「……ユリスフィール。あなたと再び相見えるこの時を待っておりました。そして、皆さんもようこそいらっしゃいました」
以前と同じく玉座に凛々しく腰かけるセレンの姿を目にすると、ユリは水の中だというのに、視界が滲んでしまう。
「セレンさま……。ご無事で……なによりです……!」
声を震わせ、再会を感激するユリに、セレンは優しく微笑んだ。
「まずはお礼を言わせてください。ジャコラを倒し、わたくしたちの海を取り戻してくれてありがとう。あなたたちのおかげで消えかけていた海底の希望の炎が、ふたたび明るくともりました」
皆に向けて話していたセレンは、次にユリへ優しい眼差しを向ける。
「……ユリスフィール、あなたは真の勇者になったのですね。あなたが倒れたことも知りました。きっとこの国のことも心の傷になっていると思い、お呼びだてしたのです」
「セレンさま……」
セレンは千里の真珠で地上の出来事を把握しているだけでなく、ユリの心も見透かしているようだった。彼女はもうこの国は大丈夫と、安心して欲しいとユリに伝える。
「……ジャコラは倒しましたが、失われた命は戻ってきません。それでも、海に生きる皆の姿が、私を励ましてくれました」
最後の言葉は明るい表情で、ユリはセレンに言った。
「これからも私は歩みを止めません。この勇者の紋章と共に……仲間たちと共に世界を救います」
ユリの言葉に仲間たちは笑顔で頷き、そんな彼らを見て、セレンは眩しそうに目を細めて微笑む。千里の真珠越しではわからなかったユリの覚悟や、仲間たちとの絆が伝わったからだ。
「とても頼もしいですわ」
それは光が海底に差すように、きらきらと輝いているとセレンは思った。再びセレンはユリに視線を向ける。
「ユリスフィール。これだけは忘れないで……大樹が地に落ちたとしても、その意志はあなたの中で生きています。おのれの信じる道をただ進みなさい」
「はい、セレンさま。その言葉、決して忘れません」
ユリをずっと支えてくれたのも、あのセレンの言葉だった。
「それと……旅の途中で申し訳ないのですが、あなたたちにお願いしたいことがあるのです」
「人魚の女王さまがオレたちに頼みごとなんてな」
「セレンさま。私たちにできることでしたら喜んで引き受けます」
「ありがとう。お願いしたいことと言うのは……」
なんでも、ジャコラ襲来の際に逃げた人魚がナギムナー村にたどり着いたものの、喉を痛めて苦しんでいるという。
「どうか彼女を助けてあげてくれませんか?」
「ナギムナー村には訪れてないし、キナイちゃんや村のみんなの様子を見るのにもいいわね」
「一度訪れれば、次からはルーラで行けるようになるしのう。なにより、セレン女王の頼みじゃ」
全員同意という雰囲気に「皆さん、ありがとう」と、セレンは彼らに微笑んだ。そして海流を作り、ナギムナー村付近の海まで送ってくれるという。
船に乗り込めば、その海流によって、あっという間にナギムナー村付近の海へたどり着いた。
浮上したシルビア号は以前と同じ村付近の桟橋へ停泊する。
「セレン女王は、人魚はナギムナー村の浜辺にいるって言っていたわね」
降り立ったマルティナが辺りを見渡しながら言った。
「もしかしたら、人に見つからないように隠れているのかも。探してみよう」
ユリの言葉に彼らは頷き、隠れやすい場所を重点に探すと……人魚は海辺の岩影にひっそりといた。
「ゴメ…ナサイ……ワタシ、ノド、イタ……ジョウズ…シャベレナイ……ウルウル…コンブ…アレバ、ノド…イガイガ、トレルノ……」
