文スト組でお正月

 一月一日、元日。
 玄関を開けると……冷たいけど、澄んだ空気を肌に感じる。

「では、行きましょうか」
「うんっ」

 ブラックな特務課でも、三が日はさすがにお休みだ。安吾さんと一緒に向かう先は……

 横浜にある、とある神社。

「太宰さーん!」
「やあ、理世に安吾」

 そこには太宰さんを含む、武装探偵社の皆と……

「ルーシーちゃん!」

 カナダからの留学生で、初めて日本のお正月を体験するルーシーちゃんが待っていた。

「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

 まずは新年の挨拶だ。

 "おめでとう"、"今年もよろしく"と同じように皆から返ってくる。

「こんなに朝早くからすごい人が集まるのね……」

 ルーシーちゃんは驚くように人混みを見回した。

「初詣は日本ならでは文化だからな。一年の感謝を捧げたり、新年の無事を祈願するんだ」

 完璧に国木田さんが説明する。

 日本は無宗教が多いながら、こんな風に身近に神道が根付いていて、海外から来たルーシーちゃんは不思議らしい。

「理世が持っているこの矢は何なの?」
「これは破魔矢って言って、お守りみたいに家に飾るんだよ。去年買ったのはあそこでお焚き上げしてもらって、新しいのをまた買うの」

 答えると同時に、人が集まる焚き火を指差した。「へえ〜」と、物珍しそうにルーシーちゃんは頷く。

「まずは並んでお詣りしましょうか」

 安吾さんの言葉に、皆で二列に行列に並んだ。

「ナオミは今年も兄さまと一緒にもっーと仲良くいられるようにお願いしますわ!」
「ちょ……ナオミ、人が見てるから……!」
「お前たち二人は、これ以上暑苦しくなるのか……」

 潤くんに抱きつくナオミちゃんを見て、呆れる国木田さん。

「社長は今年は何をお詣りするの?」
「社運隆昌と社員の健康祈願だ」

 社長の返事に「毎年同じだねえ」と、乱歩さんは笑う。

「乱歩さんは何をお願いするんですか?」

 今度は私が乱歩さんに聞くと、乱歩さんは笑顔で口を開く。

「おいしいお汁粉が食べたいってね!」
「現実的かつ具体的ですね〜」

 たぶん、この後すぐに叶えられる。

「じゃあ、アタシは天野屋の和菓子が食べたいにでもしようかねェ」

 乱歩さんに乗っかるような与謝野先生のお願いに「普通のお願い事をするのと変わらないわね……」ルーシーちゃんが呟いた。

「本来なら願い事というより、せめて新年の抱負などを宣言するのだがな……」
「そうそう。私みたいに、今年こそ自殺を成功させるぞってね」
「新年に罰当たりな奴め……」

 そんな事を宣言されても、さぞかし神様は迷惑だろう。

「理世ちゃんは、今年は雄英に合格とかかい?」

 潤くんの言葉にう〜んと考える。確かに、今年は雄英高校の受験があるけど……。

「それは実力で合格してみせるから、太宰さんの自殺が失敗しますようにってお願いする」
「それは神様も理世のお願いを聞いてくれるでしょうね」
「そうだな」

 笑顔の安吾さんに続き、織田作さんも頷く。
「まいったねえ」
 太宰さんは困ったように笑った。

「ルーシーちゃんは?」
「私は……内緒よ」
「え〜」

 そんな話をしていると、順番がやって来て、安吾さんと一緒にお詣りする。

 目を瞑って手を合わせる。

(太宰さんの自殺が今年も失敗しますよーに)
 
