――内務省個性特務課とは。
"個性"という特異体質及び現象を統括、"個性"による犯罪を取り締まる『政府』の組織である。
「何かあったのですか、坂口さん。さっきから何度も時計を確認して」
「……いえ。すみません、お気になさらずに」
参事官補佐、坂口安吾。
「あっ、今日って理世ちゃんの入試試験ですよね。だから安吾先輩、朝からそわそわしてたんすか」
安吾の側近兼直属の部下、村社八千代。
「……はは。ええ、彼女はいつも通り元気よく家を出たんですが、僕の方がなんだか落ちつかなくて」
「理世ちゃんももう高校生か。時が経つのは早いですね。確かあの難関の雄英校のヒーロー科を受けるんですっけ」
同様の青木卓一。
「はい。名だたるヒーローを輩出している偉大なヒーローの登竜門のような高校ですが、本人は敦くんと龍之介くんの出身校だからと」
「理世ちゃんらしいっすね。まあ、あの子なら大丈夫でしょ。あのお二方の娘さんだし、便利な"個性"で特務課にぜひ欲しい人材ですけどね!」
「ええ、そうですね。ただ、両親だったお二人の願いでもありますし……僕自身も、あの子はヒーローとして輝いて欲しいですから――」
そして、雄英高校入試試験会場。
『今日は俺のライブにようこそ――!――!――!!エヴィバディセイヘイ!!!!』
(いやいやいやいや……)
――結月理世。ちゃんと名前も書いてあるなと最後に確認し、筆記試験はさくっと終えて、部屋を後にした。
実地試験に向け、気合いを入れ直し、会場で待機していたら――いつの間にかそこはプレゼント・マイクのライブ会場に変わっていた。
彼は耳を傾け呼び掛けるけど、もちろん会場は、
シーーーーン。
『……こいつあシヴィーー!!!受験生のリスナー!実地試験の概要をサクッとプレゼンするぜ!!アーユーレディ!?』YEAHHーー!!
「「……………………」」
無音。会場は変わらずシーンと静まり返っている。さすがにこの場で答える猛者リスナーはいなかったようだ。(マイク無しにこの声量……これでも抑えているんだろうけど、あれで攻撃されたらひとたまりもないだろうなぁ)
雄英は現役ヒーローが教師を勤めているのも売りと聞いていたけど、そんなテンション高いボイスヒーロー《プレゼント・マイク》が進行役とは、雄英もお茶目である。
『入試要項通り!リスナーにはこの後!10分間の"模擬市街地演習"を行ってもらうぜ!!持ち込みは自由!プレゼン後は各自指定の演習会場へ向かってくれよな!!』
再び懲りずに「O.K!?」と呼び掛けるプレゼント・マイクを私も無視し、配られたプリントに目を通した。
彼の説明も聞きながら、内容を簡単に頭の中で整理。
"個性"を使って"仮想敵"ことロボットを行動不能にする。
攻略難易度に応じてポイントがあり、そのポイント数を稼ぐこと。
ヒーロー科の一般入試の定員数は18人だから、18位までに入れば良いということだ。(七つの会場に分かれるとしてもこの人数だし、仮想敵の奪い合いかな)
優れた攻撃力より、素早い機動力の方が有利な気がする。(攻撃手段のない"個性"では不利な試験内容だよねぇ)
"個性"は「適材適所」なのに。
「もちろん他人への攻撃等、アンチヒーローな行為はご法度だぜ!?」
そこまでプレゼント・マイクが説明すると「質問よろしいでしょうか!?」と一人の男子生徒が声を上げた。
離れていてもよく通る声。
天井からパッとライトがピンポイントに彼を照らして目立つ、すごく。
私も含めて会場の視線が、自然とその男子生徒に集まった。
「プリントには四種の敵が記載されております!誤載であれば日本最高峰たる雄英において恥ずべき恥態!!我々受験者は規範となるヒーローのご指導を求めてこの場に座しているのです!!」
恥態……?確かにさっき三種って言ってたっけ……。
そう質問した彼は随分と生真面目そうな人だ。眼鏡をかけている人は皆、真面目なのか。(安吾さんとか国木田さんとか……)
「ついでにそこの縮毛の君」
続けざまに"まじめがね"くんは近くの地味めの、緑かかったもさもさ頭の男子生徒に「ボソボソと気が散る」と注意する。
