天才の弟子

 ヴィラン襲撃から翌日――少しだけゆっくり起きて、安吾さんが用意してくれた朝食を食べる。

 安吾さんも今日は普通に出勤のはずだけど、急遽在宅勤務だ。

 昨日の事情聴取をまとめる作業があるからって言ってたけど、たぶん私を心配してくれてるんだろうな。

 午前中はのんびり部屋のベッドでごろごろしながら、スマホをいじる。

 もうネットニュースになっているな、とか。

 そのおかげで中学時代の友達からメッセージが来るわ来るわで、作業化してほぼコピペで返信。

(午後は……探偵社に行こうかな。昨日の襲撃での事で、太宰さんに話したいことがあるし)

 一応先に連絡を入れておこうと、太宰さん宛にメッセージを打ち込もうとした時――かかってきた着信。

(でっくん?)

 電話の主の名前を見て、少し意外に思いながらボタンを押した。

『あ、あれ、かかって……』

 耳にあてた瞬間、飛び込んできたのは焦った声だった。

「昨日はお疲れさま、でっくん。間違い電話だった?」
『っ結月さん!お、お疲れさま……!間違ってかけちゃったけど、間違いじゃないというか……その』
「?」

 電話が苦手な感じかなぁ、でっくん。

『突然、ごめんね!結月さん、調子はどう?怪我、……とか』
「ほとんど"個性"多用の反動だったから、もう大丈夫だよ。首の痣も残らないって言われたし」
『そっか。良かった……』

 安堵のため息が聞こえて来て、心配して連絡くれたのかな?

「でっくんは?リカバリーガールのお世話になったって聞いたけど、治療できた?」
『うん、なんとか。僕もほとんど完治したから大丈夫だよ』
「お互い無事で何よりだねぇ」

 少しの沈黙が訪れてから、でっくんは「あの……」とおずおずと切り出す。

『話したいことというか、聞きたいことというか、色々あって……お礼もちゃん言いたいし……!』
「ふふ、うん」

 アタフタしているでっくんが目に浮かんで、自然と笑みがこぼれた。(お礼って最後のあの時のことかなぁ……助けられたのは私の方なのに)

 直接ゆっくり話そうかという事になり、じゃあ……

「明日の放課後はどうかな?ヒーロー基礎学ないみたいだから」

 そうと決まり、また明日と電話を切る。

 でっくん、思ったより元気そうで良かった。
 それにしても、話したい事も聞きたい事も全然予想がつかない。まあ、明日になれば分かることか。(あ、そうだ太宰さん太宰さんっと……)


「安吾さん、ちょっと探偵社に行って来るね。遅くならないうちに帰るから」

 お昼を食べ終わり――探偵社までの距離なら庭みたいなものだし、安吾さんも軽く了承してくれた。

 探偵社に行くのも久しぶりだ。

 よく学校帰りに遊びに寄っていたけど、受験や何やらで最近は忙しかったし。

 ――武装探偵社はレトロな三階建ての建物の二階にあり、一階は探偵社の皆の憩いの場、喫茶店うずまきだ。

「ちょっと理世!あなた出歩いて大丈夫なの!?」
「あっルーシーちゃんだ!」

 ちょうどお使い帰りのルーシーちゃんに出会した。

 ルーシー・モード・モンゴメリ――ルーシーちゃん。

 海外からの留学生で、この喫茶うずまきでバイトをしている四つ上のお姉さんだ。

「うん、ここら辺は庭みたいなものだし。臨時休校で暇で」
「はあ……相変わらず緊張感というものがないわね。……こっちがハラハラするわ」
「ご心配おかけしました」
「べ、別にそこまで心配してないわっ。とにかく、あんまり遅くならないうちに帰るのよ」
「はぁい」

 ルーシーちゃんと別れて、これまたレトロなエレベーターに乗り込む。


「まさか、雄英校がヴィランに襲撃されるとはな」
「うちはしょっちゅう襲撃されてますもんね」

 国木田独歩――国木田さん。
 谷崎潤一郎――潤くん。

(しょっちゅう襲撃されるのもどうかと思うけど……)

「理世ちゃんが無事で何よりだよ。ナオミも心配してたし、安吾さんもすごく心配したンじゃない?」
「護衛を忘れて駆けつけてくれるくらいには」
「うわぁ……」
「相変わらずの過保護っぷりだな……」

