ヒーロー

「もう大丈夫」

 ――遠くからでも、はっきり聞こえた。

 耳に届いたその声は、まるで暗闇に差す光のようだった。

 テレビで、授業で、何度も耳にしたセリフ。
 次の言葉はこう続くんだ。

 私が来たって――!


「私が来た!」


(遅いよ、ヒーロー)

 顔を上げると、スーツ姿のヒーローの姿が、ぼんやり小さく目に映る。

「オールマイトォォ!!!!!」

 誰かが、皆が、その名を呼んだ。
 平和の象徴、No.1ヒーロー。

「あ――……コンティニューだ」

 "もう大丈夫。私が来た"――いつもの決めセリフを言ったオールマイトだったけど、その声は明らかに怒気を含んでいたのが分かった。

「待ったよ、ヒーロー。社会のごみめ」

 今度は、忌々しく呟く死柄木の声が聞こえる。

(さっき、コンティニューとか言ってた……てことは逃げる気はない……?)

 とにかく今のうちに。何とか起き上がって……脳無がでっくんの腕を掴んでる。

 早く、助けないと……!

「あれが……!!生で見るの初めてだぜ……!! 迫力すげぇ……」
「バカヤロウ。尻込みすんなよ。アレを殺って俺たちが……」

 チンピラヴィランたちの悲鳴が聞こえたと思ったら、突風に体をさらわれた。

「結月少女、大丈夫か!?(首に締め付けられた痣が……!)」
「あ……なんとか……」

 そう問われて、オールマイト先生に抱き抱えられていると初めて気づく。

 私だけじゃない。

「え!?え!?あれ!?速ぇ……!!」

 戸惑っている峰田くん、でっくん、梅雨ちゃんも……。
 一緒にヴィランから離れた場所に下ろされる。
 あの一瞬で全員を……まるで神風。

「皆、入口へ。相澤くんを頼んだ。意識がない、早く!!」

 ……そうだ、相澤先生!

「理世ちゃん、無理しないで」
「梅雨ちゃん……」
「オールマイトだめです!!」

 よろける体を梅雨ちゃんが支えてくれる中、でっくんの声が大きく響いた。

「あの脳ミソヴィラン!!ワン……っ僕の腕が折れないくらいの力だけどビクともしなかった!!きっとあいつ……」
(ワン……?)

 何を言いかけたんだろう、と不思議に思いながらも、私もオールマイト先生に伝える。

「主犯格の手を付けたヴィランが、そのヴィランを対平和の象徴って言ってました。あと、たぶん、改造人間って……」
「改造人間……!?」
「緑谷少年、結月少女」

 オールマイト先生は、にかっと笑う。

「大丈夫!」

 状況に似合わないピースポーズ。
 次の瞬間には、先生はもう脳無の元にいた。

 ――敵がどんなに強敵だろうと、対策があろうと。オールマイト先生が「大丈夫」って言うなら、大丈夫だって私は思った。

 なんてたって、No.1ヒーローオールマイトだもの。

 相澤先生はでっくんが背中に担ぎ、その足を峰田くんが支えて、一緒に入口まで歩いて行く。

「理世ちゃん、もっと私に寄りかかって良いのよ」
「ありがとう、梅雨ちゃん」

 横から支えてくれる梅雨ちゃん。
 梅雨ちゃんは小柄だし、私の方が背が高いから大変なのに。

「お礼を言うのは私の方よ。さっきは助けてくれてありがとう。本当に無事で良かったわ……」

 そう言って、その大きな瞳を滲ませるものだから、私の目頭も熱くなる。
 それを笑顔で誤魔化した。

 背後で凄まじい衝撃音が響き、思わず皆と足を止める。

「何でバックドロップが爆発みてーになるんだろうな…!!やっぱ、ダンチだぜ、オールマイト!!」
「授業はカンペ見ながらの新米さんなのに」

 あの脳無にバックドロップをかますなんて……!
 もはやその威力は、私の知っている技じゃない。

(やっぱりオールマイト先生、強い……!)

「やれええ!!金的を狙ええ――!!」
「峰田くん……君ねえ……」

 ……付いてるの?

