イシの村

 渓谷地帯にひっそりと小さな村がある。
 イシの村という、のどかな農村でだ。

 今日は『成人の儀式』というものを行うらしい。

 十六歳を迎える子供が大人の仲間入りをするための儀式だと、ユリはこの村の住人に教えてもらった。

「エルシス!エマー!」

 ユリは二人に大きく手を振る。
 儀式を行う主役の二人だ。

「もう、ユリったら。怪我が治ったばっかりなのに、そんなにはしゃいだらだめでしょ」

 村長の孫娘のエマ。綺麗な金髪に朱色のスカーフがよく似合う、可愛いらしい女の子だ。

「ユリがそこまで動けるぐらい元気になってくれて、本当に良かったよ」

 彼はエルシス。ユリの命の恩人である。

 数か所ほど前に、村の近くで酷い大怪我をして倒れているユリを、偶然発見したのがエルシスだった。
 その場所は人があまり通らない場所で、エルシスはこっそりと剣の稽古で訪れたらしい。彼の発見が少しでも遅れていたならば、ユリは助かっていなかっただろうと医者は言っていた。

「もう全然大丈夫だよ。エルシスとエルシスのお母さんのペルラさんのおかげだね。本当にありがとう」

 宿屋がないこの村で、ユリは今日までエルシス宅にお世話になっていた。
 嫌な顔一つせず、親身になってくれた二人には感謝しかない。
 一生かけても恩を返したいと思っている。

「これから二人は成人の儀式であの神の岩を登るのね。魔物は出ないみたいだけど……山みたいに高い岩だし、二人とも怪我には気をつけて」
「ありがとう。でもきっと大丈夫よ。エルシスと一緒だし、ルキも一緒だしね」

 エマが自分の足元に目線を移すと、犬のルキがわんっと自信たっぷりに返事をした。

「わぁ、頼もしい」とユリはその頭を撫でる横で「ルキが一番張り切ってるように見えるわね」とエマがくすくすと笑う。

「じゃあそろそろ行こうか」

 エルシスの言葉にエマが頷き、ルキが案内するかのように先頭を走り出す。
 ユリは「行ってらっしゃい」とその背中を見送った。

「さてと……」

 二人と一匹を見送った後、ユリは反対の道を進む。
 ペルラが今晩はエルシスの好物のシチューやご馳走を作ると張り切っていたから手伝わなくては。
 無理しないでおくれよとペルラは笑って言ってくれたが、怪我はすっかり完治したし、居候の身なので少しでも役に立ちたい。

「やあ、ユリちゃん。もうすっかり元気になったみたいだな」
「はい!おかげさまで」

 戻る途中、村人に声をかけられユリは明るく振り返る。ここの住人は皆良い人だ。

「なんだかやけに張り切ってるじゃないか」
「ペルラさんがご馳走を作るので、そのお手伝をと思って」
「あぁ、今日はエルシスとエマちゃんの成人の儀式だったか。……うし、じゃあこの今朝とりたての野菜を持って行きな!」
「わぁ、いいんですか?ありがとうございます!」

 ユリはカゴいっぱいの野菜を受け取った。

「ユリちゃん、お手伝いかい?今釣った魚あげるよ」
「エルシスの好物と言ったらシチューでしょ。シチューにはお肉!ってことで良かったらこのお肉も持ってて」

 あれやこれやとユリのカゴの中には気づけばたくさんの食材が。
 おっとと…と、ユリは慎重に坂を上がる。
 エルシス宅は少し小高い坂の上にあるのだ。

「気ぃつけるんじゃよ〜」と下からおばあさんの声が聞こえ、ユリは振り返る余裕はないので「はーい」と返事だけ返した。

「あの娘もあの大怪我でよくあそこまで元気になったのう」
「このイシの村は大地の精霊さまのご加護を受けてる村じゃ。きっとその奇跡の賜物じゃろうな」
「しかし、なんじゃあんな場所で倒れてたのかは摩訶不思議じゃのう」
「うむ、魔物に襲われて逃げて来たとしてもこの辺りは狂暴な魔物はおらんし…。記憶喪失で自分の名前以外分からんと謎は深まるばかり。ただ、あの珍しい髪色と瞳の色は、もしや天からの使いかも知れぬぞ」
「お迎えにゃ困るわ。あたしゃまだまだ長生きしたいべ」
「そりゃわしもじゃ。ふぁっふぁっふぁ」