 過保護のうちに入るのかなぁ?
 いつまで経っても安吾さんの中では、出会った時の幼い私で止まっているんじゃないかと、思う時がたまにある。

ヴィラン連合って名の通り、奴らがまだ弱いままで良かったねー」
「名の通り?乱歩さん、どういう……」
「ほーら、ねるねるねるねの新味〜」
「っんぐ」

 口を開いた瞬間、ねるねるねるねを口の中に突っ込まれた。(みかん味らしい。おいしい)

 無邪気な言動だけど、この人こそ世界一の名探偵――江戸川乱歩さん。

「ヒーローなんて危険でつまらない職業は止めて、君は僕の助手になる方が良いのに」

 さらりと乱歩さんは、衝撃的で聞き捨てられない言葉を言った。

「ちょっ……ちょっと待ってください乱歩さんっ!」
「そうですよ、乱歩さん!ヒーロー志望の理世ちゃんの前で、さすがにヒーローをそンな風に言っちゃうのは……」

 潤くんがフォローしてくれたけど、ごめん。そこじゃない。

 ヒーローをそんな風に言っちゃうのは、さすが乱歩さんというか、悪気はないのを知っているから気にしないけど。(乱歩さんにとって地位も名誉もお金もミジンコほどに興味がないもの)

「私、乱歩さんの言葉がきっかけでヒーローを目指したんですけどぉ!!」

 その言葉に「え、そうなの」と潤くんと国木田さんがきょとんとしている。

「……あぁ〜!」

 どうやら乱歩さんも思い出してくれたようだ。
 そう、あれは乱歩さんと初めて出会った時。

『――なら、君はヒーローを目指すと良い』

 あの時、言ってくれたその言葉は。

 他の誰でもなく"名探偵"の乱歩さんが言ったから、私はその言葉を信じられた。

 そのきっかけが安吾さんとの縁を結んで、太宰さんや探偵社の皆とも出会う事ができた。

 今の私がいる大事な出来事。
 忘れられない大切な思い出。

 死柄木に洗脳しかけられた時も、真っ先に思い出した言葉――「じゃあ、助手兼ヒーローになれば?」

 …………だったんですけどね!(助手の方が本職なの!?)

「ええと、ダブルワークはちょっと」

 私の体力が持たないというか。そもそも名探偵である乱歩さんに助手は必要ないから、助手という名の付き人、もしくはお世話係だ。

「だって君の"個性"、便利なんだもん」

 駄菓子屋に行きたい時とかパッと行けるし〜そうあっけらかんと言う乱歩さん。

 こう見えて、安吾さんと一歳違いである。

「私をタクシー扱いするの乱歩さんだけですよ……」
「ビー玉も一瞬で取り出せられるしねえ」

 そう差し出されたラムネの瓶。

 瓶に触れてテレポートさせれば、ビー玉だけが乱歩さんの手のひらに残った。

 キラキラと光るそれを見て、乱歩さんはご満悦だ。

 唯我独尊。気まぐれで、電車にも一人で乗れない乱歩さんだけど、私が尊敬している人の一人。


 乱歩さんは《無個性》でありながら、世界一の名探偵だ。


「おやァ、誰かと思ったら理世じゃないか。良いもん首に巻いてるねェ。どれ、あたしが治してやろうかい?」
「これ、怪我じゃないですから!無傷なので大丈夫です!」

 与謝野先生の登場に、慌てて首を横に振った。
 先生は「残念だねェ」と、本当に残念そうに呟いてお茶を淹れにいく。

 与謝野晶子女史――探偵社の専属医。
 なんだけど……

「理世ちゃん、怪我しなくて良かったね……これからも怪我はしちゃだめだよ……」
「また解体されたの、潤くん……」

 潤くんの引きつった笑顔がすべてを物語っている。
 治療するのに解体、恐ろしい……。

「怪我ではないのなら、その包帯はどうしたんだ?」

 まさか、太宰の真似か?と心底嫌そうな顔をする国木田さんに、まさかぁと私も嫌そうに答えた。
 いくら太宰さんが私の"個性"の師匠とはいえ、そこまで心酔していない。

ヴィランに首絞められたんです。それで痕になっちゃって」
「さらっと恐ろしいことを言ったな!」
「それ本当に大丈夫だッたの!?」

 ぎょっとする二人をよそに、社内を見回し、別のことを聞く。

「その太宰さんはいないんですか?用があったんですけど、連絡しても返って来なくて」

 織田作さんの姿も見えないから、二人でお仕事中?潤くんの妹のナオミちゃんがいないのは学校だろうけど。

「あいつは毎度のごとくサボりだ!どうせどこかの川を流れているだろう。今朝出勤して第一声が「今日は良い入水日和だね、国木田くん」だったからな」
「ああ……」
「探しに行った織田もさっぱり帰って来ないわ、俺はもう知らんぞ!用があるなら勝手に探して煮るなり焼くなりしろ」
「は〜い」

