これは、僕が自分を誇れるヒーローになる物語だ――。
二月の寒さに吐く息が白い。その向こうに見える門を、まっすぐと見つめた。
(ついに……この日が来てしまった)
雄英高校入学ヒーロー科の試験。
一歩を踏み出す。足が震えそうになるのは、この寒さのせいだろう。きっと。(今の人ものすごく強そう……!ああ、あの人すごい"個性"持ってそう……!)
だめだ……周りの受験者と自分を見比べてしまう。そもそも……僕が天下の雄英を受験すること自体間違っているのではないだろうか。
(僕なんかが――……)
「っ!」
その時、コートのポケットに入れていたスマホが震えた。
ビクッと大袈裟に驚いた僕を、周囲の人が不思議そうにこちらを見る。
つい「すみません」と、苦笑いして会釈した。……ああ、このヘタレな性格をなんとかしたい。
(あ、理世ちゃんから――?)
『敦くん、ほらリラックスして〜!敦くんなら絶対大丈夫だってば!』
(エスパー……!?)
このタイミングでこのメッセージ。
いや、彼女の"個性"は希少かつ便利な《テレポート》だ。
(ありがとう……理世ちゃん…!)
短いメッセージに勇気づけられていると、新たなメッセージが送られてきた。
今度は、僕の師匠ともいえる太宰さんからだ。
『投身自殺をする勢いで挑みたまえ!』
(……。いや、それはちょっと……)
太宰さんなりの激励だと思うけど、せめて、清水の舞台から飛び降りるとか……。
けど、おかげで少し緊張が解れた気がする。
さっきより軽くなった足で、入試会場へと向かった。
筆記試験を終えると、次は実技試験だ。
(何度も見返したせいで無駄に気力を消耗したな……)
実技試験、どんな試験なんだろう……。
僕の"個性"が活かせる内容だと良いけど。
『今日は俺のライブにようこそ――!――!――!!』
(…………………ええ)
一瞬、会場を間違えたのかと思った。
ヒーロー《プレゼント・マイク》
現役のプロヒーローであり、雄英の教師だ。
『エヴィバディセイヘイ!!!!』
シーーーーン。
(ノリがラジオと一緒だ……!!)
『……こいつあシヴィーー!!!受験生のリスナー!実地試験の概要をサクッとプレゼンするぜ!!アーユーレディ!?』YEAHHーー!!
「「……………………」」
プレゼント・マイクと、会場のテンションの落差が激しい。進行がこれでいいのだろうかと思っていると、彼は実技試験の説明を始める。
『入試要項通り!リスナーにはこの後!10分間の『模擬市街地演習』を行ってもらうぜ!!持ち込みは自由!プレゼン後は各自指定の演習会場へ向かってくれよな!!』
同時に配られた用紙に目を通した。
簡単に言えば、"個性"を使って"仮想敵"こと、ロボットを行動不能にすればいいらしい。(これなら何とかいけそうだ……!)
一先ず、ホッとする。
そして、プレゼント・マイクの説明と共に、諸々のルールを頭に入れていった。
「俺からは以上だ!!最後にリスナーへ我が校、校訓をプレゼントしよう」
いよいよだ――プレゼント・マイクの次の言葉を待つ。
「かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った!『真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者』と!!」
――"Plus Ultra"!!
(更に、向こうへ……――)
「それでは皆、良い受難を!!」
送られた言葉を胸に、他の受験者と共にまずは更衣室へ向かった。
制服から動きやすい服装に着替えるためだ。
緊張感で充満する室内で、周りと同じく黙々と着替える。
「――なあ、アンタ。半袖半ズボンで寒くねえの?」
へ!?突然声をかけられて、すっとんきょんな声が出てしまった。
「えっと……僕の"個性"上、袖は邪魔になるんだ」
そう答えると「あーなるほどね」そう彼は納得して会話は終了。
「じゃあ、お先」と、彼は更衣室を出ていった。……なんだか淡々とした人だなぁ。
(そういえば、持ち込みは自由なんだっけ)
織田作さんに貰ったお守りを持って行こうと手に取る。
自分自身のためだけじゃなくて、あの人の期待にも応えたい――。
そんな思いも胸に……お守りを握りしめ、ポケットに入れた。
ロッカーを閉めて、更衣室を後にする。
(え……なにこれ、街じゃん)
会場に行くのにバスに乗せられて不思議に思ったけど、着いた先の光景を見て、唖然とした。
目の前に広がるのは、無機質なビルが建ち並ぶ見慣れたら街の風景だ。(さすが天下の雄英。凄まじくお金をかけてる……)
より実戦に近い形、というわけか。
気合いを入れていると『ハイ、スタートー!』どこからかプレゼント・マイクの声が聞こえた。
「え…………えええ!?」
一斉に飛び出すようにスタートを切る周りの受験者たち。
しまった、出遅れた!