 それと……。今年も、横浜は平穏無事を迎えられますように――……


 お詣りを終えると、破魔の矢を買って、おみくじを引きに行った。

「……小吉かぁ」

 あ、でも、学業は良さそうだからまずまずかな。

「ねえ理世、私は大吉っていうのが出たんだけど……」
「すごいよ、ルーシーちゃん!一番いいおみくじだよ!」

 今年は良い年になりそうだね、とルーシーちゃんに言うと、ルーシーちゃんもちょっと嬉しそうだった。

「でも、書いてあることが難解でよく分からないわ……」
「確かに……回りくどいよね」
「どれだ?見せてみろ」

 国木田さんから再び完璧な説明を受けていると「うふふふ」ご機嫌な笑い声が聞こえてきた。

 ぴらっと太宰さんはおみくじを見せる。

「見たまえ。私は大凶なのだよ。これは、今年こそ自殺が成功するという暗示……!」
「太宰くん、新年ぐらい自殺から離れたらどうでしょうか」
「大凶引いてこんなに喜んでいる人初めて見た……」
「だめだな、こいつ……」

 安吾さんと国木田さんと一緒に、太宰さんを引いた目で見ていると、何やら考えていた織田作さんが口を開く。

「太宰の場合は、成功だから大吉の方じゃないか」

 真面目に思案していたらしい織田作さんのその言葉に「確かに」と、三人で頷いた。

「まあっ兄さま、大吉なんて幸先がよろしいですわね!」
「うん、結ばずお守りにしよう」
「谷崎くん!私の大凶と交換しない?」
「え!?嫌ですよッ!」

 太宰さんが潤くんに絡んでいるのを横目に、武装探偵社へ向かう。

 正確には、武装探偵社が入っているビルの屋上だ。

「「明けましておめでとうございます」」

 そこには双黒こと、敦くんと龍くんの姿があった。
 側には臼と杵。初詣が終わったらお餅を食べるのが、武装探偵社の新年の楽しみ方だ。

「あら、虎猫ちゃんたちも参加するのね」
「うん!餅つきをしにね」

 敦くんの言葉に、餅つき……?と、ルーシーちゃんは首を傾げて「これ、お米よね……?」そう臼に入ったお米を不思議そうに眺める。

「餅米といって、蒸して杵でつくとお餅になるんだよ」

 敦くんの説明に「お餅ってお米からできるのね」と、ルーシーちゃんは目を丸くした。
 カナダからやって来てまず驚いた事は、日本の多様性な食事らしい。

「……え、芥川がつくの?」

 龍くんは手で持つというより、"個性"を使って布で持ち上げている。力仕事は敦くんの適材適所だと思うけどな。

「餅米は熱い故……面の皮が厚い貴様に適してるだろう」
「言葉の使い方間違ってるからな!?」失礼な!

 新年でも二人は相変わらずだ。しぶしぶ敦くんが合いの手を入れる役になる。

 ……うん。なんか次の展開が見えた気がする。

 ぺったん、ぺったん、ぺっ

「っどわぁ!お前、危ないだろ!?僕の手ごと潰す気か!?」
「人虎が遅い」
「いや、普通そっちが合わすんだぞ!?」

 ああ、やっぱり……。

「下手な新春隠し芸より面白いけど、僕、早くお汁粉食べたいから。国木田」

 乱歩さんに促され、国木田さんはため息混じりの声で「おい、俺が代わる。織田も手伝え」と、バトンタッチした。

 今度は国木田さんが餅米を合いの手役で、織田作さんが杵でつく役だ。

 ぺったん!ぺったん!ぺったん!

 先程と打って変わってテンポよく音が響く。プロっぽい!

「国木田さんと織田作さん、息ぴったりですね!」

 潤くんの言葉にうんうんと皆で頷く。粘り気が出てきた餅米を、国木田さんがさっとひっくり返し、織田作さんが軽々と杵を落として、さすが!