 煮るなり焼くなりはしないけど。

 ぷんすか怒っている国木田さんの火の粉が降りかからないように、私はいそいそと退散する事にした。

「織田作さんなら、たぶん二丁目のお婆さんにまた捕まッてるンじゃないかな?」
「じゃあついでに救出して来ますね。太宰さんはやっぱり鶴見川かなー、ねえ乱歩さん?」
「君は僕の"個性"をそんなくだらないことに使うつもりかい?」
「いや、ヒントぐらい……いえ、自力で探して来ますっ!」

 ちょっとぐらい良いじゃないと思いつつ、確かに乱歩さんの神の頭脳をこんな事で借りるのも贅沢だ。(何故か乱歩さんは自身の能力を"個性"だと言い張る。無個性の方がすごいのに)

「学校は楽しいかい?」

 探偵社を出ようとした時に、そう与謝野先生に聞かれた。
 スラリとした足を組んだ姿は、色っぽくて憧れる。

「はいっ、楽しいです!」

 笑顔で答えて、私は太宰さんを探しに街に出た。
 まずは織田作さんを救出して、太宰さんを探すのを手伝って貰おう。


「助かった、理世。かれこれ二時間は話を聞かされていた」

 二時間も!?そんなに喋れるおばあさんもすごいけど……

「織田作さん、よく話の長い老人に捕まりますよね。そこはちゃんと途中でスパッと断らないと」
「断った。だが、誰にも本気にされない」

 えー?

「じゃあ、せめて嫌そうな顔をして帰りたいことに気づいてもらうとか!」
「するんだが、誰も気づかない」
「本当ですか?ちょっとやってみて下さい」

 …………。織田作さんはきょとんと私を見つめている。

「えっと、織田作さん……まだ?」
「今やってる」
「……。ああ、なるほど〜」

 織田作之助――通称、織田作さん。

 クールな見た目とは裏腹に、ぽやんとしているからなぁ織田作さん。天然というか。(そういえば、織田作さんと相澤先生って声がちょっと似てるかも。タイプは真逆だけど)

「……理世」
「?はい」
「よく、頑張ったな」

 何の脈絡もなくそう言って、織田作さんは頭を優しく撫でてくれる。(やっぱり天然だ……)

「太宰を探しているのか?もともと俺も探している途中だ」
「じゃあとりあえず、いそうな鶴見川に行ってみましょうか」
 
 上手い事、ここら辺の川に流れていると良いけど。
 沖に流されていたらさらに面倒だ。

「ん……あの足は太宰か」
「むしろ太宰さん以外いないと思います」

 ……キヨスケ?

 川から足だけ突き出して流れる人。
 まあ、太宰さんの事だから死んではないと思うけど。その趣味の自殺。ほどほどにして欲しいものだ。

「理世はここで待ってろ」と、織田作さんは川へと飛び込んだ。

 私の"個性"で助けられたら良いんだけど、太宰さんの"個性"は世にも珍しい《無効化》
 私の"個性"も例を見ず無効にしてしまうので、こういう時ちょっと不便だ。


「誰だい、私の自殺の邪魔をしたのは。せっかく気持ちよく入水をしていたというのに――」

 そう言って、むくりと起き上がったこの人こそ……

 天才、太宰治――通称、太宰さん。

 本当にこの人だけは謎だ。あの乱歩さんも謎だと言うんだから、もう世界の謎だ。

「……おや。誰かと思ったら、織田作に理世じゃあないか。二人も入水かい?」
「太宰さんじゃないんだからぁ」
「久しぶりだねえ理世。首に包帯を巻くようになったのかい?よく似合っているね。うふふ。私とお揃いだ」
「太宰さんじゃないんだからぁ」
「太宰。お前を迎えに来たんだが、理世が話をしたいそうだ」