「たしか、ウルウルコンブって……」
シスケビア雪原・南の島で、海の民が採りにきたって言っていた――
「うわあっ!?お…おどれぇた〜。村の大人が来たのかと思ってあせったさぁ〜」
その声にそちらを見ると、そこにいたのは焼けた肌の少年だった。
「この村の大人たちは人魚が嫌いでさぁ、オイラが人魚さんと一緒にいるのがバレたらえらいことになっていたさぁ〜」
そう胸を撫で下ろす少年の言葉に、まだまだ人魚の悪評は根深いのだと皆は知る。
「この人魚さんはな、オイラが魚釣りに来たとき、ぐうぜん浜辺に流れ着いてるのを見つけたんだぁ。でも、ノドを痛めてるらしくて、うまくしゃべれないみたいなのさぁ〜」
少年は人魚の彼女を心配そうに見て話す。
「村の戒めを守って追い返そうとしたけど、人魚さんの苦しむ姿を見てたらほっとくことなんてできなかったんさぁ」
「まあ、とても心優しい子ですわ」
セーニャが感心するように少年に言うと、少年はエヘヘと照れ笑いを浮かべた。再び口を開くと同時に、その表情を引き締める。
「……なあ、旅人さん。オイラ、村の大人に見つかる前に、なんとかしてこの人魚さんを助けてやりてぇ!だから……!一瞬でどんなにイガイガしたノドもうるおすという海草……ウルウルコンブをオイラの代わりに取ってきてくれねぇか!?」
懇願する少年に、ユリは笑顔で引き受けた。自分たちもセレンのお願いでやって来たからだ。
「ホ…ホントけ!?いやぁ、都会の若者はつめてぇって聞いたけど、ありゃ大ウソだっ!村の大人の言うことは信用ならねえさぁ〜!」
都会というほど都会から来てもいないが……。
「……さて、問題はそのウルウルコンブがどこに生えているかだが……ユリは心当たりがありそうだな」
「クレイモラン大陸に行く途中の孤島で、海の民さんが話していたの。一度降りてルーラで行けるから、ちょっと採ってくる!」
ユリはさっさと「ルーラ」の呪文を唱えて一人で行ってしまった。
「あっ、ユリさま!」
「一人で行っちまったが大丈夫か?」
「まあ、おつかいみたいなものだ。大丈夫だろう」
――ユリがルーラで小島にたどり着くと、変わらず桟橋にはあの海の民の姿があった。
「あの!海の民さん、お願いがあります!」
ユリは彼に事情を話す。
「ぬぁんだってい!?ノドの痛みに苦しんでいる人魚のためにウルウルコンブをわけてほしいだぁ?」
すごい剣幕をした海の民に、ユリはちょっと怯んだ。
「そういうことなら、たんと持ってけ!オイラぁ、気前のよさが自慢なんで、人魚助けのためならケチケチしねえでい!」
「ありがとうございます!」
一転して表情を緩めた彼に、ユリはほっとお礼を言った。
海の民は採取したウルウルコンブを入れ物ごとどーんとくれるようで、気前のよさは本物だ。
「そら!このウルウルコンブをナギムナー村とやらでノドの痛みに苦しんでる人魚に届けてやれよい!」
ユリはウルウルコンブを受け取った!
それを持ってユリはすぐに「ルーラ」を唱えて、ナギムナー村に戻る。
「――お、戻ってきた。案外早かったな」
「海の民さんからわけてもらったの!」
「いや、もらいすぎだろ」
溢れんばかりのウルウルコンブを見て、カミュはつっこんだ。いくらなんでも人魚もそんなに食えねえだろ。
「おお、旅人さん!その晴れやかなカオ……さては、ウルウルコンブを手に入れたなっ!?早く人魚さんに渡してほしいさぁ!」
「ソ…ソレ…ウルウル…コンブ!ワタシ…ソレ…ホシイ!ウルウル…コンブ、クダ…サイ……!」
ユリはウルウルコンブを渡した!
