白虎の初ミッション

※話は飛んで、プロヒーロー編


「――敦。お前を指名だ」

 グラヴィティハット事務所のサイドキックになった僕。
 のれは、プロヒーローになった僕の初任務ミッションの話だ――


(僕を頼ってくれたんだ。精一杯頑張らないと!)

 依頼主は、横浜動物園の園長。

「やあ、よく引き受けてくれたね、月下獣くん。地元のヒーローだし、君の活躍を期待しているんだ」
「ありがとうございます!あの、僕は一体何をすれば……」
「うんうん。気合い十分でいいね!じゃあ早速、逃げ出した虎の役をやってもらおうかな」
「……………………」

 …………逃げ出した虎の役?

「あれ、まだ説明してなかったかな?今日は園内で緊急時を想定した訓練の日でね。ぜひ、君に虎が脱走した際の捕獲訓練の協力をしてほしくてね」

 ……あ、なるほど。それは……確かに、僕の適任かもしれない。

(初ミッションが脱走した虎役……)

 いや、これも立派な仕事だ。

「ちなみに月下獣くんは完全な虎の姿にはなれるのかい?」
「ええと、完全な虎の姿になると理性を失って危険ですので……」

 そう園長に答えると「ハッハ!それじゃあ本当に猛獣捕獲になっちゃうね」と、笑った。
 僕もあはは……と、一緒に苦笑いを浮かべる。

 本当はちょっと笑えない。

 実際に虎になって暴れて、駆除されそうになった事があるからだ――。


「じゃあ虎っぽくやってくれればいいよ」

 ということは半獣化すればいいのか。
 "個性"を使い、腕や脚を虎化、ついでに尻尾も出す。

「おっいいねー!じゃあ虎の檻の前から始めよう」


 連れて来られた虎の檻の前。


「ぐるるる……」
(めっちゃ虎に威嚇されてる!)
「ここから何らかの事故で虎が脱走したと想定し、月下獣くんは虎っぽく自由に園内を徘徊してくれ」
「わかりました!」
「我々は虎を発見し、事前に決めてある役通り、お客さんの安全を確保する係、警察に連絡する係、虎を捕獲する係と迅速に行動しよう」
「「はい!」」

 虎が唸るなか、訓練は始まる――

「はいッカット!!」

 え、カット……?

 筒状に丸めたマニュアルで、手のひらを叩きながら園長は言った。(……映画監督?)

「月下獣く〜ん、もっと虎の演技をしてもらわないと、君を呼んだ意味がないじゃないか」
「あ、すみません……」
「もっとこう〜野性味溢れる!初めて檻の外へ出た虎の気持ちを憑依させて!」

 ……。そんな虎の気持ち全然わかりませんけど!?
 と、とりあえずやってみよう。

「そうそう!いいねぇ!さっきより良い演技だよ!」
(いいんかい!)
「そのまま徘徊してみようか!」

 園長が見守るなか、僕は園内を徘徊する。

 …………………………。

 怯えることなく、こっちをじぃーと見てくる動物たちの視線が、痛く感じるのは気のせいだろうか……。

「はい!威嚇して!バリケードバリケード!虎追いつめて!月下獣くん猫パンチ!右前足じゃなくて左前足ね!はい、君倒れて!」

 園長の指示に従って、行動する。
 攻撃するフリ(猫パンチ)に、倒れるスタッフの人。

「倒れた彼を救助して!早く退場退場!!」
「「…………………………」」

 園長の声もだんだんヒートアップ!
 ……。あれ、訓練ってこんな感じでいいんだっけ……?

「園長!麻酔銃です!」
「よし来た!私の出番だ!」

 スタッフの人から麻酔銃を受け取って意気揚々に構える園長。

「あ、あの実弾じゃないですよね……?」
「月下獣くん!虎は喋らないよ!!」

 え、ええ〜!!

「……ダイジョーブです。弾は入ってない、フリだけです……!」

 後ろにいた人がひそひそ声で教えてくれて、ほっと安心する。

「バン!!」

 銃声は園長の口から飛び出した。慌てて僕は倒れる。

「月下獣くんッ!!君はそんな程度で倒れる柔な虎なのかい!?」
(は、はいぃぃ!?)
「さあ!私に襲いかかって!!思いっきり!」

 カモンっと手招きする園長。
 ええい、もうやけくそだ!!
 僕は園長に襲いかかる。

「きたきたきたーー!!」

 地面に仰向けに倒れる園長。
 銃声をこちらに向けて「バン!!」
 今度こそ、僕は倒れた。

「やったぞ!!網だーー!!そら確保ーー!!!」

 こうして、虎役の僕は漁業のごとく網を被され……無事に確保された。



「――いやぁ、月下獣くん!君、演技の才能あるよ〜!最後は迫真の演技で本当に虎に襲われると思っちゃったよ!」
「ははは……ありがとうございます」
「次もぜひ頼むね!!」
「僕で良ければ」

 困惑しつつも、僕の手を両手で握りしめて喜んでくれる園長に、謎の達成感と嬉しさが込み上げて来た。

「あの……園長に付き合ってくれてありがとうございます!」
「月下獣さんってすごく良い人ですね……!あんなに真摯に演技してくれて……」
「私、ファンになっちゃいました!応援してます!」
「俺もです!」

 他のスタッフさんにまでそんな風に言われると、正直少し戸惑ってしまう。

 でも、その言葉をちゃんと受け止めるのも、

「はい!応援よろしくお願いします!!」

 プロのヒーローだと思うから――。僕は大きく頷いて、笑顔で答えた。


 ***


「ふっ……人虎が脱走した虎役とは……」
「笑うなっ芥川!!」

 翌日、いつの間にか昨日の様子が写真に撮られていたらしく、ネットニュースになっていた。
 写真では、虎役の僕の姿を動物たちが眺めるというシュールな光景が切り取られている。

「だが、良い初ミッションになったんじゃねえか。園長から改めてお礼の電話がきたぜ」
「ありがたいです」

 僕にとって、色んな意味で忘れられない初ミッションになった。

「人虎。あなたに依頼で……依頼主はサーカスからみたいです」
「次は火の輪でも潜るのか」
「…………樋口さん、話を詳しく聞かせてください」
「あっ、芥川先輩にもみたいです!」
「…………………………」


 仕事を選んでなんていられない。
 僕らは駆け出しの新人ヒーローだ。





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元ネタは某動物園の訓練ニュース。



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