 織田作さんの手が、ぽんと私の肩に置かれた。
 目が合うと、太宰さんは十人中九人の女性はうっとりしそうな微笑みを浮かべて。

「可愛い理世となら何時間でも構わないよ!では、お洒落なカフェでゆっくり話しをしようじゃないか!」
「どこにずぶ濡れの人を入れてくれるお洒落なカフェがあるんですかねぇ」

 オープンカフェでもお断りでしょうよ。

「俺は探偵社に戻る。理世、太宰を頼むぞ」
「あれ、私が理世を頼まれるのではなく?」

 織田作さんと別れると、私と太宰さんは川沿いを歩きながら話す事になった。
 とりあえず、太宰さんの服が乾かない事には、街に出ても怪訝な目で見られるのがオチだし。

「太宰さん」
「なにかな?」
「また、"個性"の稽古をつけて下さい」

 何もかも見透かしそうな鳶色の瞳が、細められた。

ヴィランに……この"個性"は簡単に人を殺すことが出来ると言われました」

 ――死柄木弔。あの時、違うとはっきり否定出来なかった自分にくやしかった。

「私はこの"個性"で、誰かを救うためにヒーローを目指しました。あの言葉を覆したいんです。殺しに特化した"個性"と言われるなら、殺さずに、ヴィランと戦える術を身に付けて」

 それに、昨日みたいにヴィランがいつどこで襲ってくるかは分からない。
 戦わなければ守れないものもあると分かった。

「どんな状況だったか、君がどんな目にあったのか、安吾から大体のことは聞いてるよ。ずいぶんと愉快なヴィランに出会したようだね」
「私と似た"個性"のヴィランがいて厄介でした。それに、主犯格のヴィランは不気味で暗い目をしていて……」

 光を通さないあの深い闇のような瞳は、まるで――……

「鏡花ちゃん、みたいだったかい?」
「……っ違います!少し似てたけど……全然違くて……」

 思わず否定したけど、それは図星だった。

 確かに一瞬、似てると思った。でも、違う。死柄木の瞳は、もっと深くて濁っているように感じる。

『私は……ヴィラン

 泉鏡花――鏡花ちゃんは。

 彼女は、両親をヴィランに殺されて孤児になったところを、無理やりヴィランの悪事に利用されていた少女だった。

 自身の夜叉の"個性"が、殺戮に特化しているからと、彼女自身がそう言っていた。

『もう、誰も傷つけたくない……っ!』

 その張り裂けそうな声。それが、彼女の本心だった。

 対して死柄木は、

「悪意を持つ、正真正銘のヴィランでした」
「……怖かったかい?」
「……でも。負けたくない」

 太宰さんはふっと笑う。

「似たような"個性"を持つヴィランがいたと言っていたね」
「はい、下位互換って言われました。二回も!」
「ふむ。それはそのヴィランの認識違いだ。安心したまえ」
「?」
「君の"個性"は空間移動系の中で最強のものだよ。私が知る限りね」
「!」

 そんな事、初めて言われた。

「では、まずはおさらいだ。君の"個性"は一見すると『発動型』だけど、本来の姿は『複合型』だ。それがどういうものかは分かるね?」

 こくりと頷く。

 "個性"は「発動型」「変形型」「異形型」の3系統に大別され、複合型は3系統の特徴を2つ以上併せ持つ系統だ。
 ざっくりいうと、複数の能力を使える一つの"個性"。

「一般的な"個性"の発現は、両親のどちらかの"個性"を引き継ぐか、もしくは両方の"個性"が交ざり、複合的に現れるのが大半だ。二つの"個性"が交ざらずに引き継ぐ複合型は珍しいとされている」

 その説明を聞いて、私が真っ先に思い浮かんだのは轟くんだ。

 轟くんも《半冷半燃》の珍しい"個性"だった。

 両親の"個性"が氷と炎で、それぞれの能力を綺麗に二つに受け継いだのだろう。

「君の場合はそれに加え、ご両親共、希少かつ同じ系統の"個性"という非常に珍しいパターンだ。その引き継いだ二つの"個性"は似ているようで、違う特性を持つのも理解しているね?」

 私は再び頷く。

「父の"個性"は《空間転移》自分のいる空間内に限り自分や物体を自由に転移させる能力。母の"個性"は《座標移動》手で触れた物体の座標を自由に動かす能力、ですね」
「その通り」

