個別水泳授業

 ヘリによる水辺救援訓練、したかったなぁ。まさか、今年初のプールが水泳授業になるなんて――。

 相澤先生に連れて来られたのは、初めて訪れる室内プール施設だ。"個性"訓練も考えられているようで、様々なタイプのプールが用意されていた。

「とりあえず、水着に着替えて待ってろ」

 相澤先生の言葉に従い、支給された水着に着替える。
 一般的な紺のスポーツタイプのスク水で、白と赤のラインが横に入った体操服と似たようなデザインだった。

 着替えて待っていると、程なくして相澤先生は戻ってきた。てっきり、相澤先生も水着に着替えてきたのかと思ったけど……。

「ミッドナイト先生に指導をお願いしたから、ちゃんと教わるんだぞ」
「あれ、相澤先生が教えてくれるんじゃないんですか?」

 まあ、相澤先生は厳しそうだからそれはそれでよかったけど。

「最近は何かとコンプライアンスがうるさいからな……」
「女子生徒と個別で水泳授業なんて、変な噂が立ったら困るでしょ?」

 そう言いながらミッドナイト先生が現れた。

「私は面白そうだから良いけど」
「よしてください」

 登場シーンには謎のセクシーなポーズがお決まりなのか。そして、普段の格好と似たような際どい水着姿。

「ミッドナイト先生の水着姿はコンプライアンス的に問題ないんでしょうか」
「ふふ、若い子にはちょっと過激かしら。これ、素肌じゃなくてコスチュームと一緒のごく薄タイツ付きの水着よ」

 ちゃんと防水加工らしい。いや、問題はそこじゃない気が……。

「俺は他人の趣味にどうこう言わん」
「あ、やっぱり趣味なんですね」それ
「……結月さん。あなたもMt.レディと一緒で、私が良い歳して趣味でこんな格好していると思っているのかしら?」
「まさかぁ〜あの生放送でのミッドナイト先生の『セクシーさが必要かどうかではなく、必要を求めた結果、セクシーという評価に繋がっている』という意見、すごく感銘を受けましたっ!」
「あら、ちゃんと分かってるじゃない」
「…………」

(ふぅ、危なかったぁ〜危うく余計な火の粉が降りかかるところだった)

 どうやら……ミッドナイト先生はMt.レディと一緒にゲスト出演した、生放送番組の一件をまだ根に持っているらしい。
 たまたま観てたけど、後半放送事故で正直どっちもどっちというか……。
 そもそも、きっかけの発言したのは「趣味」と言いきった相澤先生じゃ、他人事みたいに呆れ顔しているけど!

「じゃ、ミッドナイト先生。結月のことを宜しくお願いします」
「ええ、まかせて」


 ――こうして、ミッドナイト先生とマンツーマンでの水泳授業が始まった。


「ほら、腕を伸ばして!もっと角度を色っぽく!」
(色気関係なくない!?)

 ミッドナイト先生の指導はスパルタ――ではないけど、見た目を美しくとか、とにかく細かい。むしろ、ひとつひとつの動作に注意を受けてヘトヘトだ。

「ミッドナイトせんせ〜少し休憩しませんか〜?」
「そうね……少し休憩しましょうか」

 プールから上がって、縁にふうと腰を下ろす。疲れた。ミッドナイト先生もその隣で脚を組んで腰をかけた。

「泳ぎ方は不格好だけど別に泳げないってわけじゃないのね」
「(不格好……)まあ、浮いたりとかはできるし、水が怖いとかもないですから」
「なんで今まで泳げなかったの?」
「泳ぐの疲れるじゃないですか」
「……。ある意味、清々しい理由ね」

