雨ニモマケズ、風ニモマケズ

 翌日は、清々しい気分で目が覚めた。

 スマホを見ると、時刻は6時半。電波は変わらず圏外だ。事前に聞いていたけど、安吾さんにも連絡出来ないから、ちょっと寂しいな。
 隣で寝ている乱歩さんを起こさないように、身支度を整えて……

「おはようございます!何か手伝うことはありますか?」

 賢治くんのお母さんのイチさんが台所に立っていて、朝食の準備を手伝う。賢治くんは政次郎さんと一緒に、牛の世話をしに行っているらしい。朝食の準備ができると、イチさんから二人を呼んで来てほしいと頼まれた。

 昨日は暗くてよくわからなかった、イーハトーヴォ村を見渡しながら歩く。「ンモ〜」という牛の声が耳に届き、う〜ん、のどか。……あ。

「賢治くーん!」
「理世ちゃん!おはようございます。昨日は眠れましたか?」

 太陽よりも賢治くんの笑顔が眩しい。キラキラの金髪も相まって、向日葵みたいな男の子だと思う。昨日と似たような格好に麦わら帽子を被っていて、よく似合っていた。

「おかげさまで。朝食の準備ができたから呼びにきたの」
「わかりました!もう少し牛の世話をしたら父と戻りますね」

 そう言って、賢治くんは牛を撫でた。

「賢治くんは牛が好きなんだね〜」
「はい!牛は大好きですよ。飼うのも触れ合うのも食べるのも」

 飼っていたら食べられなくなりそうだけど、そうでもないらしい。(おいしいもんねぇお肉……)

 その様子を眺めながら、私はその場で二人を待つことにした。

「見かけない可愛いらしいお嬢さんがいると思ったら、政次郎んとこの都会から来たって子かぁ」
「あ、駐在さんです」

 やたら年季が入った自転車に乗っての登場だ。村で唯一のお巡りさんらしい。

「どうも、短い間ですがお世話になります」
「都会は忙しないでしょう〜ゆっくりしていきなさいね〜」
「ありがとうございます。見回りですか?」
「いんやー猫が煙突の中に入って出てこないらしくて救出にね〜」

 ……煙突?凸凹道をフラフラしながらお巡りはのんびりと自転車を漕いでいった。

「ここはあんまり事件とか起きなさそうだね」

 横浜なんて、小さないざこざからヴィランが暴れたりだとか、日常茶飯事だ。

「うちの村は皆、顔見知りですから」

 ヒーローもいなければヴィランもいないらしくて、不思議な感じがする。違う世界線に来たみたいな。

「駐在さんの仕事いえば、さっきみたいな猫救出とか、電化製品の修理とか……あと、その年一番のスイカの味見ですねえ」
「なんか楽しそう」

 やっぱり、ここは違う世界線にあるのかも知れない。

「もし、誰かが犯罪犯したらどうするの?」
「犯人縛って崖から棄てます」
「……!?(容赦ない!!)」

 賢治くんたちと一緒に戻ると、乱歩さんが「遅いよ!お腹空いたー」待っていてくれて、待ちくたびれていたらしい。

「「いただきます!」」

 五人で手を合わせ、食卓を囲む。なんだか、本当の親戚の家に遊びに来たような気分だ。


 朝食を食べ終わると、改めて賢治くんが村を案内してくれるという。

「と言っても、小さな村ですし何もないですけど」

 カフェはもちろん、お店もないらしくて驚いた。

「横浜よりは涼しいですけど、やっぱり日差しが暑いね〜」

 青い空に浮かぶ、真っ白な入道雲を見上げる。う〜ん、夏だ。

「私も帽子持ってくれば良かったな」
「あっ、ちょっと待っててください!」

 そう言って賢治くんは急いで自宅に駆け上がり、すぐにビーチサンダルをパタパタと鳴らしながら戻って来た。

 手には二つの麦わら帽子が。

「これ、予備の麦わら帽子です。新品なので良かったら使ってください」
「わあ、ありがとう!」
「いいね!僕もありがたく使わせてもらうよ」

 乱歩さんと一緒に麦わら帽子を被る。三人でお揃いだ。(乱歩さん、麦わら帽子も似合う)