 ――よっこいしょと。

 ユリはいったんカゴを置いてから扉を開ける。すでにペルラは料理の支度を始めているようだ。

「ただいま戻りました!」
「おかえり……って、どうしたんだい!?」

 ユリの持つカゴの中身にペルラは目を丸くした。カゴからはみ出しそうな程に食材がこんもりしている。

「帰る途中にエルシスの成人の儀式へのお祝いにと村の皆さんから頂いて……。エルシスはみんなからとっても愛されてますね」

 ふふと自分のことのように嬉しそうに笑うユリに、ペルラは困ったように笑った。

「半分正解で半分不正解だね。ユリが元気になったことへのお祝いもあると思うよ」

 その言葉にユリは一瞬きょとんとしてから、照れくさそうに笑みを浮かべる。

「この村の人達は本当にとても良い人ばかりですね……」

 見ず知らずの、どこの誰かも分からない倒れていた自分を、優しく受け入れてくれたのだから。

「ああ、良い村だよ。のどかで、水や空気に作物はおいしいし。田舎だからこそ、のんびり暮らせるよ」

 ペルラの言葉を、この三ヶ月でユリは身を持ってよく知った。怪我もすっかりよくなったのもこの村の自然のおかげだと思っている。

「あんたさえよけりゃ、ここにずっと居てくれても良いんだよ」
「え……」

 ユリは驚きながら振り返った。
 にこやかに微笑みながらペルラは続ける。

「うちはエルシスと二人暮らしだからね。一人増えたところで問題なんてないんだよ」
「で、でも、私は……」
「まだ記憶は戻ってないんだろう?」
「…………」

 ペルラの言葉に、ユリは言いかけた口を閉じた。

 最後に思い出せる記憶は、怪我の痛みと熱で酷く魘されていた時のことだけ。
 それ以前の自分が何者なのか、どこから来て、どうしてあんな大怪我を負っていたのか、何故あんな辺鄙な場所に倒れていたのか──。

 まるで白い靄にかかったように分からなかった。

 『ユリ』という名前だけは何とか思い出したものの、正直それも自分の名前かは自信がない。

「記憶が戻るまでの間としても居てくれてもいいんだよ」

 なんてことないと言いのけるペルラのその言葉に、彼女は不意打ちに目頭が熱くなるのを感じる。いくら明るく振る舞っても、不安な気持ちはちっとも消えないのだとユリは気づいた。

「あの……本当に、ありがとうございます」

 そこまでしてくれる義理はないのに。
 人はこんなに暖かいのだろうか?以前の記憶がないから分からないが、もしかしたら初めてこんなに優しくされたのかも知れない。

「でも……だからこそ、私は自分の記憶を思い出したいので、近々村を出ようと思ってます」

 これ以上迷惑をかけられないというのもあるが、その言葉も本心だ。

「そうかい……。なんだか寂しくなるけど仕方ないね。あんたも自分がどこの誰か分からないようじゃ不安なままだろうし」

 でも、大丈夫かい?とペルラは心配げに続ける。

「外には魔物がいるんだよ。この辺りはそう強くはないけど」
「たぶん……大丈夫です。剣と弓矢を持っていたので、私は戦えるんだと思います」
「そんな華奢な体でかい?武術は体が覚えるとはよく言うけど、あんたは覚えているのかい?」
「たぶん……たぶん!それに魔法も少しなら覚えているし……」

 ホイミ、キアリー、ラリホー、ヒャド――ユリは指折りしながら覚えている魔法を頭の中で復唱した。
 うん、これだけ覚えてれば大丈夫……よね?ペルラの視線が痛い。

「はぁ……村を出て行くのは止めないけど、ちゃんと準備してからじゃないと許可しないからね!」

 厳しくも優しい言葉に、ユリは大人しく「はい」と答えた。

「さ、エルシスのためにご馳走を作らないとね。まずは野菜を洗って来てくれるかい?」

 野菜を手に外の井戸へと向かう。
 土を洗い落とすと瑞々しい野菜が姿を見せて、おいしそうだ。

 すべて洗い終わり、さあ戻ろうとした時――ふと神の岩が視界が入る。
 エルシスとエマはもう頂上に着いただろうか?
 そう思っていると光の柱のようなものが空に走った。