「私たちの考えすぎだったかしら…すごいわ…」

 梅雨ちゃんが呟く。

(本当に、そうなのかな)

 でっくんの横顔を見てそう思う。
 オールマイト先生を心配そうに見つめるその顔に――。

「結月さん、ごめん!」
「?」

 俯き、いきなり謝るでっくん。

「蛙ス……っ……ユちゃん!」
「頑張ってくれてるのね。なあに緑谷ちゃん」
「相澤先生担ぐの代わって……!!」
「うん……けど何で」

 梅雨ちゃんはでっくんの代わりに、相澤先生を担ぐ。
 何をしたいのか、分かった。でも――

「でっくんっ!」

 駆け出そうとしたその腕を、両手で掴んで引き止める。

「!結月さん……?」

 危険と分かっていて、そのまま行かせるわけにいかない。

「ごめん……。放して、くれないかな」

 私の視線から逃れるように、でっくんは言った。

「今行っても、戦いに巻き込まれるだけだよ」
「……それでも」
「どうして?オールマイト先生は大丈夫って言った。ヴィランはあと二人いる。勝算はあるの?考えなしに飛び込むつもりなら、私は……」

 私は、真っ直ぐ見ているのに。

 でっくんは見返してくれない――。
 悲しくなったその時、唐突にその瞳とかち合う。

「僕がっ……行かなきゃならないんだ!!!」
「っ!」
「ごめんっ……!!」

 私の手を振り払い、駆け出す。

(……違う)

 私が、先に手を放した。

「緑谷ちゃん?」
「なに考えてんだよ!?緑谷のやつ!!」

(本当に……わけわかんない)

 宙に浮いたままの手を握り締め、その後ろ姿を見送るしか出来ない。

(なんであんな……急にヒーローみたいな顔になるのかな)


「どっけ、邪魔だ!!デク!!」

 でっくんがヴィランに向かって飛び込んだ矢先、派手な爆発が起こる。

 現れたのは、爆豪くんだ。

 迎え撃とうとした黒霧が、爆発の威力に怯む。
 ――爆豪くんだけじゃないない。
 轟くんや切島くん、クラスの中でも精鋭が揃い、ひとまず安堵した。

「……梅雨ちゃん。私も一緒に相澤先生を背負うよ」
「その必要はないみたいよ、ケロ」
「?」

 梅雨ちゃんが見ている方角を、見た瞬間。

「理世ちゃーーん!!」
「ぅわっお茶子ちゃん!?」

 勢いよくお茶子ちゃんに抱きつかれる。

「もうっめっちゃ心配したんよ……!!」

 そっか。首を締められてたところが見えて……

「心配かけてごめんね」

 お茶子ちゃんが来てくれた事により、相澤先生を"個性"で浮かせてもらう。

「お前ら、何とか無事で……!」
「結月……!?」

 階段の上で迎えてくれた砂藤くんと瀬呂くんは、私の顔を見てぎょっとする。え、なに?

「首!すげえ痣になってるぞ!!」
「えっ、嘘ぉ」

 今はちょっとヒリヒリするぐらいだけど……あれだけ掴まれたら当然か。
 どうしよう。安吾さんが見たら、すごく心配するだろうな。

(安吾さん……)

 あの時……殺されるって思った瞬間。一番に思い浮かんだのは、安吾さんの顔だった。

 まだ安吾さんと一緒に過ごして、五年しか経っていないけど、すごく大切な存在になっていたんだと気づく。
 血はもちろん繋がっていないし、安吾さんは私の後見人という立場だけど、私にとっては大切な家族なんだ――。

「瀬呂くんのテープ。テープになってない面ないの?」

 皆に心配されるから隠したいなぁ。

「わりぃ。テープだから、テープになってない面ないんだわ」

 八百万さんがいたら、包帯でも創って貰えるんだけど……。

(八百万さんも他の皆も大丈夫かな。主犯格以外、チンピラっぽいヴィランとはいえ。怪我とかしてないと良いけど……)

 もう少し回復すれば、自分がテレポートするぐらいならできるかもしれない。それより、応援が来るのが先か。

「見ろよ!!オールマイトすげぇぞ!!」
「すごい勢いで殴ってるんだろうけど、全然見えねぇ!!」

 ここからでも感じる、凄まじいオーラ。オールマイト先生が脳無に撃ち込んでいる、あの一発一発が……

(全力パワーなんだ……!)

「ヒーローとは、常にピンチをぶち壊していくもの!」
 
 オールマイト先生の声が、ここまではっきりと聞こえる。

ヴィランよ、こんな言葉を知ってるか!!?」


 Plus Ultra――!!さらに、向こうへ――!!