「――ん、あの子たちって……」

 物陰から、ちらちらとこちらの様子を窺う視線に気づいた。小さな男の子と女の子だ。

「ああ、村で数少ない子供たちで、山咲さんのお子さんたちなんですよ」

 おいで――と、賢治くんが手招きすると、嬉しそうに二人はこちらに駆け寄ってくる。

「兄の花太郎と、妹の小花です」

 賢治くんが二人の肩をぽんと抱いて、自己紹介してくれた。

「こちらは横浜から来た乱歩さんと理世ちゃん」
「初めまして」

 二人とも、髪先が花びらのような形をしている。キラキラした好奇心いっぱいという大きな目で、私と乱歩さんを見上げて――

「なーなー都会から来た名探偵なんだろ!?怪盗捕まえたことある!?怪盗二十面相!!」
「ねーねー!都会にはげーのーじんが歩いているんでしょ!?亮くんに会ったことある!?」

 同時に勢いよく話された。

「すみません。都会の人は滅多に来ないので……。ほら、一人ずつ話してごらん」

 そう優しく促す賢治くんは、めっちゃお兄ちゃんだ。

「名探偵って言ったら、怪盗だろー怪盗と言えば、二十面相だよ!」

 力説する花太郎くん。怪盗二十面相は物語だけの登場人物だけど……

「二十面相は会ったことないけど、十面相なら捕まえたさ!」

 十面相!?なにそれ、私も詳しく聞きたい。

「なんてったって、僕は世界一の名探偵だからね!」

 わっはは、とドヤ顔で語る乱歩さんに、花太郎くんは「すげー!」と、尊敬な眼差しで見ている。

「亮くんはー!?」

 次に急かす小花ちゃんに、どの亮くん?と考える。どうやら、正統派イケメンで人気俳優の亮くんの事らしい。最近は声優も上手だった。

「都会にいても芸能人はあんまり見かけないかな〜でも、私も亮くん好きだよ」

 超絶イケメンだし、人柄も良さそう。

「本当に!?理世お姉ちゃんも美人だからげーのじんみたいだね!」
「ふふ、ありがとう。小花ちゃんもとっても可愛いよ」

 そう言うと、頬を赤らめて喜ぶ小花ちゃん。素直で可愛いなぁ。

「都会ってすげえよなーヒーローもいるんだろ?オレ、オールマイト好き!」

 花太郎くんの口から出てきたのは、No.1ヒーロー名だ。ここでもオールマイトの知名度は高いらしい。さすが平和の象徴。

「二人の"個性"もやっぱりすごいの!?」

 花太郎くんは再び目を輝かせて聞いてきた。

「僕の"個性"は《超推理》一度経始すれば事件の真相が判る"個性"だよ。発動条件はこの眼鏡をかけることさ」

 そう言って、乱歩さんはポロシャツのポケットからいつもの黒縁眼鏡を取り出す。

「けいし……?」
「一目見て事件の答えがわかるってことかな。例えば、花太郎くんが嘘をついてもすぐに乱歩さんにはわかっちゃう」

 聞きなれない言葉で首を傾げる二人に分かりやすく説明した。

「え!?」
「僕に隠し事は無意味だね!」
「べべ別にオレは昨日の夜こっそり桃なんて食べてないぞ!」
「お兄ちゃん……」

 慌てる花太郎くんに、呆れる小花ちゃん。可愛い。

「じゃあ、理世お姉ちゃんの"個性"は!?」
「私の"個性"は……」

 そこまで言うと"個性"を使って、二人の後ろに飛んだ。

「《テレポート》だよっ」
「うわぁ!いきなり後ろに現れたらびっくりするじゃんか!」

 あはは、良い反応。

「……いいなぁ。わたしの"個性"大したことないから……」

