前日譚:期末試験A組編

 期末テストを間近に控え、生徒たちが各々備えるなか、相澤消太はペンとバインダーを片手に隠密活動を行っていた。

(峰田……ミッドナイトの授業の時はあんな生き生きしてんのか。どうしようもねえな……突くならそこだな)

 時には気配を消して、授業をこっそり覗き……

(口田は放課後、周囲の動物たちとコミュニケーションを取っているのか。感心だが、確かあいつは動物だけじゃなくて……)

 時には放課後の生徒の様子を観察する。

(八百万……体育祭以来、ヒーロー基礎学の調子が悪いな。まだ引きずってんのか)

 時には野外授業を遠くから眺めた。

 風が吹き、首に巻いた捕縛布が靡く姿は、さながら忍である。

 何故、彼がクラスの生徒たちを観察しているのかというと、期末テストの演習試験による組合わせを決める為だ。

(爆豪……思った以上にこじれてんな)

 教室から出てきた爆豪の後ろから、スッと相澤は姿を現す。教室内での喧騒は、相澤にも聞こえていた。紙にすらすらと何やら書き込み、再びドアが開くとフッと身を隠す。

「結月、帰りはどうするんだ?」
「え、電車だよ〜?」
「念のため途中まで一緒に帰ろうぜ!」
「(切島くん、もしや私が海渡って帰ると……)」

 その二人のやりとりに――どうやら切島も、彼女がちゃんと電車で帰るか心配していたらしい。相澤同様に。
 
(切島は普段からよく周りを見ているな。だが、その熱くなる傾向の性格から、戦闘でも同じぐらい周囲を注意できるかだな)

「あっ唯ちゃんだ!勉強会誘ってくれてありがとう〜」
「ん」
「またね〜」
「ん」
「あの子、すげー無口だよな……。ん、しか聞いたことねぇ」
「そこが良いんだよぉ、唯ちゃん」

(結月はB組とも仲良いのか)

 クラスでも何かと中心的な存在ではあったが。まあ、彼女の"個性"的には向いてる性格なのかも知れない。(いっそのこと、B組に混ぜても面白いかもな)

 ある程度情報は入手したが、骨が折れるのはここからである。


 ――職員会議。


「組の采配についてですが……」

 相澤はここ数日思案して決めた、演習試験の組の発表する。

「まず、芦戸・上鳴の二人。良くも悪くも単純な行動傾向にありますので……校長の頭脳でそこを抉り出して頂きたい」
「オッケー」

 隣に座る根津がフレンドリーに答えた。

「切島と砂藤は真っ向勝負を挑む傾向があり、熱くなりやすい。苦手な持久戦に持ち込み、気づきを与えてやって下さい――セメントス先生」
「了解。それでは、とびっきり高い壁を用意してあげようかな」

 同列の奥に座るセメントスが、相澤を見ながら言う。「穏やかなやつほど本気出すと怖ぇからな〜」と、プレゼント・マイクがひゅうと口笛を吹いた。

「反対に、物事を冷静に対処できる尾白。圧倒的不利な状況下でどう対応するか、同じく機動力に自信がある飯田と組ませますんで、パワーローダー先生は、自由にステージにトラップを仕掛けて下さい」
「それでステージが土壌地帯なんですね」

 書類を見ながら13号が納得と頷く。

「くけけ……お言葉通り、好きにさせてもらうよ」

 独特の笑みと共に、パワーローダーは答えた。

「スナイプ先生は障子と葉隠を頼みます」
「索敵と隠密活動に優れた二人だな」
「ええ、遠距離からノーモーションで、さらに範囲攻撃のできる相手は彼らにとって天敵でしょう」
「では、存分に彼らの弱点を炙り出すとしよう」

 スナイプは静かにそう言うと、再び沈黙する。

「続いて。常闇と蛙吹ですが……」
「体育祭で3位の子に、蛙吹さんは成績を見る限り優等生そうな子ね」

 書類片手に言ったのはミッドナイトだ。

「方や戦闘に、方やサポートに優れている二人です。常闇は体育祭のトーナメント戦で分かるように、ダークシャドウの射程範囲と素早い攻撃が強みであり、裏を返せば間合いに入られると脆い」
「我ノ"個性"ナラバソレモ可能」

 エクトプラズムの言葉に、相澤は静かに頷いた。

「蛙吹は成績通り、欠点という欠点がないバランスが良いタイプです。常闇の僅かな欠点を冷静にカバーできるか。エクトプラズム先生は数で翻弄してください」
「デハ、事前ニカラオケヘ行クトシヨウ」
「お、エクトプラズムもやる気満々じゃねえか!カラオケなら付き合うぜ!」
「別にカラオケに行かなくてもその辺で歌えば良いんじゃない」

