横浜、たこ焼きフェスティバル

 夏休み――今年は遠出はできないけど、地元で遊ぶ分には自由と安吾さんから許可をもらっている。

 少し早い午前中に、ラフな格好をして家を出た。

 今日は横浜で行われる初めてのイベント『たこ焼きフェスティバル』の日だ。

 横浜の飲食店が、オリジナルたこ焼きを出店するイベントで、喫茶うずまきも参加すると聞いて、今日は武装探偵社の人達とも一緒にそのお手伝いにきた。

(しかも、ゲストヒーローで大阪からファットガムも来るから楽しみ!)


 ウキウキしながら、出店場所へ向かう。


「おはようございまーす!」
「理世ちゃん、おはよう!今日はお手伝いに来てくれてありがとね」
「いえいえ、とんでもないです!」

 うずまきのおばちゃんに挨拶をし、見ると……

「賢治、お前はそっちを持て」
「はい!」
「国木田、せーので行くぞ」

 すでに国木田さん、織田作さん、賢治くんが屋台を設営する力仕事をしている。

「モンちゃん、これはどこに置こっか」
「ああ、それはこっちで……」
「兄さま、ナオミも一緒に手伝いますわ!」

 潤くんとナオミちゃんは、道具や材料などをルーシーちゃんの指示で、車から降ろしていた。

「おばちゃん、私は何をすれば良いですか?」
「そうねえ……あ、じゃあメニュー黒板をお願いしていいかい?」

 太宰ちゃんが準備してくれてるはずよ――というおばちゃんの言葉に、私は太宰さんの元へ向かう。

「太宰さんっおはようございます」
「やあ、おはよう理世」
「お手伝いに来ましたっ」

 喫茶店らしく、黒板ボードにメニューを書くらしい。(メニューと言っても、今日はたこ焼きとマスターオリジナルアイスコーヒーのみ)

「注目が集まるように絵を描いてみたよ」
「怖っ!!」

 見たまえ――と、太宰さんが見せてくれたそこには、黒板アートな芸術性と狂気が融合したような絵が描かれていた。

「なんで太宰さんが描くといつも呪いの絵みたいになるんですか……!?」
「え、消しちゃうのかい!?」
「そりゃ消しますよ!これ見たら絶対お客さん逃げますし」

 大宰さんはしょんぼり(フリ)する。……まあ、せっかくなので。スマホを手にし、ぴろりんと消す前に写真に残してあげた。

「安吾に送るのかい?」
「太宰さんじゃないのでそんな嫌がらせはしないです」

 そもそも今日はたこ焼きを売るんだから――

「たこ焼きとタコです!」
「君、なかなか絵の才能あるよね」
「可愛いでしょう?」
「共食いとは斬新だね」
「タコがたこ焼き持ってるだけで共食いじゃないですっ!」

 太宰さんに、あーだこーだ言いながら完成したメニュー看板を見やすい位置に置く。良い感じ!

「上手く描けてるな」

 織田作さんに褒められた!

「タコがたこ焼きを食べる良い絵だ」

 ……。描き直そうかな。(良い絵……?)

 私が悩んでいると「ねえ、理世!ラムネ瓶からビー玉取り出してよ」まったく関係ない事を乱歩さんからお願いされた。


 時間になって、たこ焼きフェスティバルが始まり、辺りはソースの香ばしい匂いが漂っている。

 開始早々、お客さんで賑わって、売り上げは好調だ。

「500円のお釣です!」

 お会計係として、笑顔でお釣を渡す。隣では、ルーシーちゃんができたてのたこ焼きをお客さんに渡していた。

 ちょっとしたバイト気分でいると……

「……………………」

 美人がヨダレを垂らしそうな勢いでこっちを見ている。

 あれ、どこかで見たことが……

「あ、私服姿のMt.レディ!」
「ん……ああっ、体育祭で私と写真を撮りたいって言った私に憧れる雄英女子生徒!」

 ……。だいぶ記憶に相違があるような。
 おしゃれな私服姿ってことは、今日のレディはプライベート?

