「助けて」
あの言葉は、鏡花ちゃんの本心だったんじゃないかと今は思う――。
「やっぱり、あなたはあの男に脅されていたんだね」
扉に手を付け、向こうにいる鏡花ちゃんに話しかける。
……返事はない。Aから命令されていたから、そこで見張っているのは確かだ。私は続ける。
「私の"個性"なら、その首輪を外せる。鏡花ちゃん、一緒に協力してここから脱出しよう」
彼女の強力な"個性"を味方につけたら、脱出する事も不可能ではない。要は建物から抜け出せればこっちのものだから、
「夜叉白雪の力で壁を破壊すれば……」
「……無理」
ドアの向こうから、小さい声が否定した。
「私は"個性"をコントロールできない。夜叉白雪を操っているのはあの男」
コントロールができない?……もしかして。
「Aは電話で……?」
「夜叉白雪はこの携帯電話の声でしか操れない」
やっぱり――。穴に落とされた時も、鏡花ちゃんは携帯電話を握っていたから。(でも、自分の"個性"を相手がコントロールするってどういうことなんだろう……しかも、電話口からじゃないとだめなんて)
「その電話が鳴っても取らなかったり、壊したりしてもだめなの?」
「一度、命令をしたら夜叉は実行し続ける。諦めて。あなたがここから逃げ出したら『斬れ』と、命令されてる」
命令されてる……か。
「鏡花ちゃん。夜叉白雪をコントロールできないか試してみることはできない?夜叉白雪は、あなたの"個性"――」
「違う!!」
「っ」
張り裂けそうな声が、最後まで言う前に遮った。
「夜叉白雪は私の"個性"なんかじゃない!!……お母さんを殺した、この"個性"が……」
「……お母さんを殺した……?」
どういう事だ?Aは敵の手によって、鏡花ちゃんの両親は殺されたように言っていた。Aが嘘をついてる?(でも、あんな語っておいて……)
「私は見た……夜叉白雪が、お母さんを斬るところを……!!」
真相は分からないけど、鏡花ちゃんの悲痛な声に、何にせよ彼女はその光景を見たのだろう。
「……こんな"個性"いらなかった……」
「鏡花ちゃん……」
殺戮に特化した"個性"。でも、それは……
「もう、誰も傷つけたくない……っ!」
――その時、初めて鏡花ちゃんから感情が見えた気がした。
(……一緒だよ……)
私も、この"個性"が怖かった。でも、それを違うと否定してくれた人がいた。
"個性"をどう使うかは、自分次第だと教えてくれた人がいた。
『あなたとは違う』
鏡花ちゃんが最初に、私に言った言葉。その言葉の意味が分かった。
だから、今度は私が――
「鏡花ちゃん。私、今からそっちに行く」
「っ!……だめ。来たら脱走とみなし、夜叉は攻撃する」
「その時は、鏡花ちゃんが夜叉を止めて。あなたならできる、なんて簡単に言わないよ。でも、鏡花ちゃんには、ちゃんと意思がある。その意思を形にするの」
「――っ!」
私は、鏡花ちゃんに懸けるよ――
この扉の向こうにテレポートするぐらいは、今の私にも簡単に出来る。
意識を集中して、瞬時に廊下に飛ぶだけ。
私の存在に気づいた、夜叉白雪がすぐさま刀を鞘から抜く。襲いかかって来るとなると、恐怖で足がすくみそうになるけど……
でも!