「アア、ユメ…ミタ、ウルウル…コンブ……!アリガト……タビビト…サン……!オイシク、イタダキ…マス……」
意外にも人魚はもりもりとおいしそうにウルウルコンブを食べる。
やがて……
「……あ…あー。あー!あーーーっ!」
透き通った綺麗な声が、彼女の口から出た。
「出る……声が出るネ!ありえないほど、ノドうるおってるよ!すごいネ、旅人さん、奇跡だよ!」
「よかった!ウルウルコンブってすごい効果なんだねっ」
「ああ、うれしいネ。これでまたウタ歌えるよ!ララララ〜♪」
人魚は歌が商売とあって、彼女がハミングするだけでも、心地よいメロディーに変わる。
「だけど……いちばんうれしいのは一緒にいてくれたボウヤにちゃんとお礼が言えることネ!あの子、必死でワタシかばってくれた……勇気ある優しい少年。ワタシ、人間、見直しマシタ!」
人魚は少年にたくさんのお礼の言葉を口にした。セレンが心配していると知ると、彼女はムウレア王国に帰ると言う。
「でも、きっとまた遊びにくるネ!」
海に帰っていく人魚に少年は手を振り、やがて見えなくなるとユリの方へ顔を向けた。
「ありがとなぁ、旅人さん!おかげで人魚さんの声が出るようになったさぁ!」
少年は嬉しそうな顔をしたあと、決意したことを皆に話す。
「人魚さんのきれいな歌声……あれを聞いたら、村に伝わる言い伝えがホントに正しいかわからなくなっちまった。だから、オイラ決めたのさぁ。これからは大人の言うことをうのみにせず、なにが正しいか自分の目で確かめようって!」
「よう言ったわい!一歩、大人の階段を上ったのう、少年よ。わしはおぬしのことを応援しとるぞ」
ロウの言葉に少年は頷き、きりっと表情を引き締めた。
「さあ、旅人さん。これは今回のお礼さぁ!ひと皮むけた男の、とっておきの逸品を受け取ってほしいさぁ!」
ユリはメタルのカケラを5個受け取った!
「わっ、これレア素材だよね?こんなにもらっていいの?」
「ひと皮むけた男に二言はないさぁ!」
「ありがとう!」
「しかし、人魚さんのしゃべり方は独特だなぁ。あのしゃべり方でお礼を言われた時は、ムネがキュンッと苦しくなったさぁ」
そこで、少年は人魚が去った海を見つめて。
「恋を……してしまいそうだったさぁ……」
……どうやら、少年は人魚の虜になってしまったらしい。
「あっ、いつかの旅人さん!青い海が自慢の村……だったけど、その海も今はよどんでしまったわ。だけど、海のバケモノがなぜかいなくなって、前よりはずっと安心して暮らせているの。神さまに心からお礼を言いたいわ」
ナギムナー村へ訪れると、村の女性が明るく出迎えてくれた。
歩きながら眺めると、港には船乗りたちの姿が見える。ジャコラがいなくなり、漁に出やすくなったのかも知れない。
「イヤな空だぜ……」
「真珠はあまり獲れないな……」
だが、仕事をする男たちからは暗い声が耳に届いた。大樹が落ちた影響は遥か遠くの、この南の地にまで及んでいるようだった。
船乗りのキナイも港にいるかも知れないと、一行はそちらに向かう。
「キナイさんはいないみたい……漁に行っているのかな?」
「キナイの母上殿なら居場所がわかるかも知れんぞ」
以前訪れた際に、ロウとキナイの母はすっかり仲良くなっていたことを思い出す。