見覚えがあると思ったら、試験前に校門前ですれ違った、転けそうになっていた人だ。
寸前で近くにいた、麗らかな女子の"個性"によって転けずにいたけど、つくづく不運というか……。
クスクスと笑い声が周囲から起きて、萎縮する"もさもさ"くんはちょっと可哀想。まじめがねくんも試験前でピリピリしているんだろうけど。
「オーケーオーケー」
宥めるようにプレゼント・マイクが口を開けば、すぐさま皆の意識はそちらに移る。
「受験番号7111くん、ナイスなお便りサンキューな!」
(お便り!ノリがラジオだっ)
「四種目の敵は0P!そいつは言わばお邪魔虫!スーパーマリオブラザーズやったことあるか!?」レトロゲーの。
(あ、懐かしい。よく遊んだなぁ、乱歩さんと)
「あれのドッスンみたいなもんさ!各会場に一体!所狭しと大暴れしている"ギミック"よ!」
「有難う御座います。失礼致します!」
まじめがねくんは、礼儀正しく機械のようにお辞儀をしてから満足そうに席に座った。
「なる程……避けて通るステージギミックか」
「まんまゲームみてえな話だぜ。こりゃ」
へぇ、ギミックかぁ。ちょっと面白そうと思っていたら皆も思う事は一緒らしい。
「俺からは以上だ!!最後にリスナーへ我が校、校訓をプレゼントしよう」
入試説明もこれで終わりと、プレゼント・マイクの次の言葉を会場全体が静かに待つ。
「かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った!『真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者』と!!」
――"Plus Ultra"!!
(更に 向こうへ!――か)
「それでは皆、良い受難を!!」
生徒たちの背中を押すような、高揚するような粋な言葉のプレゼントだった。
演習会場に向かう前に、制服から動きやすい服装に着替えるのでまずは更衣室へ。
室内は緊張感で充満していて、皆黙々と着替えている。
持ち込みは自由らしく、敦くんに貰ったお守りを持っていこうと手に取った。
自身の入試の時にも持っていたという同じ神社のお守り。
きっと効果は抜群なはず。
準備ができて、ロッカーを閉めた。
「街じゃん!!敷地内にこんなんがいくつもあんのか!」
「雄英スゲー!!」
ここが演習会場……!!会場に行くのにバスに乗せられて首を傾げたけど、その理由が分かった。
目の前には無機質なビルが建ち並ぶ見慣れた街の風景。ぽかんと口を開けて眺める。雄英は広いって聞いたけど、想像以上だぁ……!(さすが天下の雄英!)
「――その女子は精神統一を図っているんじゃないか?」
再びよく通る声が背後に聞こえた。さっきのまじめがねくんだ。
「君は何だ?妨害目的で受験しているのか?」
振り返って見ると、彼が先ほど注意したもさもさくんの肩を掴んでいる。
「あいつ校門前でコケそうになっていたやつだよな」
「注意されて萎縮しちゃった奴」
「少なくとも一人はライバル減ったんじゃね?」
周囲から聞こえてくるのは、そんな言葉と共に再びクスクス声。
思うことがあって、二人の元へ向かった。
「まあまあ。その人、さっき転けそうなところをその女の子に助けられたみたいだから、そのお礼を言おうとしたんじゃない?」
「む……そうなのか?」
「っ!(さっきの綺麗な人だ……!)」
もさもさくんと目が合ったのでにっこり微笑む。
見たままの光景を言っただけだけどね〜
「それに、もうすぐ試験が始まるよ〜」
「そうだな……お騒がせしてすまなかった」
まじめがねくんは素直に謝罪を口にし、あっさり引いてくれた。思ったより良い人かも。
「あ、あああの、ありり、ありが……っ」
「蟻?」
一方のもさもさくんは何やらめちゃくちゃ噛んでいる。(ありがとうって言いたかったのかな)
こんなに緊張して、もう試験が始まるのに大丈夫なのかとちょっと心配になった。
『ハイ、スタートー!』
「ん?」
「え?」
あれ?今スタートって………思わずもさもさくんと顔を見合わせる。
『どうしたあ!?実践じゃカウントなんざねえんだよ!!走れ走れぇ!!』
――賽は投げられてんぞ!!?