 ぽつりと言う小花ちゃんに「それを言うならオレもだろ」と、花太郎くんも口を尖らす。

「二人の"個性"はどんなのなの?」

 すると、小花ちゃんは道端に咲いてる小さな花を摘み、手で挟んだ。

 手を開くとそこには「……押し花?」

「うん。葉っぱでも花でも、手ではさむと押し花ができるの」
「で、オレは手で花を包むと元に戻せる」

 花太郎くんが小花ちゃんの手にある花を手で包むと元の生花に戻った。枯れた花や、蕾の花は咲かせる事が出来るという。

「へぇ、面白い"個性"じゃないか」
「素敵な"個性"だよ!」
「でも、押し花なんて本ではさめばできるし……」
「オレは花じゃなくて果物がよかった!」

 二人はそう不満げに言う。

「確かに本で作れるけど、時間がかかるし、小花ちゃんが"個性"で作った押し花は、色も抜けてなくてすごく綺麗に出来てたよ。素敵な良い"個性"だと思うな」
「本当に……?」
「花太郎くんはねぇ、その"個性"、将来女の子にモテる」
「ほ、本当か!?」

 二人の顔はそれこそ花が開くように、パァァと笑顔になった。

「まあ、僕の"個性"に比べたら他のどの"個性"も同じように大したことないから安心しなよ!」

 あっはっは、と笑う乱歩さん。「かっこいい!」と、素直に尊敬の眼差しを送る二人は良い子だ……。

「賢治くんの"個性"は?」
「僕のも大したことないですよ。人より少し体が丈夫なのと、力持ちなだけなんです」

 それに空腹だと力が出なくて……そう謙虚に賢治くんは答えた。身体強化系なのかなぁと考える。


「ここがオレたちの家だよ!」
「この子は花丸!」

 二人に案内されて、小花ちゃんの紹介に「わんっ」と、花丸は元気よく返事をした。

「わ〜可愛い!」
「この子、賢くて勇敢な子だね」

 花丸は見た目は柴犬に似ていて、桜の花弁のような眉が特徴的だ。

 二人と一匹が加わり、村の散策を再開する。

「取れたての野菜食べてき〜」

 途中、畑でおばあ……じゃなくてお姉さん(賢治くんいわく)にそう声をかけられ、野菜を食べさせてもらった。
 すごく瑞々しくて、生の野菜がこんなにおいしいと衝撃を受ける。(トマトが甘いっ)

「えー理世姉ちゃん、虫こわいのかよー」
「わたしは虫さん好きだよ!」
「自分の体よりずっと小さいのに怖がるって不思議だよねえ」
「もうっ乱歩さんまで〜」
「あはは、都会にはあんまり虫がいないと聞きますからね」

 虫が飛んできたらテレポートで避ける私を見て、皆が笑う。私だって小さい頃は平気だったのに、いつから苦手になったのか。

「カブトムシとかクワガタとかああいうかっこいいのは平気なんだけどねぇ」

 蝶々とかてんとう虫とか可愛らしいのも……まあ、触れないけど。

「カブトムシとクワガタなら、いっぱいいるとこ知ってるよ!」

 という事で、二大人気昆虫を探しに行く事になった。

「あ、いましたよ!」

 早速、賢治くんが一つの木を指差す。
 どれどれ………………。ま、まさか……その立派な姿は!

「ヘラクレスオオカブト!!」

 思わず叫ぶと、三人は驚いた。(どう森でめっちゃ高く売れるやつだ!!)

「え、そいつそんなに珍しいのか?その辺にもいっぱいいるけど」
「本当だっ!」
「理世お姉ちゃん、こっちにはクワガタがいるよ!」
「!オウゴンオニクワガタ!!」

 黄金に輝くボディ!(これも高く売れるやつ!金策!)

