とある夏休みの日。
教えてもらった住所を頼りに、安吾さんの車で連れて来てもらった場所には………
絵に描いたような豪邸が建っていた。
(……。大使館か何かかな?)
大使館のようだけど大使館ではなくて、立派な表札には「八百万」の名前が書いてある。
「話には聞いてたけど……」
「見事な豪邸ですね……」
長く続く塀に、安吾さんと二人で「何の建物だろうねー」って話していたら、まさか百ちん家の塀だったとは。
期末試験の勉強会には参加できなかったので、今日は安吾さんに送り迎いしてもらって百ちんの家に遊びにやって来た。
「では、また後で迎えに来ますね」
「ありがとう、安吾さん」
安吾さんに手を振る。そして、これまた立派なインターホンを押そうとした時、目の前の大きな門が悠然と開いた。
「……?」
「理世様でございますね」
門が開いた先には、背筋をピンと伸ばした礼服を着た小柄なご老人が立っていた。
「あ、はい」
「よくおいでくださいました。私、八百万家の執事の内村と申します」
さすが八百万の執事さん。立ち振舞いも、話し方も、柔和な笑みも、どれ一つ取っても品がある。
「さ、百お嬢様がお待ちかねです。どうぞこちらへ」
執事の内村さんの後を着いて行く。
切り揃えられた草木に、涼しげな噴水。美しい庭に見とれて歩いた。まるで観光地に来たみたいだ。
「今日は暑いですね。こちらまでは歩きで来られたのですか?」
「いえ、家族に車で送ってもらいました」
「それはそれはようございました。駅からここまで距離がありますから」
(たぶん、正門にたどり着くまでが……)
そんな風に内村さんと会話をしながら、たどり着いた先は――……お城?
近くで見ると、城かと見間違う程の立派な西洋建築だ。
(すごすぎる……百ちん家)
そして、通された玄関ホールではメイドさんたちが左右にずらりと並び……
「「いらっしゃいませ!」」
声を揃えてお出迎えされた。
「お待ちしておりましたわ!理世さん!」
ぽかんとしている私に、満面の笑みで百ちんが駆け寄ってくる。
「えっと、お邪魔します」
「理世さんのワンピース姿、素敵ですわね!」
よそ行きの服を着てきて良かったと思う。
「ありがとう。百ちんもイメージにぴったり」
小説の中から出てきたお嬢様そのものだ。
「ありがとうございます。……あ」
百ちんは紹介しますわ、と視線を横に移した。
「母ですわ!」
「はい、百の母です。いつも百がお世話になっております」
ニコニコと笑顔で現れた百ちんのお母さんは、百ちんを大人っぽくして柔らかくした雰囲気の人だ。
「はじめまして。結月理世です。こちらこそ、百さんにお世話になってます」
「ふふ、理世さんのことは百からよく聞いてますの。中学もご一緒でしたわね」
「はい、中学ではずっと別々のクラスでしたけど……」
「文化祭ではシンデレラを熱演してすごく素敵だったと聞いて、私もぜひ観たかったわ」
「いやぁ、熱演ってほどでも……」
またもやシンデレラ!一体どんな風に周りに話しているの百ちん!?
「あ、これ良かったら……大したものじゃないですけど」
手土産を百ちんのお母さんに渡す。こんな豪邸に住む人たちに、ちょっと気が引けるけど。
「まあ、可愛い!百、見てちょうだい」
「マスコットキャラのびゃっことらしょうもんのクッキーですわね」
横浜名物になりつつあるお土産品だ。たぶん公式。モデルとなった本人たちが把握しているかは謎だけど。
「とっても可愛いお菓子をありがとうございます」
百ちんのお母さんはふわりと笑った。良かった、喜んでもらえたみたいで!