どこからか響くプレゼント・マイクの声。
スタートさりげなさ過ぎる!
次の瞬間、弾かれたように皆は一斉に走り出した。
「みんな速いねぇ〜私たちも急がないと」
「う、うんっ!」
遅れはすぐに取り戻せるといえ。
「じゃあ、お互い頑張ろうね!」
「……!?あれ!?」
――消えた……!!
唖然としているもさもさくんにそう言い残して、私は"個性"を使った。
試験だし、数少ない席を争うライバル。手助けはできないよね。
空中に移動して、まずは頭上から状況を確認する。
移動に特化したこの"個性"ってやっぱり便利。
重力に従って落ちる前に、"テレポート"を繰り返して前に進む。
(もう何体か仮想敵が破壊されている……。急がないと)
標的を見つけ、口角が上がった。
すぐ側に現れたと同時に、仮想敵ことロボットに手を触れる。
基本、手を触れさえすればこっちのもの。
別の仮想敵の頭上に飛ばして、落ちた一体もその下にいた一体も同時に破壊して行動不能。
よしっ、一気に倒せて合理的!
「わっ!ミサイル!?」
次に現れたのは今倒したものより一回り大きく、"3"と書かれたロボット。
数字はそのままポイント数を示すらしい。
なるほど。攻略難易度に応じてのポイントだって、さっきプレゼント・マイクが言ってたっけ――次々と襲いかかるミサイルをテレポートで避けながら思い出す。
試験用だからか、速度も威力も大したことはない。避けるのは簡単だけど、あまり倒すのに時間はかけられない。
他の受験者たちが3ポイントを狙いに集まって来たから。
(要は行動不能にすれば良いから……)
再び仮想敵に触れて、今度はビルに飛ばす。
ビルの壁に埋まって、物理的に行動不能。
理屈は簡単。テレポートした物体は、テレポート先にある空間を押し出して現れるから。
(さっきの二体は1ポイントと2ポイントだから、これで6ポイントか)
まだまだ頑張らないと!
***
「――現時点でのBのトップは彼女か。Aの彼のような派手さはないが、良い動きだ」
「ズバ抜けた機動力に観察力。冷静で状況判断も早い。行動不能にする方法も合理的だな」
「この入試は敵の総数も配置も伝えていない。限られた時間と広大な敷地……そこからあぶり出されるのさ」
状況をいち早く把握する為の情報力。
遅れて登場じゃ話にならない機動力。
どんな状況でも冷静でいられるのか判断力。
「そして純然たる戦闘力……市井の平和を守る為の基礎能力が、P数という形でね」
「その点、彼女はオールマイティーに満たしているな」
オールマイトはモニターを見つめる。
「推薦入学者の例の子同様にプロヒーローの家系出身でしょうか」
「なら、推薦で入試しに来るんじゃない?」
「いや、インゲニウムの弟も一般で受けに来てるから一概には言えんだろ」
「同じBエリアだな。彼もなかなか……」
手元の資料を捲る者たちに対して、彼は見ずとも"彼女のことは話を聞いていて"よく知っていた。
「結月 理世。"個性"《テレポート》!自身や自分以外の物体を瞬間移動することができる!便利だな!!」
「治癒系と並んで希少な"個性"ね」
注目すべきは汎用性のある"個性"の特性だけではなく、"個性"を使いこなすのに欠かせない自身の能力の高さ。
緻密なコントロール。集中力。空間把握力。
これは素質だけではなく、努力がなければ培われないだろう――さすがだとオールマイトは一人唸った。
そして、こっそりと口元に笑みを浮かべる。(安吾くんの元で立派に育ったな。"個性"の扱い方は太宰くん仕込みか)
「今年はなかなか豊作じゃない?」
「いやーまだわからんよ。真価が問われるのは、」
――これからさ!!
