なんか――小学校の遠足を思い出すなぁ。
林間合宿に向けて出発したバスの中は、普段の教室以上に賑やかだ。
「………………」
「………………」
私は横で、うんざりしている相澤先生の顔は見ないようにしていた。
「おおい、みんな!静かにするんだ!林間合宿のしおりに書いてあっただろう!いつでも雄英高校生徒であることを忘れず、規律を重んじた行動をとるようにと……!」
いつも以上に委員長の使命感を帯びた天哉くんの声は、残念ながら皆には届かず、楽しげな声にかき消される。
「そういえば、相澤先生」
謎の言葉と共に、注意するのを諦めた相澤先生に話しかけた。
「心操くんのヒーロー科の転入って決まったんですか?」
相澤先生と心操くんが、一緒に歩いているのを見かけたのは記憶に新しい。
「まだオフレコの話だ。……まあ、話は進んでる」
その言葉に自然と頬が上がる。
「心操くんはA組に来て欲しいです!」
「それは正式に転入が決まったら、生徒のバランスや諸々の調整をして決めるから何とも言えん」
そっかーと呟くように答えた。
「おまえは心操とちょくちょく交流してるらしいな」
「心操くんからヒーロー科の授業内容を教えてほしいって言われたのがきっかけで。心操くんが来てくれれば、22人の偶数になってうちのクラスはまとまるんですけどぉ……」
「そこか」
いや、それだけってわけでもないですが。
「そもそも、なんでA組は21人なんですか?」
えらく今さらだけど、その疑問を相澤先生にぶつける。先生は「……学校側の事情だ」と、どことなく触れてはいけない雰囲気を出しながら答えた。謎だ……。
相澤先生との会話が終わると同時に、後ろからポッキーと飴が回って来た。
「ポッキーは梅雨ちゃんからで、飴は麗日から!」
ありがとう、と三奈ちゃんから受け取る。
「相澤先生ももらいますか?」
赤い箱を差し出すと、相澤先生は無言で中からポッキーを一摘まみした。あ、食べるんだ。意外な一面。
そうそう!
「私もおやつを持ってきたんだ〜」そう言うとまだお菓子を取り出していないのに「食べたーい!」と、三奈ちゃんと透ちゃんから同じテンションで声が返ってきた。
「チョコあんぱん!」
じゃじゃーん、と二人に見せる。
「お菓子の方だー!懐かしいー!」
「理世ちゃん、チョコあんぱん好きだよねっ」
「相澤先生、こちらもどうぞ」
「……ん」
「それを食べたからには相澤先生もチョコあんぱん党です」
「……。なんだ、それは」
「私、たけのこ党ときのこ党にチョコあんぱん党を参入させる活動してるので」
怪訝な顔をする相澤先生を横目に「みんなにも回して〜」と、後ろの席の二人に渡す。「これを食べた人はチョコあんぱん党ね」と、付け加えて。
前に向き直ると、今度は相澤先生がごそごそとしている。どこからか取り出したのは、アイマスクと耳栓だ。(用意周到!)
「結月、俺は寝るから一時間後に起こせ」
「……了解です」
先生はそう言って、本格的な睡眠に入った。ちょっと寂しく感じるも、すぐに「結月ー」と、明るい三奈ちゃんの声に呼ばれる。
「轟がチョコあんぱん党ってなんだって」
フフフ、よくぞ聞いてくれた。
「焦凍くん、チョコあんぱん党とはね!」
座席からひょいっと顔を出して、三奈ちゃんの後ろの席の焦凍くんに呼び掛ける。
その際「座席にはまっすぐ座らないと危ないぞ、結月くん!」と、すかさず天哉くんの注意が飛んできたけど、聞こえなかったフリだ。
「おう」
焦凍くんも同じように顔を出した。
「世はたけのこ党ときのこ党に分かれているから、私はそこにチョコあんぱん党を参入する活動をしてるの!」
「……?選挙なら俺らはまだ未成年だから活動できないはずだが……」
「あ、轟くん、お菓子の話かと……」
通路を挟んで反対側に座るでっくんが焦凍くんの疑問に答える。
「え、待って。結月は具体的にどういった活動してんの?」
「俺も気になる……!」
話に食いついてきたのは、反対の席に座る上鳴くんと切島くんだ。
「とりあえず、知名度と分母を増やす為に普及活動ね」
こうした地道な活動が、やがて大きく実を結ぶのだ。
「党員は募集中だから、興味がある人は入党して〜」
「俺、入っても良いぜー」よくわかんねーけど
「あ、じゃあ俺も!」
上鳴くんに続き、切島くん。
「アタシもアタシも!」
「私も入りたい!」
三奈ちゃんと透ちゃん、一気に四人も構成員をゲットだ!やったね!
