ある日の放課後、心操くんと"個性"の特訓しようと約束した。
「お疲れ、心操くん!」
「結月さん、体操服で来たのか」
「準備ばっちりでしょ」
場所はグラウンド。
じゃあ、始めようか!まずは心操くんの"個性"で、何が出来て何が出来ないかの再確認だ。
「………………………………洗脳……、解かれた瞬間……、超疲れてるんだけどぉ」
ぜえぜえ、と息を切らしながら、地面に膝と両手をつく。
「そりゃあグラウンド半周走らせたからな」
「そんなに!?私、生まれてから……そんなに、走ったの……初めてだ……!」
「嘘つ……マジか」
ぼんやりモヤがかかっていた感じで、まったく走った記憶はない。
「ほら、水」「……ありがとう……」
心操くんからもらったペットボトルの水で喉を潤し、息を整えてから口を開く。
「運動嫌いの私を走らせるなんて、洗脳自体は強力だね。意識あったら私、走らないもの」
「受動的な命令は可能みたいだ。ただ、やっぱり本人が出来ることしか出来ないみたいだな。……バク転しろという命令は出来なかったからな」
そんな命令を!
「ちなみに"個性"を使えば出来るよ〜」
動き一つずつを"個性"で同じ場所に現れるようにすると、まるでパラパラ漫画のようにバク転したように見える。
「ね」
「むしろ器用だな。さっき、受動的な命令は可能と言ったけど、能動的なのはやっぱり無理だったな」
「どんなの?」
「「はい」と言えという言葉には「はい」と答えたけど、「思い浮かんだ数字を言え」には反応なし」
……なるほど。じゃあ、例えば敵の"個性"や秘密を聞き出すとかは出来ないって事か。
「あとは電話越しはだめって言ってたよね」
「ああ。たぶん、肉声じゃないとだめなのかも知れない」
電話越しや機械越しでも大丈夫なら、活用法の幅は広がるけど……あ。
「でも、電話って本人の声じゃないって聞いたことある。拡声器とかは?」
「拡声器は試したことがないな」
「じゃあ、試す価値ありだね。私、拡声器借りてくるから待ってて!」
テレポートする先は、職員室だ。
「あっおいって……行っちまった」
なんだかんだ、結月さんには世話になってばっかりだな……
「おまたせ!」
「っ!本当に早いんだな……」
驚く心操くんににっこり笑う。
「拡声器なかったからプレゼント・マイク先生のマイク借りて来た」
「っ!?よく貸してくれたな……」
私の手に持つマイクのマイクを見て、驚く心操くん。
「……まさか、強奪して来たんじゃないよな?」
「失礼だなぁ!ちゃんと許可得て借りて来たよ――……」
『プレゼント・マイク先生!そのマイク少しだけ貸してくれませんか!?すぐにちゃんとお返しします!私……一度で良いから、プレゼント・マイクという素敵でCOOLなヒーローになりきってみたいんですっ!』
『くぅ〜〜!!いいぜ!貸す!!……ここをな、操作すると声量の調節が……』
「褒め落としかよ。(チョロ過ぎるだろ……プレゼント・マイク)」
続けて「まあ、疑って悪かったよ」と、素直に心操くんは謝ったので許す事にしよう。
「はい、使い方も教えてもらったから……心操くん、試してみて」
私の手から受け取り、心操くんは首に付ける。なかなか似合っているんじゃない?
