わんちゃん大好き敦くん!

 グラヴィティハット事務所で迷い犬を預かっていると話を聞いて、早速事務所に遊びに来た。


「よーしよしよし!ぽんぽ(※さんぽ)行く!?ぽんぽ(※さんぽ)行こっか!?」
「………………」
「自分でリード持ってくるなんてえらいえらい!」


 そこには……わんちゃんを可愛がり過ぎている敦くんの姿があった。


「……敦くん。私も一緒に行きたい」
「ッ理世ちゃん!?いつからそこに!?」
「分かんないけど『よーしよしよし』から……」
「ほぼ始めっからだね!」

 可愛がり過ぎて恥ずかしそうにしている敦くんをよそに、私もわんちゃんを撫でた。

 わあ、人懐っこくて可愛い!

「敦くん、犬めっちゃ好きだったんだね〜」

 カメレオンが好きなのは知っていたけど。

「いや、撫で回したいと思うぐらいにはだけどね」

 敦くんは認めているのか認めていないのか、どっちなの的な返答をした。

「さっき見たことは内緒ね、理世ちゃん。特に芥川には……」
「あはは、分かった。お散歩行くんでしょ?私もついて行っていい?」
「もちろん!一緒に行こう!」

 わんちゃんにリードをつけて、敦くんと街に出る。

「お世話は敦くんがしてるの?」
「芥川以外、みんなでしてるよ。でも、こうして散歩に行くのは僕が多いかな」

 ちなみに龍くんは小さい頃、野犬?に襲われて以来、犬が嫌いらしい。(野犬なんていつの時代だ……)

「こうして散歩していれば、飼い主さんも見つかるかも知れない」

 わんちゃんはこの間のヴィラン事件のパニックの際に、迷子になってしまったんじゃないかという。

「早く飼い主さんに会えると良いね」

 そう声をかけると、わんちゃんは「ハッハッ」と、笑うようにこっちを見上げた。

「やあ、敦くんと理世、――げ」

 偶然出会った太宰さんは、私たちの下の方に視線を移すと、あからさまに嫌な顔をする。
 私の周りでは猫派が多くて、犬が苦手な人が多い。
 鏡花ちゃんもだし、太宰さんもその一人だ。

「ああ、その犬が事務所で預かっている迷い犬?……中也も物好きだよね」
「困ってる人を見逃せないのは中也さんも一緒ですよ、太宰さん」

 太宰さんの言葉に、敦くんは笑顔で答える。

「彼は犬だけどね」
「太宰さん、違います……!」

 敦くんはいきなり、キリッとした表情になった。

「この子は女の子です!」
「……。敦くんは一体どうしちゃったんだい?」
「敦くん、犬めっちゃ好きみたい」
「君、自分は猫なのに?」
「僕は虎です!!」

 わんちゃんがいることで、いそいそと太宰さんは退散していった。そのまま歩いていると、次に出会したのは賢治くんだ。

「うわぁ、可愛い犬ですね!この子が事務所で預かっているという……」

 賢治くんはしゃがむと、わんちゃんを撫で撫でする。

「こうしていると、なんだか花子を思い出して会いたくなりますね……」

 花子とは、賢治くんが育てていた牛らしい。そこは犬の花太郎じゃないんだと思った。

「賢治くんは、お仕事中?」
「はい!与謝野先生に頼まれた備品の買い出しに」

 私が聞くと、賢治くんは手に持つメモを見せてくれた。メモの中身は、ペンやコピー用紙などの備品にまじってメスという文字が。

「じゃあ失礼します!」
「「(メスってどこに売ってるんだろう……)」」

 賢治くんと別れると、次にきょろきょろと何かを探す見知った後ろ姿を発見。

「あ、国木田さんだ」
「理世に敦か。お前たち、太宰を見なかったか?」

 私たちの存在に気づくと、国木田さんは真っ先にそう聞いてきた。(太宰さん、またサボりかな……)