「あ、じゃあチョコあんぱん党の名刺とかどうかな!?せっかくだから何か形にしたいよねぇ!」
「「(あ、なんかすごく嬉しそう。カアイイ)」」
「焦凍くんとでっくんは?天哉くんも。党友でも良いよ〜」
「いや、どの党に賛同するか、しっかりと考えて決めなければ……少し時間をくれないか、結月くん」
「飯田くん、お菓子の話だよ……?」
「緑谷くん!お菓子とはいえ、これは立派な選挙活動だろう!?」
「……。いや、お菓子だよ……?」
同じ事をでっくんはもう一度言った。天哉くんはどこまでも真面目だなぁ。
「青山くん、車酔い?」
「うん、鏡見て酔ったみたい」
――それから数分後だった。走るバスの中、青山くんの身に異変が起こったのは。
遠足でも、一人、二人は必ずなる人がいた乗り物酔い。
透ちゃんの言葉に何故鏡と思ったけど、ナルシー系男子の青山くんは鏡とお友達なのを思い出した。
「とりあえず、窓を少し開けましょう。それから衣服をゆるめて、横になると少しはラクになるはずよ」
「わかった」
梅雨ちゃんの的確なアドバイスに、隣の席の焦凍くんは窓を開け、青山くんが横になれるよう席を立ち、肘置きをしまう。
「メルシィ……☆」
青山くんは自分で襟首をゆるめて横になったらしい。
「轟くん、席……あっ、僕、代わるよ!」
立ったままの焦凍くんにいち早くでっくんが声をかける。焦凍くんは「大丈夫だ」と、屈むと――ガション。
補助イスを倒し、そこに座った。
「轟、補助イス似合わないねー!」
小さく、背もたれの低い補助イスにちょこんと座る焦凍くんを見て、三奈ちゃんがあっけらかんと笑って言った。
「確かに!」透ちゃんも同意して「……補助イスに似合う似合わないなんてあんのか?」焦凍くんは首を傾げる。
「と、轟くんっ、やっぱり僕が代わるよ!僕の方が轟くんより小さいし!」
それを見て、でっくんが再び声をかけ……
「いや、ここは委員長として俺が!」
すると、天哉くんまでもがまるで立候補するように、すくっと立ち上がった。さらに、片手をぶんぶんと振り回している。(天哉くんの手は大体忙しない)
「いや!飯田くんだともっと申し訳なくなるよ!」
「いいや!!こういう時こそ委員長としてみんなをフォローせねば!なんなら空気イスでも大丈夫だ!」
「空気イスなら僕もできるから!」
「いや、二人とも走るバスの中で空気イスは危ないから……」
譲らない二人に真面目につっこむ。(なんの修行?)