 どうなっているの、イーハトーヴォ村!

「みんな、このことはあんまり都会から来た人に言っちゃだめだよ。悪い人だったら虫たち乱獲されちゃうから」
「都会の人は昆虫が好きなんですね」
「わかったっ」
「おう!」
「見て〜ニジイロクワガタ捕まえた!」

 うわぁ、超レアも!!(麦わらも相まって乱歩さんが普通の虫とり少年に見える!)

 村を一周する頃にはお昼になって、山咲さん家で流し素麺を皆で食べる事になった。
 みかんの缶詰を入れて食べるのが山咲家流らしく、初めてそんな食べ方したけど、これが意外にも合う。

「これさっき話した、練ると色が変わるお菓子!練っていいよ!」
「うぉーー!!」
「お兄ちゃん、わたしにもやらせて!」
(小さい子の兄妹に混じっても違和感ないなぁ、乱歩さん)
「でも、食べるのは僕だけどねー」ヒョイッ
「「あ」」
「乱歩さん、本当の二人のお兄さんみたいですねー」
「あはは……」

 縁側に賢治くんと並んで座って、食後のスイカを食べながら微笑ましく眺めた。

「賢治くんも二人の本当のお兄ちゃんって感じに見えるよ」
「そうですね。ここは子供が少ないので、本当の兄弟みたいに育ちました」

 そう言って賢治くんは笑った後、その笑顔が少し寂しそうなものになる。

「ありがたいことに……福沢さんに、将来武装探偵社に勤めてみないかってスカウトされて、両親にも勧められたこともあって、横浜の高校に通おうと思うんです」

 小さな村で収まるより、広い世界を知って欲しい。友人の元なら安心して預けられる――と。

「二人にはまだ言ってなくて……」
「そっか……寂しくなっちゃうね」

 花太郎くんと小花ちゃん……賢治くんも。

「あ、でも横浜に行くのは楽しみなんですよ。都会は新しい概念ばかりで楽しいですから」

 私は地元の横浜が好きだから、賢治くんも気に入ってくれると嬉しいな。

「新しい概念って?」
「まず……お金の概念がまだよくわかってません」
「そこから!?」

 物々交換じゃ駄目なんですか?と、首を傾げる賢治くん。物々交換じゃちょっと駄目かな、と苦笑いして答えた。

 
 夜は満天の星を眺め、二日目が終わる――……


 翌日は、皆で近くの川へ魚釣りをしに行く事になった。釣りをするのは初めてだから楽しみ!

「釣り針にこうして餌をつけます」
「…………。(あ、無理だ)」

 初っぱなから高いハードル。バケツいっぱいの蠢くミミズに、笑顔が固まる。
 隣で乱歩さんはうげぇと顔をしかめた。

「ミミズはムカデと違って噛まないし、触っても平気だよ?」
「ミミズさんはいい土を作ってくれるいい生き物なんだって!」

 花太郎くんと小花ちゃんはバケツに手を突っ込み、慣れた手つきで釣り針にミミズを刺している。育った環境の違いといえ、すごいな二人とも!

「大丈夫ですよ、僕が代わりにつけますから」
「賢治くん……!」

 嫌な顔一つせず、満面の笑みで言う賢治くん。その背中に白い羽根が見えてきた。

「――それ!」

 狙いを定めて、投げる。綺麗な川は泳ぐ魚の姿がよく見える。ちょうど食い付きやすそうな場所に糸を落とした。

「わ、引いてる……!」

 確かな振動にぐいっと引っ張れば……

「……いない!?餌だけ食べられてるっ」
「へたくそだなぁ理世姉ちゃんは。オレ、もう二匹め」
「わたしも!」
「最初は引くタイミングを掴むのが難しいかも知れませんね」
「僕も釣れたよ!」
「むぅ。私だって、次は!」

 ――次は……。……次こそは!