「太宰さんならさっき会って、商店街の方へ行きましたけど……」
「太宰さん、今度は何をしたんですか?」

 敦くんに続いて聞いたら「何もしとらんからだ!!」と、国木田さんは声を荒らげた。

「面倒くさい案件はのらりくらりと逃げて、今日という今日はあいつにやらせないと後輩たちに示しがつかん!」

 その面倒な案件を太宰さんにやらせるために、国木田さんは奔走しているらしい。

「……ん、その犬が例の事務所で預かっているという迷い犬か」

 視線をずらした国木田さんは、大人しく座っているわんちゃんの存在に気づいた。

「犬は忠義に厚く、主人の命令に忠実だと聞く。あの唐変木にも見習ってほしいものだ。いや、むしろ犬の方が役に立つかもしれん。犬は趣味で自殺はせんからな」
「ほとんどの人間も趣味で自殺はしないですけどね……」

 敦くんが静かにつっこんだ。国木田さんは最後に「何か飼い主の情報が入ったら知らせる」そう言って、太宰さんが消えた商店街の方へ走っていった。

「国木田さんって苦労人だよね」
「うん……もはや毎度太宰さんに振り回される役なんだろうね」

 散歩は再開。山下公園の方へ向かう途中で出会したのは、織田作さんだった。

「二人は犬の散歩をしているのか」

 可愛いな、としゃがんで織田作さんは犬を撫でる。

「織田作さんはお仕事中ですか?」
「ああ。聴き込み捜査中だ」

 なんでもこの辺りのマンションに泥棒が入って、その捜査の手伝いをしているらしい。

「……そうだ。犯人が落としたとされる遺留物があるんだが、犬の能力を使って匂いで突き止められないか?」
「どうでしょうか……。この子、たぶん訓練された犬じゃないですし」

 一応、と織田作さんはチャック付きポリ袋から軍手を取り出して、わんちゃんに嗅がせる。

「どうだ?犯人が分かるか?」

 わんちゃんはぐるりと一周すると、織田作さんの前で座った。

「「……………………」」

 じっと織田作さんを見つめている。

「もしかして……織田作さんのにおいがついちゃったんじゃないでしょうか」

 ……なるほど。申し訳なそうに口を開いた敦くんに、私も織田作さんも納得して頷く。

「そうか、残念だ。地道に手がかりを探すとしよう」

 織田作さんは「ありがとうな」と、わんちゃんをひと撫でし、去っていった。

「……じゃあ、僕たちも散歩の続きをしよっか」

 そうだね、と再び歩き始める。

 ――すると。

 ワンワンッと吠えながら、いきなりわんちゃんは走り出した。

「っどうしたんだ!?」

 敦くんはリードを引っ張られ、そこには……

「カール?」

 興味津々というわんちゃんに、警戒するアライグマがいた。横浜にアライグマなんて、ポオさんのペットのカールしかいない。

「ポオさんの姿は近くに見かけないけど……、カール一人かい?」
「迷子かな?」

 ポオさんは長身で目立つけど、近くにその姿は見当たらない。

「えっまた!?」

 再び走り出すわんちゃんに、再び引っ張られる敦くん。私はカールを抱っこして、慌てて二人を追いかけた。


「……おい、はよ慰謝料よこせや!センパイはテメェのでかい図体にぶつかって骨折したんだぞ!?」
「いって〜超いってえ〜ぜってえこれ骨バッキバッキに折れちまったよ〜」
「ぶ、ぶつかったぐらいで人体の骨は折れないである……」
「アァ!?声が小さくてよく聞こえないんですけどォ!?」
「「(なんかヤンキーに古典的な絡まれ方されてる……!!)」」

 次にたどり着いた場所では、三人のいかにもなヤンキーに詰め寄られているポオさんの姿があった。

「慰謝料よこせって」
「いてぇいてぇよ〜」
「センパイ、痛がってるんですけどォ」
「い、一度に話しかけないでほしい……。大人数の会話は苦手である……」
「「(え、そこ?)」」

 三人でも、ポオさんの中では大人数に入るらしい。……じゃなくて!

