まって、振り向いた。

「生き辛そう?私がかね?君はつくづく奇矯だな、話して見せたまえよ」

珍しく私に火薬をばらまく時以外で興味深げな顔をしているので、私は思いっきり首を振ってやる。

「教えてあげません。でも、私がこんなに詰まらなそうにしている理由くらいは思いついたんじゃあないですか」

「無茶を言わないでくれたまえ。半月まえに比べれば、浮世の殆どがつまらぬ事だろうがね。名を言えば驚き、刻を告げれば喚き、城を見れば目を回す。あれは実に愉快だった。あともう少し小突いてやれば、記憶を落としはしないかと児戯を浮かべるほどに」

「過去は戻って来ませんよ。私、退屈なんです。毎日毎日ご飯を食べておやつを食べて寝て起きて寝て、また寝て、おまけにもう一回くらい寝る」

「赤子のようで似つかわしいと思うがね」

「趣味の悪い茶器割って回りますよ」

「やめたまえ。あれらを壊すのは私だよ」

変なの。
金子を費やし心を傾け、時にははるばる赴いてみせるのに。
だけども、やっぱり、独占欲なんだろう。

「赤ちゃんなのは私より松永さんだと思いますよ。そうじゃなくて、私も、楽しいことがしたいんです」

「楽しいこと?いやはや、厚かましさも此処まで来れば美徳だな。唯の蒐集品たる君に箱を与え、布で飾り、名の通りの蜜さえ与えてやったのだ。不足を嘆くのは冒涜という物では無いかね」

彼に最もな事を言われるほど面白く無い事も有るまい。転がったまま両手を伸ばした私は立ち去ろうとする足首をしかと掴む。

「整った部屋で眠り、その日の服を選び、お菓子の量を嘆きこそする。だからこその不足です。そうでなければ知り得ない不足、……あなたにも覚えがあるんじゃないですか」