「!?」

 次に紋章のようなものが宙に浮かび、神の岩に雷が落ちたようにユリには見えた。

「なに、今の……」

 思わず呟く。二人は大丈夫かな……?
 ユリは少しばかり心配になりながら、二人の帰りを待った。


「エルシスってば、すごいのよ!」

 しばらくして無事に帰ってきた二人と一匹に心配はいらなかったようだ。
 儀式はどうだったと聞いたペルラに、エマが興奮した面持ちで神の岩の頭上での出来事を話してくれた。

「私達魔物に襲われたの。私なんて崖から落ちそうになっちゃうし、本当にもうダメ……って思ったわ!」

 儀式は広い世界を知るためのもので、神の岩の頂上から景色を見てお祈りするだけ――そう、ユリはこっそり聞いていたので、二人がそんな危険な目に合っていたとは驚いた。

「でもねっ!その時エルシスのアザが光って、雷が魔物に直撃したの!まるでエルシスが雷を呼んだみたいに!」
「なんだって!?」

 続いたエマの言葉にペルラは声をあげた。
 驚いているというよりは、ショックを受けているに近い。

「ねえ、エルシス。いつの間にあんなすごい魔法が使えるようになったの?」

 エマの問いに、エルシスは自分の左手の甲をまじまじと見つめている。

「自分でもよく分からないんだ。エマを助けるのに必死だったし……」

 そこには薄いがアザみたいなものがあった。
 その模様は、ユリが先ほど見た空に浮かんだ紋章と一緒だった。

「そうかい……そんなことがあったんだね。考えないようにしていたけど、やっぱりおじいちゃんの言っていた通り運命には抗えないのかねえ……」

 ため息混じりにペルラは呟く。

「テオおじいちゃん?」

 エルシスが不思議そうに聞き返すとペルラは黙って頷いた。

「ついにあのことを話す時が来たようだね。エルシス。これを受け取りなさい」

 ペルラはポケットから取り出した物を、エルシスの手のひらに差し出す。

「綺麗……」

 ユリは小さく呟く。エルシスの手の上にあるのは綺麗な翡翠の宝石の首飾りだ。

「これは?」

 エルシスは手の中でひっくり返したりと、首飾りをまじまじと眺める。
 宝石には手の甲とはまた違う紋章が刻まれていた。

「あんたが成人の儀を終えたら、その首飾りを渡すようおじいちゃんに頼まれててね」
「おじいちゃんから……」
「実は十六年間、村のみんなにも言わないでずっと黙っていたことがあるんだ。エルシス。あんたはね……」

 ペルラは一旦言葉を切る。
 どうやら口にするには強い決意がいるようだ。
 
「勇者の生まれ変わりなんだよ──」

 その言葉に、一呼吸置いてからエルシスは「え?」とぽかんと聞き返した。
 ……勇者の生まれ変わり?もう一度頭の中で復唱する。

(僕は勇者の生まれ変わり――?)

「ユ……ユーシャ?」

 エマも怪訝にその言葉を口にする。
 困惑しているのは二人だけではない。エマと同じく、だが周りに聞こえない声で、彼女はその言葉を呟く。

「……勇者……」

 勇者、ゆうしゃ――ユリはその言葉を頭の中で繰り返す。
 心がざわつくのは何故だろう。

「勇者がなんなのか分からないけど、あんたは大きな使命を背負ってるっておじいちゃんずっと言ってたわ……」

 ペルラはその頃を思い出すように視線をさ迷わせる。

「エルシスが成人の儀式を終えたら、北の大国――デルカダールに向かわせてほしい。そして王様にその首飾りを見せた時……すべてが明らかになるだろう……って」

 再びペルラがエルシスに向き合うと、その表情に悲しみが浮かんでいた。

「だからね……!あんたは勇者の使命を果たすため、この村を出てデルカダールに行かなきゃいけないんだ」
「そんな……」

 エマがペルラと同じような表情を浮かべ、隣のエルシスの横顔を見つめる。

 ユリからは、エルシスは初めて聞かされた事実に、ただただ驚きに満ちている様子に感じた。

 ――デルカダール。

 この村から一番近い(と言ってもそれなりに距離はあるが)王国。
 そこに行けば自分が勇者の生まれ変わりという意味が分かるという。
 エルシスは考えるようにしばし沈黙した後、真っ直ぐペルラに向き合った。