私は鏡花ちゃんに、自分に、"かけた"
切っ先が向いて、斬撃が来る――
「やめて!!!」
………………
その声に、夜叉白雪の動きが止まった。寸前まで白い刀が迫っていて、強張った全身の力がふっと抜けた。
安堵の息を吐いてから……鏡花ちゃん元へ歩み寄り、その首輪に手を触れる。
「鏡花ちゃん。あなたは自由だよ」
「あ……」
鏡花ちゃんは、自分の首に手を伸ばす。
Aの支配も、"個性"で人を傷つける事ももうない。
からんと音を立て、床に首輪が落ちた。
「どうして……」
理解できない、という顔をして鏡花ちゃんは口を開く。
「だって、もし、上手くできなかったら……」
「ごめんね。本当は鏡花ちゃんにだけでなく、自分自身の考えにも"賭け"てた」
「……?」
地下通路に落とされた時――夜叉白雪は正確に、私を傷を付けないように周囲の地面だけを破壊していた。人質としての立場からしても、Aの「斬れ」という言葉からしても、私を殺すつもりはないと分かる。
「狭い廊下で大規模な攻撃はしないはずだし、私だけを狙うという攻撃手段が分かってるなら、今度は避けられるかなって」
笑顔を浮かべて……
「私は天才の弟子だからね!」
得意気に言ってみせた。
……本音を言うと。あのスピードに反応出来るかは本当に賭けだったから、鏡花ちゃんが夜叉を止めてくれて助かった。
「ずっと、夜叉白雪には私の声は届かないと思ってた……」
鏡花ちゃんはぽつりと言う。
「大丈夫。ちゃんと届いたよ。夜叉白雪に、鏡花ちゃんの声」
夜叉白雪は、鏡花ちゃんの後ろで大人しくしている。
「ありがとう、私を守ろうとしてくれて」
「……守る?」
「うん。守ってくれた」
誰も傷つけたくない――その鏡花ちゃんの気持ちがあったからこそ、夜叉白雪を止められたのだから。
「……っ」
鏡花ちゃんはぎゅっと携帯を握り締める。それにはうさぎのストラップがついていて、大事なものなのだと気づく。
「鏡花ちゃん、改めて一緒に協力して脱出しよう!」
今度こそ、鏡花ちゃんは迷いなく頷いた。
その青く澄んだ瞳に、光が差す。
「この下にある、地下牢に閉じ込められているはず――」
まずは敦くん救出だ。敦くんが閉じ込められている場所へ、鏡花ちゃんに案内してもらう。
「若い男は売れるから殺されてはいないはず」
「そ、そっか。それなら安心だ」
慎重に向かう途中、そう鏡花ちゃんが言った。これからは、そんな事は無縁な世界にいてほしい。
思ったより、室内の警備は手薄だった。
気になって鏡花ちゃんに聞くと、Aは疑り深く、あまり人は雇わないから部下も少数らしい。こっちとしては好都合だけど……。
「向こうから誰か来る――」
鏡花ちゃんがいち早く警戒する。着物の裾に忍ばせた短刀を掴んで臨戦態勢を取る。
(順調にはいかないか……)
通路に隠れる場所はないから、来た道を戻るか戦うかの、二つに一つの選択肢だ。
そして、選択は決まっている。
「……大丈夫。みね打ちする」
小声で言った鏡花ちゃんの言葉に、無言で頷いた。
(…………っ)
息を呑んで、待ち構える。奥の角から曲がって来る――!
「敦くんっ!?」
「理世ちゃん!!」
現れたのは、敦くんだった。こちらに走ってくる敦くんに、合流するように駆け寄った。
「理世ちゃんも脱走できたんだね!」
ちょうど敦くんの首が目に入る。
「敦くんッ!なんで首輪してるの!?」
「あっいや、これは違うよ!?深いわけがあって……」
自らじゃないとその首輪を付けられないんじゃなかったっけ……!?
何やら事情があるみたいだけど。(それに、隣にいる男の子は……)
とりあえず、敦くんの首輪に触れて、"個性"で外す。
「ありがとう。やっぱり、理世ちゃんの"個性"なら――」
「!脱走者か!?」
!?
ここに来て見つかった!でも、敦くんと合流できたのは大きい。
「一先ず逃げよう!!」
敦くんの言葉に、今度は来た道を戻るように走り出す。
……みんな、走るの速い!
「私から逃げられるとでも思ったのか」
「……A!」
前から現れたのは、自称生まれ乍のここの王様。隣にいるもう一人は、あの扉を守っていた異形系の大男だ。
――挟み撃ちにされた。
「少々、君たちのことを見くびっていたよ。だが、ここまでだ」
前にはAと門番の二人に、後ろには男一人。突破するなら後ろかと思ったけど、銃を構えられる。
「時期に坂口安吾もこちらに来る。一人でのこのことな」
(安吾さんが……!)
