事件から翌日――。
慌ただしい警察署のなか、塚内と落ち合った安吾は、つい先程の太宰からもらった電話の内容を話す。
「安吾くん、それは本当かい?」
「ええ。どのようにしてかは教えてもらえませんでしたが、太宰くんが
敵のアジトの居場所を掴んだようです」
電話口で、メモした紙を見せる。
「住所は横浜市――名探偵の推理通りか」
「はい。引き続き乱歩さんには他のアジトもないか調べてもらいます」
「しかし、現実改変系の"個性"の持ち主まで使ってくるとは、用意周到なものだ」
「長年の計画のようにも感じますね」
「早速、総力あげて作戦を練らなければ。オールマイトにも連絡させてくれ」
そう言って塚内はスマホを取り出し、すぐさまオールマイトにかける。
「――……私は……素晴らしい友を持った……」
電話を受け、塚内から事件の進展を聞いたオールマイトは荒ぶる感情に、マッスルフォームになっていた。
「奴らに会ったらこう言ってやるぜ……私が反撃に、来たってね」
その顔は笑いながらも、誰よりも意気込む姿だ――。
「……オールマイトも奮い立っていたよ」
電話を切って、塚内は安吾に言う。
「裏にはオール・フォー・ワンが絡んでる可能性が高いですからね」
敵連合、その裏で人を引いてる人物は目星がついていた。
かつて、悪の帝王とも呼ばれた凶悪な存在だ。
「因縁、というと太宰くんも同様か……」
「太宰くんのその頃の話なんですが、私は人伝に聞いただけなので……塚内さんはご存じなのですか?」
「君もまだ学生の頃の話だからね。僕も当時の話はよく知らないが、警察内では有名な話だよ」
特務課にとってもか……と、塚内は付け足してから話す。
――当時、一人の少年が
敵に誘拐された。
「後に"個性"を無効化するという類い稀なる"個性"の持ち主だったと判明し、言い方は悪いが、それだけならよくある希少な"個性"を目的とする誘拐事件だった」
まだあどけない、その少年は――誘拐された身でありながら、
敵を心理誘導し、掌握し、
「内側から
敵組織を破壊した」
警察や特務課を震撼させた事件だった。
『あのガキを攫ったのが間違いだったっ……!あいつは悪夢を見せる……黒い幽鬼だッ……!』
逮捕された
敵事情聴取からの言葉に『被害者の皮を被った小さな黒い幽鬼』などと、不名誉な異名まで流れた。
「無戸籍の身元不明の少年。いくら調べても太宰くんの出世は分からなかったという。何せそういった"個性"でも無効果してしまうからね。分かっていたのは、横浜のとある診療所の自殺未遂の常連患者だということのみ」
過去一つとっても太宰治という男は、闇に包まれていた。
その飄々とした笑顔の裏に、時おり見せる鋭く暗い瞳。
類い稀なる"個性"と、我々とは違う、異星人に見える程の超人的な頭脳の持ち主。
あまりにもかけ離れた存在は、それだけで人は畏怖すべき対象になる。
それでも彼は同じ人間であり、友人である事には変わらない――自分や織田とあのバーで言葉を交わす姿に、安吾は思う。
「その後も同じような事件が何度か起こってね。太宰くん曰く巻き込まれただけらしいけど……その時にオール・フォー・ワンと接触したらしい」
「救出したのがオールマイトですね」
安吾の言葉に塚内が頷く。
二人を繋いだのは、オール・フォー・ワンであり、それは太宰だけではない。
「理世ちゃんも必ず救い出せるさ」
塚内は安吾に励ますように言い、安吾は微笑と共に頷く。
直後、塚内のスマホが鳴った。
「――……雄英生徒の八百万さんが意識不明から目を覚まして、
敵のアジトに関わる情報を掴んだらしい。安吾くん、君も一緒に来てくれ」
安吾は塚内と共に、生徒たちが入院している病院に急ぎ向かう。
***
「俺の管轄外なんだがな……」
「アポぐらい取れるでしょ、箕浦さん」
呼び出した箕浦の車に乗りながら、乱歩は運転する彼に言った。その乱歩の隣には織田の姿もある。
「……ひよっ子が拉致られたなら、名探偵が出向かねえわけにはいかねえよな……」