「大丈夫だ。イスなんて座れりゃなんでもいいだろ」
見かねた焦凍くんが立ち上がり、二人の肩を叩き言う。
「そうよ。それにとりあえず今は、青山ちゃんの具合のほうが大事だわ」
梅雨ちゃんの指摘に「それもそうだ」と、でっくんと天哉くんはお互いしゅんと腰を下ろした。焦凍くんも再び、ちょこんと腰を下ろす。
「乗り物酔いに効くツボがあるらしいぜ!」
そう言ったのは切島くんだ。スマホ片手に乗り物酔いについて調べてくれてたらしい。
「手首から指二本分下んとこを、押すといいらしい」
「私のコスチュームもそのツボを押すようにできとるよ!」
お茶子ちゃんも続けて言って、へえと私は自然と自分の手首を、乗り物酔いとか全然ないけど押してみる。
「分かった」
焦凍くんが答えた。
「……俺じゃダメだ……」
と思ったらすぐさま深刻な声が。
「どうしたの、轟くん」
不思議そうに聞くでっくんに、私も振り返って焦凍くんを見ると、強張らせた表情で自分の手をじっと見つめていた。
「俺が関わると、手がダメになっちまうかもしれねえ……」
「は?」
「ハンドクラッシャー……」
何も知らない皆がきょとんとするなか、知っている私とでっくんと天哉くんは同時に吹き出した。
不意打ちだよ、焦凍くん……!
「俺にはお前のツボは押せねえ……誰か代わりにやってくれ」
「……いや、僕自分でできるから……。ていうかほっといてくれていいから……」
……ちょっと青山くんの気持ち分かるかも。
「あとは……気を紛らわすといいらしいぜ!」
続いての切島くんの言葉に、三奈ちゃんが「あ!じゃあさ」と、提案する。
「みんなで順番にしりとりしてかない?」
三奈ちゃん、さっきまで透ちゃんとしりとりしてたもんね。
「それは確かにいいかもしれないな……。一見単純だけど、単純だからこそ気軽にさまざまなワードを思い浮かべることで集中できるぞ。しかも、言葉尻の一文字なら始まるワードは思った以上に限られる。そのうえ熟考する時間はない。あまり時間をかけると周りから急かされる。そのプレッシャーのなかで考えなければいけない。考えるって行為自体が脳細胞を活性化させるし、精神面も鍛えられる……一挙両得じゃないか」ブツブツブツ
「おお、デクくんのブツブツ、久しぶりって感じ!」
「えっ、そ、そうかな」
(……。しりとりってもっと気軽にするものじゃ)
でっくんはいつもそんな感じでしりとりしているのかなぁ……。
「と、いうことで、みんな!乗り物酔いで苦しんでいる青山くんのためにしりとりをしよう!」
立ち上がり、天哉くんは後ろを向いて声を張り上げる。
「しりとりぃ?」
「小学生じゃねーんだからさー」
早速、不満げな峰田くんと苦笑する瀬呂くんの声が飛んできた。
「いーじゃん、しりとり!暇つぶしといえばしりとりじゃん」
「暇つぶしかよ」
「青山くんのためだぞ、芦戸くん!それに、せっかくの合宿だ。こうしてみんなで共同作業をすることも協調性を育むのではないか!?」
張り切る天哉くんに、乗り気じゃなかった峰田くんたちも「しょーがーねーなー」と、しぶしぶ承諾したようだ。
「水を差すようだけど、ゆっくり寝かすのが一番なん」
「よし、ではなるべく青山くんに考える時間を与えるために、上鳴くん、切島くん、俺、緑谷くん……とこちら側から繋げていこう」
……聞いていない!
まあ、目眩を起こした私の対処法が目を瞑って安静にするってだけで、車酔いはまた違うのかも知れない。
しりとりが私のとこまで回ってくるのはだいぶ後なので、耳だけ傾けて持ってきた小説を読む事にした。(ルイーザ先生の新作だ)
「オーケー。で、最初はどうする?」
「林間合宿の『く』、でいいんじゃない?」
透ちゃんが答え、『く』で上鳴くんからスタートする。
「『く』、なー……クッキー。どうしてもあのクッキーが頭から離れねえ……」
(あのクッキー?)