 次々と魚を釣り上げる皆を横目に、私には魚釣りの才能はないのだと知る中学三年の夏。(釣れないと楽しくな〜い)

「一緒に釣ってみましょう!そしたらタイミングもわかるかも」

 見かねた賢治くんに、後ろから一緒に竿を握ってもらう。

「理世ちゃん、今です!」

 賢治くんと一緒に、竿を引き上げた。力強さに、もしかしたら私に足りなかったのは引き上げる力だったのかも。

「やったー!!」

 水飛沫が太陽の光を受けて、キラキラと輝く。釣り上げた魚が宙で跳ねた。


 釣れた魚はニジマスという川魚で、塩焼きにするだけで、身がふっくらしておいしいらしい。お昼が楽しみ。(ちなみに残った魚は物々交換するらしい)

 時間まで川遊びをして、宮沢家でイチさんが用意してくれたおにぎりと、ニジマスの塩焼きを食べる。
 野菜もお肉もお魚もおいしくて、イーハトーヴォ村最高だ〜!

「よーい、どん!!」

 おやつはかき氷で、何故か早食い競争をする事になった。

「「う〜〜……!」」

 頭にキーンと響く痛みとの戦い……!

「ごちそうさまでした!」
「圧倒的に早い!」

 優勝は賢治くんだった。笑った口から見える赤や緑に変わった舌に、皆で笑い合う。

 そして――……気がついたら皆と縁側で遊び疲れて寝ていたらしい。

 ぼんやりした頭に、寝汗で汗ばんだ体を起こす。
 近くにはどこからか来た猫と、一緒に寝ている乱歩さんだけで、三人の姿はいない。

「あ、お盆……」

 昨日はなかった、ちょこんと置かれた精霊馬が目に入った。

 キュウリの馬とナスの牛。

 ご先祖様や故人が早く帰ってくるように、帰りはたくさんの供物を乗せてゆっくり帰ってもらえるように――思いを込めたお供え物。

「あ、理世ちゃん起きたんですね」

 賢治くんの声に振り返る。牛の世話に行ってたらしい。小さな兄妹は夏休みの宿題をやるようにと、家に帰らせられたとか。そこは都会も田舎も変わらない。

「都会でも精霊馬は飾りますか?」
「うん。個人によるけど、うちは飾るよ」

 隣に腰掛けた賢治くんの問いに答える。
 いつもは一緒に作るけど、今年は安吾さんが一人で作って飾ってくれているだろう。

「私……四年前に両親を事故で亡くしてて、今ごろ家に帰って来てくれてるかなぁって考えてたんだ」

 両親が亡くなった事は、自分から積極的には話さない。でも、今はそう口に出して話したくなった。

「大丈夫です。ご両親はちゃんと帰って来て理世ちゃんの側にいますよ」

 返って来た言葉に「見えるの!?」思わずきょろきょろと周囲を見渡す。
「僕には見えません」
 賢治くんはそうあっさり答えた。

「故人の方は、大切な方々に会いに帰って来るんです。いなくなってしまった今も、自分を思ってくれている人たちの元へ……」

 優しい声で、賢治くんは話す。

「きっと、今年は一緒にここに遊びに来てくれてるはずです。僕には見えませんが、楽しんでいる君の姿を見て、きっとご両親は喜んでいると思いますよ」

 その言葉に私は思い出す。

 両親は私を大切に育ててくれて、愛してくれたことを――私が、一番よく知っている。

「……そうだね。きっとそうだ」

 微笑む賢治くんに、私も微笑み返した。

「――ありがとう、賢治くん」
「?どういたしまして」

 両親の事を話したくなったのは、きっと賢治くんだったからだ。裏表のない、明るく朗らかで、私よりずっと大人な男の子。

「理世ちゃんのご両親はどんな方だったんですか?」
「ん〜お母さんはしっかり者なんだけど、お父さんはちょっと抜けてて……」
「バランスが取れたご両親だったんですね」
「あはは、そうかも」


