女子二人ごはん

 雄英に通うことになって、独り暮らしを始めた生徒は少なくない。

「あかん……。こっちの定食にしたいけど、今月の食費が……ああ、でもおいしそう……」

 お茶子ちゃんもその一人だ。

 お昼にランチラッシュの食堂で、何やらぶつぶつとでっくんのように呟き、真剣な様子でメニューを眺めている。

「ここは我慢や……!」

 結局は、かけうどんにしたらしい。

「珍しいね、お茶子ちゃんがお米じゃなくてうどん選ぶなんて」
「今月ちょっとピンチでね……一番安いかけうどんにしちゃった」

 お茶子ちゃんは「たはは」と、苦笑いを浮かべて答えた。

「もしや、ご両親からは仕送りをもらっていないのか……!?」
「まさか!」

 飯田くんが心配そうに聞いたのは、以前、麗日家の経済事情を聞いたからだろう。お茶子ちゃんは慌てて否定する。

「ちゃんともらってはいるけど、やっぱり節約大事やし、今月はちょっと無駄遣いとかしちゃって……」

 お茶子ちゃんから家計のやりくりの話を聞いて、独り暮らしはやっぱり大変なんだな、と思う。

「麗日さんは早くから自立してえらいね」

 でっくんの言葉に、私も飯田くんもうんうんと同意する。

「学業と両立し、家のことを全て一人でやるのはさぞかし大変だろう」
「お茶子ちゃん、立派だよ〜」
「そんな大したことないよ!本当、料理もぜんぜんっ家事もテキトーやから!」

 そう笑ってお茶子ちゃんは謙遜に言うけど、すごいと思うな。私もしようと思えば独り暮らしはできたけど、しなかったのはまだ安吾さんと一緒に暮らしたい、という甘えからだ。


 ***


「あ、理世ちゃん!ちょうど良かったです!」

 その日の学校帰り、自宅までの通路を歩いていると、同じく学校帰りらしい制服姿の賢治くんに出会した。

「お疲れさま、賢治くん」
「お疲れさまです。昨日、実家からたくさん野菜が届いたので、ちょうと理世ちゃんとこにもお裾分けしようと思ってたところなんです!」
「嬉しい!いつもありがとう、賢治くん!」

 賢治くんは実家から食べきれないほどの大量の野菜が送られてくるらしく、こうしてうちや武装探偵社の皆にもよくお裾分けしてくれる。(ちなみに太宰さんは現物より調理したものが欲しいって言ってわがままだ)

「じゃあ、あとで持って来ますね!」

 賢治くんの優しいところは、毎度家までダンボールに入った野菜を届けてくれること。
 そして、お礼代わりに安吾さんの趣味であるお取り寄せの惣菜やお菓子を渡すのがお決まりだ。(ぶつぶつ交換的な)

「……すごい、今日は大量だぁ」

 中には旬の野菜がどっさりと。安吾さんと二人で食べきれるかな……。

「ん……!」

 そこで、頭の上にピコンと閃いた。
 この新鮮な野菜たち、独り暮らしで大変なお茶子ちゃんにお裾分けしたい!


 ――……と、いうわけで。


「お茶子ちゃん!」

 日曜日。差し入れ兼、お茶子家で一緒に料理してご飯を食べようとなって、最寄り駅に到着した。
 駅に着くと、すでに待ち合わせの改札前にはお茶子ちゃんの姿が。

「理世ちゃーん!来てくれてありがとう……ってカートで来たんやね!遠いところ大変やったんじゃない?」
「雄英から近いからフェリー経由で来たし、大したことないよぉ」

 カートだと楽だし。ゴロゴロ転がしながら、お茶子家に向かう。

「お茶子ちゃんは昨日のザ・ドキュメント見た〜?」
「見た見た!シンリンカムイ!」
「かっこよかったよね〜」
「分かる〜!寡黙ってところがかっこええよね。沈黙は金!って感じで」

 …………?

「次週はウォッシュが出るね〜!」
「ウォッシュかわええよね!一家に一台欲しいヒーロー!」

 お茶子ちゃんとそんな他愛ない会話をして、見えて来たのはシンプルなマンションだ。
「うちは3階のあの部屋」と、お茶子ちゃんは指差す。

「あ、階段大変だから、私が荷物持つよ!なんなら浮かすし!」
「え?テレポートで飛ばない?」
「タシカニ!理世ちゃんにはその手があったや」

 3階までお茶子ちゃんも連れて、ひとっ飛び。「先にどうぞ」と、玄関を開けたお茶子ちゃん促され「お邪魔しまーす」中に入った。

「散らかってますが……」
「え〜綺麗にしてるよ!」
「理世ちゃんが来るから急いで掃除したんよ」

 玄関から入ってすぐの台所は、整理整頓されていて、シンクもピカピカだ。お茶子ちゃんの頑張りが見える。

「わわ!立派なお野菜だー!こんなにたくさん、ほんまありがとう!!」

 めっちゃ助かるよー!と、大喜びのお茶子ちゃんに、私も良かったと嬉しい。

「その野菜をお裾分けしてくれた人に、私からのお礼もぜひ伝えておいて!」

 賢治くんもきっと喜ぶと思う。早速手を洗って、料理に取りかかる。
 鞄の中からエプロンを取り出して、身に付けた。

「理世ちゃん、エプロン姿似合うね!なんかこう……男の人がムラムラするの分かるっていうか……!」

 ムラムラ!?