 その言葉と共に、脳無は天井を突き抜け、どこかへ飛んでいってしまった。

「力押しで勝っちゃった……」
「コミックかよ……」

 これが、プロの世界なんだ……。スケールの大きさに、皆と共に唖然とする。
 対平和の象徴という脳無は吹っ飛ばされたけど、残る死柄木と黒霧はどうするんだろう。

(普通なら撤退するところだろうけど)

 やつらが逃げようとしたら、今度こそ"個性"でワープゲートを妨害してやると、意識を高める。今はオールマイト先生がいる。逃がしてやるもんか。

(それに……)

 気になるのは、でっくんだ。

 皆が離れようとする中、一人、動かない。何故なのか、慎重に観察する。

 程なくして、死柄木と黒霧は動いた。

 逃げるのではなく、オールマイト先生に反撃に出たらしい。(きっと、ワープを使った死柄木の"個性"での攻撃……)

 ここまでは一つの予想のうちだ。

「オールマイトから、離れろ!」

 何か起こりそうと思っていたら!
 でっくんは一瞬にして、オールマイト先生と黒霧の間に割り込んだ。

「二度目はありませんよ!!」

 死柄木の手が黒い靄に突っ込む。その手はワープを通じて、でっくんのすぐ目の前に。

「させない!」
「っ!またお前か、小娘が……!!」

 目の前にテレポートすれば、黒い霧が不安定に揺れた。同時に、頭に弾かれたように痛みも走る。

「っ結月さん!?」

 驚いているでっくんに触れて、そのまま一緒にテレポート!

「……!」
「っつ、結月さん!!」

 地面に着地するはずが、その場に倒れるように落ちた。滅多にない失敗に、思った以上に限界らしい。

「……どうしてっ……」
「……さっき、脳無から助けてくれた借り。これでチャラね」
「借りだなんてっ……!結月さんはいつだって僕を助けてくれた……!今だって!!」

 再びぐるぐると回る世界。でっくんが、どんな表情をしているかさえ、わからない。

「嘘」

 ちゃんと、私は笑えているかな。

「借りとか思ってないよ。私は自分にできることをやっただけだから……でっくんもそうでしょう?」

 行動の理由とか、まったくわからないけど。


「私を、救けてくれてありがとう」


 ――ヒーロー。


 目を開けているのさえ辛く、光さえも煩わしくて目を閉じる。

「っ――……結月さんっ!」

 これが限界――意識が朦朧としてきた中、銃声の音が聞こえる。

「1―Aクラス委員長、飯田天哉!!ただいま戻りました!!」

 そして、よく響く声……飯田くん。飯田くんが応援を連れて戻って来てくれたんだ……!
 これでもう、本当に大丈夫。安堵から涙が滲みそうになった。

「あーあ、来ちゃったな……ゲームオーバーだ。帰って出直すか、黒霧……」

 銃声が激しくなる中、死柄木の声が微かに耳に届く。


「……今回は失敗だったけど……今度は殺すぞ。平和の象徴、オールマイト」


 最後に忌々しく吐き出したその声は、喧騒の中、酷く耳に残った。


「……何も……出来なかった……」
「……そんなことはないさ」

 くやしげなでっくんの声に続いて、別の誰かの声も聞こえる――。

「君は結月少女を救ったんだろう!あの数秒がなければ私もやられていた……!また、救けられちゃったな」
「無事で……良かったです……!」

(……?)

 気になってうっすらと目が開けると。
 朧気な視界に映る姿は、オールマイト先生……?
 でも、声も見た目もなんか別人に見えるような……。???

 どうやら脳も耳も限界らしい。

 そういえば、方向感覚を司る器官は耳の三半規管だっけ……。

「緑谷ぁ!!結月!!大丈夫か!?」
「切島くん……!」
「結月!?意識が……!」
「意識は……あるよぉ」

 なんとか。

「えええっ……!!!」

 ……え?でっくん、驚き過ぎじゃ。

「でも、"個性"使いすぎでぐるぐるして起き上がれない〜切島くん……」
「任せとけ!俺がおぶって……」
「オイ、待て」

 ……あれ、その声は……

「かっちゃん!?」
「目眩起こしてブッ倒れてるヤツの頭を揺らすんじゃねェ。余計ひどくなっても知らねーぞ」
「そ、そうか……わりぃ!」

 ゆっくりと私の首の下に差し込まれる手。

「緑谷は立てるか?」

 ……んんん?