 遠くで蝉時雨の声と共に、ひぐらしの声が聞こえる。
 空は一つに、青と朱が混じり始め――……
 イーハトーヴォ村で過ごす最後の夜を迎えようとしていた。


 この日の夜は、山咲さんが買ってきてくれた花火を皆で楽しむ。

 星空も花火もどっちも綺麗だ。

「理世姉ちゃん、花火の火ぃわけて!」
「いいよ〜あ、待って消えそう!ぎりぎり着くかな……!あーだめだったね〜」
「しょうがないなぁ、この名探偵のをわけてあげよう」
「わたしもー!」
「置き花火着けますよー!」

 金色から始まり、色とりどりの火花が勢いよく吹き出す。おぉと皆で歓声を上げたけど、まあそれも一瞬で。

「もう終わっちゃった……」
「あっという間すぎ!」

 がっかりする二人の兄妹に、私も苦笑いして同意した。

 最後の締めは、もちろん線香花火。
 誰が一番長く残るか、勝負!

「私の勝ち〜」
「すごい理世お姉ちゃん!」
「まだ持ちそうですね!」
「二つの線香花火を合体させる作戦は失敗して残念だったね、花太郎くん」
「上手くいくと思ったのに〜」

 長くパチパチと繊細な火花を散らす私の線香花火も、やがてポトリと火玉が地面に。

「落ちちゃった」

 最後は切ないなぁと思っていると「……明日、二人が帰っちゃうの寂しい……」そう線香花火の最後と同じように、小花ちゃんがぽつりと言った。
「……うん……」
 花太郎くんも同じように頷く。

「そうだねぇ……じゃあ、今度は小花ちゃんたちが遊びにおいで。横浜の楽しいところ全部案内してあげる」
「駄菓子屋にもね」
「本当に!?行きたい!!」
「うん!絶対遊びに行く!」


(楽しい時間って、なんであっという間なんだろう)


 ――翌日。イーハトーヴォ村と今日でお別れだ。午前中にはここを出発しなくちゃならないので、朝から荷物をまとめていた。(……?なんだか外が騒がしい気がする)

「花太郎くんと小花ちゃんがいなくなったっ……?」
「早朝から出かけて、朝食にも戻って来てないみたいで……」

 気になって賢治くんに聞けば、返って来た言葉は不安なものだった。

「今までにこんなことはなかったですし、近くに熊が出没したという情報もあって、これから僕も探しに行くところなんです」
「私も手伝う!」
「――花丸だ」

 賢治くんと急いで探しに行こうとすると、乱歩さんが真剣な表情で呟く。

「花丸なら、二人の行方がわかる」

 乱歩さんの言葉通り、二人の居場所を案内するように走る花丸の後を、皆で追いかける。

 花丸が向かった先は山だ。

 斜面をものともせず、身軽に小さな後ろ姿を追う山咲さんと賢治くん。乱歩さんに触れて、一緒にテレポートしながら追いかけた。

 山を奥深く進む中――……突如、花丸が唸り声を上げた。

「花太郎!!小花!!」

 山咲さんも叫ぶ。小さい二人の目の前には、大きな熊……!!

「理世!!」
「っうん!」

 恐怖で動けない二人を守るように、花丸は熊の前に立ち塞がった。牙を剥き出しに、激しく吠えている。

「もう大丈夫だよ」

 花丸の威嚇に熊が怯んでいる隙に、二人を抱き込み、安全な場所へテレポートした。
 恐かったと泣きじゃくる二人を、そのまま抱き締める。

「花丸!もういい、戻れ!!」

 山咲さんの命令も聞かず、花丸は自分の体より倍近く大きい熊に吠え続けていた。
 その勢いに熊は後ろに下がり、その場が安堵した、瞬間だった。

「!?逃げろ花丸!!」

 熊が機敏な動きで、前足を花丸目掛けて振り落とす――

「ッ賢治くん!!」

 咄嗟に花丸を庇った賢治くんの頭が、熊の前足に吹っ飛ばされた。(助けないと……!)