「奴の言う事を聞かせるのに、リトルレディと鏡花の"個性"は使えるからな。そのガキ二名は廃棄処分だ」
(私の"個性"で、全員では逃げられない!戦うって言っても……)
――その時、パンッ!という銃声が響き、びくっと肩が震えた。音がした後ろを振り返る。
「俺が抑えている隙にっ今のうちにこっちから逃げろ!!裏口がある!」
「っカルマくん!!」
敦くんが名前を叫んだ。カルマと呼ばれた男の子が、後ろの男に飛びかかっていた。
「早く!!」
銃口が私たちに向かないように、必死にその手で掴んでいる。
「行く宛がないお前を拾ってやったというのに、恩を仇で返すか。せめて、残りの寿命を宝石に変えて私の財産の一部になれ」
「くぅっ……っぅあ!」
Aの言葉の後に、カルマくんは苦しみだす。力なく悶える体は、男に軽々と床に投げ飛ばされた。
踵を返し、手を伸ばす――
「お前も行け!!」
同時に、前にいた門番の大男が向かって来るのが、分かった。
私とは逆方向へ敦くんは走り出し、すれ違う瞬間、一瞬だけ視線が交差した。
――それは、0.数秒の出来事。
「このっ……!」
拳銃の男が私を捕まえようとするも、テレポートで簡単に躱せられる。飛んだ先は、苦しむ彼の目と鼻の先。
その首輪に、触れた。
「うおぉお!!」
首輪が床に落ちる音がした直後、背後から敦くんの力強い咆哮が響く。
「!?虎の腕……!?まさか、こいつを吹っ飛ばすとは……!」
Aの驚愕した声も続いて聞こえた。敦くんは普段はヘタレ男子だけど、"個性"はめっぽう強い!
「大丈夫?」
倒れたカルマくんに手を貸して、上半身を起こす手助けをする。
「本当に、首輪から開放されるなんて、奇跡だ……」
指先が、首に触れて確かめる。首には首輪の跡がくっきりついていて、長らくAの支配にあったと分かった。
「ありがとう……!君が外してくれた」
「間に合って良かった」
泣きそうな顔は笑顔になり、私も笑顔になって答えた。
――形勢逆転。
拳銃の男は、鏡花ちゃんが短刀で拳銃を真っ二つにし「夜叉白雪……」その後ろから夜叉白雪がみね打ちで気絶させた。(もしかして、鏡花ちゃんは夜叉がいなくても強いんじゃ……)
残ったのはAと手負いの異形の大男だ。Aの澄ました顔が歪む。
「……どうしよう、理世ちゃん。思わず"個性"で殴ってしまった」
前を見据えながら「これ、正当防衛になるかなあ」と、心配する敦くんに「誘拐されてるんだから大丈夫でしょ」そう私は軽く答えた。
「もし、怒られたら、一緒に謝ってあげる」
笑って言うと、敦くんからも笑みがこぼれる。
「貴様ら調子に乗るなよ。ここは私の城だ」
打って変わって、Aは余裕の表情を浮かべた。銃をこちらに向けて、もう片方の手には無線機のようなものを持っている。
さすがに、応援を呼ばれたら……
「そこまでです」
その場に、凛々しくも厳しい声が背後から届いた。私もよく知る声……。でも、怒っていると分かるその声色は、初めて聞いた。
「――!?坂口安吾……くっ!!」
Aが名前を呼ぶと同時に、銃弾がその手に持つ拳銃を弾いた。
銃口は真っ直ぐAに向けながら、安吾さんはゆっくりこちらに向かって歩いて来る。
正確無比に、今度は無線機を弾いた。
「何故、ここに……監視カメラで確かに指定場所に現れたと確認した!部下からも報告があった!」
「あなたは誘拐した彼女を少々甘く見ていたようですね」
あっと声を上げる。安吾さんが手に持っているのは、私のスマホだ!