 太宰さんは満足そうに微笑んだ。

「現状、理世はね。その二つの能力を融合させて"個性"を使っていることになるんだよ」
「……確かに。そうなりますね」

 太宰さんに教わるままに使っていたけど、考えてみればそうだ。

 例えば、自分をテレポートさせるのは"空間転移"の能力だけど、そこから壁を通り抜けるように、空間を飛び越えてテレポートするのは"座標移動"の能力だ。

 "空間転移"の能力範囲は自分のいる空間のみだけど、"座標移動"の能力は空間には作用しない。(やったことないけど、自分に触れたら、"座標移動"の方でテレポートも出来るってことか)

「意識してなかったけど、結構複雑なことをやってたんですね〜私」

 単純に『触れる』か『触れないか』の違いぐらいの認識でいたけど。
 そして『触れる』方は簡単だけど『触れない』方は難しい、と。

「最初に詳しく説明しなかったのは、複雑な能力だから混乱させないためにだよ」

 そして、最初にそんな使い方で教えたのは、二つの能力を一度に慣れさせるのが目的だったらしい。合理的。

「同系統でかつ、別の特性を持つからこその特殊性だよ。一般的な複合型の能力を使うのが足し算とするなら、君のはかけ算だ。使い方の可能性は無限大。ヴィランのワープの"個性"なんて、君の"個性"の前じゃあ足元にも及ばないね」
「…………」

 ええと、つまりそれって「太宰さん、私……やばいですね!?」語彙力が消える程に。

 周りの評価ですごい"個性"なんだって自覚はあったけど、今の話を聞く限り規格外過ぎて。(良かったぁ、変な研究者とかに捕まらなくて)

「あ、もしかしてそれもあって、安吾さんは私を引き取ってくれたのかな?」

 いくら世話になった上司の娘だからって、引き取るなんて不思議に思っていたけど。(もちろん今は、どんな事情があっても感謝している)

 そんな未知数が高い"個性"なら、特務課の監視または保護対象になるだろうし。

「"君を守る"のに、特務課の地位は打ってつけだからね。悪いことをしても安吾が揉み消してくれるだろうし、理世の将来は安泰で羨ましい!」
「太宰さん。私ヒーロー志望です」

 太宰さんなら安吾さん脅して、無理やり揉み消してもらいそうだなぁ。

「さて、本題だ。そんな優秀な理世の"個性"だけど、"個性"は『異能力』じゃあない。身体能力だ。無理な"個性"の使用は身体に影響を及ぼす」

 それはよく知っている。現に、

「太宰さん。私、友達三人を助けるのに、"空間転移"の方を使ったら成功したの。でも、その後に反動の目眩がすごくて……。こっちの能力も使いこなせるようになりたいです」

 そしたらもっと応用が利くはずだし、色んな戦い方も出来るはずだ。
 
「結論から言うとだね、理世。訓練と言っても特別な方法はいらないんだよ。今まではこの"個性"を制御、コントロールする訓練をして来たけれど。ここから能力を伸ばすとなると、それはもう"個性"を使う他にない」

 特にそっちの"能力"ではねと太宰さんは付け加える。

「"個性"は身体能力……運動と同じってことですか」
「まずは触れずに転移させる使い方に慣れることだ。訓練は身心に過度な負担が起こらないように、徐々に負荷をかけるのが好ましいね。君は高校生になったとはいえ、まだ心も身体も成長途中だ。私は無理をさせたくないと思っているよ」

 確かに。今まで触れてテレポートさせる方法しかあまり使った事がなかったから。やり方に慣れてなくて反動も大きかったのかも。

「徐々にと言うと、転移させる物の重量を増やしたり距離を伸ばしたり……一度にたくさんの物を転移させたりとか?」

 河辺の小石たちが目に入る。

 "座標移動"だと手に触れた物に限るけど、"空間転移"ならその空間にある全ての物を転移させる事が出来る……はず。理屈上では。
 小さな物は簡単だけど、沢山の物を一度にテレポートさせた事はない。

「正解。さすが私の弟子は可愛い上に賢いね。手始めにこの小石たちを中也の事務所にテレポートさせてみよう!なあにちょっと離れているけど大丈夫さ!理世は私と同じ天才だからね」
「それ、成功したら可愛い上に賢い弟子が重力の餌食になると思うんですが」

 しかもちょっとどころではなく、ここから中也さんの事務所はだいぶ離れてるし。適当に言ったな、太宰さん。

 とりあえず。手始めに、一度に小石をどれだけ転移させられるか試してみよう――。


「あの木……人一人支えられそうな立派な良い木だ。ちょっと首吊りして来て良いかい?」
「だめです。それに自殺は一日一回の約束です。太宰さん、訓練に付き合ってくれるのはありがたいですけど、邪魔しないでください」
「理世が辛辣」
「普通ですよぉ」

