可愛いキミがやってきた

 幼い頃のその光景は、鮮明のまま目に脳に焼き付いている。
 あの瞬間、眼を奪われてから。

 私はずっと、彼に恋をしている。



 ――中途半端な時期ではあるが、幼いなまえが千葉県に引っ越したのは、両親の仕事の関係だった。

 荷物が運び込まれて、落ち着いた所でご近所への挨拶回りに行く。

 人見知りをしないなまえはきちっと挨拶するので「可愛いお嬢さんねえ」と皆が口を揃えて言う。

「すみません。こんな格好で……」

 次に玄関から出てきたお姉さんもその一人であった。

「私、画家をやってまして……。可愛いお嬢さんですね」
「あ……名字なまえです。6才です」

 なまえは不思議そうにお姉さんを見上げながら挨拶した。
 服や顔が色とりどりのペンキがついている。

 画家のお姉さんは、蜂楽優さんという名前らしい。

「初めまして。ご挨拶上手だね。うちにもなまえちゃんと同い年の息子がいるの。ちょっと待っててね」

 お姉さんではなく、お母さんだった。
 なまえが"お姉さん"だと思ったのは、ペンキがついてるその顔が、若々しく可愛いらしい顔立ちだったからだ。

「廻ー!」
「なーに、ママー!」

 優がそう呼ぶと元気な声が家の中から返って来た。
 とたとたと足音が聞こえる。

「お引っ越しして来たご近所さんが、挨拶しにきたの。ほら、廻も……」

 優の後ろから現れた、サッカーボールを持った男の子。飛び跳ねた髪の毛にぱっつん前髪が特徴的で、丸い大きな瞳は母親によく似て可愛い顔立ちだ。

(可愛い……!)

 なまえは廻にきゅんっとしていたが、廻も廻で「わぁ、可愛い女の子だ!」と同じようにときめいていたとは、二人は知らない。

「おれ、廻!」
「廻くん?わたし、なまえだよ」
「ねえ、なまえちゃん。一緒に遊ぼ!」
「うんっ」

 なまえの手を握る廻に「こらこら」と優が窘める。

「まだ引っ越ししてきたばかりだから、なまえちゃんと遊ぶのは今度ね」
「あの、良かったら……」

 そこでなまえの母がまだ引っ越しの片付けもあるので、娘を預かってくれると助かると伝えた。
 新しい環境で、なまえに友達が出来てほしいという思いもある。

 優はもちろん二つ返事をした。

「やったー!」

 嬉しそうになまえの手を引く廻の姿は、母親の優からしても微笑ましい。

「なにして遊ぶ?」

 なまえが廻に問うと「サッカー!」と元気よく言った息子に再び「こらこら」と窘めた。

「なまえちゃんは女の子だし、可愛いワンピースも汚れちゃうから……。廻、違う遊びにしよう?」
「そっか」
「廻くんはサッカー好きなの?」

 なまえが聞くと廻は「うん!」と再び元気よく答える。

「サッカー、すごく楽しいよ!」

 廻はそう言ってその場でぽんぽーんとリフティングをした。

「……!」

 すごい――なまえは衝撃を受けた。
 まるで、新しい世界を覗いたような、その光景は一瞬で頭の中を支配する。

「廻くん、すごい!」

 サッカーと言えば、男の子たちが玉を蹴ってみんなで追いかける……という、いわゆるお団子サッカーしか知らなかったが。
 廻がして見せたサッカーは曲芸のように、自由自在にボールが動いている。

「ボールとダンスしてるみたい……!」

 ボールとダンスかぁ――その言葉に廻はえへへ♪と嬉しそうに笑った。
 そんなことを言われたのは初めてで、なんだかその言葉はすごく嬉しかった。

 小さな庭でドリブルする廻の姿を、縁側にかけてなまえは楽しそうに眺める。

「二人ともおやつだよー」

 優が持ってきたお菓子を隣に座って仲良く食べる二人。

「廻くんは大人になったらサッカー選手になるの?」

 隣に座る廻になまえは尋ねた。こっちを見る廻の瞳は不思議な引力がある。

「うん!サッカー選手になって、世界ですごい選手たちとワクワクするようなサッカーをするんだっ」
「廻くんなら絶対なれるよ!楽しみだねっ」
「なまえちゃんは?」

 今度はなまえが聞かれ、うーんと悩んだ。

「わたし、よくわかんない」

 好きなものはそれなりにあるけど、なりたいものと言われると特にない。
 周りの子が「ケーキ屋さん」や「お花屋さん」など挙げるなか、なまえは大人になったらなりたい夢が見つけられなくて、ちょっぴり気にしていた。

「廻くんは将来の夢がちゃんとあっていいなー」
「じゃあじゃあ」

 どこか寂しそうに言うなまえに、廻はその顔を覗き込んで言う。

「大人になったら、なまえちゃん、おれのお嫁さんになってよ!」

 その発言に、二人を見守っていた優は飲んでいたお茶を噴き出しそうになった。
 息子がつい先ほど出会ったばかりの子に、プロポーズをしている。

 よく意味はわかっていないのかも知れないが、ぽかーんとしているなまえを見て、間に入ろうとした優だったが……。


「いいよ。じゃあわたしの将来の夢は廻くんのお嫁さんだねっ」
「ホントに!?ホントのホント!?」
「ホント!」
「じゃあ指切りしよっ」


 ――廻、あんなに嬉しそうにしちゃって。

 驚きながらも優はくすりと笑った。
 幼い約束がこの先どうなるか分からないが、小さな小指を絡めて指切りする二人を、今はあたたかく見守ることにした。





--------------------------
あでぃしょなる⚽たいむ!
#将来の夢


「ただいまー!」
「お帰り、なまえ。廻くんと遊んで楽しかった?」
「うんっ楽しかった!廻くんサッカーが上手で……将来、サッカー選手になるんだって!」
「すごいね、廻くん」
「わたしも将来の夢、見つけたんだっ」
「どんな夢、見つけたの?」
「はは、廻くんに影響受けて女子サッカー選手とかかな?」

「廻くんのお嫁さん」
「「!?」」


- 1 -
*前次#

←back
top←