「君たち、何してるんだ?」
「げ、ヒーロー月下獣!!」

 ヒーローの登場に戦くヤンキーたち。敦くんは注意して、ヘコヘコする彼らは大人しくその場を立ち去った。

「二人とも助かったである……」
「きっと、カールはポオさんの助けを呼びに行ったんだね」

 はいっと、抱っこしていたカールをしょんぼりしているポオさんに渡す。

「さすがカールは我輩の味方……痛ッ」
「「…………」」

 がぶっとカールはポオさんに噛み付いた。ペットらしいけど、本当に懐いてるのかはちょっと謎だ……。

「……ところで、犬でも飼い始めたのであるか?」

 ポオさんの視線はわんちゃんに移っている。正確には、ポオさんの両目は伸びきった前髪でほぼ見えないけど。

「あ、この子はうちの事務所で預かってる迷い犬でして……」
「さっき走り出したのは、ポオさんの元へ案内してくれたんだね」

 きっと、カールの様子から何かを察したのかも。

「賢い子であるな。動物とはいえ、お礼を言わねば失礼にあたる」

 ポオさんはしゃがむと「おかげさまで助かったである」と、よしよしとわんちゃんの頭を撫でた。

「ポオさんは乱歩さんに会いにですか?」

 大体ポオさんの横浜での用事は乱歩さん関係だ。

「そうである。新作が出来たから乱歩くんに読んでもらおうと……。今回の作品は意表を突くトリックもので、今日こそ乱歩くんにぎゃふんと言わせてみせるである……!」

 そう言って乱歩さんは、意気揚々とカールを連れて探偵社に向かって行った。

「ポオさん、今度こそ乱歩さんにぎゃふんと言わせられると良いね」
「1ページ目で犯人分かっちゃうんだっけ、乱歩さんって……」
「この間は人物相関図で犯人分かってたな」
「……。恐るべし、乱歩さん」

 ポオさんが乱歩さんに「ぎゃふん」と言わせられる事を願いながら、私たちも散歩の続きをする。
 
「理世ちゃんもリード持ってみる?」
「うん、持ってみたい!」

 敦くんからリードを持たせてもらった。山下公園に着いて、海を見ながら歩く。すると、向こうが何やら騒がしい。

「ちょっと行ってくる!」

 すぐさま駆け出す敦くん。もしかしたら、ヴィランが現れたのかもしれない。
 私も追いかけると……どうやら引ったくりみたいで、すでに敦くんに伸されていた。さすが敦くん、速攻解決だ。

「――彼が横浜のヒーローの一人なんですね」

 突然話しかけられて、隣を振り返る。

 気づけば、そこには男の人が立っていた。肩まで伸びた黒い髪に、病弱そうな程に肌が白く、顔立ちから日本人じゃないのは分かった。

「ああ、すみません。急に話しかけて驚かせてしまいましたね。僕はロシアから観光に訪れたのですが、横浜のヒーローに興味があったので」

 穏和な笑みを浮かべながら、その人は流暢な日本語で話した。今まで敦くんと一緒にいた私に、つい話しかけてしまったらしい。(ロシアの人なら肌の白さも納得だ)

「あのヒーローは横浜の新人ヒーローの一人、月下獣です」
「もう一人、新人ヒーロー黒獣もいますね。重力遣いのグラヴィティハットに、潜入捜査が得意なヒーローも……」
「詳しいですね」

 特に道くんの存在は、なかなか表に出ないから。

「ええ。日本のヒーローについて調べましたので。日本のヒーローはオールマイトの存在もあって、ロシアでも一目置かれているんですよ」

 オールマイトは世界中で人気みたいだ。

 逆にロシアのヒーロー事情を聞いてみたり、犯人が警察に引き渡される様子を眺めながら立ち話をした。

「可愛い犬を連れていますね」
「迷い犬みたいで、ヒーロー事務所で預かってる子なんです」
「迷い犬、ですか。無事に飼い主が見つかると良いですね」
「はいっ」
「……では、話に付き合ってくれてありがとうございます。僕はもう行くことにしましょう」

 最後にその人は……

До встречиまた会いましょう――」

 そう言って、去って行った。……ロシア語でさよならとかかなぁ?

「――おまたせ、理世ちゃん!今、誰かと話してた?」
「うん。観光に来ていたロシア人さんと」
「へぇ、ロシアから……」


 山下公園を少し散策して、事務所へと戻ると、中也さんが私たちの帰りを待っていたらしい。

「そいつの飼い主が見つかったぜ」

 中也さんのその言葉に敦くんと喜ぶ。明日、飼い主さんたち家族が迎えに来るらしい。

「ちょっと寂しいけど……家族の元に帰れて良かったよ」

 敦くんが言うと、わんちゃんは笑っているみたいな顔を見せた。
 そして、敦くんはわんちゃんロスになったらしい。


「敦くんはそんなに犬が好きだったのかい?」
「撫で回したいと思うぐらいには好きみたいですよ、太宰さん」
「……分かりづらい好きだねえ」



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