 仕事に戻りたくないから見ててあげるよ〜って言って、逆に気が散る発言しかしない太宰さん。

 集中力が切れて、はあと大きく息を吐く。
小石だからと言って、一度にたくさん転移させるのは難しい。
 まず、自分がどの小石たちを照準にしているのか……。
 
(……太宰さんって自殺が趣味だけど、死に恐怖はないのかな)

 ふと、芝生で寝そべっている太宰さん見て思う。そもそも、なんで自殺が趣味なのかもよく分からないけど。

(私はあんなに怖かったのにな……)

 死を怖れる恐怖は本能から来ると聞いた事がある。
 生きとし生ける者なら逃れられない恐怖。だとしたら、太宰さんって。

(……人間?)

 ……うん。たまに疑わしい時があるし。色々な意味で。

「どうしたんだい。聞きたいことがあるならば遠慮せずに言ってみたまえ」
「あ〜えっと……太宰さんが昔私に言ってくれた言葉で、織田作さんも似たようなことを言っていたのを思い出したんです」

 さすがに「太宰さんって人間ですか?」なんて聞くのはどうかと思い、誤魔化すように別の、咄嗟に頭に浮かんだ事を聞いた。

「織田作さんに孤児の保護を始めたきっかけを聞いた時で――」

『きっかけか?……人を救う側にいたいと思ったからだ。弱者を救い、孤児を守る――佳い人間になりたかったんだろうな。自己満足だろうが、それでも幾分かは素敵だと思った』

 話を聞くと、太宰さんはおかしそうに、でも嬉しそうに笑った。

「織田作は変わらないね」

 初めて見るような笑顔だと思ったのは、なんとなく太宰さんが懐かしそうに過去を思い出しているような気がしたからだ。
 太宰さんは過去を話したがらないし、誰も知らないと聞いたけど……。

「それはね、昔、織田作が私に言った言葉でもあるんだよ」

 遠い昔にね。そう最後に付け加えて、いたずらっ子のように微笑んだ太宰さん。
 太宰さんは初めて会った時から、ミステリアスで不思議な人だ。


「……――理世。今日はここら辺にして帰った方が良いね。昨日の今日で安吾が心配するだろうから」

 そう立ち上がった太宰さんは、のんびりと歩き始めた。気づくと鶴見川はオレンジ色に染まっている。
 太宰さんの服もすっかり乾いたようで、私もその後に続いた。

「探偵社まで送って行きますね」
「逆じゃない?」
「織田作さんに太宰さんのことを頼まれてますので、私」

 その無駄に高い背を追いかけ、隣に並ぶ。

 太宰さんの趣味の自殺のわけや、過去も知らないけど、太宰さんは太宰さんだ。
 さっきの笑顔は心から笑っていた気がして、私は嬉しくなった。

「そうそう。鏡花ちゃんのことだけど、紅葉姐さんの所に引き取られる許可が下りたそうだよ」
「本当ですか!?」

 鏡花ちゃんは無理やりとはいえ、犯罪に加担したので、未成年という事も加えてずっと施設に入院していた。

(やっと、本当の自由になれるんだ。鏡花ちゃん)

 紅葉さんはプロヒーロー《紅夜叉くれないやしゃ》だ。

 中也さんの師に当たる人で、偶然にも紅葉さんの師が、昔プロヒーローだった鏡花ちゃんのお母さんだという。

「今度、敦くんと一緒に会いに行ってお祝いしなくちゃ」
「それが良い。きっと鏡花ちゃんも喜ぶさ」


 ***


 太宰さんを探偵社に送り届け、テレポートで忍者のように建物の上を移動しながら自宅に戻る。

「夕陽が綺麗……」

 ビルの屋上から眺める、この横浜の風景が好きだ。

 高いビルに、カラフルに光る観覧車。
 遠くで海がキラキラと輝いて。

 生きてるって素晴らしい――なんて、そんな風に思えてくる。

 それは大袈裟じゃない。

 帰ったら安吾さんに改めて「ありがとう」って、伝えたい。

 私を、この"個性"ごと守ってくれて――。

 私にとって"個性"とは、父と母がこの世に存在していたという紛れもない、大切な証だから。


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