「んじゃ、次は俺だな。『き』……『き』……筋肉!」
切島くん。
「『く』……くるぶし!一日の終わりにエンジンを点検していて、必ず見るからな」
天哉くん。
「『し』かぁ……ん〜……あ、シンリンカムイ!」
「好きだな、ヒーロー」
でっくん。
「じゃ、次は私ですわね。『い』…… 韋編三絶、ですわ。読書や勉強に熱心に励むことのたとえです」
(へぇ〜さすが百ちん。難しい言葉)
「『つ』かぁ……『つ』……あ、ツーウェイスピーカー……ブッ」
そう答えてから、耳郎ちゃんは急に吹き出した。
「どうかしましたの?」
「上鳴が二人になって、ウェイウェイ言ってるとこ想像しちゃった……ブフォッ」
「勝手に想像して笑ってんじゃねーよっ」
ごめん、上鳴くん。私も想像して笑っちゃった。
「次は俺か……。『か』……『か』……腕。次は『な』だぞ。口田」
(腕の"かいな"とは障子くんらしい)
「『な』……『な』……『な』……なまけもの……?」
(なまけもの可愛い)
「なんで疑問形なんだよー。『の』だな。『の』ー……ノルマンド!」
(ノルマンドってなんだろう、砂藤くん)
「なんだ、そりゃ」
「フランスのノルマンディ地方スタイルの料理のことだよ。リンゴとかバターとか生クリームとか、ノルマンディの特産品を使ってるヤツだな」
へぇ……なんかおいしそう。というか、皆の答えるワードが個性的過ぎて小説に全然集中できない……!(ちょっと面白い)
「じゃ、オイラの番だな」
峰田くんだ。
「『ど』……毒婦。女はみんな性悪なんだぜ……」
「ほんと、マウントレディんとこで何があったんだ、お前」
「もう二度と女こと信用できなくなる覚悟があるなら、話してやってもいいぜ……」
(でも、懲りてないよねぇ)
「いや、絶対いい。えーとなんだっけ?『ふ』?ん〜、どうしよっかなー……じゃあ、麩!」
「『ふ』?」
瀬呂くんのワードに聞き返すのは、次の番の尾白くんだ。
「お麩の麩だよ。知ってるか?麩には、コラーゲンを生成する機能を活発にしてくれる成分が入ってんだぜー」
美容意識高い系女子か。
「やばい、お麩食べなきゃ!」
透ちゃんは立派な女子だ。(透明人間でも女子力高い透ちゃん)
「ていうか、詳しいね」
「俺、体に良さそうな食べ物好きなのよ」
「なんかずるいよな、一文字渡し」
「へっへー、頭脳戦ですよ、しりとりは」
得意気な瀬呂くんに、次の尾白くんは考えているようだ。
「『ふ』ねえ……『ふ』……あ、封筒!」
「なんだよ、普通だな」
(やっぱりしりとりって個性が出るのかも……)
「べつにいいだろ、普通で……」
尾白くんの次は常闇くんだけど……
「次、常闇くんだぞ」
「『う』よ、常闇ちゃん。『う』」
呆れているのか、なかなか答えない常闇くんに天哉くんと梅雨ちゃんが促す。
「…………丑三つ」
仕方ないという風に常闇くんは答えたけど、ちゃんと彼らしいワードだ。
「おお〜、なんかぽい」
お茶子ちゃんが感心したように言った。
「じゃ、次は爆豪くん……って、寝てる」
「おーい、爆豪、起きろよ〜。お前の番だぞ〜」
どうやら瀬呂くんは爆豪くんを起こそうとしているらしい。しりとりで起こされる爆豪くん。面白い。
「勇気あるなぁ……」
でっくんが妙に感心したように呟いた。
「……んあ?」
「お前の番だって、しりとり」
「『つ』だよ。爆豪くん。『つ』!」
「………あぁ?しりとりだぁ?」
「うん、『つ』」
平然と促すお茶子ちゃん。「勇気あるなぁ……」またもやでっくんは妙に感心したように呟いて。
私は爆豪くんがキレるカウントダウンを心の中でカウントしてみる。
3、2、1――
「つまんねーことしてんじゃねえ!ガキか!!」
「『か』、ね」
冷静に言う梅雨ちゃん。
「勝手に繋げてんじゃねえ!」
(しりとりを繋げられる爆豪くん、面白すぎる……!)