「待て、理世」

 テレポートする寸前、乱歩さんに止められる。

「乱歩さん……?」
「賢治くんなら大丈夫だよ。なんてたって――」

 その時「あいたた……」と、のんびりした声が響いて、賢治くんが頭をポリポリと掻きながら起き上がった。

「け、賢治くん……?」

 なんか何事もないように起き上がっているけど、大丈夫なの……!?

「あ、気にしないでください。こんな事もあります」
(こんな事もあります……!?)

 賢治くんは振り向いて笑う。

「牛の機嫌が悪くて云う事を聞かないのなんてしょっちゅうなんで。そう云う時は――」
(牛じゃなくて熊だけど……)

 賢治くんは徐に近くにあった木を掴むと、ぶちぶちぶちと根っこから引っこ抜いた。……。え?
 そのままブンッと、熊に向かって振り回し……

「山にっ、お帰り――!!」
「……ッ!?」

 最後は熊を掴んで投げ飛ばした――!!(リアル金太郎!?)

 弧を描いてドスン、と熊は地面に落ちた。

 熊は慌てて起き上がると、まるで尻尾を巻くように山奥に逃げて行った。
 あの慌てた様子では、たぶんもう村には近づかないだろう……。

「はっはっは!さっすが賢ちゃんの"個性"だ!!」
「賢兄ちゃんが熊やっつけた!!」
「賢お兄ちゃん、かっこいい!!」
「宮沢家家訓、『牛が逆らったら手近なもので殴る』です」

 盛り上がる三人に、一人唖然とする。(熊も牛と一緒……?)

「なんてったって、社長がスカウトしたいっていう少年だよ?」

 乱歩さんの言葉に、確かにと納得した。
 熊の一撃を喰らっても無傷な体に、木を易々と引っこ抜き、熊を軽々と投げ飛ばす力。

 大したことない"個性"ですよ――

 いやいや、十分大したことある"個性"だよ、賢治くん!


「「ごめんなさい……!!」」

 花太郎くんと小花ちゃんはご両親を含め、心配かけた皆に素直に謝る。
 何故、二人が山に入ったのかというと、私たちのためだった。

「最後に理世お姉ちゃんと乱歩お兄ちゃんにプレゼントしたいと思って、山にこの花を探しに行ったの」

 小花ちゃんが見せてくれた手のひらには、小さな押し花が二つ。

「わぁ、すごく綺麗……!」
「まるで、ガラス細工でできたような花弁だ」

 乱歩さんとほぅ……と眺める。

「サンカヨウって花なんだ。元々白い花なんだけど、水に濡れると花弁が透明になる珍しい花だからさ」

 この時期には咲かない花なので、探すのに手間取ってしまったらしい。

「二人の"個性"でこれを……?」
「うん!オレの"個性"で花を咲かせて、」 
「霧吹きして透明にしたあと、わたしの"個性"で押し花にしたの」

 二人の"個性"だからこそできた、世界でたった二つの押し花だ。

「二人とも、ありがとう。すごく嬉しい!大事にするね」
「名探偵の僕に相応しいね!」

 二人はお互いに顔を見合わせた後、眩しい笑顔を見せてくれた。

「名探偵さんに嬢ちゃんも、子供たちを救けてくれてありがとな!」

 山咲さんの言葉に「礼には及ばないさ」と、乱歩さんは答える。

「私も、ヒーロー志望として当然の行いをしたまでですので」
「理世お姉ちゃんなら絶対ヒーローになれるよ!」
「うんっオレが保証する!」
「すごいですね!ヒーローを目指してるなんて」
「賢治くんも一緒にヒーローを目指さない?」

 むしろ私がスカウトしたい!

