君が笑えば僕らも嬉しい

 それは――期末試験を終えて、夏休みまで残すところ指折りの日に。

「……結月。話したいことがあるから、放課後付き合ってくれねえか」

 珍しく……焦凍くんの方からそんな風に声をかけられ、私は「良いよ」と笑顔で二つ返事した。


 ――放課後。

 焦凍くんについて行くと、たどり着いたのは人気のない踊り場だ。(教室ではできない話?何の話しだろう)
 彼の白に近い銀色の髪が、大きな窓から差し込む光にキラリと反射する。

「話ってのは……」

 焦凍くんはそう口を開いたものの、オッドアイの瞳が戸惑うように横に揺れた。

「あ、もしかして話しにくい話的な?」

 そう、軽い口調で聞いてみたけど、内心――どぎまぎしていた。

(……話って……も、もしかして……!)

 人気のない踊り場。
 二人っきり。
 夏休み前。
 少女コミックに出てきそうなイケメン。
 何とも言えない雰囲気。
 
(告白的シチュエーション……!!)

 いやいやいや、そう思ってすぐに脳内で否定する。
 焦凍くんに限ってそれはないな。今までそんな雰囲気なかったし、最初よりは仲良くなったけど、友達としてだ。

「いや……どう切り出していいのか悩んだ」
(……切り出す?)
「よくオブラートに包めって言われるからな。どう包むか……」
(何を包もうとしてるの!?)

 どぎまぎに混乱が加わる。(オブラートに包もうとする言葉ってなんだ!?)

「えっと……オブラートに包まなくても大丈夫だよ。むしろ、オブラートに包まない方がやっぱり焦凍くんらしいかな」
「そうか……?なら、単刀直入に言うぞ」
「……!」

 単刀直入……!?

 再びまっすぐ見つめてくる焦凍くんに、ドキッ、と心臓が跳ねた。

 真剣な眼差し。

 違うと思っているのに、思考とは別に心臓がドキドキしている。――もし。

 もしも……、もし、本当に告白だったら、私はどうするんだろう。思えば恋とか、今まで全然考えてこなかったし、考える暇もなかった。

「話ってのは……」

 そんな顔で焦凍くんが見つめてくるから――おかしな思考が加速する。

 もし、焦凍くんに告白されたら。
 私は――……


「緑谷のことなんだが」
「……………………だよね〜!」
「?」

 ――でっくんね!!!

 知ってた。知ってたよぉ。焦凍くんから私に話しかける時は、大体でっくん関係だという事を!

「……でっくんがどうかしたの?」

 あんなにドキドキ高鳴っていた心臓も、不思議な事に今はもう正常に。
 落ち着いた口調で、焦凍くんに尋ねた。


「――お母さんのお見舞い?」

 聞き返した言葉に、焦凍くんは「ああ」と、小さく頷く。

「ガキの頃から親父の修行で、遊ぶ時間も友達もいなかったから、余計かも知れねえ。緑谷のこととか話したら……」

『焦凍に初めてできたお友達はいいお友達ばかりね。いつか、お母さんも挨拶できたら良いのだけれど……』

(初めてできた、友達か……)

 その言葉がきっかけで。

「今度、連れて来るよって思わず言っちまった。そしたら、お母さん嬉しそうに笑うから……。姉さんが主治医に相談したら、リハビリにもなるから良いんじゃねえかって許可が出たんだ」

 ゆっくりと言葉を紡ぐように話す焦凍くん。思わぬとんとん拍子に話が転がったらしい。

「飯田も考えたけど、あいつ背もあるし難いが良いからな……」

 天哉くん自身の人柄はまったく違うし、顔も雰囲気も全然似ていないけど、体格からエンデヴァーを思い出してしまう懸念があると、焦凍くんは話した。

「そっか……」

 私は、ただ静かに話を聞いて頷く。その点、確かにでっくんなら問題ないけど、きっと理由はそれだけじゃない。

 でっくんだから――全力で、ボロボロになってもただひたすらにまっすぐぶつかってきて。
 過去も何もかも忘れさせて、全力を引き出して……。
 焦凍くんが前を向くきっかけを作った人だから。