 真面目に言った(本人的には)エクトプラズムに乗っかるプレゼント・マイクに、身の蓋もなく言うミッドナイトだった。

「次に、青山と麗日は13号――」

 脱線しそうな話を、早々に相澤は戻す。(ほっとくと延々に無駄話するからな……)

「"個性"から見ても意外な組合わせのような……」

 ヒーロー基礎学を受け持ち、生徒をよく知るオールマイトが疑問を口にする。

「特に二人に共通点はありません。だからこそ、あえて組ませました」

 ほう……と、皆は興味深そうに相澤の話に耳を傾ける。

「麗日は仲の良い友人と固まることが多い。特に結月、緑谷、飯田……三人ともタイプは違えど、自主性が高いのでどうしても一歩遅れてしまう。何を考えてんのかよく分からん青山と組ませることで」
「「(何を考えてるかよく分からい……!!)」」

 担任がそれを言った。

「いかにチームワークを築き、自主性を発揮できるかが課題です」
「(相澤くん、よく生徒たちのことを見ているな……!)」

 生徒同士の関係に。その洞察力に、オールマイトはこっそり舌を巻く。

「なるほど……では、僕は二人の妨害に徹しましょう」

 13号は相澤の説明に納得し、責任感のある声で答えた。

「ちなみに、そのよく分からんブルーマウンテンボーイの課題は?」

 そのあだ名はどうだろう……。一部の者たちはそう思ったが、特に指摘する者はいない。

「青山は……"個性"は一辺倒なため、13号の《ブラックホール》で無効化された際、どう立ち回るかが課題だ」
「「意義なし!」」

 全員一致で声が揃った。

「耳郎と口田は……」
「フゥー!俺の出番ってわけか!ロック&ボイスをかき消すスペシャル爆音ライヴをお届けするぜ!」

 相澤の言葉を遮って、テンション高く声を上げたプレゼント・マイクに(うるせぇ)相澤のこめかみに青筋が浮かぶ。

「まあ、そのお二人の"個性"なら、プレゼント・マイクさんが適任ですよね」

 場の空気を読んで、自然にフォローするように13号は言った。周りの者たちも同意するなか、再びプレゼント・マイクは口を開く。

「だが、一つテンションダウンな問題があるぜ、イレイザー。ステージが俺のスペシャルライヴに相応しくねえ」
「試験はお前のライヴじゃねえからな」
「なんでステージが森なの!?俺が森モリしたとこ好きじゃねえの知ってんだろォ!?」
「(知ってんが)知るか」
「「………………」」

 再び微妙な空気になり、13号のフォローは無駄に終わった。
 そのステージを選んだのにも、ちゃんと意味があるが……その真意を相澤がプレゼント・マイクに言う事はない。
 相澤はブーブー不貞腐れるマイクを無視して、次に進む。

「では、ミッドナイト先生」
「あら、ようやく私の出番ね」

 色っぽく答えたミッドナイトだ。

「峰田は女性に対する煩悩がありすぎるので、そこんとこ痛い目みさせてください」

 冗談のようにも聞こえるが、相澤は真面目だった。「見た目無害そうなマスコットキャラみたいなのに」13号はぽつりと呟く。

「ふふ、いいわよ。ただ……トラウマ植え付けちゃったらごめんなさいね」
「お任せします」

 ミッドナイトの言葉に、間髪を入れずに相澤が答えたのは、投げやりだからではない。口ではそう言っても、ミッドナイトが教師としての自覚をちゃんと持っているからだ。

「瀬呂は協調性や咄嗟の立回りなど、状況を読む能力が高い。遠距離必須のミッドナイト先生とどう戦い、峰田の暴走をカバーするか、そこんところ宜しくお願いします」
「「(暴走……)」」
「残りは五人か……イレイザーは推薦入学者の二人の相手をするんだな」

 ブラドキングの問いに、相澤は目で答えてから口を開く。

「轟。一通り申し分ないが、全体的に力押しのきらいがあります。そして、八百万は万能ですが、咄嗟の判断力や応用力に欠ける……よって俺が"個性"を消し、近接戦闘で弱みを突きます」
「「意義なし!」」