「……わかった。おじいちゃんが言ってたことなんだ。さっそく明日、この村を出ようと思う」

 正直。突然自身についてそんな話をされ、エルシスは全然話を飲み込めてない。
 だが、そう皆に宣言した。

「えっ明日!?エルシス、いくらなんでも急すぎない……!?」

 驚くエマに、エルシスは顔を向ける。

「実は……成人の儀式が終えたら旅に出ようかと考えてたんだ」

 次にエルシスはユリに顔を向け、二人の視線がかち合う。

「外の世界を旅するのに憧れてたっていうのもあるけど…。ユリ、君の記憶を探してあげたいと思ってた」
「え……」

 驚くユリを、エルシスはまっすぐ見る。

「明日、一緒にデルカダールに行こう!大きな国だし、君のことを知っている人や何か記憶の手掛かりが見つかるかも知れない!」

 エルシスの空のような淡い瞳は、キルキラと希望に満ちて輝いている。

「そうだったのかい……。ユリひとりなら心配だったけど、エルシスと一緒なら安心して旅の許可を出せるよ」

 ペルラは優しい笑みをユリに向けた。
 ぽかんとしていたユリはやっと脳が理解に追い付いて来た。

「あ……ありがとう。えぇと、何から何まで…どうお礼をしていいか……」
「ほらほら、そうと決まったら明日から当分会えなくなるわ!二人共、今夜はたんとご馳走をお食べ!」

 戸惑うユリはペルラに促され、エルシスと共に食卓につく。

 ペルラはエマも誘ったが、おじいちゃんが待っているから…と彼女は断り、そのまま出て行ってしまった。


(エマの顔、とても悲しそうだった……)

 その夜――ユリはベッドの中でなかなか寝つけず、何度目かの寝返りを打つ。

 エルシスとエマは同じ誕生日で同い年の幼馴染みと聞く。初めて離ればなれになるのなら寂しさも人一倍強いのだろう。旅立ちは祖父のテオの願いで、エルシスの決意だが、そこに便乗する自分に申し訳ない気持ちがあった。

 不意に隣の部屋のベッドから人が起きる音が聞こえた。……エルシスだ。あんな話を聞かされてエルシスも眠れないのだろう。(明日の出発前にはエルシスとエマ、ちゃんと話し合えると良いけど……)

 もやもやした気持ちを抱えたまま、ユリはゆっくりと目を閉じる。


 そして、夜が明けた――。


「エルシス、すごく似合ってる!」

 紫を基調とした旅人衣装に身を包んだエルシスが、そこに立っていた。
 何でもテオが昔着ていた服らしい。

「サイズもぴったりなんだ」

 着心地も良いらしく、エルシスはご満悦にユリに笑顔を見せる。

「うう……。本当に立派になって……。その姿おじいちゃんにも見せてあげたかったわ。エルシス。忘れちゃダメだよ。あんたは村で一番勇敢だったおじいちゃんの孫なんだからね。この先何が起きてもあんただったら乗り越えらるってお母さん信じてるわ。だから頑張ってくるんだよ」

 涙を浮かべるペルラに「ちょっと大袈裟じゃない」とエルシスは苦笑いを浮かべる。

「ちゃんとユリを守ってあげるんだよ。都会には変な人もいるんだからね」
「それはまかせてよ」

 そう自信満々に答えるエルシスに、ユリは少し気恥ずかしさを感じた。

「ペルラさん。本当にお世話になりました。このご恩は必ずお返しします!」
「もう、そんなんいいんだって。ほら、顔を上げて。あんたが元気になったのが一番なんだから。早く記憶を取り戻せるよう、願ってるよ」

 最後まで優しいペルラに、ユリは精一杯の笑顔を向けた。

「そうだわ、エルシス。はなむけとしてあんたの荷物の中にお金を入れておいたからね。デルカダール王国に向かう前に村の道具屋でしっかり旅立ちの準備をしていくんだよ。さあ!村のみんなもあんた達の旅立ちを見送ろうと集まってるわ!準備ができたら二人も来るんだよ」