「けど、こんなこと頼んだらあいつも迷惑だろうし……悩んだ」

 その表情からも、焦凍くんがすごく悩んでいる事が窺えた。
「――大丈夫だよ、焦凍くん」
 俯くその顔に笑いかける。大丈夫だって断言する。

 だって、

「最初はびっくりするし戸惑うとは思うけど、焦凍くんから友達って紹介されたら絶対でっくん喜ぶよ!」

 焦凍くんと他愛ない会話をしているでっくんは、いつも楽しそうだから。

「それに、超がつくほどのお人好しのでっくんが迷惑なんて思うわけないでしょう」

 そう言って笑うと「そうか……あいつはそうだったな」と、焦凍くんは呆れを含んだ笑みを浮かべる。

「明日、緑谷に話してみるよ。……もし」
「うん」
「嫌じゃねえなら……」
「?うん」
「結月も一緒に見舞いに来てほしい」

 焦凍くんの言葉に驚いて目を見開く。

「……嫌じゃないけど、むしろ私がいたら邪魔じゃない?」
「邪魔だと思ったら誘わねえ」

 いや、まあ、そうだけどぉ。

「緑谷も俺と二人で行くよりおまえがいた方が気が楽だろ」
「そんなことないと思うけど……」
「結月がいると、その場が穏やかになるから……お母さんも話しやすいと、思う」

 な、なるほど……。いや、そんな風に言われたら……。(なんか……嬉しいな)

「焦凍くん。私も一緒に行く」
「!おう」
「ちょうど夏休みだし、でっくんと日程決めないとね」
「明日、緑谷に聞いてみよう」
「うん!」


 いつの間にか、でっくんが行くのは決定事項になって……――翌日。


「ぼぼ僕が、轟くんのお母さんに!?」

 案の定、でっくんは驚いた。予想通りの良い驚きっぷりだ。

「ああ、緑谷が嫌じゃなければ……」
「嫌じゃないよ!ただ、本当に僕で良いのかなって……」

 そして、予想通り謙虚な姿勢だ。

「良くねえなら頼まねえよ」
「そ、それもそうだね……」

 でっくんは最初は戸惑いつつも「……そっか」と、嬉しそうに微笑む。

「(良かった。轟くん、お母さんと上手くいってるんだ)」

 次にでっくんが口を開いた時には、はっきりとした口調で、まっすぐ焦凍くんを見た。

「……うん!僕で良ければもちろん行くよ!むしろ、僕が轟くんの友達として紹介されるなんて光栄っていうか……あ!手土産とか持ってた方が良いよね!花は……あんまり良くないんだっけ、結月さん!」何がいいかな!?
「あ、うん。鉢植えとか根付くが寝付くって連想して良くないって言うよね」

 思った以上にめっちゃ嬉しそうだ、でっくん!

「良かったねぇ、焦凍くん」
「ああ、悩んでたのが馬鹿らしいよ」
「……やっぱりお菓子とかかな?万人向けする無難なお菓子は……」

 張り切るでっくんに焦凍くんはふっと笑う。
 二人ともお互いの事をちゃんと友達と思っているのに。

「自分だけが一方的に友達だと思っている」

 そんな風に二人して考えていたらしい。

 ぎこちなくて、微笑ましい関係。

「あ、轟くんのお母さんって何が好きなお菓子とかある?」
「………………」
「ごめんっ!」
「焦凍くん、お姉さんに聞いてみたら!?」

 答えられず表情を曇らせた焦凍くんは、その手があったか、的な顔をしてポケットからスマホを取り出した。

「メッセージ送ってみる。でも、返信はすぐに返って来ねえかもな。今日は職員会議があるっつってたから……」
「職員会議……轟くんのお姉さんってもしかして……」
「ああ、小学校で教師やってる」
「きっと子供たちから人気の先生なんだろうね」

 授業参観の時に来てたけど、美人で優しそうなお姉さんだったもの。

「……どうなんだろうな。今まで姉さんともあまり話して来なかったから……お」

 そう言ってすぐに、焦凍くんの手の中にあるスマホがメッセージの受信を知らせる。

「返信早かったね」
「きっと連絡見て、焦凍くんのお姉さん、こっそり返してくれたのかも」


『(はっ!焦凍から珍しい……!手土産にお母さんの好きなもの……てことは緑谷くんたち来てくれることになったのね!これは早く返信しないと……!)』


「……――アイスが好きだと書いてある。あとはゼリーとか冷たいもん」
「冷蕎麦が好きな焦凍くんとちょっと似てるね〜」

 焦凍くんは「ああ」と、口元に微かに笑みを浮かべる。なんだか嬉しそうだ。

「アイスだとこの季節、難しいかな?」
「いや、俺が冷やして持って行くから問題ねえ」

 でっくんの言葉にすかさず答える焦凍くん。確かに!