「Mt.レディもたこ焼きお一つどうですか?」青のり抜きますよ〜
「じゃあお一ついただくわ!」
「ありがとうございますっ、500円です!」

 金額を言うと「え」と、レディーはあからさまな顔をした。えー?

「今、現金の持ち合わせがなくて……」

 最近は電子マネーが主流だもんね。でも、残念ながら屋台では現金のみ。

「またのお越しをお待ちしてます!」
「!ちょっとそこは憧れるヒーローに「お代はいらないので、ぜひ食べてください!」ってなるとこでしょ!」

 ……ここにシンリンカムイがいたら、適切なつっこみとフォローを入れてくれそうだけど、残念ながらここにはいないので。

「私、どちらかと言うとウワバミ派なんです」
「んな!?」
「ちなみに特に好きな女性ヒーローは、リューキュウ、ミルコ、紅夜叉くれないやしゃですね〜」
「御三家……!!」

 そう悔しげに言いながら、レディは頭を抱えた。
 増えているとはいえ、女性ヒーローは男性より圧倒的に母数が少ない。
 その中でも、強く、かっこよく、美しく――活躍しているその三人は『御三家』と呼ばれ、上を目指すなら高い壁だ。

「上が攻めすぎてるとこれだから困るのよ……!!」
(……うん)
「……いいわ!500円きっちり払おうじゃない!」
(持ち合わせ持ってた!)」
「その代わり、まずはウワバミ派から私に乗り換えて!!」
(この人、500円で買収しようとしてる……!!)

 毎度です……と、500円を受け取り、ルーシーちゃんがたこ焼きを渡す。(ルーシーちゃんの引いてる顔よ……)

「ていうかあんた、名前は?」

 たこ焼きをフーフーしながら聞くレディに「結月理世です」そう名乗った。

「理世ね」もぐもぐ「これからは私のフォロワーを名乗るのよ」もぐもぐ「あんたみたいな、見た目の良い子が」ごっくん「私のフォロワーだと私のイメージも上がる!!」

 えええ……

「それに、便利な"個性"だし、将来私の相棒サイドキックにしてあげてもいい」
「いやぁ〜」

 その後は「あんたもプロになったら覚悟するのよ」とか「いかに若輩者が成り上がるのが大変か」とか、レディは愚痴をこぼしながら(若干営業妨害……)たこ焼きを平らげ、

「ごちそうさま」

 何事もなかったかのように、颯爽と歩いて行ってしまった。

 ……口元にまたソースつけて。

「癖がある性格のヒーローだったわね……」
「見た目と裏腹にね〜」

 Mt.レディ…………ちょっと好きかもしれない。


 そんなMt.レディが去った後、次にやって来たヒーローは――……


「おおきに〜!!横浜の皆さんに歓迎されて嬉しいわ!」

 ファットガムだぁ!

 たこ焼きをパクパクと食べながら歩く姿は、でかい!丸い!可愛い!
 なのに、"個性"を使って痩せるとイケメンに変貌してギャップが素敵なヒーロー!

 ファットガムはゲストヒーローで、こうしてたこ焼きの食べ比べをしてくれている。

「ファットガムーー!」
「おー!えらい可愛い子ちゃんたちが売り子しとるやん!!」

 可愛い子ちゃん……!

「よく言われます!!」
「つっこみ待ちか――い!!」

 ノリの良いファットガムにドッとその場に笑いが起こる。

「いくら可愛い子ちゃんが売ってくれたたこ焼きとはいえ、味の贔屓はせえへんで〜」

 そう笑いながらファットガムは大きな口を開けて、たこ焼きをぱくりと食べる。(たこ焼きが小さく見える……!)

「――って。どっかで見たことある思うたら、雄英のテレポートガールの子か!!」
「そうです!」

 わぁ、ファットガムに認識されてた!嬉しいなぁ!

「環!お前の後輩とちゃう?」

 ……後輩?

