夏休みに入る前の、ごく普通の放課後。
暑い日が続き「アイス食べたいね〜」から始まり「焦凍くんの出す氷は食用にできるのか否か」という話に飛んで、皆で議論している時だ。
「あ……」
忘れていた事を思い出す。
「私、図書室に借りてた本返すんだった」
フェリーでの通学では、本を読むのに最適なので、よく図書室を利用して本を借りていた。
「返しに行ってくるからみんなは先に帰ってて〜」そう言って席を立ち上がったら「一人で大丈夫かー?」笑う瀬呂くんに声をかけられた。
「図書室に"出る"らしいぜ?」
続けてにやりと、瀬呂くんは言う。
「出る……」
ごくり、と神妙な顔つきでお茶子ちゃんが呟いた。
「出るって……何が?」
不思議そうに首を傾げて聞いたのは梅雨ちゃんだ。
「夏に出るって言えば、これだよ、これ」
瀬呂くんは両手をだらんとさせ、お決まりのポーズをしてみせた。
うらめしや〜である。
「幽霊ね」
さらりと梅雨ちゃんは答えた。
「俺も聞いたことあるぜ。なんでも雄英七不思議!」
上鳴くんの言葉に「七つもあるんかい」と、心の中でつっこむ。
「アタシも知ってるよ!雄英には巨大な芋虫が棲息してるとか……」
「いやそれ絶対、相澤先生だよ!」
不思議でもなんでもなく、寝袋に身を包んだ我らが担任!(いや、ある意味不思議ではあるけど)
「俺が知ってるのは、雄英の図書室には呪われた本があって、それにとり憑いてる幽霊が出るって噂だ……」
雰囲気を出すためか、ひそひそと声を潜めて瀬呂くんは話す。
「た、確かに……雄英の図書室は広いし、あんだけ本があったら、中には呪いの本があってもおかしくないかも……!」
お茶子ちゃんは真剣にその話を聞いているらしい。対して私と梅雨ちゃんは「へぇ〜」と、表情を変えずに聞いていた。
「本が宙に浮いたり、黒い影が見えたり……誰もいないのに紙が捲れる音がするんだとさ」
「それ幽霊や……!本物の幽霊や!」
「え〜幽霊に会ってみたい!」
信じるお茶子ちゃんと面白がる三奈ちゃんには悪いけど……
「きっと、オチは誰かの"個性"じゃないかしら?」
梅雨ちゃんの言葉に、私もうんうんと頷く。
幽霊やオバケといったホラー話は人気だけど、あれはファンタジーであって、大体が"個性"の仕業という結論だ。
「梅雨ちゃんも結月も夢がないなぁ」
何故か呆れる瀬呂くんにちょっとむっとした。主にその顔に。
「まあ、大体の超常現象は"個性"で説明できるもんな」
「そもそも"個性"自体が超常現象にあたるからね」
切島くんの言葉に付け加えるように言う。
「でもでも、説明できんのもあるし、私は幽霊と宇宙人はいると思うなー!」
「アタシも!いた方が面白いし!」
幽霊と宇宙人がいるのか、いないのかの議論はまた別の日に……という事で。
「私もこの目で見たら、信じるけどね」
そう最後に言って、図書室へと向かった。
雄英は色んな施設が広いけど、図書室も例外ではない。
すっかり顔馴染みの図書委員さんと話に花を咲かせながら、本を返却する。そして、新たに借りる本を物色するため、奥へと進んだ。
(いつもミステリーを借りてるから、たまにはファンタジーにでもしようかなぁ……)
てか、ここ寒っ……冷房効きすぎ。
………………ん。
「……!!」
本が……う、浮いてる……!?
目をぱちぱちしても変わらず、目の前で本が宙に漂っている。
まさか、本当に怪、奇…………
その時――ぽん、と冷たい何かが肩に触れた。
「△○×□〜〜っ!?」
「理世、驚きすぎ」
自分でもなんて叫んだか分からない声を上げた。聞き覚えがある声に、恐る恐る振り返る。
「……レイちゃん?」
B組のミステリアスガールこと、レイちゃんが後ろに立っていた。
「ちょっとレイちゃん、驚かさないでよぉ!!」
……となると。あのふよふよ浮いた本も、きっとレイちゃんの"個性"だ。
その"個性"は《ポルターガイスト》
身近にあるモノを操れるらしい。
「私も驚いたよ。理世の驚きで」
「いや、全然驚いた顔してないし!今のは私、おこだからねっ!」
後ろから声もかけずに肩を叩かれるのは反則だ。しかも、レイちゃんは気配が薄いんだから。
「なんかごめん」
「まあ、レイちゃんだから許すけど。本が浮いてたのもレイちゃんの"個性"だよね?」
「うん。高い本棚に本を戻すのに」
「やっぱり……」
本が宙に浮く噂の正体見たり――。
「レイちゃん……それ、雄英の七不思議にされてるよ……」
「あ、知ってる。でも、他の現象は私じゃないよ」
「他のも誰かの"個性"だろうね……」
きっと、色々な現象が混ざって出来た話なんだろうな。噂なんて所詮そんなものだ。
「それにしても、理世は良いウラメシっぷり」
……ウラメシっぷり?
「知ってる?幽霊って怖がりな人の所によく顔を出すんだよ」反応が面白いから
「嘘でしょう!?」
ななな、なんてこった!
……待って、私別に怖がりじゃないから!!