「そうか!轟くんの"個性"ならそれも可能だね」
「じゃあ、私。病院に行く途中にでも、おいしいアイスのお店ないか探してみるね」
「おう!」
「ありがとう、結月さん!」


 日程も決めて、途中まで三人で帰る。
 楽しみな夏休みの予定が一つ出来た。


 ……――そして、夏休み。


「安吾さん、明日は焦凍くんのお母さんのお見舞いに行ってくるね」

 何気なく夕飯作りの片手間にそう言ったら、安吾さんのキーボードを打つ手がぴたりと止まった。

「……それは、ずいぶんと轟くんと仲が宜しいということでしょうか」

 冷静を装っているけど、安吾さんが動揺しているのが分かった。何か大きな勘違いをしている。

「あはは、でっくんも一緒だよ〜」

 私はむしろ付き添いと答えたら、今度はあからさまにほっとして。

「そうですか。いえ、理世のプライベートには口出ししませんが……」
「彼氏ができたら真っ先に安吾さんに紹介した方が良かった?」
「………………過去形のようですが」
「過去も今もいないから安心して!今はヒーロー志望として忙しいから」
「……私をからかえるのは、太宰くんと理世ぐらいですよ……」

 それに――

「私、お父さんに「高校卒業するまでは彼氏は作っちゃだめ」ってお願いされてるから」

 お母さんは呆れていたな。

「そこは禁止ではなくてお願いなんですね。(しかも彼女がいくつの時にお願いしたのでしょうか、あの方は……)」


 ***


 焦凍の母です――そう名乗った冷さんは、焦凍くんと片側と同じ、白に近い銀色の長い髪を揺らして優しげに微笑んだ。(綺麗な人……焦凍くんに似てる)

 それでいて、焦凍くんと友人である私たちを見る眼差しは、慈しみがある母親のもので、――焦凍くんのお母さんだ。

「は、初めまして……緑谷出久です。いつも、と……焦凍くんにはお世話になって……」
「?俺は世話をした覚えは…」

 緊張しているでっくんに、さっそく焦凍くんは天然っぷりを発揮した。「仲良くしてるって意味だよー」小声で言うと「そうか」と、一言納得する。

 その一連のやりとりに、冷さんはクスクスとおかしそうに笑った。(あ、あれって……)

 ふと、その奥の棚に飾られているそれに気づく。
 ズードリームランドに行った時に、焦凍くんがお母さんへのお土産に買ったスノードームだ。よく見える位置に飾られていて、なんだか私も嬉しくなる。
 気づくと……冷さんの視線が私に移っていて、慌てて口を開く。

「初めまして、結月理世です」

 挨拶すると、冷さんはどこか納得したような笑みを浮かべた。……?

「焦凍からあなたの話を聞いて、普通に男の子だと思ってたんだけど、じつは女の子なんじゃないかって思い始めてたから……」

 当たったわ――、と。

 自然と焦凍くんを見る。同時に、私の視線から逃げるように焦凍くんはその顔を横にそらした。(男の子って……焦凍くん、私のことをどんな風にお母さんに話してたのかな)

「……これ、緑谷と結月から……」

 話を逸らすように、焦凍くんはそうしっかり右腕に抱えていた紙袋をテーブルに置く。

「まあ、気を遣わせちゃって……ありがとう。何かしら?」

 白い箱を開けると、嬉しそうな声を冷さんは上げた。

「とっても可愛いアイスね」

 カップに入った、見た目も可愛いくデコレーションされた人数分のアイスだ。喜んでもらえたみたいで良かったと、でっくんと笑い合う。

「じゃあ、早速みんなで食べましょうか」

 味の説明をしながら、冷さんと一緒にどれにしようかアイスを選んだ。

「焦凍、私がアイスを好きなのを知ってたのね」
「……いや、姉さんに聞いたんだ」

 冷さんの言葉に焦凍くんが小さく否定する。自分は知らなかった――そんな後ろめたい声だった。

「……あ……」

 同じように冷さんの表情も曇る。「あのっ」咄嗟に口が開いた。そのまま続けて話す。

「アイス、焦凍くんが溶けないように運んでくれたんです」

 ねっ、と隣のでっくんを見ると、でっくんも大きく頷いて……

「この暑さで溶けないようにって、轟くん、ずっと"個性"で冷やしてくれて……」

 あ、アイスのお店を探してくれたのは結月さんです!と、律儀に付け加えてくれた。
「そうなの……」
 冷さん目を伏せ、手に持つアイスを見る。
 そして、一口。口にして……

「ありがとう、焦凍。とってもおいしいわ」
「……うん」

 立ったまま、照れくさそうに焦凍くんは頷いた。

「焦凍くんもここ座って。みんなで食べよ〜」
「轟くん、おいしいよ」

 丸椅子に座って、焦凍くんも一口食べて口を開く。

「……うまいな」
「理世ちゃんもこんな可愛いアイスを選んでくれてありがとう」
「あ、いえ、とんでもないです!」

 その綺麗な笑みで褒められると、なんだか少し、くすぐったい。

「出久くんは焦凍の話に聞くよりずっと優しい男の子ね」
「へ!?」
「焦凍くん、私たちのことどんな風に話してるの?」
「確かに、ちょっと気になるかも……」
「…………普通だ」