「僕はヒーローにはなれませんよ。空は飛べないし、早着替えも無理ですから」

 ……スーパーマン?どうやら賢治くんの中のヒーローのイメージ像はそれらしい。
 賢治くんがこっちに来て、色んなヒーローがいる事を知ったら。きっとびっくりするだろうな――。


 ***


「安吾さんへのお土産何が良いかなぁ。あ、乱歩さんは探偵社へのお土産ですか?」
「自分の分」あと、社長。
「………。(さすが唯我独尊)」

 旅の最後はお土産という事で、安吾さんへや、乱歩さんの代わりに探偵社へのお土産を物色する。

「――おや、またすぐにお会いするとは奇遇ですね」
「あ、条野さん」
「なんだ、また君か」

 隣に並んで微笑を浮かべる条野さん。確かに奇遇だ。
 しかし、予想以上に早い再会に驚くと同時に、本当に奇遇なのかな……と訝しむ。

「ええ、本当に奇遇ですよ。ちょうど用事が済んで戻るところなんです」

 心読んだ……!?にっこり笑う条野さん。"個性"?ちょっと怖い。

「ご旅行は楽し…」
「ここの土産を全て一つずつ頼む」
「「…………!?」」

 条野さんの言葉を遮るように、耳を疑う言葉が聞こえた。思わずそちらに視線を向ける。

「全て、一つずつですか……?」
「ああ。全て、一つずつだ」

 外はねの髪型の、左目に三つ並んだ桜の花弁の入れ墨が特徴的な男性は、困惑する店員さんに再度同じ事を言った。

「ちょっと鐵腸さん!貴方、どんだけ土産を買うつもりですか?」

 どうやら条野さんの連れの人みたいだけど……。

「これだけの種類の土産にどれを買うべきか迷った。ならば、全部買えば間違いないという真理」
「馬鹿なんですか。そもそも土産なんて必要ないでしょう。我々は遊びに来たんじゃないんですよ」
「買って来いと言われたから買うまで」
「誰に?」
「福地隊長」
「………………(イラっ)」

 ……。ええと、なんてつっこめばいいのやら。とりあえず、店員さんが困ってて可哀想。

「ほら、退いて退いて。レジの前で君たちの無意味なやりとり迷惑だから」

 あの乱歩さんが常識的な事を言っている……!私も乱歩さんに続いて、お土産を買おうと後ろに並ぶと、ふと鐵腸さん?と目が合った。

「えーと……このお菓子が定番のお土産で一番人気みたいですよ」
「そうか。では、それを五つ買おう」
「待ってください。何故、五つも買うんです」
「我々の分も含めて一人一個の計算」
「箱の中身の計算をして下さい。一つで十分でしょう」
「24個入りで割れない……」
「死ぬばいいのに」
「………………」

 条野さんがナチュラルにぶちギレた。

「有益な情報、感謝する」
「い、いえ、どういたしまして」

 私は今まで織田作さん以上の天然を見た事がなかったけど、ここに逸材がいた。
 鐵腸さんは何事もなかったように、お土産を五つ買っている。

「そもそも貴方がお使いをまともにできれば、私がこうしてわざわざ出向く必要はなかったんですよ」
「使いはしかとこなしたが」
「その後ですよ、その後。一向に戻って来ないから私が探す羽目になったんです。一体どこで何してたんですか」
「ねぶた製作過程が面白かったのでずっと見学していた」あれは見事だ
「ああ、本当に今すぐ死ねばいいのに」

 …………………………。

「あの人たち本当になんなんですか」
「ただの猟犬」二人とも

 その猟犬って一体何!?

 彼らに会う日が再び来るのか、来ないのか。

「まあ、そのうちわかるよ」


 それはきっと、名探偵が知っている。



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