愉悦


規約違反を起こした死神が、全て確実に抹消されるとは限らない。
抹消依頼を受けた死神を殺して生き延びたものや、他の要因で逃げ延びた死神も少なくは無い。
そんな堕ちた死神がどこからともなく、ただ逃げ続けるために集う拠点が魔界には複数存在している。
広大な魔界の中、大小様々に点在するそれらを全て把握することは困難を極める。
しかし、だからこそ、拠点が発見された場合は速やかに殲滅依頼が一部の死神へと通達されることになる。

「しやみんに好きなだけ暴れて来て良いって言われちゃった」

冷たい夜風に頬を撫でられつつ、きゅっふふ、と自然に声が零れる。
今回、その依頼が通達されたのは私だ。正確には死闇さん、もといしやみんを通して通達されたのだけれど。
彼は上層部の死神であるわけでは無いのだけれど、権限についてだけ言えばその上層部ですら自由にできる程の権利を持っている。
俺は例外中の例外だ。と本人が言っている通り魔界の常識ですら彼には通用しない。その辺りの話をするとあまりにも長くなるため今は割愛しよう。
彼は自らが持っているその権利の一部を行使して、私や他の娘達を自分の直属の死神として勧誘したのだ。
直属の部隊として働く私達は、彼から送られてくる依頼を忠実にこなしている。
それではただの体の良い操り人形なのではないのか?と度々首を傾げられることがあるけれど、それは有り得ないと言い切れる。
勧誘された死神の出会いや馴れ初めは勿論多種多様であるけれど、皆が彼を尊敬し敬愛し、信用に足る存在だと認識している。
無論私も例外では無い、むしろ私に至っては彼から依頼が送られてくる事自体が喜ばしいことですらある。
依頼が通達されてからすぐに行動を開始したため、視線の先、少し離れた場所には既に殲滅依頼が出されている拠点が視界に捉えられている。
深い森の中、開けた場所にぽつんと建っている黄土色の正方形の建物は、外観からして中規模の拠点だろう。中にいる敵の数は恐らく十数人と言ったところだろうか。
光が外に漏れないように黒い遮光性の布で窓を閉め切っているあたり、それなりの警戒心はあるようだ。

「久しぶりの戦闘だよう、始まる前からきゅんきゅんしちゃうっ」

普段の依頼では基本的に対象を誘惑して警戒心を解いてから殺害する事が多い、所謂色仕掛けやハニートラップと呼ばれるものだ。
だけどそれでは気が済むまで暴れることは中々できない、満足する前に相手が死んでしまうから。
だからこそ、久々の戦闘前提であるこの依頼がとても楽しみだ。しかもしやみんからの許可付き、つまり何をしても構わないのだ。

「どうしようかな、正面から入ろうかな、でもどうせなら派手にヤりたいなあ」

これから始まる行為に期待を馳せる身体は、純白のネグリジェの下で過剰な疼きに襲われている。
通常は武器を隠す必要がある依頼ばかりのため、その場で生成できる簡単な魔力鎌を使用することが多いけれど、今回は愛用の機械鎌をしっかり連れてきた。
全体が無骨な灰色に染められたその鎌は、全体に機械のような装飾が施されている。
身体の疼きに身を任せるまま鎌へと魔力を通すと、薄い刃を複数張り付け合わせた様にも見えるその刃がまるで歯軋りをするかの様にギシギシと軋む。

「ふふふ、早くシたいよね、もう思いっきり天井破壊して突っ込んじゃおっか」

もう我慢できないとおもむろに脚に力を入れ走り出す、そのまま全力で助走を付け、最高速に達したところで脚を思いっきり叩き付けるかのように地面を蹴り付ける。

「にゃっは!きっもちぃ!」

死神として元々高い身体能力に加え、魔力による力が上乗せされた脚力によって生み出される爆発的な跳躍により、即座に身体は拠点の高さを超え、一瞬で彼我の距離を詰める。
このまま、天井を突き破って中に飛び込んでしまおう。目標地点を建物の中心に定め、そこに着地の照準が合うように身体と鎌に風を受ける。
薄暗い夜空の中、全身を疾走感のある風に包まれ、白いリボンによってツーサイドアップという髪型に結われた灰桜色の髪もその風に逆らうこと無くひゅるひゅると強く靡く。
それを楽しむ暇も無く着地を予定している地点が近づいて来た。
身体を捻り、鎌を攻撃体勢へと持ちかえる。

「さーん、にーい、いち!」

――ドゴォン!