自室に案内しますわ、と言う百ちんの後ろを、お母さんも一緒に歩いてついて行く。
「まあ、百はヤオモモだけでなく、理世さんには百ちんと呼ばれているのね。じゃあ、私はママちんと呼んでもらおうかしら?」
「お母様……」
その発言に、百ちんは苦笑いする。
「可愛いですね、ママちん」
笑って言うと、そうよね、と楽しげにママちんも笑った。
百ちんのお母さんだから、キリッとした美人な人を想像してたけど、実際にはふわふわした美人で楽しいお母さんだ。
「理世さん、どうぞゆっくりしていってくださいね。すぐにお紅茶とお菓子を持ってまいりますわ」
「理世さんはお紅茶のご希望はございますか?」
百ちんの質問に、確かいろはす……じゃなくてハロッズかウェッジウッドが八百万家の定番なんだっけ……
「あ、じゃあおすすめでお願いします」
家でも紅茶はよく飲むから好きな産地とかならあるけど、ブランドはまったく無縁だ。
「では、お菓子に合うお紅茶をご用意するわね」
ママちんはにっこり笑って答えた。
「理世さん、どうぞ入ってください」
「失礼しまぁす……」
百ちんに続いて、おずおずと部屋に入ると……
「……!お姫様の部屋みたい!」
広い部屋に、一番に目を引いたのは大きな天葢付きベッドだ。家具もロココ調で統一してあり、天井にはシャンデリアまで。
壁には美しい絵画まで飾ってある。どっひゃ〜
「人に見せるのはなんだか恥ずかしいですわね……。ささ、理世さん、座ってくださいな」
オシャレなカフェにありそうな丸テーブルと椅子だ。百ちんに促され、腰かける。
すぐさま、メイドさんがワゴンと共に現れ、おいしそうなケーキとその場で紅茶を淹れてくれた。
「良い香り〜……味もとってもおいしい!」
「お口に合って良かったですわ!」
ケーキも上品な甘さと、瑞々しいフルーツの甘酸っぱさがマッチして、頬っぺたが落っこちそうなおいしさだ。
「どこのお店のケーキ……ですか?いえ、こちらのケーキはうちのシェフのお手製ですわ」
二度目のどっひゃ〜
そういえば、重箱のお弁当も専属シェフの手作りだって言ってたっけ……。
「百ちんは夏休みはいつも家族で旅行に行ってるの?」
「ええ、今年は仕方がないですが、残念でしたわ……。去年はウィーンに行きましたの」
「オーストラリアにある音楽の都で有名な街だね」
「オペラを鑑賞しに行ったのですが、とっても素敵でした。理世さんも何か旅行の思い出がありましたら、ぜひお聞きしたいですわ」
「私は去年の夏休みに、イーハトーヴォ村に行ってね〜」
「イーハトーヴォ村……?その村はどちらのお国にあるのですか?」
「あはは、日本の東北の、辺境な場所にある〜〜」
話題が尽きる事なく、紅茶で喉を潤しながらお喋りする。
「百ちんが初めて完璧に創れるようになったのはマトリョーシカだから、試験の時に創り続けてたんだ」
「はい。思い出の人形なんです。今では何も考えずに創り出せるので……」
「ちゃんと顔も描かれてるし、中に小さな人形も入ってるし……あれを無意識でも創れるってすごいなぁ。あの後、貰ったのは部屋に飾ってお気に入りなんだ〜」
「まぁっ、気に入って頂けて嬉しいです!何かお好みの柄や表情などございますか!?私、お創りしますわ!」何なりと!
「あ、いや、気持ちだけもらっておくね……(なんか百ちん、将来ダメンズに引っ掛からないと良いけど……)」
知識の豊富さもさながら、百ちんの体験談を聞くのも楽しかった。
……――楽しい時間はあっという間に過ぎて、そろそろ安吾さんのお迎えの時間だ。
玄関ホールでは、先程と同じようにメイドさんたちが並び、執事さんもお見送りしてくれる。
「今度はぜひ、夕飯もお召し上がりになってくださいね。なんならお泊まりに来ていただいてもいいわね!ね、百」
「ええ、ぜひ!」
八百万家の専属シェフの夕御飯も……とても魅力的!
「理世さん、今日は遊びに来て頂いてありがとうございます。たくさんお話ができて楽しかったですわ」
「私の方こそ楽しかった!紅茶もケーキもすごくおいしくて、ごちそうさまでした」
横浜にもぜひ遊びに来てね、と手を振る。
うちは普通の(特務課の社宅でセキュリティはばっちり)マンションだから家は面白くはないと思うけど……
最近ではロープウェイもできたし、美術館や博物館もあるから、きっと百ちんも楽しめると思うんだ。
頭の中で百ちんと巡る横浜満喫ツアーを考えながら、私は八百万家を後にした。