あまりにさりげないスタートだった。
慌てて後を追いかけるように走る。
先頭では、すでに現れた仮想敵ことロボが破壊されている。
(これって早いもの勝ちじゃないか!?)
どうする……!?
ロボの総数は知らされていない。とにかく、やみくもに走る。(早く……っポイントを稼がないと……!)
――あれは……1ポイントの!
『標的補足!!ブッ殺ス!!』
なんかめっちゃ物騒なこと喋った!?
動きも速い……!けど……腕を虎化させて、真っ正面から迎え撃つように、殴る!!
意外に脆いぞ!
なんとか1ポイントだ。けど、もっと稼がないと話にならない。どうやら、仮想敵はポイントによって難易度が違うみたいだ。
「――っ危ない!」
3ポイントのロボは、ミサイルを発射するのか……!
撃ち込まれそうになった人を助けると、その人は驚きながら「ありがとう」と口にした。
「あの、あの3ポイント、僕が倒してもいいですか?」
「へ?あ、ああ……どうぞ」
「ありがとうございます!」
「(律儀なヤツだな……)」
了承を得ると、そちらに向かう。ミサイルには驚いたけど、速さはないので、避けながら拳を叩き込んで破壊した。
……――やっと、21Pか。
自分が今どのぐらいの順位にいるのか、さっぱりわからない。
(だんだん、仮想敵の数が減ってきた気がする……まずいな)
「なっ……なんだ……!?」
地鳴りと悲鳴と、大きな破壊音が一度に聞こえてきた。気づくと、その場所は大きな影になっている。空を見上げた。
太陽を遮るように現れた巨大ロボット。(ひぃっなにアレ!?)
「なんだありゃあ!?」
「説明にあった"ギミック"じゃね!?」
「0Pのか!?」
どっちにしろ、逃げろ――!!
周囲の人たちがそう口にしながら、一目散に走り出す。(あんなの……!倒せるわけない!)
僕も逃げようと、巨大仮想敵に背を向け、足を踏み出した。
――そうだ。逃げろ、お前は無力だ。
「……っ!」
頭の中で流れた光景と、その声に足が止まる。
振り払うように、否定するように、頭を振る。違う。僕はもう違う。あの頃の僕じゃない!
(変わるんだ。誰かを救えるヒーローになりたいんだ)
――今変わらなくて、いつ変わる!?
踵を返した。あいつを倒すわけではない。人がいなくなったその隙に、他の仮想敵を倒してポイントを稼ぐんだ!
靴を脱いで、脚も虎化した。
破壊されて落ちてくる瓦礫の下を潜り抜けながら、残っている仮想敵を倒していく。
巨大仮想敵は所狭しと大暴れして、周囲の損害もお構いなしだ。(さすが、雄英!大掛かりな仕掛けだ!)
でも、これ怪我人出るんじゃ――あ。
あの子、崩れかけたビルの屋上で何を……取り残されたのか!
(何とか助けてあげたいけど、どうしたら……)
その時、目が入ったのは……巨大仮想敵が通過した後で、斜めに倒れかけている電柱だ。
あれを足場にすれば――そちらに駆け出す。
「っ痛」
瓦礫を踏みつけ、足の裏が切れたみたいだ。でも、この程度の傷なら虎の治癒力ですぐに治るだろう。
電柱を駆け登り、足を踏み込み、
(投身自殺をする勢い――じゃなくて!)
力いっぱい飛び上がる!
何とか着地に成功。驚きに目を見開く、女の子と目が合った。
「一緒にビルから降りましょう!」
「一緒に……え?」
――ええ!?