掛け声と共に勢い良く建物の中心へと叩きつけられた鎌は一瞬でその天井を破壊し、爆発でも起こったかのような衝撃と騒音をその場に響かせた。
それでも落下の勢いは止まらない為、破壊を確認した直後に脚を地面へと向け着地の姿勢を取る。
すると、続いて耳に入ったのはドグチャッと言う生肉が押し潰されるかのような鈍い音であった。
音と共に身体に伝わる不快な感触を頼りに足元を見てみると、どうやら早速ひとり踏み殺してしまったようだ。
破壊された天井が散乱する地面には、恐らく殲滅対象のひとりだったのでは無いかと思われる肉片が混ざっていた。

「あれれ?ひとり潰しちゃったみたいかなかな?きったにゃーいっ」

気持ち悪い、とりあえず脚を動かして振り払う。
周囲からは何が起こったのか理解できていない声が飛び交っている。
それもそうだ、天井を破壊した拍子に周辺には大きな砂埃が舞っている、状況を理解している上で中心にいる私からはある程度確認できるが、外からは私のことを確認できないのだろう。
薄い黄土色の壁に囲まれた内装はとても単純なもので、出入り口の他にはいくつかの部屋へと続いているであろう扉以外とくに目に入らなかった。
今いる場所はちょうど広間のような場所なのだろう、壁の至る所に黄色掛かった光を放つランタンが設置され、広間を満遍なく照らしている。
さらに天井も高いため好き放題動き回っても障害になるものは無さそうだ。それ以前に大きな穴が開いてるけれど。
とりあえず砂埃が落ち着くのを待とうかと考えていると唐突に背中に気配を感じ、すぐさま防御の体勢を取る、別に私の性質上直撃しても良いのだけれど不意打ちを取られるのは癪だ。
刹那、金属同士がぶつかり合う甲高い音がキィンッと鳴り響く。なるほど、あの状況で攻撃に入れる死神がいたのか。

「ほえー、勘の良い死神さんもいたんだねえ」
「てめえ、何者だ」
「貴方達を皆殺しに来た死神だよ?」
「ほざけ、ここに何人の死神がいると思ってやがる」
「さあ?十数人程度でしょ?もっといてくれてもいいよ、いっぱいいっぱいいっぱいバラしちゃいたい」
「21人だ、それをひとりで殺すってか?」
「ふーん、それじゃあもう20人だね?さっきここに来た時天井と一緒にひとり踏み潰しちゃったみたい、汚いからやめて欲しいんだけど、というか邪魔」
「っざけやがって、てめえら!邪魔が入った、さっさと殺して移動するぞ、この拠点はもう使えねえ!」
「殺せるの前提なんだ、どうでもいーけど」

押し付けられている鎌同士を弾き合わせ一旦距離を置く、すると私は既に戦闘態勢に入っている死神達に囲まれていた。

「いーっぱいいるね、たっくさん壊せるねっ」

皆一様に死神にとって象徴とも言える全身を隠せるほどの真っ黒なロングコートを着用し、フードは深く被られている。その手には鈍く銀色の光を放つ鎌が握られていた。
その姿から性別を予測することはできないが、それは関係無いだろう。
なによりこの数なら、存分に気持ち良いコトができそうだ。

「順に掛かれ!同じ死神でも相手はひとり、今まで散々殺してきてるんだ、怖気づくな!」

先ほど真っ先に攻撃を仕掛けてきた死神が号令を掛ける。こいつが統括役なのだろうか、それ従い周囲の死神が順に攻撃を仕掛け始める。

「ひとりずつ私とシたいの?いいよ、気持ちイイこと気が済むまでヤっちゃおう?」

敵意と共に高速で四方から私に振りかざされる弧を描いた複数の刃、それを自分の四肢が切断されない程度に身体で受け流す。
ヒュンッと刃が肌を掠める度に薄く皮膚が裂かれる感触が身体に伝わる。回避しようと思えばこの程度の攻撃は全て無傷で抜けられるだろう。
しかしそれではつまらない、純粋な殺意の中、傷ついて、傷つけ合って、その身体を、その生命を壊し合うことを私は求めているのだから。
全身を複数回切り裂かれ、純白だったネグリジェは少しずつ私の血液で紅く染め上げられて行く。だけれど、私の致命傷になり得る攻撃は一度も襲って来ない。
恐らくこの死神達はまだ本気を出していない。それなら本気にならざるを得ないことを知らしめるだけだ。

「本当に殺すつもりあるのー?ふふふっ、私がお手本見せてあげるっ」

次々と襲ってきている死神の中、ひとりを適当に鎌で去なし、その場に叩き伏せる。
この死神の反応などどうでも良い、そのまま流れるような動作で脊髄に刃を差し込む。
その動作は手慣れたものでバターにナイフを入れる時程簡単に、スッと刃が骨を断つ。