 なにかなその沈黙。

「――学校での焦凍もきっと、そんな感じなのね」

 再びクスクスと冷さんは笑う。学校での焦凍くんか――でっくんと顔を見合わせる。

「そうですね……普段はもっとクールかも知れません」
「うん。今日の轟くんは……」

 でっくんは言いかけて、ははっと笑うと、焦凍くんは「なんだよ……」不本意そうだ。

「……喉、乾いたから何か買ってくる」

 こそばゆい空気に居たたまれなくなったという風に、立ち上がった焦凍くんは足早に部屋を出ていく。

「飲み物なら買ってあったのに……」

 閉まるドアを見て、眉を下げて笑う冷さん。あのクールな焦凍くんも、お母さんの前ではたじたじだ。ちょっと新鮮。

 ……静かになった部屋に、少しだけ間を置いて、私は口を開く。

「この間の期末テストの実技テストで、私、焦凍くんと一緒になったんです」

 もう一人の推薦入学者の女の子と三人で。

「流れで私が先生の足止めをする役になってしまったんですけど……」

 焦凍くんは、百ちんと協力して助けに来てくれた。怪我をした私を二人で手当てしてくれた。熱が出たと思って冷やそうとしてくれた。

「焦凍くんは友達思いで優しいです」

 焦凍くんのお母さんが一番よく知っているだろうけど――。それは、焦凍くんの本質なんだ。

「僕にとって……」

 次に、でっくんがそう口を開く。

「轟くんは、僕を初めてライバルとして見てくれた人なんです」

 ――……落ちこぼれの僕を。
 
 理由はどうあれ、爆豪くんとはまた違ったその存在が、でっくんに火をつけたという。

「負けたくないって……轟くんのおかげで、あの時、僕は全力で戦えました」

 でっくんは右手を見ながら言う。

 リカバリーガールはそれを「戒め」って言ってたけど、でっくんにとっては違う、大切な意味も持つんだと――その時、私は気づいた。

「……はっ!あの、すみません!えっと、轟くんはすごいって言いたくて……」

 急にあたふたし出すでっくんに、私も冷さんもふっと吹き出す。

「焦凍も……二人のことを、二人と同じように言ってたわ」

 冷さんは優しく微笑んで「ありがとう」と、私たちを見回しながら言った。

「あの子があなたたちの話をよくする理由が分かったわ。こんなに素敵な友達がいるなら、焦凍は大丈夫ね」

 安心したようなその笑みに、私もでっくんも「はい!」と、強く肯定するように頷いた。

 ……ややして、部屋の扉が開く。

「あ、焦凍くん、お帰り……っていっぱい買ってきたねぇ!?」

 戻って来た焦凍くんが持つ手提げ袋には、人数分以上の飲み物が。(あれ、焦凍くんの顔がほんのり赤いような……)

「どれが良いか分かんねえから……」

 恥ずかしそうに言いながら、次々とテーブルに置いていく。
 お茶からジュース、スポーツドリンクまで――。
 色んな種類の飲み物に、私とでっくんは肩を揺らして笑った。


 あまり長居しても冷さんの負担になってしまうので、そろそろとおいとまする時間だ。


「今日はとっても楽しかったわ。また、良かったら遊びに来てね」
「はい!」
「ぜひ」

(……焦凍くんのお母さんは、やっぱり焦凍くんのお母さんだったな)

 最後に冷さんの「焦凍のことをこれからもよろしくね」という言葉に、私たちは大きく返事する。
 焦凍くんは隣で、終始照れくさそうだった。


「――今日の焦凍くんは借りてきた猫みたいだったねぇ」
「あはは、そうかも」
「……おい、笑うな」

 ちょっとむっとした後、焦凍くんは「でも……」と、続ける。

「母さん、よく笑って、すげー楽しそうだった。……今日は来てくれてありがとうな。緑谷、結月――」

 そう微笑んだ焦凍くんの顔は、冷さんによく似た笑みだ。

「当然だよ、轟くん!」
「そうそう、友達なんだからから」

 でっくんと挟んで焦凍くんを真ん中に。二人でその肩に、ぽん、と手を置いた。

「……なんか急に馴れ馴れしくなってねえか。お前ら」


 ――じゃあ帰ろっかと、ロビーを歩く。

「っ!」

 突然、後ろから誰かに抱きつかれた。!?