「予めスマホにメッセージを打ち込み、電波がある所まで飛ばしたのでしょう。それを見た、彼の名探偵がすぐにここの居場所を突き止めました」
「情報では、娘にそこまで力はなかったはずだ……!」
「子供の成長は早いんですよ。それに――」
安吾さんはそこで、一旦言葉を切る。
「なんてたって、私の自慢の弟子だからね」
「「太宰さん!!」」
敦くんと同時に名前を呼んだ。コートのポケットに両手を突っ込んだ太宰さんが、そこにいた。
「太宰……?まさか……いや、その姿、生きていたのか……?」
「……?」
Aが戦くように呟いている。太宰さんの事を知っている……?
「情報というのなら、あなたは武装探偵社の情報も、もっと調べるべきでしたね。あの監視カメラの映像……いえ、あの現場に僕が現れたこと自体、フェイクです」
「フェイクだと……!?」
驚くAに、安吾さんは続ける。
「谷崎くんの幻覚の"個性"ですよ」
そうだ――潤くんの"個性"は《細雪》
辺りに雪を降らせ、その空間だけ幻覚を見せる"個性"だ。(監視カメラまで誤魔化すなんてすごい……!)
「谷崎の名は知っている。だが、ただの下っぱだと……」
確かに潤くんは、武装探偵社では一番の新人だけど、その"個性"故に目立つ活動はなく、"個性"の実態が知られていないのは確か。
「……私は、王にはなれなかったのか」
Aはがくりと膝を落とす。はらりと床に落ちたのは、スペードのKINGのカード。
彼があっさりと敗北を認めたのは、意外だった。
……――違法カジノは、警察が取り締まり、他の部下たちは、表から警察と共に突入した織田作さんによって伸されていた。
私たちに"個性"を見せる為に宝石にされた男は、太宰さんが宝石に触れると"無効化"によって生き返るという奇跡が起きた。
どうやら、体が無事だったおかげでそのまま命が戻ったらしい。「罪を償う為にも、生きていてくれないと……」敦くんの言葉に、私も同様だと頷いた。
手っ取り早く他の人たちの首輪も、太宰さんと一緒に"個性"で外して行く。
「サンキューな、ひよっこ」
「ひよっこじゃないです〜」
駆けつけた、二代目探偵社担当の刑事さんこと箕浦さんにお礼を言われた。
ひよっこと呼ばれてひよっこじゃないと返すのは、お決まりのやりとりだ。
何故ひよっこなのかは、箕浦さんは私を乱歩さんの弟子だと思い込んでいるからだ。(私の師匠は太宰さんなんだけどね〜)
その太宰さんは、手錠をかけられたAに何やら話しかけていた――
「やあ、A。久しぶりだね。ふふ、私を見る目が、まるで亡霊を見るような目だ。安心したまえ、ちゃんと足はある」
「……貴様は死んだと思っていたが」
「残念なことに、まだ死ねなくてね。どうも私は"死"に嫌われているらしい。君の方こそ、裏カジノを経営する立場より、昔のように天才ギャンブラーとして、カジノを荒らしていた方が性に合ってたのではないかな」
「……フ、そうだな。私のイカサマを唯一見抜いて勝利したのが、貴様だった。貴様が武装探偵社にいる時点で、私の計画は破綻するのは明確だったというわけか。……しかし、太宰が生きていて探偵社にいるなど、情報を入手できなかったが一体何をしたんだ?」
「うふふ、企業秘密さ」
「……。その薄気味悪い笑顔も相変わらずだな。虫酸が走るよ」
「君のその揃っているのか揃っていないのか、はっきりしない前髪もどうかと思うよ?」
(……なんか、二人して薄気味悪い笑顔を浮かべてるけど、どういう知り合いなんだろう)
「――理世」
遠目から太宰さんたちを見ていたら、声をかけられた。先ほどのキリッとした表情とは裏腹に、安吾さんは申し訳なさそうな顔をして立っている。
「すみません……。私の立場があなたを危険な目に合わせました」
「私、安吾さんを心配してたから無事で良かった」
「それは、私の台詞では……」
安吾さんは困ったように笑う。
「私のせいで安吾さんが敵の言いなりになったり、危険な目に合ったりする方が嫌だよ」
私が油断して捕まったのが原因だから、これからはもっと気を付けないと。(……でも、鏡花ちゃんと出会えた)
「それについては安心してください。私はあなたの命も、私の情報も易々と奪われるつもりはありませから」
これでも最年少参事官補佐なんですよ、と珍しく得意気な笑みを浮かべる安吾さん。最年少……!