「ぐあっ、あ!?」

反射的にビクンッと全身が跳ね上がる、しかし、これ以上首から下が動くことは永遠に無い。
それ以前に放っておけばそのうち死ぬだろうけれど。

「気持ちイイでしょう?死んじゃったら気持ち良くなれないもんね、だからすぐには殺さないで生かしておいてあげるっ」

その光景を見た後でも、残りの死神はすぐに体勢を整え攻撃を仕掛け直してくる、ふーん、訓練されてるねこの死神達。
とはいえ統制された無機質な敵意に興味は無い、本能的な恐怖から生まれるひどく純粋な殺意でなければ意味がない。
そうだ、特別にもっと楽しいことをしてあげよう。

「私のこと退屈させないでほしいなあ、せっかく楽しみにして来たんだから、もっと純粋に殺しに来てってば!」

再び、別の死神を地面に叩き付ける。

「ほおら、私が、良いもの見せてあげるからさあ」

魔力を、手にしている機械鎌に流し込む。
すると刃が不安定に震え、蠢き出す、そして……。

――グパアッ。

「や、刃が、開いた?」

そこで戦闘を開始してから初めて発せられる言葉が叩き付けられている死神から聞こえた。
周囲からの攻撃もこれに合わせたかのように止まり、戸惑いの色が場を満たしている。

「にゅふ、きゃっはは!やっと?やっと感情出してくれた?にゃっは!無機質で統制の取れた壊し合いなんてつまらにゃーもんねえ?」

私が手にしている鎌は、その刃をまるで獣の牙の様に上下に大きく開いている。
そう、私の鎌に付与されているのは、生物を無機質に捕喰するための機能だ。
本来捕喰と呼ばれる行為は、肉食動物が他の動物を生きたまま捕らえ、抵抗手段を排除した上で食い殺す。
自然界で肉食動物が肉食動物として生命を維持するために行われる行為である。
しかし私の鎌は違う、その捕喰と呼ばれる行為を他の生命活動を止めるためだけに行う。喰い裂かれた肉塊が本体の糧となるわけでもない。
生命をただただ穢し尽くす冒涜的な行為、なんて素敵なことだろうか。さらに胸の鼓動が高鳴り、呼吸は甘く乱れる。

「みんな私が喰べてあげるっ」
「あ、ああ、嫌だ、嫌だ!」
「腰でも抜かしてるの?逃げたらいいのにい」

その言葉にハッとしたかのように叩き付けられていた死神は腰を上げようとする。

「逃がすわけないけどさ」

腰を上げようとした死神の上半身に向けて鎌を振り下ろし、牙と化している刃を噛み合わせる。
ズシャリ、と死神の上半身は喰い裂かれた。しかしその血肉が咀嚼されることは無い。
刃の隙間からはとろとろと紅い液体が大量に流れ出している。

「さあて、お次はだあれえ?」

再び刃を広げると、中でズタズタにされた肉片が吐き出される。
それを見た周囲の死神は既に統制が崩れ、各々から溢れ出る複雑な感情に意思を絡め取られていた。
先程のような規則正しい攻撃はもうできないだろう、さて、どう出てくるか。

「よ、よくも仲間を、許さない、許さない!」
「い、いやよ、私は死にたくない!こんなやつと戦いたくない!」
「くそ、こいつまともじゃねえ」

飛び出してくるのはどれも安っぽい台詞、でもまあ、生物なんてこんなものなのかもしれない。
追い詰められ、正常な判断を失った生物は、本人が頭で理解していると思っていても実際に身体がその通りに動くことはほとんど無い。
何よりもまず、その思考の判断が傍から見れば既に間違っていることの方が多い。私がこう言ったところで本人がそれに気付くことはまず無いだろうけれど。
言葉に関してもそうだ、まとめて言葉を発していると思っていても、実際は途切れ途切れであったり、無意味な言葉を繰り返していることが多々ある。
そして、そこまで追い詰められた生物が抱く感情はとても本能的なものだ。

「私言わなかったっけぇ?みいんな殺しに来たんだよ、逃がすわけ無いじゃん」

私の目的は殲滅することだ。とりあえず逃げようとする者から狙おう、逃げ切られると厄介だ。というかひとりでも逃がしたらきっと怒られる。

「逃げるのはとりあえず死んでよ、私とシてくれないなら今生きてるだけ無駄」

既に逃げ出し始めている死神達は混乱のせいか互いが互いの障害となり、走り出していた割には動きが鈍かった。
それを追おうとする私を止めようと数人の死神が刃を向けてきたけれど今はそれに構っている暇は無い、その辺りの壁にでも弾き飛ばしておこう。
刃の後ろ側を使い、飛び込んできた死神を2名程吹き飛ばす、勢いよく壁に叩き付けられた彼らはしばらく動くことはできないだろう。
そして多少の邪魔があっても軽く走るだけで一切の苦も無く逃げている死神のひとりに追いつくことができた。真横で鎌を振りかざす。
上に3本、下に2本と交互に噛み合わされた刃の牙はついさっき喰らった死神の血によって怪しく染められ、次の獲物を待ち遠しそうにてらついている。