ロウの案内でキナイの家へと向かおうとする一行に、
「おお、お前さんたちか。いいところに来た」
ムキムキの漁師が声をかけた。「あら、いい二の腕♪」と、シルビアがその身体を見て呟く。
「じつは、最近さっぱり魚が獲れなくて、みんながひもじい思いをしてるんだ」
ムキムキの漁師は苦々しくそう話した。この一帯の海は今もなお不漁のようだ。彼は続けて皆に話す。
「ナギムナー村の古い風習にしたがい、海産物をお供え物にして豊漁を祈願したが、それもあまり効果がないんだよ。やっぱり、これだけの不漁だと普通の海産物をお供えしただけじゃ、海の神も満足しないらしい」
お供え物……普通の海産物ではだめ……なにやらぶつぶつ呟いているのはセーニャで、彼女ははっと口を開く。
「まさか……人身御供……!」
「巨大なクラーゴンのゲソをお供えすれば、海の神も満足するかと思ったが、オレたちじゃヤツは倒せそうにない……」
その直後、ムキムキの漁師のその言葉を聞いて、セーニャは一人ほっとした。前に妹のベロニカも突っ込んでいたが、セーニャは時々恐ろしい発想をする。
きっと、物語の本を読むのが好きなので、想像力が鍛え上げられているのだろうとカミュは思った。
「そこで、ヤツを倒したことのあるお前さんたちにクラーゴンの巨大なゲソスルメを手に入れてほしいんだ。このままじゃ村は飢えで滅んじまう。頼りになるのはもうお前さんだけだ!頼む!巨大ゲソスルメを持ってきてくれ!」
ムキムキの漁師の頼みを、ユリはにこやかに二つ返事した。
「やってくれるんだな!前も漁師たちを救ってもらったし、お前さんたちには世話になってばかりだな!クラーゴンはナギムナー村を出て、北に行った所にあるバンデルフォン地方の東の島の近海にいるらしい」
北の孤島のことか……と、カミュは思い出す。同じくナギムナー村の漁師が失くした木彫りの女神像を探しにいった島だろう。
「ただ、クラーゴンをスルメにするためにはれんけい技、爆炎斬りでヤツに止めを刺さないといけないんだ」
「爆炎斬り……」
ユリは繰り返して呟いた。炎の呪文で丸焦げにすればいいのかと思っていたら、そうではないらしい。
「爆炎斬りはかえん斬りと火ふき芸を同時に使った時に発動するれんけい技だ」
「火ふき芸ならアタシの出番ね!」
シルビアが得意気に言った。火ふき芸はシルビアの十八番の技だ。
「じゃあ、クラーゴンに爆炎斬りでとどめを刺し、巨大ゲソスルメを手に入れたらオレに届けてくれ。よろしく頼んだぜ!」
ムキムキの漁師からクエストを引き受け、キナイの家に向かう中、カミュは笑ってユリに言う。
「お前、頼みごとをホイホイ引き受けるとこもエルシスから引き継いだんだな」
それにユリは「これも立派な勇者の役目だよ!」と、反論した。まあ、勇者じゃなくてもこいつもエルシスも引き受けるかとカミュは思う。……仕方ねえ。
「おっさんの火ふき芸に、あとはかえん斬りだろ?オレがその役やってやるよ」
「あら、カミュちゃん。嬉しいわ♪」
それに、久しぶりにカミュから「おっさん」と呼ばれて、シルビアはこれよ、これ!としっくりくる。喪失カミュからずっと「シルビアさん」と呼ばれていたから、懐かしさが込み上げてきた。(でも、シルビアって呼んで!)