「では、安吾。次は私たちが交代しようではないか!」
「太宰くんが合いの手役なら良いですよ」

 安吾さんも手ごと打ち付けられ事を警戒したらしい。太宰さんならやりかねないかも。

 ……こうして、つき立てのお餅が出来上がった。

「さあさあ、きな粉にお汁粉にお雑煮もできるよ!」

 うずまきのおばちゃんが作ってくれたそれらに、各々好きな味付けにして食べる。

 乱歩さんはもちろんお汁粉で、私はきな粉。(次はお雑煮にして食べる予定)
 ルーシーちゃんもきな粉にして、一緒につきたてのお餅に舌鼓する。

「カナダでのお正月ってどんな感じ?」

 食べながらルーシーちゃんに聞いてみた。ここは屋上だけど、防寒しているし、ストーブに当たりながらで意外に寒くない。

「そうね……日本みたいに大掃除とかお節とか飾り付けとかはないわね」

 年越しカウントダウンはパーティーしたり、賑やかに過ごすらしい。日本より特別ではないとルーシーちゃんは説明してくれた。

「だから、今日は色々と新鮮だったわ」

 楽しそうなルーシーちゃんの目線の先は、敦くんと龍くんの羽子板対決だ。
 二人の顔はお互いに猫髭やバツ印などお決まりの墨で塗られている。

「――あ、モンちゃんもやってみる?」

 不意に視線を向けた敦くんの言葉に、

「……そうね。やってみようかしら!」

 ルーシーちゃんは羽子板を受け取った。

「理世、一緒にやりましょう」
「私がやったら顔が墨で真っ黒になっちゃう……」
「もう、しょうがないわね。罰ゲームはなしにしてあげるから!」

 その言葉に安心して椅子から立ち上がり、龍くんから羽子板を受け取る。
 巻いていたマフラーが暑くなって、外すほどに楽しんだ。

 
「……これは?」

 そろそろお開き……という時に、社長から受け取ったポチ袋を不思議そうにルーシーちゃんは眺める。

「これは、お年玉というものだ」

 社長の一言の後に、国木田さんがお年玉とはなんたるものか、またまた完璧な説明をする。

「ありがとうございます!社長」

 私と潤くんとナオミちゃんもそれぞれ受け取って、お礼を言った。

「あの……私まで……ありがとうございます」

 ルーシーちゃんも最初はびっくりしたようにぽかんとしていたけど、小さくそう照れくさそうに呟く。社長も満足そうに頷いた。

「社長。私もお年玉欲しいです」
「お前はあげる側だろうが!!大体お前は新年から……!」

 太宰さんの大人げない発言に、ついに国木田さんはプチンと来て、ガミガミ説教をし始める。

「……今年も去年と変わりなさそうだねェ」

 呆れ笑いしながら言った与謝野先生の言葉に、誰がも同じような顔で同意した。


 ***


 安吾さんと一緒に家に帰ると、忘れず集合ポストから年賀状を回収だ。私のは少ないけど、安吾さんは職業柄か、毎年たくさん届いてすごい。

「あっ、賢治くんと……花太郎くんと小花ちゃんからも届いてる」
「どれも可愛らしいですね」

 裏には可愛い牛の絵が描かれていた。

(さて、今年はどんな年賀状かな〜?)

 私のお正月の楽しみの一つに、太宰さんから送られてくる年賀状がある。

 最初に届いた時は、呪いの年賀状かと思って小さく悲鳴を上げたけど、今ではどんな作品が届くか毎年わくわくしている。
 気まぐれで作ったのがきっかけらしく、お手製の芋版が押されたそれは、画伯太宰さんが描いた絵と同様に呪われているとしか見えない。

「今年の干支は牛だから、これ牛のつもりだよねぇ……」
「むしろ牛鬼のように見えますね〜」

 そこには歪んだおどろおどろしい牛鬼のようなものが。
 さすが太宰さんクオリティ!今年もちゃんと不気味だと――安吾さんと眉を下げて笑った。

 こんな風に、私の新しい一年は始まる。

(今年はどんな一年になるかなぁ)

 来月には雄英高校の入試試験だ。中学を卒業して、新しい高校生活になれば、それはヒーローへの第一歩を意味する。


 きっと、怒濤の一年だ。



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