「とりあえずひとりい」

重く引いてくる重力に従い振りかざしていた鎌を振り下ろす、それと同時に血を撒き散らしながら荒々しく開かれる刃。
大きく開かれた刃が空気を切り裂く音はまるで実体のあるものを切り裂いているかのように重たい、対象の胴体が鎌の根元に当たり、ゴッと鈍い衝撃が走った瞬間に刃を勢い良く閉じる。

「ぐあっ?!」

喰い裂かれた死神の身体は一瞬で四散する。心臓直撃だし即死だなこれ。

「ひっ!」
「わ、あ?」
「ち、血が目にっ」

どうやら勢いが良すぎたようだ、四散した手足や肉片は吹き飛んだ先にいた他の死神へと直撃し、その足を止めた。
狙ってはいなかったが都合が良い、このまま全員巻き込んでしまおう。
振り下ろした鎌の遠心力を利用しそのまま足を切り返して身体を反転させる。
視界の先にいるのは血と肉片に塗れて紅く染まった逃げ遅れ達だ。

「真っ赤っかだねえ、わかりやすくて良い的だよお!」

きゃっはは!と笑いながら反転させた身体から力を抜くと、重量によって吹き飛びそうになっている鎌に自分が操られているかのように引っ張られる。
その感覚が消えてしまう前に無理矢理刃を下に向け地面へと叩き付け、反動で視界に捉えている目標へ向かって飛び込む。
そして、飛び込んでいる間に牙を剥いた刃によって、血に塗れた死神達を悲鳴を発する暇も与えずに流れる様に連続で捕喰、切断、捕喰する。
これで3人、合計7人。あと何人いるんだっけ?ああ、21人いたらしいから残りは14人か。
死体は全て赤黒い鮮血に溺れている。ポタポタと切り裂かれた部分から血を流しながら鎌を振り回していた私の身体も、誰のものともわからぬ血によって紅く染まっている。
ふと後ろを振り向くと邪魔になって弾き飛ばした死神を含め、残りの全員が各々こちらへの反撃準備を整えていた。
もう逃げられないことを悟ったらしい、恐らく情け容赦なく私を殺しに来るだろう。ここからが本番だ。
にゃあ?と首を傾げ、問いかける。

「残りはみーんな本気でキてくれるんだよね?ていうか逃げるにしても私のこと殺さないと背中からバッサリだもんねえ?」
「るっせーよ、死ねや!」

その中の誰が発したのか、叫ばれた一言を皮切りに一斉に私へと攻撃が集中する。
既に傷だらけの白い肌に向けて規則性が無く振り下ろされる14の刃によって、再び紅い華が乱雑に咲き乱れる。
今度の攻撃に込められているのは、敵意では無く明確な殺意だ。

「それだよ、それえ!全力で殺しに来てくれるそれ、きゅんってしちゃうっ」

嗚呼、この高揚感、身体を蝕む吐き出してしまいそうな程の破壊欲、その衝動を抑えきれず震え出す手足、荒くなる呼吸。
愉快だ、とても愉快だ、私はこれを求めていた、感情を剥き出しにしての壊し合いを。
キュルキュルと血液が逆流するかのような感覚が全身を襲う、眩んでいるかの様に見える視界は脳ではクリアに認識されている。
きっと私の左眼は今頃真紅に染まっているのだろう。
腕を、脚を、胴を裂かれる快感に喘ぎにも似た甘い吐息が漏れる。
次々と繰り出される攻撃に幸福感すら感じてしまう。
私だけがこれを楽しむのも悪いだろう、お返しをしてあげることにしよう。

「私からも、シてあげるっ!」

激しい攻撃の中、2本同時に落ちてきた刃を牙を剥いた鎌の喉億で受け止める。瞬間、ギャリィ!という激しい金属音が響き渡った。

「っ、てめえ!」
「ちっ」
「はい、いただきまあす」

意表を突かれたという反応を示す二人の死神を横目に、鎌で捕らえた刃を噛み砕く、それと共に体勢を崩した二人のうち右側に立っている片方に向けて刃を翻し背中へと突き刺す。
背骨を貫いたことを確認した後、すぐさま突き刺さした刃を抜き取りそのまま反対側のもうひとりへと今度は鎌の向きを変えずに柄の部分を叩き付け、衝撃により地面へと平伏させた直後に死神の首を目掛けて刃をクルンッと垂直に縦回転させて切断する。