次はそんな梅雨ちゃんの番だ。
「梅雨ちゃんが『か』といえば、やっぱり……」
「カエル……にしようかと思ったけど、カタツムリにするわ」
(それも梅雨ちゃんぽいな〜)
「『り』かぁ〜……『り』……旅費!」
(……旅費?)
さて、お茶子ちゃんの次は、このしりとりを始めたきっかけでもある青山くんだけど……
「『ひ』よ、青山ちゃん。具合は……」
「うえっぷ……」
「まだ無理そうね……。それじゃ、先に轟ちゃんに答えてもらおうかしら」
順番は焦凍くんへ。
「あぁ……『ひ』だったな……。『ひ』……『ひ』……『ひ』……」
「……〜〜〜っ」
――だめだっ。後ろから聞こえる焦凍くんの「ひ、ひ、ひ」って、真剣な声が面白過ぎて……!
本に顔を埋めて、笑い声を上げそうになのを必死に堪える。
「結月、ツボにハマってる?」
上鳴くんにバレた。
「つーか、バスの中で本読めんのすげえな」
切島くん、それが皆が面白過ぎて読めてない。
「氷点」
「……終わっちゃったよ、轟くん!」
(焦凍くんらしいワードではあるけどね〜)
「ええ〜っ、答えたかったのにぃ!」
「あ、わりぃ」
三奈ちゃんのブーイングに、焦凍くんはあっさり謝る。
「では、もう一度『ひ』から始めよう!」
天哉くんが張り切って言った。しりとりは続行らしい。
「待って、飯田ちゃん。もしかしたら、青山ちゃんがずっと続けて答えを考えられるようなものの方がいいかもしれないわ。その方が気が紛れると思うのよ」
「うむ、それもそうだな」
梅雨ちゃんの提案に、天哉くん考えているようだ。
「では、クイズなどどうだろう?」
「おー、いいじゃん。バス移動っぽい」
上鳴くんの言葉に「そうだろう」と、天哉くんは自信満々な声だ。
「では、まず委員長の俺からクイズを出させてもらおう。回答権は青山くんが最優先だが、青山くんが答えられなかったら、回答権はみんなに平等に移行するぞ!では、第一問……」
天哉くんが出すクイズって一体どんな……
「(x-1)(x-2)(x-4)(x-7)+16を因数分解しなさい!」
「そんなのクイズじゃなくてただの勉強だろうがー!!」
すかさず上鳴くんの激昂のつっこみが入った。たぶん拒否反応だ。
「高校生らしいクイズじゃないか!?」
「クイズってのは、もっと雑学っつーか、楽しいもんなんだよ!緑谷っ、見本見せてやれ!」
急に指名されたでっくんは「えっ、僕!?そ、そうだなぁ……」と、戸惑いつつ少し考えてから口を開く。
「それじゃあ簡単なのを……」
(でっくんのことだからきっとオールマイトクイズだろうな〜)
「その昔、オールマイトが特集された情熱的大陸での密着取材中に、道路に飛び出した犬をオールマイトが助けましたが、さて、その犬の名前はなんだったんでしょう?」
「オールマイト自身の問題かと思いきや!!」
……そう来たか!お茶子ちゃんのつっこみに、でっくんは少し恥ずかしそうに答える。
「だって、オールマイトのことならみんなに知られてるからさ……」
(みんな、でっくんほどじゃないと思うよぉ)
「本当は三年前の月刊ヒーローのオールマイト特集で『私が』って何回言ったかとか、その時していたネクタイの柄は、とかにしようかと思ったんだけど……」
「いや、さすがに知らねえよ!?」
「えっ、そうなの!?みんな、数えたりしないの!?オールマイトの服装もチェックしたりしないの!?」
切島くんの驚きの声に、でっくんも驚きの声を上げる。(服装はともかく。真のフォロワーは数えたりするんだ……?)