 だって、テレポートで水の中でも移動できるし。感覚を掴むのは難しいから、障害が多い水中は危ないけど。

「――そうだわ」

 隣でミッドナイト先生は、何かを思い付いたというように声を上げた。なんだろう。疲れない泳ぎ方でも……

「良い機会だから、何かお姉さんに相談したいことはないかしら?」

 違った。

「……お姉さん?」
「なにか」

 いや、普通に女の先生にお姉さんは違うかなぁと。

「恋愛相談とか恋バナとか、青春的な話はない?」

 ウズウズしながらミッドナイト先生は聞いてきた。

「それって先生が聞きたいだけですよね……。ご存じの通り、ヒーロー科は授業が忙しくてそんな暇ないですよ〜」

 それに、担任はあの相澤先生だ。恋に現を抜かして脳内お花畑にでもなったら、除籍の可能性もあり得る。

「青春を謳歌するのも大事なことよ。イレイザーはよく『時間は有限』って教えるけど、何もヒーローに限ったことだけじゃないわ。後悔しないように、その辺は貪欲に上手くやるのよ」

 後悔しないようにって難しいなぁ。だって、後悔先に立たずだもの。

「ミッドナイト先生は何か後悔したことがあるんですか?」
「そりゃあこの歳になればいっぱいあるわよ。軽いものから重いものまで」

 そう答えながら、からりと笑う。

「雄英が現役プロヒーローにこだわるのは何でだか分かる?」
「実績と信頼を掲げる為ですか?」
「それは学校の謳い文句ね」

 間違っちゃいないけど、と苦笑いを浮かべるミッドナイト先生。うーん、あとはカリキュラムの質が上がるからとかかな?

「ノウハウ面だけでなくて、実際のヒーローとして生きてきた人生経験を、生徒たちに教えられるでしょ」

 そう言って、ミッドナイト先生はパチンとウィンクした。

「じゃあ……女性ならではのヒーローとしてのアドバイスってありますか?」

 相澤先生やオールマイト先生はもちろん、敦くんや龍くんからヒーローとしてのアドバイスは貰っているけど、同性ヒーローからのアドバイスはなかなか貰える機会がないから貴重だ。

 そうねえ……と、ミッドナイト先生は人差し指を口元に当てて、暫し考えてから。

「強かになることね」

 そう、一言答えた。

「したたか、ですか」

 意外な答えだと思った。強かって聞くと、あまり良いイメージは思い浮かばないし。

「ヒーローなんて、困難に立ち向かってナンボだからね。強かって、本来の意味は「粘り強い」とか「手強い」って意味なんだけど、そこには計算高いとか精神的に強いとかの意味も込められているの」
「……なるほど」

 それらの強さを全部引っくるめて『強か』と――。

「なんか、かっこいいですね!」

 そして、現役ヒーローだからこそ、確かに説得力のある言葉だと思った。

「ただ単に強くあれより、強かの方が女性らしいでしょ?」
「確かに!小悪魔系女子を思い浮かべます」
「女はちょっとワルの方が魅力的なのよ。フジコちゃんみたいな」
「フジコちゃんって古くないですか?」

 知っているけど。

「古……っ!?……じゃあ今のフジコちゃんに代わるキャラってなんなのかしら?」
「ん〜……ベルモットとか?」

 フジコちゃんは唯一無二なのよー!!と、ミッドナイト先生は叫んだ。

「…………楽しそうに何の話をしてるんですかね」
「「あ」」

 その時、ちょうど良いタイミングで現れた相澤先生。眉間にはシワが深く刻まれている。やばっ!こっそりミッドナイト先生と顔を見合わせ苦笑いした。

「今ちょっと休憩してただけで、ちゃんと泳げるようになりましたよ、私」
「ええ、泳ぎ方は不格好だけど」

 絶対サボってたと思っている相澤先生に、弁解する。(不格好……)

 そして、論より証拠で泳いでみせた。

「……。おい、半分も泳げてねえが」
「いや、泳げてますけど、プールの端と端が遠すぎる問題ですね」
「それは泳げてるとは言わん……。結月、この夏中にせめて半分まで泳げるようになれ。課題」
「えーーー!!」

 水泳は私の適材適所じゃないのにぃ!

「(この子は強かより、まずは体力を付けることね……)」


 そして、残り時間まで泳がされて、体力の限界……!!


「結月〜生きてるー?」
「……死んでる」


 私の特訓ついでに、三奈ちゃんたちとプールに行くのはまた別の話。



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