「まだ私イってないのに、はやいなあ、でも血塗れさんかわいいよ」

最初に背中から心臓へと向けて貫かれた死神はどくどくと血を吐き出し、首を切断されたもうひとりは首があったはずの場所から大きく噴水の様な血を吹き出している。
その光景がとても魅力的だ。やはり死体は切り裂くに限る、潰すだとか汚い殺し方は美しくない。気持ち良いからしちゃうけれど。

「おらよっ!」
「きゃっ?」

軽く見惚れていると目の前に新たな刃が振り下ろされてきた。
数歩下がり回避することができたが、あと少し反応が遅ければ直撃とはいかないものの爪先辺りを切断されていただろう。さすがにこの状況で歩きにくくなるのはつまらない。
とりあえずそのまま素早く後ろに下がり、振り下ろした衝撃で一瞬硬直している死神の胴体を文字通り刃で“引き”裂く。

「っが?!」

綺麗に真っ二つに切断された上半身が苦悶の声と共に地面へと落ちる、下半身は胴体が地に叩き付けられた直後に倒れこんでいた。

「きもちよさそう」

ふにゅっと笑いそれを見つめる、羨ましいけれど今回は切断されることよりもすることを楽しみにきている、我慢我慢。
それにこんなことを言ったら今も十分全身切り裂かれてるだろうと誰かさん達に言われてしまいそうだ。
私の全身からも、紅い液体は未だに止め処無く流れ続けている。

「ふああ、今の私すっごくかわいいなあ……にゅふふ、だーるまさんがこーろんだ?」

――ズチュッ。

状況を見ている間に都合良く攻撃が止むはずもない。後ろから攻撃を仕掛けてきた死神に対して振り向くことなく空を仰がせ閉じたままの刃を向ける。
飛びかかって来ているのだ、回避が間に合うことも無く自ら刃に身体を貫かれる形になっていた。
生憎心臓の少し下を貫いてしまったようで死ねてはいないようだ。びちゃびちゃと水音を立てながら苦しそうにもがいているのを鎌を通して感じる。

「だめだよお、動いちゃ、お仕置きしてあげる」

胴体を貫いている刃をさらに深く突き刺し、刃を、牙を開く。
その瞬間貫かれでいた死神から肉と液体が混ざり合う生々しい音が発せられた後、鎌に感じていた重量が無くなる。
そこで初めて後ろを振り向くとあるのはただの布切れ交じりの肉塊であった。

「ありゃ、流石にこのヤり方は汚くなっちゃうかあ」

まあいっかあ、と次に攻撃を仕掛けようとしていた死神に対して牙を剥いたままの鎌で飛びかかり、反応される前に上半身を喰い裂く。
悲鳴など聞こえない、攻撃体勢に入ったまま突然上半身を喰い裂かれる相手には叫ぶ暇自体が残らないのだ。
そして、私が行動して隙が残る度に新たな攻撃が仕掛けられてくる。都合の良いことなんて一切起こらない、それが殺し合いと言うものだ。
それに隙ができてしまうのならその隙を殺してしまえば良いだけだ。
行動時のあらゆる反動や衝撃を利用して挙動を変更することによって、反転や跳躍等の行動を強制的に行い、隙を消滅させる。
無論身体には常に高い負荷が掛けられることになる、人間どころか死神であっても通常はそれに耐え続けることはできないだろう。
だけれどそれは通常であれば、のことだ、私にはその概念が通用しない、痛みという概念から存在していないのだから。
正確には通常の痛覚は備わっている、それが快感として脳に反映されるというだけだ。そしてこの身体はその快楽をまるで麻薬の様に求め続けている。
つまり、この戦い方こそが私にとっては一番適当な戦法なのだ。

「きゃっは!つうぎいはあっ?」

ギュルンと鎌を振り回し方向転換させると、真後ろには銀色に光る刃が迫っていた。
意図せず振り回し合う形になったお互いの刃が同時に腹部を貫き合う。

「ひぁっ」
「ぐっ!」

矯正と苦悶、ふたつの喘ぎが重なる。

「私までお腹裂けちゃったあ、って、あれれ?」

仲間の腹部が裂かれていることなど気にも留めていない他の死神の鎌が、追撃で私の下半身を切断する。
攻撃の反動で相手の腹部も貫いていた私の鎌によって切断されてしまった。