「え〜じゃあお茶子ちゃんもエプロンしてみて」
「普段エプロンしないから……ちょっと探してみる!」

 そして、タンスの奥に見つけたらしいエプロンをお茶子ちゃんは身に付けた。

「……分かるかも!ちょっとお茶子ちゃん、台所に立ってみて。……うん、後ろできゅっと結んだリポンとか、腰の細さが分かって後ろから抱き締めたくなる的な……」
「抱き締めたくなる的な……!」

 よくドラマとかで新婚さんが料理中にバックハグしているけど、それでだ!
 お茶子ちゃんと納得して、スッキリした。

「それに、男の人は胃袋を落とせって言うもんね!」
「正しくは胃袋を掴めかな。でも、好きな人ができたら料理で攻めるのは良いかもね」
「理世ちゃん、好きな人……ていうか普通に彼氏いそう」
「彼氏も好きな人もいないよ〜」
「そうなん?私もだけど!体育祭も控えてるし、みんなに追い付くのに精一杯でそんな余裕ないわぁ」
「入学式から怒濤だったしねぇ」

 初日から入学式をボイコットし、体力テストをさせられて……。お茶子ちゃんとしみじみと思い出して、乾いた笑みをこぼした。

「……作ろっか」
「……そやね」

 今日のメニューは、今が旬の野菜をメインに使った、ロールキャベツ・筍ご飯・具沢山味噌汁だ。

「理世ちゃん、手際が良いねっ」
「料理は好きだから」

 ほぼ毎日してるし。ロールキャベツの中身は、お茶子ちゃんが予め買っておいてくれたお肉を使う。

「じゃーん!国産の豚ひき肉が30%オフ!」
「お茶子ちゃん、お買い物上手!」

 それにしても、宮沢家から送られる野菜はどれも……

「キャベツでかっ」

 大きくて立派だ。形も自然のものらしく、歪なものもあるけど、そこがまた良し。
 お茶子ちゃんが「重っ」と、笑いながらキャベツを取り出して、余分な所を削ぎ落として下茹でする。

「今日の分で食べてもすごく余っちゃうね。お茶子ちゃん、食べきれる?」
「大丈夫!キャベツは万能やから」

 グッと、お茶子ちゃんはサムズアップした。
 二人で役割分担すれば、あっという間に料理は完成だ。

「理世ちゃん、片付けまでしてくれてすまぬね」
「全然。あとはご飯が炊き上がるの待つだけだね〜」
「うん、待ち遠しい!お腹空いてきた〜っ」

 待っている間、お茶子ちゃんがテレビを付けると……ちょうど雄英体育祭のニュースが流れる。

『先日、ヴィランによる襲撃事件に見舞われた雄英高等学校ですが、今年は例年より警備を五倍に強化して、体育祭は開催すると発表しました』

「通ってる学校がニュースに出るって、なんか変な気分」

 お茶子ちゃんの言葉に、確かにと頷く。続いて「あっ」と、声が出た。

「敦くんと龍くんだっ」

 去年の体育祭の決勝戦の映像が流れて、二人が映っている。

『去年の優勝と準優勝は、月下獣と黒獣として活躍しているこの二人〜〜……』

「理世ちゃんの地元のヒーローだよね。知り合い?」
「うん、私の兄弟子」
「兄弟子!すごっ!」

 通りで理世ちゃん、実力あると思った。そうお茶子ちゃんは納得したように笑う。
 しばらくしてご飯が炊き上がり、ロールキャベツと味噌汁を温め直す。

 そして、お皿に盛り付ければ……

「「めっちゃおいしそうー!」」

 テーブルに並べた料理を食べる前に、スマホで写真を撮った。賢治くんにも見せるためだ。

 いただきますっと手を合わせて、どれから食べようかと迷う。

「筍ご飯、めっちゃうま!!」
「具沢山味噌汁も!野菜おいしいね〜」

 笑顔で箸を進めるなか「こうして一緒に食べるとますますおいしい」と、お茶子ちゃんは麗かな笑顔を浮かべて言う。
 私も、安吾さんが仕事で帰って来られない時は一人でご飯を食べるから、その気持ちが分かるな。

「また料理作って一緒に食べようよ!」
「うんっ、料理のレパートリーも増えそうで一石二鳥や!」
「他のみんなともできたら良いね」
「梅雨ちゃんとか、よく自分でお弁当作ってて上手やもんね!」


 その日、おいしいご飯を食べて、お茶子ちゃんと楽しい会話を弾ませた。



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