来る期末テストに備えて。ここ、バッティングセンターにやってきた。
「フゥー!今日もかわウゥイねー!理世チャン!デートしよう!」
「しないです〜」
上鳴くんを数倍チャラくしたようなこの人は、これでもここのオーナーだ。
「今日も"個性"の特訓で借りますね」
「熱心だねぇ!よっ、未来のファンタスティックヒーロー!」
「はいはい。二時間で」
前払いを済ませ、一番奥のスペースを借りる。
バッドを振って、ホームランを目指す――のではなく。シャトルマシーンから打ち出されるボールを、"個性"を使ってテレポートさせる訓練だ。
同時に動体視力も鍛えられて一石二鳥!
(今日は慣れてきたから一段階速くしようっと)
打ち出されるボールがしゅんと消えて、ぽとりと地面に落ちる。
一応、落とす場所も決めているけど、集中力が切れるともちろん座標もブレる。
テレポートには正確性が重要だ。
慣れれば安定して、まっすぐ飛ぶボールは比較的簡単……と思いつつ。それでも速すぎると、捉えるのはやっぱり難しい。
集中力が途切れがちになった頃、休憩に入る。
連続して"個性"を使うとさすがに疲れるし。小腹が空いたのでちょこあんパンを食べていると、スマホの着信が鳴った。……あれ、深月ちゃんからだ。
「もしもし、深月ちゃん?」
『理世?ちょっとこれから暇だったら付き合って欲しいんだけど』
「うん。今、バッティングセンターで"個性"の自主練してたけど、一息ついたから大丈夫だよ」
『ちょうど良いわ!今からそっち向かうから!』
「どうし……あれ、切れちゃった」
突然の深月ちゃんからの電話。切羽詰まった感じもしたけど、どうしたんだろう?
というかここの場所分かるのかな……(位置情報のメッセージ送っておこ)
深月ちゃんの様子がいつもと違った理由は、すぐに分かった。
「っあんのモラハラ男ーー!!!」
「……。わぁ〜」
カキンと音を立て、深月ちゃんが打ったボールは見事ホームランになった。「オメデトウ!」と、前方が派手に点滅する。
どうやら深月ちゃんは、仕事の取引先で荒れるほど嫌な事があったらしい。
社会人は大変だ……。
「世の中には、敵と同じくらい、悪しき慣習がある――それは、"個性"差別……!!」
バッドを前に向け、深月ちゃんは叫ぶ。
「深月ちゃんの"個性"、かっこいいのにね」
「ありが……っとう!!」
答えながら、深月ちゃんが大きくバッドを振ると、ボールは高く弧を描く。
再びホームランだ。
「おぉ〜」二連続すごい!思わず拍手をすると、周囲の人からも拍手が起こった。
「確かに、私の"個性"は扱いづらいし化物みたいなのは確かだけど……。あの男、自分の"個性"の自慢と共に嫌みをつらづらと……!私はヒーローになれなかったからじゃなくて、私の意思で特務課に就職したっての!」
深月ちゃんの"個性"は《影の仔》
普段は影の中に潜んでいる、攻撃型の生命体らしい。自由に呼び出せるわけではなく、深月ちゃんが敵意を持って攻撃しようと思う時にしか出てこないという。
「あー思い出しただけでも腹が立つぅ!」
……と、今日はずいぶんご立腹な深月ちゃんだ。それとは別に、日頃のストレスも溜まっているんだろなぁ。
「見本となる大人たちがそれじゃあ、"個性"差別が無くならないわけだね」
「本当にね……同じ大人として情けない話よ」
深月ちゃんは自販機で缶ビールを買うと、蓋をプシュっと開けてグビッ、と飲んだ。良い飲みっぷり。
「ちょっとスッキリした!理世、次カラオケ行くよ!」
「仕事は大丈夫なの?」
「坂口先輩が半休くれてね」
たぶん、見かねて……と、苦笑いを浮かべて深月ちゃんはつけ加えた。安吾さんは良い保護者だけでなく、良い上司でもある。
「じゃあ、カラオケ行って〜今夜の夕飯は深月ちゃんの食べたいもの作るねっ」
「あっそれすごっく嬉しい!最近自炊できてなくて手料理が恋しくて……」
深月ちゃんに笑顔が戻った。
そして、また明日から、特務課の優秀なエージェントとして深月ちゃんは働くんだ。