「巻き込んだらその子死んじゃうのにい、容赦ないね」

脚を失った上半身が吹き飛ばされ、血液を激しく撒き散らしながら地上へと向かって落とされて行く。
切断された快感に身悶えつつ、この状況を愉しむ。
下を見ると、私が落ちるであろう場所には既に数人の死神が鎌をかざし待機していた。
あそこへ落ちてしまったらどうなってしまうのだろうか、全身の肉が切り落とされ、あらゆる部位を刃が貫通する。
想像するだけで快楽が全身を襲う。

「はぁっ、あっ、じらさないで、よお!」

地上に落ちるまでなんてとても我慢できそうにない、きっとすごく短い時間なのだろうけれど。
身体を仰け反らせつつ瞬間的に魔力を下半身に集中して、失われた脚を完全に修復させる。
待てないなら、こちらから動いてしまうまでだ。

「にゃっははっ!」

仰け反りをバネの様に解放することで、落下の速度にさらに力が加算される。
過剰なまでの勢いで叩き付けられた鎌は落下地点に待機していた死神のひとりを防御のために構えた鎌もろとも真っ二つに切断し、地面すらも抉った。
続けて地面を抉り取った鎌を引き上げ、水平に持ち直しつつ身体ごと時計回りに回転させる。遠心力によって勢い良く牙を剥いた刃はさらに円を描く様に並んでいた死神も同時に二人、喰らうことすら無く斬り捨てる。

「まだいるんでしょお?」

牙を剥いたままの鎌に操られるかの如く、ゆらりと全身を向けた先にいた死神の元へ跳んで行き、喰らい付く。
獲物から鎌を通して、ゴシャリと荒々しく骨を破砕する感触が腕に伝わる。

「骨だあ、ほねこわれちゃったね、骨え!あっはは!あとなんにんー?」

刃が開き破砕した骨と血肉が吐き出される。
生を喰らい、死を吐き散らすその様は、あらゆる動物への愚弄である。
捕喰という概念を否定し、咀嚼という行為を拒絶し、ただ無意味に生を喰む。それにより紅く染め上げられる無機質な姿は果てしなく愛おしい。
その牙は次の獲物を正面に捉えている。全身に鋭い痛みが走るほど強く地面を蹴りつけ、距離を縮める。
ほぼ同時にその死神も刃を向けてくる、だがもう遅い。
左手で相手の鎌を真横から地面へと叩き付け、身体を相手に向けて90度捻らせる。そのまま相手の鎌の柄に自分の鎌を滑らせこちらの攻撃だけを一方的に押し通す。
滑らせた先に存在しているのは、反撃を試みていた死神の頭部だ。驚きの表情を浮かべた刹那の瞬間に、その頭部は声を上げる間も無く喰い潰される。
ふと頭上に気配を感じると、ひとりの死神がコートを大きく靡かせながらこちらへ向けて空中から刃を振り落としてきていた。
思いついたままに自分の鎌を地面へと突き刺し柄の後方を空へと向けた後、その死神に向かって垂直に跳躍する。

「死にに来たのかしらっ!」
「それはざんねーん、死ぬのはミイちゃんじゃなくて貴女だよ」

くるりと身体を捻り振り下ろされた刃を難無く回避する。
それと共に空中でバランスを崩しているその死神の頭を軽く踏みつけ、ふわりと宙を舞う。
後は想像するまでもない、空中から前のめりに落ちることになる死神は予め地面へと突き刺されていた鎌の柄に喉を貫通された。
ふわりと地面に着地し近づいてみるとゴプッと血を吐き出し目を震わせていた。まだ息があるようだ、迷惑な。

「だっさーい、無様に生きてないでさっさと死ねば?私の邪魔だし」

その頭を左手で鷲掴みにし、無理矢理鎌から引き千切る、あーあ、汚い。

「今ならっ」
「あなた達もほんと学習しないね」

また性懲りも無く後ろから攻撃してきた相手をポールダンスの要領で突き刺されたままの鎌の柄を使いくるりと回転しながら蹴り付ける。こいつら同じ事しかできないのかな?
地面に着地するのと同事に鎌を引き抜き、蹴り付けられた拍子に転倒している死神の身体を喰らう。

「はーあ、おしまい、だっけ?あれ?ひとりたりなあい?」

全部で21人いたはずだ、後ひとりはいったい?
きょろきょろと周囲を見渡すと、鮮血の海の中で崩れ落ち座り込んでいる、ひとりの死神が目に入った。


「あ、ああ……」
「あれえ?女の子だあ?ここ女の子多いねえ?」

震える声から察するに最後に残ったのは女性らしい。
この戦闘で殺害した中には数人女性が混ざっていた気がする。稀と言う程では無いがこれだけ女性がいる拠点は多少珍しい。
ゆっくり、ひたひたと、その女性に正面から近付いて行く。