「圧倒的脅威。それを目の前にした人間の行動は正直さ………」
「メリットは一切無い。だからこそ、色濃く。浮かび上がる時がある」
――ヒーローの大前提!!自己犠牲の精神ってやつが!!
***
「ふぅ、これで57Pかな」
少し休憩がてら、ビルの屋上の端に腰を下ろす形でテレポートした。
周りがどれだけポイントを取ったか分からないけど、なかなか良い線いっているんじゃないかなぁ。
(まじめがねくんの"個性"、すごかったなぁ。脚にエンジンがついてて、蹴りもすごかった。もさもさくんは見かけてないけど大丈夫かな……)
「………っ!」
その時――凄まじい機械音が後ろから耳を突き、肩が跳ねる。
なに!?と慌てて立ち上がり、振り返って、その光景に目を疑った。
「………………!!?」
突如、ビル群の合間に忽然と現れた超巨大ロボット。なにあれ!?
『あれのドッスンみたいなもんさ!各会場に一体!所狭しと大暴れしている"ギミック"よ!』
直後、プレゼント・マイクの言葉を思い出す。いやいや、待って。
どこがドッスンなのか。
ドッスンはその場から移動しない――。対して超巨大仮想敵は、ビルを破壊しながら普通に闊歩している。
……。例え間違っていない!?
(ちょっと面白そうって思ったけど、やりすぎでしょう雄英っ)
ビルからダイブ。眼下には逃げ惑う人々。
仮にもヒーロー志望が悲鳴を上げながら逃げていくのはちょっとどうかとは思うけど……。逃げ遅れて瓦礫の下敷きになりそうな人は、話は別だ。
「うわあぁ……!――あれ?いつの間に安全な場所に……?」
テレポートを駆使して、被害を受けそうな人にタッチし、飛ばす。
(私がいなければ、今の人怪我してたよ!)
雄英には貴重な治癒の"個性"を持つヒーローがいるって聞いたから安心?らしいけど、誰だって怪我をするのは嫌なはず。(私は嫌。痛みに集中力切れると上手く"個性"をコントロール出来ないし。何より痛いし)
落ちてくる瓦礫に、そちらに飛ぶ前に別の黒髪男子が助けに入る。
「こっちは任せてくれ!」
「よろしく!」
逃げる人が多い中、なかなか見込みがありそうな人だ。
「……ん?……あれは……」
地味だけど特徴ある緑かかったもさもさ髪が目に入る。
超巨大仮想敵の方に向かって駆け出す彼に、まさかと思っていると次の瞬間、大きく飛び上がった。「!」
驚き、見上げた。
太陽の光が眩しくて目を細めつつ、逆光の中、超巨大仮想敵に振り上げた拳を叩き込む姿が見える。
何の変鉄もないシンプルな動作。だけど、
「……っ!」
空気を揺るがすような凄まじい衝突音が響き、超巨大仮想敵が後ろに倒れていく。
(ふっ飛ばした……!?パンチひとつで!?)
唖然。見た目からは想像できないミラクルパワー。
あれがもさもさくんの"個性"……!!(身体増強型?オールマイトの"個性"みたい。オールマイトの"個性"自体謎だけど)
0ポイントなのがもったいないなぁ。あんな巨大なロボットに立ち向かって、ふっ飛ばしちゃったのに――。
素直にすごいと感心していると、なんだろう頭上から絶叫が聞こえる。……?
「――え!?まさか落ちてるの!?」
どういうこと!?とにかく助けなきゃ……いや。
その必要はないとすぐに気づいた。
浮かせた仮想敵の破片に乗って、助けに行く女子生徒の姿が見えたから。(あの子は……転けそうになったもさもさくんを助けていた子だ)
彼女の"個性"は触れた物を無重力にするものらしい。
横に落ちてくる瞬間を狙って彼女はもさもさくんに平手打ちをした。……平手打ち?