「理世が一緒にいれば、あっちも出やすいかも……。これから他の七不思議の幽霊を探しに行かない?」
「いや、そもそも私は幽霊を信じ」
「――その話、面白そうだな」
「!?」
誰!?声をする方を見ると……
そこには……本棚に背中を預け、両手を組んで、こちらに視線を寄越す常闇くんの姿があった。(ポーズかっこいいな!)
というか、いつの間にそこに!
「俺も同行させてくれないか?興味がある」
「黒色と同類の……歓迎する」
「幽霊の七不思議といえば、今は使われていない西側の通路の亡霊の話か」
「そう。あそこは近くの普通科の目撃情報も多い」
「では、行くとしよう。もうすぐ黄昏時……あの世とこの世を結ぶ時間だ――」
「ねえ、二人で行けば良いんじゃない?私行くの?行かなきゃだめ?」
「今初めて言葉を交わした者同士、気まずくない?」
「同意。故にお前の存在が必要だ、結月」
……。二人とも今初めて言葉を交わしたわりには気が合っていない!?
「――で。その通路の亡霊ってなんなの?」
その通路に向かいながら、二人に聞いた。
「痩せこけて背の高い大男が成仏できずにさ迷っているという……」
「なんでまたその通路に」
はた迷惑な。今度は常闇くんが教えてくれる。
「かつて、病に犯された一人のヒーロー志望の生徒がいたらしい。彼は病魔には勝てず、この通路で亡くなったという……。夢半ばの未練にその通路に住み着き、血を吐く姿を見たという者がいるらしい」
"という"とか、"らしい"とか……。
「それも誰かの"個性"だよぉ。血を吐く"個性"とか……」
「血を吐く"個性"……怖」
「同感。そっちの方が怖い」
「……。やっぱり二人とも気が合うよね?」
……そして、今は使われてないというその通路の入り口にたどり着いた。
特に閉鎖とかはされておらず、常闇くんがドアノブを回すと、キキィ……と錆び付いた音を立てながらドアは開く。
点灯は付いておらず、灯りは窓から入る夕焼けの寂しげな光のみ。
生徒たちの声は届かず、学校の中なのにしん、と静かだった。
冷房がついていないせいか、じめっとした生温い空気が肌を撫でる。
「……雰囲気はいかにもな……」
「これは期待」
「とりあえず、歩いてみるぞ」
レイちゃん、私、常闇くんと横並びに通路を歩く。縦に三列で私が真ん中に歩きたい気分だ。
「なんか、暗くなってきたし……」
「日が落ちてきたのもあるが、奥は窓がないから光が入らないのだな」
「いよいよ、出てきそう」
「やめて、レイちゃん」
「来るヨ」
「やめて、ダークシャドウく……――!?」
いつの間にか、常闇くんの体からダークシャドウが姿を現している。
「こっち来るヨ」
その言葉に、ぞくりと背筋が冷えた。
「何か来る、だと……?」
「亡霊……?」
「逃げよう!!」
足を止めて、三人で曲がり角をじっと見つめた。
足音が近づく度に、心臓の鼓動も比例するように、早く、大きくなる。
まさか、本当に亡霊が――……
叫び声が響いた。
「っうおぉ!?!?」
「「…………!!?」」
ちなみに、私の声ではない。その野太い叫び声に驚いて、むしろ声にならない叫び声を上げた。
「(生徒たちにこの姿をあまり見られないように、こっそりこの通路を使っていたのだが!?)君たち、どうして……結月しょ……」
「……?」
私の名前を言いかけて、驚くその人は知っている人だった。
「あ、体育祭の時の……」
「結月、知り合いか?」
常闇くんの言葉に「雄英の職員さんで前に一度会ったことが」そう答えた途端、ごほんッと、その人は咳払いをする。
「そ、そう!君はオールマイトが結月少女と呼んでる子……グハっ」
「大丈夫ですか!?」
「血を吐く"個性"……?」
「いや、これは病では?リカバリーガールを……」
「だ、大丈夫大丈夫……ゲフン!」
「大丈夫に見えませんが!」
「おや、どうしました〜?」
騒ぎを聞き付けたのか、セメントス先生がその場に姿を現した。
「彼は時々こうして血を吐くけど、癖みたいなものだから問題ないよ」
「癖、ですか……?」
セメントス先生はそう言ったけど、怪訝に首を傾げる。血を吐く癖ってなんだ……。
「それより、ここは老朽化が激しくてね。危ないから生徒たちには通行止めになってるんだ。さ、君たちも暗くなる前に早くお帰り」
セメントス先生は穏やかに笑って言ったけど、どことなく有無を言わせずという笑顔だった。
それでも、言われた通りに私たちはそのまま雄英を後にした。
「亡霊の正体は判明したが、なんとなく釈然としないような……」
「セメントス先生、何か隠してるっぽかったね」
途中まで、常闇くんとレイちゃんと帰りながら……
「………………」
「結月、どうかしたか?」
「なーんかあの吐血の人、前にも会ったことあるような……」
「雄英職員なら、どこかですれ違っているんじゃない?」
「う〜ん、やっぱりそうなのかなぁ」
怪談の謎は解けたけど、どこか引っ掛かる謎を残して――私は帰宅した。
部屋に入り、鞄の中を開けると、一冊の本が入っているのに気づく。
(あれ?私、何か新しい本を借りたっけ?)
それは、返したはずの本だった。
「うわーん!安吾さーーーん!!!」
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※図書委員と話が盛り上がって、返したつもりが返すのを忘れただけというオチ。