 スムーズに決まり、最後の組だ。

「次に緑谷と爆豪ですが…………オールマイトさん頼みます」

 意味ありげに少し間を置いてから、相澤は向かいの席に座るオールマイトに言った。

「この二人に関しては能力や成績で組んでいません……偏に仲の悪さ!!」

 ある意味、説得力ある組合わせにオールマイトは「ムムム……」と、唸る。

「緑谷のことがお気に入りなんでしょう。上手く誘導しといて下さいね」
「(相澤くん……本当によく見てるよ君……!)」

 見透かされていた――再びオールマイトは「ムムム……!」先程より深く唸った。

「A組は21人で一人余るが……」
「結月さんね」

 ブラドキングの言葉に、ミッドナイトが答える。

「結月は正直、難航しましたが……」
「"個性"が試験を有利に進められる《テレポート》ですもんね」

 難航した理由の一つを13号が言った。

 他には誰と組ませても相性的に問題ない反面、対する教師との"個性"の相性など。先に明確な課題がある者たちを組にしていったら一人余ったせいもある。

「そもそもなんでA組は21人なんだっけ?」

 えらく今さらな事をプレゼント・マイクは口にした。
「………………」
 皆は考え込むように黙る。
 
「今年は良い人材が多く、枠を増やす視野も入れ、試しに一名余分を取ったと聞いたが……」

 スナイプの言葉に「私も」「僕もです」そうミッドナイトと13号から声が上がった。

「我ハ、ヒーロー公安委員カラノ特別推薦枠デ、一名ネジコマレタトキイタ」

 エクトプラズムの発言に「やべーじゃん!黒い繋がりじゃん、それ!」プレゼント・マイクは興奮しながら驚く。

「くけけ……それ、ただの根も葉もない噂だよ」

 すぐにパワーローダーが訂正した。

「なんだよ〜噂かよ!」

 プレゼント・マイクは何故か残念がった。(残念がるな、馬鹿)
 ある事ない事、話が広がる前に、相澤は真実を口にする事を決める。

「今回、実地試験で同率一位が二名いた為、21人目がリストの20人目に収まった。それに気づかぬまま諸々手続きを進め、気づいたのは受験者に合格通知が届いた後らしい」

 相澤の口から語られる真実は、呆気ないほど大した事ないものだった。

 むしろ、ただの人為ミスによるもの。

 相澤同様、真実を知っていたブラドキング以外の一同が「Oh……」と、言葉を失った。

「同率一位なんて初めてのことだったもんね……」
「一時期、事務の方々が殺伐としてたのはそのせいでしたか」
「そこで校長が急遽、隠……――一名枠を設ける事にした……ですよね?」
「(相澤くん!わざと隠蔽と言いかけたな!!)」

 オールマイトが「命知らずめ!」と戦くなか、今までそ知らぬ顔をしていた根津が「ハハッ」笑った。

「今年は良い人材が豊富なのも間違っちゃいないさ。ということで、皆はこの話を墓場まで持っていくように」
「「……………………」」

 最後のは、根津のアメリカンジョークとして……真実を知ったところで話は戻る。

「彼女も、蛙吹という生徒と同じように欠点らしい欠点がないようだな。俺が空いているから、難易度上げて一対一での試験にするか?」

 ブラドキングの申し出に相澤は「いや」と、拒否した。

「ブラドキングさんではあいつを押さえることは無理ですね」
「なっ……!」生徒自慢か!?
「ちなみに結月の欠点は体力です」
「……体力?」

 ムッとしたり怪訝としたり、忙しいブラドキングをよそに「そういえば、そうだったわね……」ミッドナイトは、以前、泳ぎの練習に付き合った事を思い出して言った。

「では、結月少女は私のチームにどうかな?彼女は緑谷少年と仲が良いし、爆豪少年ともきっと上手くやれるだろう」

 オールマイトの提案に「いえ」と、再び相澤は拒否する。

「結月は轟・八百万チームに入れ、俺が相手します」

 結局、"個性"も性格もよく知っている自分が相手をするのが一番良いと、相澤は結論に至った。

 しかも、自分は彼女の"個性"に有利な"個性"だ。

 それに、結月と八百万は同中学出身。
 八百万が抱えてる劣等感の膿を出し切るのにもちょうど良いだろう。推薦入学の話は二人に来たが、結月が蹴って、八百万に決まったと聞いているからだ。(それも、あいつら次第だが……)

「いやいや、緑谷少年と爆豪少年の仲を取り持ってもらうのに、結月少女はこっちのチームに入れよう?確かに彼女の"個性"は厄介だが、そこは私が力押しで……」
「結月はうちのクラスの生徒です。あいつの性格も"個性"もよく知っている俺が、徹底的に追い詰めます」
「それを言うなら結月少女は私の友人の〜〜」
「今は友人、関係ないでしょう」

 一歩も引かない二人に、他の者たちの顔に呆れが見え始めた頃……。
 愛くるしい見た目とは裏腹に、この中で一番権力ある根津が口を開く。

「んー……じゃあ、いっそのこと両チームに入れちゃおうか」

 鶴の一声だった。この埒が明かないやりとりに終止符が打てればと、皆「意義なし!」と答える。ついでに「課題は体力で」という適当感が見え隠れしながら、結月理世の試験内容は決まった。(……まあ、あいつの長所を伸ばすのにも良いか)


「では、次はB組の采配だが――」


 ブラドキングが口を開き、会議は後半に続く。



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