『じゃあ、結月さん』
「はい」
「………………」
「………………」
「……洗脳使った?心操くん」
「……使った」
残念ながら、洗脳にはかからなかったようで。
「やっぱり、肉声じゃないとだめか……」
「残念だねぇ。機械から通した声でも洗脳出来れば……心操くん、コナンくんみたいに蝶ネクタイ型変声器使えたのに」
「そこは蝶ネクタイ型じゃなくても良いけどな。確かに、"個性"活用の幅は狭くなるから他の方法を考えねえと……」
「……声真似!七色の声を操れば敵を翻弄できるんじゃない?」
「んな器用なこと……」
「ヘリウムガス!」
「……真面目に考えてくれてるんだよな?」
「私はいつだって真面目だよぉ」
"個性"の発動条件下が判明したところで「とりあえずこれ、マイク先生に返して来るね」と、再び職員室にテレポートする。
正確には、ちゃんと職員室の前。
「失礼しまーす。マイク先生、これお返しに来ました。ありがとうございました!」
「おう、早かったな!俺になりきれたか?」
「いえ……私には、やはりプレゼント・マイクという素敵でCOOLなヒーローになりきるのは無理だったので、自分らしいヒーローを目指そうと思います!」
「くぅ〜〜!!テレポートガール、ヘイ!ネバキブ!ドリームズカムトゥルー!イエア!!」
「「……………………」」
マイク先生から何やら応援の言葉をもらって職員室を出ると、再びテレポートして心操くんの元に戻る。
***
「――……?今、結月が職員室から出て来たようだが……」
「おう、イレイザー!テレポートガールがなんでも俺になりたいって言うからな〜〜」
「…………はぁ?」
***
「心操くんの"個性"って個人差は考えられない?」
「……まあ、考えられる要素ではあるな」
次に気になった点だ。かかりやすい、かかりにくいとか。例えば……ミッドナイト先生の"個性"は、女性より男性の方が効きやすいらしい。
「その辺り調べるのに、他にも協力者が欲しいよねぇ…………あ、ちょっと待ってて!」
その協力者を見つけて、すぐさまそちらに飛んだ。
「("個性"がテレポートとはいえ、フットワーク軽いよなぁ結月さん)」
その人を連れて、心操くんの前にテレポートで戻る。
「向こうで走ってたから協力者として連れてきたよ〜」
「協力者とは何の話だ、結月くん!?俺は走り込みを……」
「……。結月さん、合意なしに連れてくるのは良くねえ」
ちょうど目についた所に天哉くんが走ってたからつい。事情を説明――の前に、まず基本の自己紹介だ。
「天哉くん。こちら普通科の心操人使くん」
「君は……不敵男子!」
「(不敵男子……)」
「心操くん。こちらA組委員長の飯田天哉くん」
「ぼっ……俺はA組委員長、飯田天哉!何が何だかよく分からないが、よろしく!」
「……ドーモ」
握手を求められて戸惑いながら、心操くんは天哉くんの手を握り返した。さすがてんてん、適応力が高い。
「こちらの心操くんなんだけど、ヒーロー科転入を目指してる系男子で、一緒に"個性"訓練をしようとなって……」
「……ふむ。君は普通科だったな。事情は分かったが、そこで何故、俺に……」
「心操くんが見事転入を果たしてA組に来たら」
「(A組なのは決定なのか)」
「天哉くんは委員長でしょ?協力してくれるかなって〜」
委員長という言葉に「ハッ!!」と、する天哉くん。君はその言葉に弱い。
「結月さん、その言い分はめちゃくちゃ過ぎ」
「なるほど!俺が君の未来の委員長になるかも知れんのだな!努力している生徒に手を貸すのも委員長の役目……。君の"個性"の訓練に是非とも俺も付き合わせてくれ!」
「…………。(良いのかよッ!)」
「頼もしい協力者が増えて良かったねぇ心操くん」
天哉くんなら絶対そう言ってくれると思った!「して、"個性"の訓練とは何をすれば良いのだ?」と聞く天哉くんに、かくかくしかしかで説明する。
「……確かに、その"個性"なら相手が必要になるな。俺も洗脳にかかるか、かかったとして、どんな風にかかるか個人差を調べたいと」
「そうそう」
「洗脳にかかるには、心操くんの問いに答えるだけで良いのか……。だから、結月くんも緑谷くんも体育祭であっさりかかったのだな」
「そうそう。初見殺しじゃなきゃこの私がかからないよ〜」
話が早い天哉くんは「では、心操くん。"個性"を使ってみせてくれ!」どーんと胸を張った。
「いや、なんか話の流れが早いが、本当に良いのかよ、飯田。普通、分かってても嫌だろ……洗脳にかかるなんて……」
「うん!!」
「「……………………」」
あまりにもはっきり頷いた天哉くんに、その場にちょっと気まずい空気が流れる。
「……ふむ、洗脳にかかってないようだ。もしや……!俺は君の洗脳にかからない体質――」「いや、まだかけてない。今のはただの問いだ」
心操くんの言葉に「なんだ、違ったのか」と、ちょっぴり天哉くんは残念そうにする。
どうやら、心操くんが洗脳をかけたと思って大きく返事したらしい。……紛らわしい!
