はじまりのさざ波
──推薦状 ��教授 アナクサゴラス��
その名を見るなり、私は震え上がった。私の手に握られているのは一枚の紙。目で見てわかる通り、突如私のもとに届いたのはある研究室への推薦状である。そしてその研究室の教授の名は──アナクサゴラス。彼はあの偉大なる七賢人の一人にして自ら学派を創り上げた、近ごろ樹庭では有名な人物であった。
「ヒアンシー。私、やっぱり断ってくる」
「ええっ、どうしてですか?」
そんなの決まっている。恐れ多いからだ。よりにもよってなぜ私なのだ。それに何より、私はアナクサゴラス先生に推薦状を貰えるような実力も学力も持ち合わせていない。私は教授欄に端正な字で記されているその名を眺めながら、決死の覚悟を口にした。するとそれを聞いていた同期兼友人、そしてアナクサゴラスの現助手を務めているヒアンシーが私を見て目を丸くする。
「アナクサゴラス先生はあなたのために、樹庭の研究室の掃除までしていたんですよ?」
わけがわからない。彼女の言葉に、私はますます気後れした。
「……どうして私なんだろう」
「クトゥたんは知りたがり屋ですね」
ヒアンシーは困ったように笑った。
「クトゥたんは錬金術を学びたいんですよね?」
彼女の問いかけに私は頷く。事実、私は錬金術を学ぶためにこの神悟の樹庭に足を踏み入れていた。それはきっとこれからも変わらないだろう。
「アナクサゴラス先生は錬金術のスペシャリストですよ。クトゥたんにぴったりじゃないですか?」
「でも、私知種学派じゃない……」
「知種学派が学ぶ人を拒むことはきっとありませんよ」
ぷるる、と彼女の隣でふよふよと漂っていたイカルンが意味をわかっているのかわかっていないのか、それを肯定するように鳴いた。
「先生も、あなたが自分のもとで学ぶ必要があると思ったから、推薦したんじゃないでしょうか」
確かに、アナクサゴラス先生が意図のないことをするとは思えない。そこには多かれ少なかれ、私に対して何か引っかかるものがあったのだろう。
「ヒアンシーはすごいね」
「クトゥたんは、もっと自信をもって大丈夫です」
やや唐突にヒアンシーを褒めた私に、彼女はまた少し困ったように優しく笑った。