緑谷くんのネクタイ

 入学初日から、気になっていた事がある。

「でっくんのネクタイって、不思議な結び方してる?」

 でっくんこと、緑谷出久くん。そのネクタイは、今日も独特なフォルムだ。

「ぼ、僕……結び方が下手みたいで、何度やってもこうなっちゃうんだ……」

 そう恥ずかしそうにでっくんは苦笑いした。……なるほど。中学は学ランだった事もあるそう。

「私もネクタイの結び方は雄英の制服で初めて覚えたよ」

 常にスーツでびしっと決めている安吾さんに教えてもらったから、結び方はばっちりだ。

「でっくん、結び直してあげる」
「へ!?そっ、そんなおお恐れ多多……!!(ちっ近い〜〜〜!!)」
「いや、どんな結び方だとこうなるのか知りたくて」

 でっくんのネクタイをほど……こうとして既に手こずる。
 ……?こっちがこう来てるから、これはこっち……??(本当にどうなってるのこれぇ!?)

「っっ……!!(き、き、き、緊張して息ができない……!これって……なんか……)」

 ……あ、やっとほどけた。

「〜〜っ!(新婚さん、みたいな……)」
「…………あれ、結び方が分からなくなっちゃった」
「!?」

 首を大きく傾ける。自分でやるのと他人にやるのとでは勝手が違くて、思いの外できなくなるもんなんだなぁと知る。

「……でっくん、後ろから結んでいい?」
「!?うしっ……うし!?(それって後ろから抱き締められるような形になるんじゃ……!!)」
「牛?」

 でっくんの背後をじりじりと狙っていると、

「お、何やってんだー?二人とも」

 上鳴くんがやって来た。
 
「結月、ネクタイの結び方が分からなくなったの?ははっ俺にまかせろって」

 そう言って、でっくんのネクタイを上鳴くんにバトンタッチする。上鳴くんは慣れた手つきで、するすると結んでいき――……

「なんじゃこりゃあ!?俺も分かんなくなった!!」
「………(え、えええーー!?)」

 そこには、辛うじてネクタイの面影を残していたでっくんの結び方をさらに越える結び方が現れた。

「でしょ!?対面で結ぶと分からなくなるの!」
「ああ、摩訶不思議だな!」
「……。あ、あのぅ、とりあえず、これほどいても……」
「挽回させてくれ、緑谷!後ろから結んでいいか」
「挽回!?い、いやぁ、なら自分で結ぶかな……(僕のバカ野郎……!!せっかく結月さんに結んでもらうチャンスを……!!)」

 上鳴くんがじりじりとでっくんの背後を狙っていると、

「どうしたんだ?君たち」

 飯田くんがやって来た。

「一体全体どうしたんだ!?緑谷くんのネクタイは!!!」
「……ハハ」

 でっくんは乾いた笑みを浮かべながら、何だか分からないそれをほどいていく。(それしたの私じゃないけど、ごめん)

「二人とも、ネクタイの結び方が分からなくなっただと?こうして……こう結ぶだけだろう」
「「おお〜!」」

 そう話ながら、飯田くんはするするとでっくんのネクタイを結んでいき、最後にしゅっと結び目を絞めた。

 完璧だ……!完璧なネクタイがそこにある……!!

「さすが、委員長!」
「ありがとう、飯田くん!」
「おお、なんか緑谷の顔つきまで変わって見えるな!」

 なんかすっげー塾通ってそう、と上鳴くんは言った。(褒めてるようで褒めてもいないような……)

「緑谷くん、俺もいつも君のネクタイが気になっていて、いつ注意しようと思っていたが、深い事情があったのだな……」
「ええ!?(何を勘違いしてるんだろう、飯田くん……!)」

 ……まあ。ある意味、苦手というだけであのネクタイの結び方になるのは深いかも知れない。

「くっだらねェ……アホかてめぇら」
「爆豪くんはいつもネクタイ締めてないけど、結ぶの苦手なの?」
「ひぃ!?(結月さん、勇敢過ぎるっ……!!)」
「アァ!?んなワケねーだろクソが!!」
「本当かなぁ」
「上等だゴラッ!貸せェ!!!」
「うおっ!?」

 そう爆豪くんはキレると同時に、近くにいた上鳴くんのネクタイを引っ張り、強引に奪った。自分の首に手早く結んでいく。

「どうだコラッ!」

 いや、どうって言われても……

「ちょっと頭良さそうに見えるね」
「ざけんな!!元々頭良いわ!!」

 え〜と疑っていたら「かっちゃんは全国統一テストで上位に入るほどの成績だよ……」と言うでっくんの言葉に「嘘でしょう!?」驚愕する。(見た目も中身もヤンキーみたいなのに……!)

「つかっいきなり何すんだよぉ……!」
「長さ、形、位置ともに完璧だ……!やるではないか爆豪くん!そんなに素晴らしいネクタイの結び方ができるというのに、何故いつもネクタイを結ばないのだ!?」

 飯田くんが感動しているけど、それはちょっと私には分からない。

「うるせェ!てめェと一緒で鬱陶しいからに決まってんだろ!」
「鬱陶しい!?ネクタイを絞めるということは精神を引き締めるという〜〜ウンタラカンタラ」
「「……………………」」

 ぎゃあぎゃあと二人は言い争いを始め「……帰るか」上鳴くんの呟きに、私たちも同意して帰ることにした。(ネクタイは次回返してもらうことにしたらしい)

「デクくん!?ネクタイどうしたの!?」
「……。うん」

 一緒になったお茶子ちゃんは、でっくんのきちっとしたネクタイに心底驚いている。……うん。

「でっくんはいつものネクタイの方がでっくんらしくて良いのかも」
「どっちにしろ、僕が結ぶとああなっちゃうから……」

 困ったような笑いを浮かべたその言葉通り……翌日は、あの不思議なネクタイに戻っていた。

「良かったぁ〜デクくん、元の姿に戻ったんやね!」

 麗かな笑顔でそう言ったお茶子ちゃん。

「ええと……麗日さん?」
「でっくんの本体はネクタイなの?」

 代わりに、お茶子ちゃんから見たでっくんが謎になった。



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