「……まあ、良いんじゃない。本人なんかやる気だし」
「さあ、心操くん。次こそ俺にかけてみてくれ!」
ほら。
「……まったく。結月さんといい飯田といい、こっちが戸惑うぜ」
呆れながらも、口元に笑みが浮かぶのが心操くんだ。
「じゃあ、飯田」
「うん!!」
元気に答えた瞬間、天哉くんの様子が変わる。
「かかったな」
「かかったねぇ」
残念ながらかかる体質のようで、天哉くんの洗脳完了!
次に心操くんは「じゃあ……グラウンド走って一周しろ」と、命令した。
すると天哉くんは、ウィン……と、音が聞こえてきそうな機械仕掛けの動きで回れ右をし、腕を直角に曲げ、ウィンウィン、と軽快に走り出す。
「「何故、ロボット」」
操られた状態を「人形みたい」と表現する事はあるけど、天哉くんのそれはロボットだ。
普段から動きがロボっぽいところがあるから、洗脳状態によってロボ(本性?)が全面に出てきたのかも知れない。面白過ぎる。
「心操くん。面白いからちょっと天哉くんに色んなことさせてみて」
「結月さん、まさかそれで飯田を連れて……」
「まさか〜これは予想外だよぉ」
ある意味、私の予想の斜め上を行く人。
それが天哉くんである。
一通り私の時みたいに試して、洗脳終了――。
「はっ……むむ!?なんだっ動けん……!!」
「悪い。試しに超秘も使ってもらった」
「天哉くん、洗脳にかかってどういう感じだった?」
「!?俺は洗脳にかかってたのか!?」
「「(気づいてなかった……!)」」
という事から。洗脳にかかった状態も人によって感覚が違うという事が分かった。
「おっと、もうこんな時間だな。二人とも、今日はここまでにして帰るぞ。あまり遅くなると親御さんが心配するだろうからな」
そして、誰目線か分からない天哉くんの言葉に、本日はこれにてお開きに。
***
「(――ったく。結月といい飯田といい、世話好きなやつらが多いこった)」
***
体操服から制服に着替えて、三人で途中まで帰る。
「あー……二人とも俺の"個性"に付き合ってくれて今日はありがとな」
歩きながら、心操くんは照れくさそうに私たちに言った。
「何を言ってる!今は科が違うが、同じヒーロー志望。一緒に切磋琢磨して強くなろうではないか!」
天哉くんは直角に曲げた腕を振る。
「その腕の動き……まさか洗脳が解けきれて……」
「いや、それ天哉くんの普段からの動き」
心配そうに口を開いた心操くんに、すかさず訂正した。
「……俺さ。雄英に来てから、自分がいかにつまらない常識の中で生きてたかって分かったよ」
不意に、心操くんがぽつりと切り出す。
「心操くんはここに来て良かったということだな。それなら、俺もそうさ。最初は……兄がここの卒業生だからという理由だけでこの高校に決めたが、今は胸を張ってそう言えるぞ」
「あは、私もだ」
笑って頷くと、心操くんもくすりと笑い「そうだな」と、続いた。
――夕陽が茜色に照らす。
生まれも育ちも違うけど。
同じヒーロー志望として、こうして出会って。
いつか、この世代が最強のヒーロー世代だと言われたら良いなぁ――なんて、この時の私はぼんやり思った。