「生徒の安否を確認したいからゲート前に集まってくれ。ケガ人の方はこちらで対処するよ」
「そりゃそうだ!ラジャっす!!」

 セメントス先生の声がする前に、なんかすごい音が聞こえた気がするけど……。何が起こっているの、色々と。

「…………もしかして、爆豪くん?」
「…………アァ?」
「………………」


 どうやら、私は、爆豪くんに、いわゆるお姫様だっこをされている……らしい。


「爆豪くんが助けてくれるなんて幻覚かなぁ……。ああ、ついに末期症状が……」
「落とすぞ、てめェ」

 口は悪いけど、いつもより怒鳴らないでいてくれるところに、優しさを感じてしまうなんて。

「動けねぇぐらいキツイんだろうが。くだらねえこと言ってねえで、黙って寝てろ」
「……ん……そうする……」
「……戦闘訓練の時の借りは、返したからな……」


 ……借り?爆豪くんになんか貸してたっけ…………


 ***


 ――……ここはどこだろう、家?

 白い天井に、消毒液の臭い。

 ああ、保健室に運び込まれたのかと気づく。

(あの後、どうなったんだろう。みんなは?私はどれぐらい寝て……)

「起きましたか、理世。気分はどうですか?」

 その聞き慣れた声に、首を横に動かすと、安吾さんの姿が見えた。

「……安吾さん?」
「はい、僕ですよ」
「……幻覚?」
「いえ、本物の僕ですよ」

 いつものスーツにいつもの丸眼鏡。
 幻覚じゃないらしい。

「大丈夫ですか?まだ意識が……」
「えっと、どうして学校に……」

 体を起こそうとすると、安吾さんが支えてくれる。
 頭は少しぼーとするけど、目眩はすっかり治まったようだ。
 症状は酷かったけど、"個性"の副作用だから、いつも通り休めば治るらしい。

「これだけの大きな事件なら、特務課にも連絡が入りますよ」

 そっか……。雄英にヴィランが侵入なんて、前代未聞の事件だもんね……。

「みんなは?相澤先生に13号先生も。オールマイト先生も無事?」

 矢継ぎ早に聞くと、安吾さんは柔らかく微笑んでから口を開く。

「ええ、結論から言いますと全員無事です。ただ生徒は一名、自分の"個性"の反動で怪我をした子がいますが……、彼は隣の部屋でリカバリーガールの治療を受けているので大丈夫でしょう」

 でっくんのことだ。怪我をしたというのは、最後に飛び出した時かな。脳無に攻撃した時は大丈夫そうだったけど。

「先生方ですが……。相澤先生も13号も重症を負っている為、今は病院で適切な治療を受けています。回復には時間がかかるでしょうが、命に別状はありません」

 その言葉にほっと体の力が抜ける。

「オールマイトも怪我を負いましたが、彼は軽症なので、リカバリーガールの治療を受けてますよ」
「そっか……良かった……」

 誰の命も失われなくて。
 本当に、良かった。

「理世……。あなたの体調はどうですか?」

 心配からか、険しい表情を浮かべる安吾さん。
 安心させたくて、笑顔を作って答える。

「私はもう平気。"個性"を使いすぎた反動だから、寝てたら治ったみたい」
「それなら何よりです。……首の痣は、少し時間はかかるようですが、跡は残らず消えていくと……、リカバリーガールは言ってました」

 思わずあっと思って首に手を持っていく。
 指先に包帯の感触が触れた。
 私が首を絞められたと知った時、安吾さんはどう思ったんだろう。

「……あなたが無事で、本当に良かった……!」

 そう思った瞬間、重く吐き出された言葉。
 安吾さんは眼鏡を外し、片手で顔を覆う。疲れた目元がよく分かった。

「――っ」

 悪意が去って。余裕が出てきたせいか、自分がどんな目に合ったのか、今になってじわじわと理解してくる。

 ヴィランに首を締められ、殺されかけたという現実。

 あの時、でっくんの助けが少しでも遅かったら……私は、きっと。

(私、今、生きてる――)