「待って、カミュ。私は以前の私と違うんだよ」
そのユリの言葉に、カミュは「はあ……?」と首を傾げた。
「私もかえん斬りが使えるようになったの。私がその役やりたい!」
「カミュちゃんとユリちゃんがアタシを取り合っている!?」
「いや、違うだろ」
「……まあ、オレはどっちでもいいけどよ」
シルビアの言葉にすぐさまホメロスが突っ込み、カミュが本当にどうでもよさそうに言った。
「まあ、ユリさま。ついにかえん斬りができるようになったのですね!きっとお姉さまもびっくりしますわ」
「うんっ、私も師匠にぎゃふんと言わせたいな」
ユリとセーニャの会話はいつものほほんとしている――。
他の仲間たちものほほんとしながら、海に出る前にキナイの家へとやってきた。港からすぐ近く、坂を少し上がった所にある大きな家だ。玄関には守り神という、二体の大きなキジムーサーの像が左右に建っていた。
キナイの母はその縁側に座り、針仕事をしているようだ。
「ロウさんたち、遠路はるばるご苦労さまです。……もしや、息子にご用ですかな?」
「お久しぶりじゃ、奥方殿。近くに寄ったついでに息子殿の顔を見たいと思っての。じゃが、港にはいなかったようじゃ」
「あの子なら、きっとしじまヶ浜におりますぞ」
ほう、しじまヶ浜に……ロウは呟く。
「ロウさんたちがクラーゴンを倒したあの夜から、息子はなにやら様子がおかしくて、しじまヶ浜に入りびたっておるのです。もともとマジメな寡黙な子じゃったが、以前にも増して口数がへって何を考えているのやらわかりませんのじゃ。時おり開いたと思えば、本当に人魚の呪いはあったのか?と疑問の言葉を口にして……」
クラーゴンを倒した夜というと、あの宴会でロミアについて話した夜のことだろう。
そして実際にロミアと出会い、キナイの中で人魚に対して変化が起こったのは確かだ。
ロウはキナイの母に、しじまヶ浜に行ってみると言って、一行はその場を後にする。
「人魚の呪いが伝わる村か……。こんなのどかな村に、そのような出来事が起きていたとはな……」
村の奥地へ歩く道中、グレイグがぽつりと言った。
仲間たちから話を聞いて知ったが、この小さな漁村がロミアの悲恋の物語の舞台とは想像がしがたい。
「だが、まだまだ人魚の呪いの話は信じられているようだな。……一度伝わった話を覆すということは、一長一短ではいかぬものだ」
それはホメロスも同様だ。その目は無邪気に遊ぶ子供たちを眺めている。
「わたしは人魚!お前の魂を食べてやる〜」
「人魚こえぇー!」
そうきゃっきゃと言いながら、少女と少年は追いかけっこをしていた。
一行が階段を上がると、古ぼけた教会が見えてくる。
その教会の奥にある扉を通って行くしじまヶ浜は、村の墓地でもあった。
「ここはいつ来ても静かで、寂しげな場所ですね……」
「ええ……静寂という言葉がしじまヶ浜の由来かしら」
セーニャに続いてマルティナは頷きながら言う。
この場所は、波の音しか聞こえない。
キナイを探すと、彼はキナイ・ユキの小屋がある崖の上で海を眺めていた。
「ひさしぶりだな、ユリさん。大変な旅だったろうによく来てくれた」
ユリたちに気づいたキナイは、久しぶりの再会にも関わらず淡々と口を開く。
「多くの船を沈めた海のバケモノを倒したのは……アンタたちなんだろ?話を聞いて、すぐにピンときた。ありがとう、これで俺たちは漁を再開できる。アンタたちにはいつも助けられてばかりだな。いつか、村の者みんなで礼をするよ」
キナイは礼を口にすると、続いてロミアについて話した。故郷が襲われ、一時このしじまヶ浜に隠れていたという。キナイの母の「しじまヶ浜に入りびたっている」という話は、ロミアのためだったのではと彼らは思った。
「海に邪悪な気配がなくなったって、少し前に故郷に戻ったんだ。襲われた故郷が無事だといいんだがな……」
「ロミアさんには海底王国に行った際に会ったんです。王国も無事で、ロミアさんの元気な姿に私たちも安心しました」
「そうか、故郷も無事だったんだな。俺が心配するのもヘンな話だが、仮にも祖父の恋人だった人魚だからな。彼女には元気でいてほしいんだ」