「安吾さん……超かっこいい」
さっき銃を構えていた姿とか。新しい安吾さんの姿を見られて、私は嬉しかった。
「あ、あの、安吾さん……」
続いて敦くんが、照れているらしい安吾さんにおずおずと声をかけた。
「ああ、敦くん。君にもお礼を言わなくてはですね」
「このことは学校に言いますかっ!?」
敦くんは勢いよく聞いた。敦くんの顔は青ざめてアワアワしている。
「僕の担任の先生、めちゃくちゃ厳しくて……。事情があるにせよ、一緒に誘拐されたと知られたら除籍にされるかも……」
じょ、除籍……?
「登校する度に、一人、二人と除籍されて、生徒が減っていって……」
「雄英って生き残りをかけたデスゲームでもしてるの……?」
その担任の先生の教育方針で、見込みなしと評価されたら、容赦なく切り捨てられるらしい。おっかなっ!
「大丈夫ですよ。特に敦くんに問題行動はありませんし、特別学校の方に連絡が行くことはありません」
その言葉に、敦くんは心底ほっとした顔をした。
「あ……そうだ。安吾さん、鏡花ちゃんたちは……」
鏡花ちゃんやカルマくんの罪は正犯というものになるらしい。(指示したAは、教唆犯)二人は未成年という事で、例え他に余罪があろうと、施設への入院になるだろうと安吾さんは言った。
「――鏡花ちゃん、カルマくん」
二人が警察に連れて行かれる前に、お願いして、少しだけ箕浦さんに話す機会をもらった。
「会いに行くね!敦くんと一緒に」
「二人とも、体調には気を付けてね」
「普通の見送りだな、敦」
「……待ってる」
カルマくんは屈折のない笑顔を浮かべて、鏡花ちゃんの表情は乏しいけど、その瞳に暗い色はもうない。
「理世」
「救けてくれて、ありがとう」
「……っ」
初めて名前を呼ばれて、初めて見た鏡花ちゃんの笑顔を――私は一生忘れないと思う。
「っうん!」
その笑顔を守るのがヒーローの仕事だとしたら……とても素敵なお仕事だ。
「あなたも……。あなたならヒーローになれると思う」
「ありがとう、鏡花ちゃん。頑張るよ」
嬉しそうに答えてから敦くんは「まずはちゃんと卒業しなくちゃ」と、付け加える。
「敦はもうヒーローだよ」
「へ?」
カルマくんの言葉に、敦くんはきょとんとする。
「俺のヒーロー!ありがとう、命を懸けてまで、俺たちを救けてくれて」
もちろん理世も、と私にもカルマくんは言ってくれた。「実は、私もヒーロー志望なの」そう笑顔で答える。
「……はは」
何よりも嬉しい言葉をもらったねって、あれ?敦くん……
「泣いてるの?」
「な、泣いてないよっ」
「泣いてないの?」
「泣いてない」
「泣いてる?」
「泣いてます!」
***
……――あとから知った話。
鏡花ちゃんのご両親は、お父さんは特務課のエージェントで、お母さんは元プロヒーローだったという事が分かった。
Aの話と食い違っていたのは、確かに両親は恨みを持った敵に殺されたけど、その際『血を媒介して操る』"個性"によって、二人は同士討ちで殺されたという悲惨な話だった。
鏡花ちゃんのお母さんは、娘の鏡花ちゃんに危害が及ばないように、咄嗟に自身の"個性"の夜叉白雪で自害したのではないかという話が有力だった。
そして、鏡花ちゃんは敵に拐われ、行方不明に……。
何も知らない幼い鏡花ちゃんがその光景を見たら、夜叉白雪にお母さんが殺されたと見えても仕方がない。
この真相は、鏡花ちゃんの様子を見て伝えられると安吾さんは言った。
「彼女の父親は優秀な方だと聞きます。彼女の母親も……。そして、何より娘を大事に思っていた。今後は受け継いだ夜叉の"個性"が彼女を守るでしょう」
あなたのように――。
安吾さんのその言葉に、記憶の中の両親の優しげな顔が思い浮かんだ。
鏡花ちゃんが夜叉白雪のコントロールができなくて、他者が電話から操作出来たという現象については、"個性"を否定する強い思いが作用したのではないか、という推測らしい。
"個性"は身体能力で、心とも密接に繋がっているから――と。
そして、カルマくん。
カルマくんは外国から来たので、母国に送還されるという。
……――私と敦くんは、その見送りに港に来ていた。
青空の下、カルマくんが船の上から大きく手を振って、私たちも振り返す。
「俺、ちゃんと反省して、二人みたいにもう一度、夢を追いかけるよ!!」
夢?カルマくんの夢って……
「かっこいいマフィアのボスになるのが俺の夢!!」
「「え、えええぇ…………!!」」
敦くんと同じように、すっとんきょんな声が出た。マフィアのボス!?