バチンと良い音がここまで聞こえたような気がする。
すると、ふわりともさもさくんの体が浮く。
「解…除」
次に無重力ガールは両手の指をくっつけると、糸が切れたように二人は地面に落ちて……
(――っ、危ない!)
上から仮想敵までもが落ちて来るのに気づき、今度こそ助けに入った。
たぶん、仮想敵を行動不能にするのに浮かせていたのが、共に"個性"が解除されてしまったのだろう。
『終了〜〜〜!!!!』
二人を助けられて安堵をしたと同時に、会場に響いたプレゼント・マイクの声。
その少し前、もさもさくんが呻き声と共に「せめて1ポイントでも」と呟きが聞こえた気がした。
全ての試験が終了。
「大丈夫……じゃないみたいだね〜」
無重力ガールは気持ち悪そうにぐったりしている。
きっと"個性"の使い過ぎによる反動だ。私も"個性"を使い過ぎると目眩を起こすし。
次にもさもさくんの方を見ると、今度はその姿にぎょっとした。
「えぇっ!一体何が!」
もさもさくんは誰の目から見ても分かるぐらいボロボロで。
「折れてる!バッキバキ!」
心配して来た人も、赤黒く腫れた腕を見てひぃっと驚きの声を上げた。
無理もない。ヒーロー科の実地試験とはいえ、ここまで大怪我するとは思ってもみないし、するような出来事は……。(もしかして自分の"個性"の反動で……?それにしては……)
「助けた君、すごいね!テレポートの"個性"なんて初めて見たよ」
「ヒーロー向きの良い"個性"だな!」
「どうも!」
周りからの称賛に、笑顔を作って適当に答えていると「はい、お疲れ様〜」と、のんびりした声が届いた。
「お疲れ様〜〜お疲れ様〜〜ハイハイ、ハリボーだよ。ハリボーをお食べ」
人波の間から現れたのは、白衣を着た小さなおばあちゃん。(ハリボー??)
「あのマドモアゼル。雄英の"屋台骨"だ。あの人の"個性"は『治癒力の超活性化』雄英がこんなムチャな入試を敢行できるのも。彼女に依る所が大きいみたいだね」
どこからか気取った説明が。彼女が例の雄英の看護教諭、リカバリーガールらしい。
「こっちに重傷者がいます!」
手を上げ呼ぶと、リカバリーガールは注射針型の杖をつきながらこっちに歩いてくる。
「おやまあ」もさもさくんを見下ろして、のんびりした口調で彼女は驚いた。
「自身の"個性"でこうも傷付くかい……まるで身体と"個性"が馴染んでないみたいじゃないか」
身体と"個性"が馴染んでない…?その言葉に首を傾げる。
"個性"の発現は大体三、四歳。
昨日今日で発現したわけでもあるまいし、どういうことなんだろう。(よっぽど今まで"個性"を使って来なかったとか?私なんてばんばん使ってるけどなぁ〜)
「チユ〜〜〜」
「!」
ビクッ。びっくりして肩が跳ねた。
唐突に口を尖らせ、もさもさくんの頭に吸いつくリカバリーガール。
何の奇行かと思ったけど、それがリカバリーガールの治癒の施術らしい。
その証拠に、目に見えてみるみるうちにもさもさくんの腕が良くなっていく。すごい!
いきなりだから驚いたけど、よく考えてみよう。可愛い施術方法だ。
横浜のある探偵社には、怪我を治すのに瀕死じゃないと治せない"個性"で、半殺しにしてくる女医がいるのを知っている。(身内には敵より恐れられている)
「そっちの女子生徒は軽い足の怪我だね。チユ〜〜。あとはただの"個性"による酔いさ。あんたに任せて良いかい?」
「あ、はい」
「ちゃっちゃといくよ。他に怪我した子は?」
リカバリーガールからハリボーを貰うと、彼女はあっさり行ってしまった。
思わず二つ返事をしちゃったけど、どう看病しよう?とりあえず背中を擦ってあげればいいかなぁ?