「い、嫌!」

座り込んだまま鎌だけを取り抵抗しようとしてきたところで、手にされた鎌を蹴り飛ばし抵抗手段を排除する。

「ひっ」

完全に戦意を喪失している。被られているフードを脱がせても一切の抵抗が無い。
露わになった素顔は金髪碧眼の美少女であった。その美しい顔は涙に濡れ、表情は恐怖に染められている。
長く月明りに光る髪もこれまでの戦闘によってかぐしゃぐしゃになってしまっていた。

「わあ、かわいい女の子だあっ」
「あ……?」

私の言葉に無言の疑問を呈してくる。
つい遊びたくなってしまい、その頬に血に塗れて傷だらけの手を優しく添える。
涙と血によってぺたりと湿った頬は薄っすらと冷たい。

「ねえ、貴女は何をして堕ちたの?」
「わ、私は何もしてない、何もしてないわ!」
「ほんとお?」
「本当よ!私は、私は何もしてない!だから殺さないで、死にたくない、死ぬのは嫌、嫌なのよ!」

――みゅふっ。

その言葉を聞いて、目の前でシュルリと羊皮紙を召喚する。
そこに書かれているのは以前通知されていた彼女の抹消依頼と、抹消理由だ。

「アイシャ・アンダーソン、抹消理由、人間の子供の虐殺、妊婦への拷問、殺害、ふうん?これで何もしてないことになるんだあ?」
「そ、そんなのでたらめよ!私は、私は命令されたから、っ」

にたぁりと私は顔を歪める。

「ごめんねえ?下手な嘘吐きは嫌いなの」

少し横に歩き距離を取り、そのまま女性の足を開いた刃で咥え込む。

「いっ!?」

気味が悪くなる程にゆっくり、牙を閉じて行く。
咥えた瞬間肉に喰い込んだ刃は、女性を逃がすことは無い。

「や、やめて!」
「やめて?私は何もしてないよ」
「その刃を止めてって言ってるのよ!」
「貴女がしたことで何もしていないって言うなら、今私がしていることなんて呼吸と変わらない、そゆこと」
「っ!」

女性は、キッと恐怖を浮かべたままの顔で睨み付けてくる。
私は特に何か反応を返すわけでもなく、ただ刃を閉じ続ける。

「痛い!痛い痛い痛い痛い痛い!」

女性のその声にすら、反応を示さない。
視界に入っているものを見下し、見下ろしている、それだけ。

「いや、いやああああああ!脚が、脚が、たすけて!たすけて!」

少しずつ、数センチずつ喰い裂かれて行く脚は、綺麗に切断されるというわけには行かない。
この女性に辿り着くまでに20人もの死神と激しい戦闘を繰り返した刃の切れ味は、多少下がっている。
刃を魔力でコーティングしているおかげで刃毀れを起こさないと言っても、それは魔力を持たないものが相手である場合の話だ。
死神に限らず同じく魔力を持つものを殺し続けていると、身体に内包されている魔力によって刃には少なからず傷が付いてしまう。
鈍い切れ味の刃に挟み込まれる肉は、斬られると言うよりも押し潰されるに近い。
施行されている当人にとっては相当な苦痛となるのだろう。
私にはわからないけれど。

「ああああああああああ!」

耳を劈かれるような悲鳴が闇夜を震わせる。
刃には何やら硬いものが当たっているようだ。
脚からなのか刃からなのかミシミシと鈍い音を立てているのが窺える。
それでも、無機質に閉じられて行く刃の動きは止まらない。
鈍く聞こえる音は次第に大きくなって行く。

「骨が、骨が、ほねほねほね、わたしのほねがあああああああああ!あ”?!」

――バキンッ。

どちらからともなく聞こえていたミシミシという音が、大きな破裂音のようなものがすると共に聞こえなくなる。
それに伴い、ぷつんっと途切れたように悲鳴も収まる。

「あ、ぐっ、ひ、い……」

見ると、いつのまにか倒れ込んでいた女性の顔からは力が抜け、だらしなく空を仰いでいる。
せっかく長い時間を掛けて切断していた脚は、骨を砕いた衝撃によってなのか、既に胴体との繋がりを断たれていた。