 両親が死んだ時。

 先に置いていかれる方がずっと怖くて辛いって。
 だから、自分が死ぬのは怖くないなんて。
 とんだ思い違いをしていた自分に笑いが込み上げてくる。

「……っ」

 込み上げて、溢れたのは涙だった。

「安吾さん……すごく怖かった」

 怖くて、痛くて、苦しかった。
 思い出して恐怖で体が震える。

 お父さんとお母さんと同じ場所にいけるのに、どうしてこんなに怖いんだろう。

「私っ……自分が死ぬのも、誰かが死ぬのも……こわい……っ。嫌だ……!」

 暖かい腕が抱き締めてくれた。背中を撫でてくれる手が優しくて、余計、涙は止まらなくなる。

「理世、よく頑張りましたね。死と向き合ったあなたは、誰よりも強くなれる。大丈夫です……大丈夫」

 何度も繰り返される「大丈夫」という言葉に。
 私は幼子のように咽び泣いたんだ――。


「……安吾さん、もう大丈夫。落ち着いたから」
「こうして感情を吐き出すことも、時には大事ですよ」

 確かに、久しぶりにこんなに泣いて、なんだかすごくスッキリした。
 差し出されたティッシュペーパーを受けとり、豪快に鼻をかむ。
 安吾さんの前だけど、彼は家族だから良いのだ。
 
「みんなは?もう帰ったの?」

 時計を見ると、だいぶ針が進んでいる。

「ええ。事情聴取は私に任せてもらいましたので。生徒たちは警察の方々と共にすぐに帰宅して貰いましたよ」

 安吾さんの"個性"は《記憶抽出》

『触れた記憶を読み取る』"個性"だ。

 直接、事細かく聞かずとも。生徒に触れるか、現場に足を運んでその場所に触れればいい。
 言葉で説明されるより早く、的確な情報が得られるだろう。

 となると、私に起こったことも全て丸分かりで。
 首を絞められた以外にも、結構危うい場面は何度かあったはず。見せたくなかったな。
 ただでさえ、社畜の安吾さんにこれ以上心労をかけたくない。

「……安吾さん、寿命縮んでないよね?」
「そうですね、50年ぐらいは縮んだ気がします」
「え〜そんなに〜?」

 ちょっと冗談っぽく言ったら、安吾さんも察して笑って返してくれて。
 少しだけ、いつもの日常が戻って来たように感じられた。

 コスチューム姿のままだったから、まずは制服に着替える。
 八百万さんがケースに入れて渡してくれたという。
 制服は綺麗に畳まれていて、彼女らしい気遣いが嬉しかった。

「お疲れ様、安吾くん。後は我々警察に任せて、お嬢さんと一緒に帰ってあげて下さい」
「ありがとうございます、塚内さん。お言葉に甘えさせて頂きますね。後日、事情聴取の内容をまとめたものを……」
(お嬢さん……!)

 やり取りからして、この塚内さんという警察の人と、安吾さんは親しいようだ。

「安吾くんは君が心配で、護衛も付けずに駆けつけたんだよ」

 塚内さんの言葉に私は驚いて安吾さんを見る。
「塚内さん……」
 困った顔をする安吾さんに、くすりと笑ってしまう。

「安吾さん、心配してくれてありがとう」

 大切にされてるなぁと嬉しく思う反面。

「でも、護衛も付けずに来ちゃうのは感心しません。参事官補佐」
「……以後、気をつけます」

 安吾さんはその"個性"故、あらゆる超重要な情報が頭に詰まっているらしく、各方面から狙われていると太宰さんが言っていた。
 そうでなくても特務課の優秀なエージェントなんだから、せめて現場に駆けつける時は気を付けて貰わないと。

「ははっ、しっかりした子じゃないか」

 愉快そうに塚内さんは笑う。顔が猫の刑事さんが呼びに来て、塚内さんとはその場で挨拶をして別れた。(……犬じゃないんだ。猫のお巡りさん)

 学校内を警察の人たちが物々しい雰囲気で行き来している光景を見ると、全部現実だったんだと改めて実感する。

 明日は臨時休校になると、安吾さんは車の運転をしながら言った。

 助手席から景色を眺めて、生まれ育った横浜が近づいて来ると、安心感が湧いて来る。

 でも、これで終わりじゃない。

 "ヴィラン連合"と奴らは名乗った。

 私がヒーローという道を進むなら。


(死柄木弔……)


 いつか、再びまたあのヴィランと、会敵するかも知れないのだから。


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