乗り物酔いみたいなものなら、いっそのこと吐いた方が楽になるかも知れないし。
(もさもさくんは治療して放置?って思っていたら、救護ロボットが担架と共に現れ、彼は運ばれて行った)
「はーっ!もう大丈夫みたい。おかげさまで元気なった!それに、さっきは助けてくれてありがとう、理世ちゃん!」
自分でロボットを浮かせてたのすっかり忘れてもーた――。
無重力ガールこと"麗日お茶子"ちゃんは、一転して朗らかに笑った。
「元気になったみたいで良かった!」
あの後すぐにお茶子ちゃんは無事に?吐くと、酔いは落ち着いたらしい。
口も濯いでさっぱりして、すっかり回復したお茶子ちゃんは、丸いほっぺが可愛らしい明るい女の子だ。
お茶子ちゃんはどこに住んでるの?理世ちゃんの"個性"って、あのテレポートなん!?
そんな会話をしながら更衣室で着替えて。
荷物を持って外に出ると、お茶子ちゃんはぽつりと呟いた。
「あの人……「せめて1ポイント!」って言ってたよね」
「うん、私もそう聞こえた気がする」
あの人とはもさもさくんのことだ。
詳しく話を聞くと……。あの時もさもさくんは、瓦礫に足が挟まり動けないお茶子ちゃんを助けようとして飛び出したらしい。
逃げていく人たちが多かった中、勇敢だと思う。(ちょっとヒーローっぽい素質だ。見た目の雰囲気とは裏腹に)
でも、せめて1ポイントってことは、0ポイントってことで。
合格の確率は――
「理世ちゃんっ!!」
お、おぅ。いきなりお茶子ちゃんに力強く名前を呼ばれた。なにやら決意したらしい。
「私、やっぱり先生にあの人のこと話してくる!私を助けようとしてロスしたんだし……」
「お茶子ちゃん……」
「理世ちゃんは先に帰ってて!本当に今日はありがとう!」
また会えたら良いね!できれば雄英で!
――お茶子ちゃんは勢いよくそう言うと、元気よく行ってしまった。
少年コミックのヒロインのような良い子だなぁ……。お互い合格していると良いな。あのもさもさくんも、せめてチャンスだけでも。
(……さて。安吾さんに連絡入れて……。私は疲れたし、まっすぐかーえろ)
数分後返信が来て、内容は港まで迎えに行くとあった。行きと同じく帰りもフェリーに乗り込む。
地元の横浜と海で繋がっている雄英は、フェリーの定期便が運航していて実は電車より近道。(一番は新幹線)
心地よい波に揺られているとウトウトと眠気が襲って来た。
そのまま素直に瞼を閉じる……。
***
「――実技総合成績出ました」
「今年は同率1位が二名か」
「だが、方や敵ポイント、レスキューポイントと共にバランスが良く、方や救助ポイント0で1位とはなあ!!」
「仮想敵は標的を補足し、近寄ってくる。後半、他が鈍っていくなか派手な"個性"で寄せ付け迎撃し続けた。タフネスの賜物だ」
「彼女の方は最後のギミックにも慌てず周りの状況を冷静に把握し、救助に回ったのがポイント高いね」
「推薦入試でもおかしくない実力だと思っていたが、同中学に別の推薦入学者がいたのか」
「対照的に敵ポイント0で7位。アレに立ち向かったのは過去にもいたけど……ブッ飛ばしちゃったのは久しく見てないね」
「思わずYEAH!って言っちゃったからな――」
「しかし、自身の衝撃で甚大な負傷……まるで発現したての幼児だ」
「妙な奴だよ。あそこ以外はずっと古典的な不合格者だった」
「細けえことはいんだよ!俺はあいつ気に入ったよ!!」
「YEAH!って言っちゃったからな――」
「(………ったく、わいわいと……)」
国立雄英高等学校ヒーロー科。
合否通知は一週間後――。