 そう言って、ファットガムは振り返る。まん丸大きなボディの後ろから、おそるおそる姿を現したのは……

「……あ!えぇと……天喰先輩!」

 ちょっと前にひょんなことで知り合った、やたらネガティブな先輩だ。

「なんや、二人知り合いだったんか!環も隅に置けへんやん!」

 ニヤニヤするファットガムに「公開処刑だ……」と、天喰先輩は嘆くように呟いている。

「……えぇと、知り合いっていうほど知り合いでも〜……」
「理世ちゃんっ、ここはもう大丈夫だから、知り合いならファットガムさんたちと一緒に回ってきたら?」

 と、うずまきのおばちゃんの一言で。

「おー!ええやん!一緒に回るで理世ちゃん!なっ環?」
「これ以上目立つのは……」

 何故か――

「ほな、みんなでたこ焼き食いまくるで〜!!」
「わあ〜」
「……人々の視線が突き刺さるようだ……」

 謎の組み合わせで、たこ焼きの食べ歩きをすることに。(嬉しいけど良いのかな!?)


「ファットガムと天喰先輩はどういう関係なんですか?」
「環はうちにインターンに来とるんや!」
「インターン?」
「職場体験とはまた違う校外活動で、仮免を取得したら任意で行えるんだ……」
「……なんで天喰先輩はそんなに離れて歩いているんですか」
「君たちと一緒に歩いたら目立つから……」

 それはそれで目立っていると思うけど……。(天喰先輩、コスチューム姿だし……)

「環のヘボメンタルを鍛えるために、こうして人混みに連れ出しとるんやけど、シルクロードより先は長そうやな!!」ファー!
「くっ……歩ききれずに終わるということか……」
「………………」

 どうフォローしようか、つっこむべきなのか、むしろつっこまないのが正解なのか。

「わー!ファットガムだ〜!サインちょうだーい!」
「わたしもー!」
「写真撮ってー!」
「みんな元気いっぱいやなー!アメちゃんあげるから順番に並ぼうな!!」

 あっという間に子供たちに囲まれるファットガム。大人気ヒーローだ。子供と言っても、ちっちゃい子から女子高生まで幅広い。

「………………」
「………………」

 ポツネンと取り残された、私と天喰先輩。

「……天喰先輩の」
「っ!」
「……"個性"ってなんですか?」

 コミュニケーションと話しかけたら、あからさまに肩をびくっとさせて驚かれた。……そんなに?

「……再現。食べたものの特徴を身体に再現できるんだ」

 それでも天喰先輩は答えてくれて「こんな風に」と、指先をタコに変化してみせてくれる。

 さっき食べたたこ焼きからだ。

「すごい!無限の可能性がある"個性"ですね」
「無限の可能性……確かにそうだな。俺に可能があるかは分からないが……」

 速攻ネガティブ……!

「……食べ物なら、"個性"中心の食事にちょっと大変そうですね」
「ああ、いつも考えて食べている」
「どんなものを食べているんですか?」
「アサリとか……鶏肉とか……」
「貝類も再現できるんですね〜じゃあウニとかも?」
「……ウニか。盲点だった……。今度試してみよう」

 あのトゲトゲを再現できたら強そう。

「理世ちゃん……!!」

 いつの間にか戻ってきたファットガムが、何やら驚いている。

「環があんな長く会話続いたの初めて見たで!逸材や!!」

 ……何のだろう。

 先輩の"個性"に興味あったから、私が質問して答えてくれたってだけかなぁと。

「…!」

 ――その時、喧騒と悲鳴が聞こえた。

「ファットガム……!」
「行くで!環!理世ちゃん!」


 急ぎ二人と一緒に現場へ急ぐ。


「何がたこ焼きフェスティバルだ!!ふざけやがって!!」

 案の定、ヴィランが暴れて……

「ヒッグ……酒持ってこい!酒だゴラァ!!」

 ……酔っ払い?

 ただの酔っ払いならともかく、"個性"による強靭な尻尾をブンブンと振り回して危険だ。
 ここは、ヒーローの出番!私は隣に立つファットガムを見上げる。

「しゃーないやっちゃなァ!周りに被害がでーへんうちに大人しくしてもらうで!環、フォローしいや!」
「はい……!」

(もしかして、ファットガムのイケメンモードが見られる……!?)

