歪な既視感
神悟の樹庭の一角で、アナイクス──本人は自身の名を略称で呼ばずフルネームで呼ぶように常日頃から言いつけているが、大抵の者はみな彼をアナクサゴラスではなくアナイクスと呼んだ──は思案していた。とある生徒の学術論文が、彼の頭を悩ませていたのである。
──『錬金術における生命の成立過程と肉体の先行性について』
その生徒の名は、イクトゥスと言った。
樹庭内部の均衡を保つため、七賢人には重要な役割が学派ごとに与えられている。アナイクスは現樹庭の七賢人であった。したがって、知種学派の賢人としてありとあらゆる実験と研究の審査を行い、探索が樹庭の安全を脅かすことはないかを確認する義務があった。
アナイクスの中でイクトゥスという少女は、学派や思想は違えど、優秀であるとみなしている教え子の中の一人である。彼女は山羊学派でありながら錬金術に対して強い関心を抱いており、アナイクスとはもっぱら錬金術の授業で顔を合わせていた。
彼女は生命の成立過程において、とりわけ魂よりも肉体が先に実在するという言説を支持しており、一貫して「魂は生命を生むものではなく、生命が積み重ねた��記憶�≠ノ与えられた名が魂である」と主張した。そしてこの言説は、アナイクスが行っている魂の研究の根幹に相反している。
しかし多少穴はあれど、決してイクトゥスの学術論文の出来自体はそう悪くなかったし、アナイクスの言説を結果として否定してはいるが、彼女の主張そのものが悪いと言いたいわけではない。ただ生命に対して強い興味と好奇心を抱く彼女の考え方は、どこか遠い既視感を覚えた。
そしてそれは、かつての自分と同じような危うさを孕んでいるようにアナイクスは思えたのだ。