箕浦がひっそりと呟いた。彼だって、よく知る少女に何の感傷も生まれないわけではない。
車が向かう先は警察本部だ。
さらに詳しくいえば『雄英合宿
敵襲撃事件』の捜査会議室である。
乱歩の頭の中には、すでに救出作戦が浮かんでおり、助言をするためだ。
「雄英謝罪会見を開き、終了と共に突入」
――早速、塚内に乱歩はそう告げた。
「
敵連合の目的は、ヒーロー社会に一石を投じる目的もある。こちらがアクションすれば、奴等も必ず報道を見るはずだ」
ふむ、と塚内が頷く。
「調査が難航していると奴等に思わせれば、奇襲を仕掛けられるということか」
そこには、安吾とオールマイトの姿もあった。塚内の言葉に乱歩は頷きながら、続ける。
「それと、警備員に扮した織田作の姿をカメラに撮らせる」
「織田作さんを、ですか?」
不思議そうに安吾は口にした。
「もし、その報道を理世も見ていた場合、こちらがすでに動いていると、知らせることができる。安心させると同時に無茶をするなという意図だ」
確かに、織田なら表立って顔を出していないので適任だろう。
「雄英生徒の
彼女のおかげで、アジトは複数あると判明したが、大きく突入部隊を分けるなら三つだ」
乱歩は同様に指を三つ立てた。
「理世救出、爆豪くん救出、脳無格納庫制圧――」
「結月少女と爆豪少年は別々の場所に囚われてるってことかい?」
オールマイトの言葉に、乱歩は「爆豪くんはこっちで、理世はこっちだね」と、地図をそれぞれ指差す。
「理世救出隊には太宰が適任だろうな。後の人材派遣は君たちに任せるよ」
それぐらい君たちでも出来るだろ、と乱歩の上から目線の物言いでも「ヒーローの出番だな。こちらで人材を検討し、手配しよう」そう塚内は嫌な顔せず答えた。
「ああ、そうそう。それと、僕は虫太郎くんを救出に行くよ」
「現実改変系の"個性"の持ち主のかい?」
「彼は幽閉の身だからね。ちょっと話もしてみたいんだ」
乱歩の立案から、警察・ヒーロー・特務課と、一団となって救出・掃討作戦が進められていく――……
夜になり、とある無人ビルの一室。
「何で俺が雄英の尻拭いを……こちらも忙しいのだが」
「まァそう言わずに……OBでしょう」
「雄英からは今ヒーローを呼べない。大局を見てくれ、エンデヴァー」
エンデヴァー、ベストジーニスト……
「今回の事件はヒーロー社会崩壊の切っ掛けにもなり得る。総力をもって解決にあたらねば」
そこには、そうそうたる顔ぶれのヒーローたちが揃っていた。
「私は以前、爆豪の素行を矯正すべく事務所に招いた」
ベストジーニストが口を開く。
「あれ程に意固地な男はそうそういまい。今頃暴れていよう、事態は急に要する」
「貴様が変えられなかったのか」ホホウ
「体育祭のあれ見りゃあ想像つくな」
「毛根までプライドガチガチの男だった。……あれは黒獣以上だ」
ギャングオルカと中也の言葉に、思い出してベストジーニストは頭を抱えた。
「…………」
自分の名前が出て、芥川は他人事のように目を伏せる。
雄英時代、彼の職場体験およびインターン先はベストジーニストの事務所だった。
芥川は"個性"が少し似ている、実力があるヒーローという理由からだったが、ベストジーニストの方は矯正という理由だったのは言うまでもない。
「我が同志、ラグドールが奪われている。個人的にも看過出来ぬ!」
その場には虎の姿もあり、憤怒の声が響く。
彼女は自らこの作戦参加に志願し、士気は十分だ。
「生徒の一人が仕掛けた発信機では、アジトは複数存在すると考えられる」
防弾チョッキに身をつつみ、武装した塚内が最終確認の説明をする。
「武装探偵社の協力と我々の調べで、拉致被害者が"今"いる場所はわかっている」
その場に参加していた太宰が、笑顔でひらひらと手を振った。
「主戦力をそちらへ投入し、被害者の奪還を最優先とする」
「被害者の奪還最優先と言うが、あのテレポート娘の奪還には、新人ヒーローと武装探偵社に任せて大丈夫なのか?それに、作戦の立案というのも……」
異議を唱えるエンデヴァーは、言葉と共に彼らに視線を寄越す。