つばが広い帽子によって顔が見えにくいキナイだったが、その声色で喜んでいるのがわかった。
そして、少し寂しそうなのはロミアが帰ってしまったからだろう。その理由は――マルティナは心の中でもその言葉を口にするのは止めておいた。無粋な気がして。
「姿が見えないが、エルシスにもよろしく伝えてくれ」
最後のキナイの言葉に、ユリはこくりと頷いた。
静かにしじまヶ浜を立ち去ると、船に乗り込んで、クラーゴン狩りだ。
ムキムキの漁師が言っていた通り、航路は北にあるバンデルフォン地方の東の島へと向かう。ついでに上陸すると、そこはスライム系の魔物が多く生息する地だとわかった。
「皆さん!クラーゴンがでたでげす!」
海をさ迷っていると、ついにクラーゴンはその巨体を現した。しかし、あの島のような巨大なジャコラを見てしまうと、クラーゴンでさえ小物に見えてしまう。
「さあ!ナギムナーのみんなのためにスルメにしちゃうわよ!」
「爆炎斬りでとどめを刺すのに、まずは弱らせないとね!」
それなら我々におまかせください、とホメロスとグレイグが前へ出た。
ユリとシルビアは後方で待機する中、二人は順調にクラーゴンを弱らせていく。
「そろそろアタシたちの出番……」
なんと!グレイグは会心の一撃を叩き出し、クラーゴンは海に沈んでいった。
………………。
「ンもうっ、ちょっとグレイグなに倒しちゃってんの!?」
「そこで会心の一撃を出す奴がいるか!」
「す、すまん……」
シルビアとホメロスに怒られて、グレイグはしょんぼりした。その様子を他人事のように笑って見ているのはカミュとマルティナだ。
「クラーゴンならまた見つければいいし、グレイグ、次もよろしくね」
「ユリ……!お前はあいつらと違って優しいな……」
「ユリさま、グレイグを甘やかさないでいただきたい」
「ホメロスッ!」
――グレイグとホメロスがぎゃあぎゃあと言い合う賑やかなシルビア号は、再びクラーゴンと遭遇した。
今度こそ、ユリとシルビアは二人のれんけい技、爆炎斬りでとどめを刺す。
「ユリちゃん、受け取って!」
「えいっ!」
ユリの剣は炎が渦巻き、クラーゴンに振り落とせば、炎は燃え盛り、クラーゴンは倒れた。
船の上に残ったのはクラーゴンの足の一部だ。
巨大ゲソスルメを手に入れた!
丸焦げになったゲソから、香ばしい臭いがただよっている。
「あ、なんかすごくおいしそうなニオイ……」
「とても香ばしいですわ〜」
「これは酒が呑みたくなるのう」
「この香ばしいニオイによだれが出そうだ……」
「お前ら、それ魔物の足だからな?」
イカ焼きが食べたくなりながら、船はナギムナー村へと戻った。
渡すだけだからと、ユリは一人でムキムキの漁師の元へ向かう。「ユリさまがそれを一人で持つのは不可能です!」
慌ててホメロスが止めて、グレイグが巨大ゲソスルメを持ってついていく。
「このいいニオイはもしかして……巨大ゲソスルメを手に入れたのかい?」
「ああ、それがこれだ」
グレイグは巨大ゲソスルメを渡した!
「これがクラーゴンのスルメか!なんてとてつもないでかさなんだ!そんじゃそこらのスルメとは段違いだぜ!これをお供えすれば、きっと海の神のハラも一杯になって、海に魚を戻してくれるはずだ」
巨大なイカゲソを、ムキムキな漁師は軽々と持ち上げている。そして、顔は感激している。
「ううう……これでもう子供たちにひもじい思いをさせなくて済むんだな。ホントにホントによかったぜ……お前さんたち、ありがとな!ナギムナー村はまずしい村だけど、まずしいなりに精一杯の礼をさせてくれ!」
ユリはペンタグラムを受け取った!
「これはブーメランだな」
「星形でかわいい見た目のブーメランだね!」
神秘の魔力で敵を混乱させるという、星形のブーメランである。
今、カミュが使っているブーメランの一つはクレイモランで購入したというもので、星の輝きをまとわせたサザンクロスだ。
二つ合わせて持ったらいい感じだと、ユリは笑顔でシルビア号に戻った。