 ユリは矢筒を背中にかけ、肩に弓をかけた。そして、腰に装備している細身の片手剣を確認する。
 ユリの唯一の持ち物だった武器たちだ。

 二人はペルラに言われた通りに道具屋に寄って、やくそうや毒消しなど、旅に必要な物を購入した。
 デルカダールまではそこそこ距離がある。
 ユリは回復呪文を覚えているが、魔力が切れれば呪文は唱えられない。念のためと、やくそうだけは少し多目に購入してもらった。

 そして――、いよいよ出発の時がきた。
 
 村の人達に見送られ、最後に村長のダンに挨拶をする。
 その時にユリは初めてエルシスとテオが血を繋がっていないと知って驚く。
 十六年前にテオがエルシスを連れて来たのだと。
 もちろんエルシスは知っていたようで、相槌を打ちながら話を聞いていた。

 最後にダンから地図と馬を授かり、旅の準備はばっちりだ。
 エルシスが先に馬に跨がり、ユリに手を差しのべる。

「エルシス。私、馬の乗り方が……」
「大丈夫。僕の後ろに跨がって掴まっててくれれば平気だから」

 旅の途中で馬の乗り方を教えてあげるよと言うエルシスに、彼は馬の扱いが得意だと誰かが言っていたのをユリは思い出した。

「村を出て、まっすぐ北へ向かえば、デルカダール王国じゃ」

 ダンが指差す方向に、エルシスは視線を向ける。

「エルシス。あんたは自慢の息子さ。辛いことがあってもくじけずに頑張ってくるんだよ」
「母さんも元気で……」

 ハンカチで涙を拭うペルラに、エルシスは力強く頷いた。

「エルシス!元気でなー!」
「ユリちゃんをよろしくなー!」

 ユリも一緒に見送られ、馬上から手を振る。

「エマの姿が見えないね……」
「うん……。昨日少し話はしたんだけど……」
「エルシス!……ユリ!」

 すると──エマがこちらに急いで走ってくるのが見えた。ルキも一緒だ。

「エルシス……これ、受け取って!昨日あなたが旅立つって聞いて急いで作ったの!」

 エルシスはエマのおまもりを受け取った。

「ありがとう、エマ。おまもり、大切にするよ!」

 エマは下から祈るようにエルシスを見つめている。

「村の外は魔物が出て危険だからそのお守りをしっかり身に付けていくのよ。……どんな使命があるのか私には分からないけど、どこにいてもこの村のこと忘れないでね。絶対に元気に帰ってきてね!エルシス!」

 それに……と、エマはユリに視線を寄越し、再びエルシスに戻して言う。

「ユリの記憶、見つけてあげてね。ちゃんとエルシスが守ってあげるのよ!」
「……わかった。エマ、約束するよ。ちゃんとユリを守る。ユリの記憶を見つけて、僕は元気に村に帰ってくる。ちゃんと記憶を取り戻した証拠として、ユリを連れて帰ってくる――どうかな?」

 その言葉にエマはにっこりと笑った。

「ふふ、よろしい。約束よ。破ったら許さないから!」

 次に、エマが視線を向けるのはユリだ。

「エマ……あの、私……っ」

 戸惑うユリに、エマは照れくさそうな笑みを浮かべる。

「この村では歳の近い女の子がいなかったから……短い間だったけど、私……ユリと友だちになれて嬉しかった。ねえ、記憶を取り戻したらあなたのこと、もっと教えてね」

 これはあなたとの約束よ――彼女が全部言い終えると、その表情が驚きに変わる。
 ユリが不思議に思っていると、自分の頬に流れる何かに気づいた。

「もうっ……エルシスはけろりとしてるのに、ユリが代わりに泣いてるわ」

 その言葉に、自分が初めて涙を流していることにユリは気づいた。

「あ……あれ?ご、ごめん……っ」

 涙を止めようと思うほど止まらない。
 その姿を見て、エマの瞳からも涙が流れ落ちる。

「エマ……ありがとう。私もエマと友だちになれて本当に良かった……!」

 ユリは必死に涙を拭い、最後は笑顔でエマに別れの言葉を言うことができた。
 
 いや、別れではなくまた会う約束がある。
 
 何もない自分に大切な記憶ができた――これから何が起こっても、きっとその記憶が力をくれる。





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勇者と共に長い冒険の旅が始まります。
読んでくださる方も、一緒に旅をしている気分になれますように。


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