隅に立っていた敦の肩がびくっと揺れ、その隣に立つ芥川は、表情を変えずエンデヴァーに無言で視線を返した。
「それに関しては、我々警察は彼らと特務課に一任してる」
「ええ。必ず彼女を救出する為の采配です」
塚内に続き、堂々した口調で安吾は言い切った。
「僕の作戦に不備があるわけないじゃん。遂行できなかったとなれば、それはおじさんたちの力量のせいだね」
「!?おじっ……!なんだと探偵がァァ!!」
「探偵じゃなくて僕は"名探偵"だよ。これだからヒーローは……」
「はぁ!?」
「まあまあ、エンデヴァーさん。乱歩さんは誰に対してもこうですから」
太宰さんが宥めるように言いながら、ぽんっ、とエンデヴァーの肩に触れた。
「……!?貴様っ何をした!?」
エンデヴァーが驚きの声を上げた。
太宰が肩に触れたと同時に、彼の身体を纏う炎が一瞬にして消えたからだ。
「あ、私、こういう"個性"でして」
悪気ないという風にっこり笑う太宰が両手を上げるようにぱっと離せば、すぐにエンデヴァーの炎は復活する。
「噂に聞く『無効化』か」
「ほう、あれが……」
「あのエンデヴァーが狼狽えてる姿を見られるとは面白い」
「あれは遊ばれているな……」
「炎が消えるとただの厳ついおっさんね……」
「Mt.レディ、聞こえるぞ……!?」
エッジショット、ベストジーニスト、ギャングオルカ、虎、Mt.レディ、シンリカムイがそれぞれ自由に発言した。
「対"個性"に対しては、太宰くんは有利だ。心配しなくても大丈夫さ、エンデヴァー。彼らに任せよう」
「別に心配しとらんわ!大体なんで俺が貴様なんかと……!!」
「何気に一緒にチームアップするのは初めてだよな!」
「俺は嬉しくないぞォォ!!」
「「(会話の温度差すげえ……)」」
オールマイトの言葉にいちいち不機嫌にエンデヴァーは返す。
「オイ、太宰。テメェ、失敗したらタダじゃおかねえからな」
「中也こそ、ちびっこヒーローが参加して足手まといにならないの?」
「アァ!?」
「中也さんも太宰さんも喧嘩はやめてください!作戦会議中ですよ……!」
「「………………」」
その隣では太宰と中也の言い合いが始まり、焦りながら必死に敦が止めようとしていた。
「なんじゃ、緊張感のない者たちよのぅ……」
作戦決行間近というのに。他の者たちも思っている事を代弁するように、紅葉は呆れて言った。
「話を進めていいかな?」
「(塚内さん、口調は穏やかなのに目が笑ってない!!)」
「(塚内先輩、静かに怒るからめちゃくちゃ怖いんだよな……)」
塚内の部下たちが密かにドキドキしているなか、彼は作戦の詳細の続きを話す。
「――……同時にアジトと考えられる場所を制圧し、完全に退路を断ち一網打尽にする。質問のある者は……」
「俊典」
グラントリノが、隣にいるオールマイトに話しかけた。
「俺なんぞまで、駆り出すのはやはり……」
「"なんぞ"なんぞではありませんよ、グラントリノ!」
その言葉にオールマイトがとんでもないと返す。
「ここまで大きく展開する事態。"奴"も必ず動きます」
「オール・フォー・ワン……」
グラントリノは、因縁のその名を口にした。
……それぞれが、それぞれの感情を胸に、各部隊が持ち場に赴く。
そして、作戦決行の数分前――。
「今回はスピード勝負だ!
敵に何もさせるな!」
ビル前でエンデヴァーや中也たちと共に包囲しながら、塚内は無線で皆に呼び掛ける。
「先程の会見、
敵を欺くよう校長にのみ協力要請しておいた!」
『現在、警察と共に捜索を進めております』
「さも難航中かの様に装ってもらっている!」
――Mt.レディが巨大化すると、靴を履くようにトラックの荷台に足をはめ、
「あの発言を受け――その日のうちに突入されるとは思うまい!」
その足を高く上げる――……
「意趣返ししてやれ、さァ反撃の時だ!」
時は同じく。別の場所では、腕に力を込めるオールマイトの姿が。
「流れを覆せ!!!」
――ヒーロー!!!
その言葉を合図に、救出・掃討作戦は決行された。