戸惑う女の子を横に抱えて、なるべく破損が少ない地面に飛び降りる。
「あ、ありがとう……」
女の子を下ろしたと同時に、
『終了〜〜〜!!!!』
プレゼント・マイクの声が辺りに響き、試験が終了したらしい。あっという間の10分間だった。
「あっごめんね!もっと早くに助けてあげたら……」
あまり、僕が助けた意味がなかったような……。
「ううんっ、助けてくれてありがとう!あなたはきっと合格するよ!」
そう笑って言ってくれた彼女の言葉に、反対に僕が励まされた。
行きと同じく、帰りもフェリーで波に揺られて帰る。
(筆記試験は……たぶん、大丈夫だと思うけど、実技試験は……)
見当もつかない。最後はポイントを稼げたと思うけど……。年季の入ったアパートに帰ると、そのまま畳の上に倒れた。
ワケあって、僕はこの武装探偵社の社宅にお世話になっている。
…………………………
――はっ。ドアを叩く音に目を覚ました。どうやら、いつの間にか寝てしまったらしい。起きたら部屋が真っ暗だ。
「あ……今開けます!」
慌てて起き上がり、玄関のドアを開けると……
「……すまない。起こしたか」
そこには、織田作さんが立っていた。
「へ」
「頬に畳の跡がついている」
あちゃ〜と頬を撫でる。
「カレーを作ったから、夕飯を一緒にどうかと思ってな」
続いて、お前も今日は疲れただろうと織田作さんは言った。
「はい!いただきます!」
うわぁ、ありがたい。気づけばお腹がペコペコだし……。
織田作之助さん。
武装探偵社の社員で、太宰さんの友人だ。
ワケあって、今の僕の保護者みたいな人だ。
「合否通知は一週間後だったか」
「はい……筆記は大丈夫だと思うんですけど、実技の合格点が不透明で……」
「そうか」
織田作さんは淡々と頷く。
「自分ではどうだった?」
「自分……では?」
「実力を出せたか?」
その言葉に、一旦スプーンを置いて、試験の最中を思い出した。
「そうですね……たぶん今までの僕ならできなかったことをできたような気がします」
あの時、逃げようとした足は引き返した。
他人から見れば些細な変化かも知れないけど……少し、過去を振り切れた気がしたんだ。
「結果がどうあれ、お前は良く頑張ったんだろうな」
織田作さんは口元に微かに笑みを浮かべて続けて言う。
昨日より、ずっと良い顔をしている――と。
……――一週間後。
僕はちゃぶ台の上に手紙を置いて、その前に正座をしていた。
宛先は雄英からだ。紛れもない入試試験の合否通知だ。
(あああ、見るのめっちゃ怖い)
そんなんで数十分……そろそろ足が痺れてきた。
意を消して、封を開ける。
中から出てきたのは、用紙と……なんだろう、コレ?
「!?」
小さな機械のような円形に不思議に思っていると、いきなりそれはブンっと起動した。
『初めまして、中島敦くん』
宙に映し出されたのは……
『ネズミなのか犬なのか熊なのか、かくしてその正体は――校長さ!』
雄英の校長先生!?
ぽかんと映し出された映像を見つめる。
『さて、中島くん。君の合否を発表する前に、君の成績を伝えよう。まずは、筆記試験は合格だ。実技は敵Pが35Pで、レスキューPが40Pだね』
レスキューP……?そんな説明あったけ……?首を傾げていると、校長は説明してくれる。
『レスキューPは何かという顔をしているね。これは審査制の我々雄英が見ていたらもう一つの基礎能力だ』
「……!」
ヒーローとしての、なくてはならない素質――。
『中島くんは、最初は周りから遅れを取ったけど、その後は巻き返すように〜〜……その"個性"も磨けば〜〜……』
「………………」
結局、僕は合格不合格どっちですか!?(校長、早く教えてください!僕の心臓が持ちませんっ!)
『え、なんだい相澤くん、手短に?早く合否を伝えろって?』
「………………」
『ごほん。というわけで中島敦くん、トータル75Pで見事合格。ちなみにトップの成績だ』
合格……。え、トップ……。
『では、次は直接会おう。君のヒーローアカデミアで待ってるよ』
プツリ、と映像はそこで途切れた。
嬉しさが込み上げて、涙となって溢れる。
この日、僕の存在が認められたように思えた。
「っ……っはい!」
乱暴に涙を袖で拭いながら、誰に言うわけでもなく、僕は大きく答えた。
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文スト主人公の敦くんがこっちでも主人公している話です。
連載ではプロヒーローなのでしっかりしたイメージで書いてますが、まだヒーロー志望なのでヘタレてます。