「緑谷ちゃん、さすがオールマイトオタクね」
「それも筋金入りの」
梅雨ちゃんの後に続けて言うと、でっくんは「えへへ……」と、嬉しそうに笑った。
「褒められてねーよ!!クソナード!」
爆豪くんはでっくんの事となると、すぐ導火線に火がつく。
「青山くん、犬の名前だそうだ!」
「いや……知るわけないし……」
げんなりした青山くんの声。確かになかなかの難問……。
「…………ポチか?」
まさかの焦凍くんが回答。
「惜しい!ポンタでした!」
(ポンタ……!)
「なんだ、このほのぼのクイズ」
呆れたように上鳴くんが呟いたとき、
「どいつもこいつも、まったくわかってねーなぁ」
割って入った声は峰田くんだった。
「男の気が紛れるっていえば、一つしかねーだろうが。オイラがとっておきの話をしてやるぜ」
「ちょっと、エロ話なんかすんなよ」
「そうですわ、下品な話はおよしになって」
耳郎ちゃんと百ちんの言葉に超同意。
「オイラは男の気が紛れる話って言っただけですけどぉ?」
わ〜なにそのイラっとする口調〜。
「アンタの口から出てくるのは、エロだけでしょーが!」
「そうだ、そうだー!」
「そうだぞ、峰田くん!ここはバスの中だ。聞きたくない者がいる以上、ムリヤリ話をすることは反対する!」
ビシッといった天哉くん、かっこいい……!
「委員長……オイラだってTOPをわきまえる男だぜ。それともなにか?恐怖政治でクラスを抑えるのが委員長なのか?」
「いいや!そんなことは決してない!俺はみんなの意見を平等に尊重するつもりだ!」
「なら、話してもねえのに止めるっていうのはおかしかないか?」
「ム……それもそうだな。ならば、とりあえず聞いてみようではないか」
「天哉くん、あっさり丸め込まれ過ぎ……」
せっかくかっこいいと思ったのに……。この話は聞かなくていいな。
本に集中しよう…………………
***
(結局、気になって全部聞いちゃったし……!)
「つーかエロ話じゃなかったよな……?」
「なんていうか……微妙にいい話みたいな……そうじゃないような……」
切島くんの言葉にでっくんも同意するように言う。
微妙にイイ話のようでそうでもないような感じが、まんまと峰田くんの術中にハマったようで、ちょっとくやしい。
「ねえねえ!で、その小説の続きはどうなったの?」
透ちゃんの言葉に峰田くんはもったいぶったように口を開く。
「……へっ、知りたけりゃ、オイラの家に来いよ。おっさんのサイン本見せてやるぜ」
「うわ、サイッテー!」
女子からのブーイングの嵐だ。当然。最後まで聞いた私の時間、返して。
その後は梅雨ちゃんが思い出話をしてくれて、田舎のほのぼのした話かと思いきや、一転、オチは怪談っぽくって背筋がゾクッと来た。(山の神隠しコワイ……)
というか、冷房も寒い……あ、でも。
もうすぐ相澤先生に言われた時間だ。
だとすると、すぐにバスから降りる事になるだろう。
「相澤先生〜起きる時間ですよ〜」
先生の肩を揺すって起こす。ノロノロとアイマスクと耳栓を外した先生は、
「……お前ら、うるさい。もうすぐバス止まるぞ」
後ろを振り返り、第一声がそれだった。(あはは〜)
一瞬で、授業前の教室のようにバス内は静かになる。
――バスが到着すると、一番に降りた。
てっきりパーキングエリアにでも止まるのかと思っていたけど、そこはなんにもない、山々を一望できる見晴らしの良い高台だった。(おやおやおや〜?)
この時点で、まあ察しが付く。
さて……。まずは新鮮な空気を吸って、伸びをして、体をほぐす。
すぐに動けるようにって言っても、私の"個性"には関係ないけど。
林間合宿は、すでに始まっているらしい。