 ちょっとドキドキしていると、その巨体とは裏腹に、身軽にファットガムは酔っ払いヴィランに走っていく。

「行くでーー!!」
「羅生門・ムラクモ!」
「「!?」」

 ファットガムが突っ込む前に、現れた黒い手によって酔っ払いヴィランは確保!

 って、その技は……

「芥川先輩……!」

 先輩……?あ、そうか。天喰先輩はちょうど龍くんが先輩にあたるんだ。

「……天喰か。久しいな」

 ビルの上から、酔っ払いヴィランを宙吊りにしたまま龍くんは見下ろす。

「あっちゃ〜さすが地元のヒーロー!一歩先越されてもーたわ!」
「もうっ龍くん!せっかくファットガムの活躍が見られると思ったのにぃ」
「(……龍くん?)」

 残念そうに言うと「期待してくれたん嬉しいわ!」そうファットガムは上機嫌に笑った。

「イケメンな姿見たかったです……」
「理世ちゃんにイケメン言われたら、そんなん俺……照れるで!」
「でも、今の姿も素敵ですよ」
「結婚しよか、理世ちゃん」
「あはは〜しないです〜」
「ガーン!速攻フラれてもうたわーー!!」ファー!
「(……無理だっ。この二人のノリについていけない……!)」

 ――助けてくれ、ミリオ……!!

「あれ、環くん!久しぶりだね!」

 ファットガムと笑い合っていると、現れたのはもう一人の地元のヒーローだ。

「敦先輩……!」
「ヒーローコスチューム、前よりずっと様になってるね!ファットガムさんと一緒ってことは……」
「はい、俺のインターン先で……」
「そっか。君の噂は聞いてるよ。ミリオくんや、波動さんと三人でビックスリーって呼ばれてるんだってね」
「俺には、荷が重い呼び方です……」

 ネガティブ発言は相変わらずだけど、天喰先輩、なんだか嬉しそう。

「でも、君ならいつか受け止められるよ。努力は嘘をつかないって、僕は君を見て確信したから」
「敦先輩……!」

 なんか……二人の周りにキラキラとしたエフェクトが!

「西のヘタレと呼ばれた敦くんが、すごく先輩に見える……!」相対的に
「環の先輩ええ先輩やん……って、東のヘタレが誰か気になるわ!!」

 東のヘタレは武装探偵社の谷崎潤一郎こと潤くんです。

「敦先輩には、当時お世話になったんだ――」

 にこやかに手を振って、敦くんは酔っ払いヴィランを連れた龍くんと共に去っていく。その背中を見ながら、そうぽつりと天喰先輩は言った。

「もしかしたら会えるかと思って、今日はついてきたから……、会えて良かった……」
「珍しく素直だと思ったらそれでかい!!」
「敦くんも天喰先輩に会えて嬉しそうだったな」

 私がそう言うと、天喰先輩とはたっと目が合う。

「……結月さんは、敦先輩と親しい間柄なんだな」

 初めて。私の名前を呼んで、私と目を合わせて聞いてきた天喰先輩に、にっこりと笑って答える。

「私の自慢の兄弟子です」
「……!兄弟子……!」
「はい、龍くんも」
「す……すまない!あの人たちの妹弟子である君に、気軽に話しかけてしまった……!」
「……むしろ気軽に話しかけられた記憶がないような」

 ここでも記憶の相違が……!

 私が困惑していると、横でおかしそうにファットガム笑う。ひとしきり笑った後、口を開いて……


「ほな、これから環は理世ちゃんと気軽に話せるようになるのが目標や!!」
「高すぎるハードルを用意して、越えられない俺を面白がってるんだ……!」
「………………」


 ――だめだ。この二人に私のつっこみスキルが足りない……!

 助けてつっこみヒーロー!!

 ボケの比率の方が多い私の知り合いで、思い浮かんだ顔は――


 ***


「耳郎ちゃんだった」
「え?何の話?」



←back
top←