「理世!」
「エリスちゃんっ?」

 驚いて振り返ると、そこにはこの間とはまた違ったドレスを着たエリス嬢がいた。
 不思議そうなでっくんと焦凍くんに、知り合いの女の子だと説明する。……ちょっと説明不足だけど、なんて説明していいものか難しい。

「何してるの?」
「友達のお母さんのお見舞いにきてたんだよ」

 そう言うと、エリスちゃんは「ふぅん」とでっくんと焦凍くんを、それぞれ見上げて、

「どっちが理世の彼氏?」
「!」
「!?」

 彼氏!?

「それとも両方?」
(両方……!?)

 可愛い顔でとんでもない事をエリスちゃんは聞いてきた。(両方って、それ本当だったらすごい二股だ!)

「ぼぼ、僕は結月さんのか、彼氏とかじゃなくてっ……!決して嫌とかじゃなく、おお烏滸がましいというか……!」
「緑谷、落ち着け」
「エリスちゃん。この二人はクラスメイトで友達だよ〜」彼氏じゃないよ〜
「つまんない」

 あっけらかんとエリスちゃんは言った。エリスちゃんがいるという事は、あの森先生もいるはずだけど……。

「エリスちゃ〜〜ん、一人で勝手に行ったらだめだよ〜!」
(あ、来た)

 白衣を着た森先生が、情けない声を上げながら走ってくる。

「理世の姿を見かけたから」
「おや、久しぶりだねぇ。それに……」

 私の存在に気づいた森先生は、次にでっくんと焦凍くんの二人を観察するように、じっと見る。

「どっちが君の彼氏?」

 元凶!!

「セクハラですからね、それ!」
「ええ〜!!」ガーン
「リンタロウ、ロリコン変態にセクハラが新しく加わったのね。おめでとう」
「エリスちゃんまで……!ひどいよぉ!!」
「「…………………………」」

 良い具合にでっくんと焦凍くんがどん引きしている。その視線に気づいた森先生はゴホン、と咳払いをして、口を開いた。

「私は横浜のしがない町医者をやってる森鴎外と言う者だよ。理世くん、なんで私がここにいるのか不審がってる目だね」

 いや、不審なのはあなたの存在自体……。

「なあに、ちょっとした野暮用さ」

 たぶん本当に野暮用なんだろうけど、話し方がとっても胡散くさい。

「君たちは、理世くんと同じ雄英のお友達かな?」
「は、はい……」

 その問いにでっくんが答えた。

「見たところ、君たちはよく体を鍛えられている。だが、無茶は禁物だよ。"個性"が使えなくなるほど、無理をした患者を私は診てきたからね」
「"個性"を……」

 "個性"という言葉に、でっくんはぞっとしているようだ。無理は身体に負担がかかるように、"個性"も同様らしい。

「あ、理世くんは大丈夫だよ。むしろもっと鍛えても……」
「あ、それセクハラですね」
「これもかい!?」
「リンタロウ最低」
「エリスちゃああん」
「「………………」」


 帰りのバスに乗り込み――後ろの席に三人で座ると、焦凍くんは「変な人だったな」オブラートに包まず率直な感想を言った。

「なんかグラヴィティハットが昔お世話になった人って言ってたけど……」
「ああ、あの人か」
「えっと、エリスちゃんって子は、あの先生の娘さんで……?」

 でっくんが恐る恐る聞いてきた。娘さんじゃなければ本格的にやばい人になる。

「でっくん聞いたらびっくりするよ。エリスちゃんはね……森先生の"個性"なんだって」
「えええーー!!"個性"ーー!?」

 驚きに声を上げるでっくんに「緑谷」と、焦凍くんが静かに窘める。
「あ、すみません」
 でっくんは慌てて両手で口を塞いだ。

「"個性"って、どういうこと……!?」
「私も詳しくは知らないんだけど……」

 小声でも、でっくんの圧がすごい。

「す……すごい……!本物の人間の女の子にしか見えなかったぞ……!しかもちゃんと自立した知能を持ち合わせてるように見えたし、"個性"で作り出した生命体……?他に似たような"個性"と言えば……ブツブツブツ」
「でっくん……小声だけど、周りから気味悪がられてるよ……」
「そのノートはいつも持ち歩いているのか……?」

 リュックから取り出したノートに、ブツブツと呟きながらカリカリカリ、と一心不乱に書き込み姿はもはや狂気……。

 でっくんを真ん中に、目があった焦凍くんと苦笑いして肩を竦める。

 でっくんのその趣味に慣れるには、私たちはもう少し時間がかかりそうだ。



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