「たぶん、マフィアでも良いマフィアになるんじゃないかな」
「確かに。ダークヒーローもいるんだから、良いマフィアもいるよね!」
きっと。だって、あんなに良い笑顔で宣言されたら……そう思えてしまう。(隣にいる付き添いの刑事さんも困惑してて面白い)
「元気でなーー!!」
「カルマくんも〜!!」
「また会おう!!」
カルマくんの、今後の人生に幸がありますように……。私は祈るように、小さくなっていく船を見つめた――……。
***
「――……ちゃん……理世ちゃん、起きて」
「……あ、あれ?」
「もうすぐ駅に着くよ」
敦くんの言葉に、私はいつの間にか眠っていたらしい。しかも、敦くんの肩をがっつり枕がわりにして。
日曜日――。
今日は鏡花ちゃんの施設からの退院が決まって、そのお祝いに敦くんと会いに行く途中だ。
「ごめん、敦くん〜」
「はは、いいよ。ヒーロー科は土曜も6限まであるし、ハードだよね」
僕も日曜日は疲れていたから思い出すよ、と敦くんは微笑む。
「思い出すと言えば……」
「うん?」
「鏡花ちゃんたちに会った時の夢を見てたかも」
「ああ!懐かしいなぁ」
「カルマくん、元気かな」
「マフィアに向けて勉強してるって手紙が来て以来だね」
「結局マフィアに向けての勉強ってなんだったんだろうね〜」
「これは本人に直接聞いてみないと分からないかも」
笑い合いながら、電車を下りる。
最寄り駅からバスに乗って、少し歩いた静かな場所に施設はあった。
面会希望と手続きを踏んで、通された部屋は、日射しが届く明るいラウンジのような場所だ。
「――理世!」
パタパタとこちらに走ってきた鏡花ちゃんに、椅子から立ち上がって、笑顔で迎える。
「鏡花ちゃん、元気だった?」
「うん。二人は?」
「僕たちも見ての通り元気だよ」
「なかなか会いに行けなくてごめんね」
「代わりに電話をくれて嬉しかった。体育祭、テレビで見て……」
体育祭、残念ながら優勝はできなかったけど……
「観ていてドキドキした。……楽しかったんだと、思う……」
少しずつ、感情を表現出来るようになってきた鏡花ちゃんが、何より嬉しい。
「来年は、一緒に会場へ応援に行こうか」
敦くんの言葉に「行きたい」と、嬉しそうに鏡花ちゃんは頷いた。
これから、鏡花ちゃんはどこへでも自由に好きな所に行ける。
「来年……」
きっと焦凍くんは本気で、爆豪くんは完璧な勝利を目指して――。でっくんや心操くんは、あっと驚く成長をしているかも知れない。
お茶子ちゃんも皆も、もっと強くなって、その中で一番になるのは困難だけど。
「負けられないねぇ」
私も、来年はもっと強くなるから。
「鏡花ちゃん、他に行きたい所はある?遊園地とか動物園とか」
「動物園……兎、見たい」
「そしたら、ふれあい動物園かな?」
「横浜にあるよね。小さい頃、家族と行ったことあるよ。今度はみんなで行きたいな」
――そして、この先の未来を、みんなと素敵なものにしていくんだ。