「んう?ふふ、まだ終わってにゃーのにイっちゃったあ?」

正面に立ち、つんつんと鎌の先で顔をつついてみる。
しかし、返ってくるのは嗚咽なのかすら怪しい、ただの雑音であった。

「無視なのお?」

刃先を使い、ぐいっと引き起こしてみるもやはり返事と取れる反応は無い。

「んー。まあいっかあ、次は上ね、途中で死んだり痛覚が無くなったりしないよう心臓と脊髄は避けてあげる」

一度引き起こしていた上半身を地面に下ろしてから、開きなおした刃で頭上から胴体までを挟み込む。
そしてそのまま、上部の中心にあたる刃のみ開いたままにして、それ以外を先程と同じ要領で閉じ始める。
こうすることで、頭部、心臓、脊髄とあらゆる即死、無痛要素を避けることができる。
彼女には最大級の苦しみが待っているのだ。

「っ?!」

言葉にならない“何か”を口から漏らしながら、女性はガクガクと痙攣を始める。
鎌の独特な形状により、真っ先に裂かれるのは刃の先端部に当たっている腹部だ。
柔らかな腹部の肉は閉じられる刃によってひとつの苦労も無く着実に開かれ、紅を吐き出して行く。
流石に肋骨の反発程度は感じるけれど、そんなもの有って無いようなものだ。一緒に圧し折ってしまえる。

「いっ、あ、あっ!!」

反応が無くても、反射は起こる、身体に刺さる刃が深くなる程に痙攣が比例するかのように大きくなる。

「気持ち良いよねえ、ゆっくり壊されちゃうのって……」

嘘は言っていない、本心だ。
それ以前に私の言葉がもう彼女には届いていない気もするけれど。
背からも突き刺さる刃にもよって、前後から圧迫される肋骨は悲鳴を上げている。
そろそろ限界だろう。伝わってくる反発も相当なものになってきている。
刃は、腹から胸の辺りへと到達していた。

「にゅっふふ、肋骨、折れちゃいそうだねえ」

反発に続き、ヒビが入っているような音を、途切れ途切れに出し始める。
次第に音が出される感覚は狭まって行き、そしてしばらくした後、ゴッと重い音が響く。

「いぎっ?!」
「あー、折れたねえ?あはは!たのしーい?きもちーい?」

元々溢れていた紅い液体が、一瞬で量を増す。
圧し折られた肋骨が体内で刺さっているのだろう。
彼女の理性と正気はともかく、意識はまだ残っているようだ。刃を止めることは無い。
気付くと、既に胸どころか肩付近までも深く裂いている。後はそれを切断するだけだ。

「はあ、もう飽きちゃったや、えいっ」

そろそろ飽きを感じ始めたのでさくっと刃を閉じ切ってしまう。
それと同事に小さく跳ね、尋常じゃない量の血液を散乱させる女性の身体。
大量の鮮血がシャワーのように私に降り注ぐ。
一通り身体から吐き出したその後は、脈を感じさせない液体がとろとろと流れ出るだけだった。
彼女の眼は大きく見開かれたまま光を失っている。

「流石に死んじゃったかあ、でもやっぱり女の子の方がヤるの気持ち良いなあ、自分で想像しやすくていっぱい感じちゃう」

至るところを切り裂かれ流れ出た自身の血と、他者の血を浴びて、純白だったネグリジェすら見る影も無く血色に染まり、ズタズタに引き裂かれた自分の身体はとてもかわいく見える。
下半身は一度切断されたときに修復してしまっているせいで綺麗なままなのが残念だけれど、それでも充分だ。

「ふう、たっくさん遊んだあ、早く帰ってこのこと報告しちゃおっ」

今日の依頼は本当に楽しかった。せっかくだし私にこの依頼を通知してくれたしやみんにお礼のお土産でも買っていこうかな。

「ああっ、でもそれだとまた一旦傷全部治さなきゃいけなくなっちゃうよね、どのみちしやみんのところに行く前に治さなきゃ部屋が汚れちまうだろって怒られるんだけど」

しかしお土産も買っていきたい、背に腹は変えられないので渋々傷を治し、ついでにネグリジェも予め魔力を通しておいたものを召喚し、着替える。

「あれ?爪もかけちゃってる、もう、せっかくかわいく桜色のネイルしてたのに、これじゃあかわいくない」

着替えた後、何もおかしいところが無いか全身を確認していると、左手の親指の爪が欠けていた。頭を鷲掴みにしたときにでも欠けたのだろうか?
右手の親指の腹をその欠けた爪に当て、ぐいっと引っ張る。すると引っ張った分だけ爪が再び伸びる。便利な身体だ。

「これでだいじょうぶっ、お土産買うついでに同じネイル買って塗りなおそう」

流石にネイルにまでは召喚する準備をしていない、それは仕方ないだろう。
お土産は何を買って帰ろうかと、私はそのまま気分良く血肉の海を後にした。

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