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深夜十二時。真夜中といわれる時間帯。

駅から歩いて数分の所に、繁華街がある。
そこには交通の便が良いのが売りの、さして良いとは言えない、いかがわしい店が軒を連ねている。


俗に言う、「ホテル街」というやつだ。



そんな場所を、まだ二十歳にもみたない少女が歩いている。



少女は知っている。

この先は、『奴ら』の管轄区域ではないことを。



ホテルの立ち並ぶ雑然とした道を通り抜け、街灯が照らす静かな道を進む。

夜に包まれた街には人影が少なく、時折酔っ払いの出す大声が空に響き渡るだけだ。



颯爽と歩いていた少女はある店の前で立ち止まり、経年劣化で塗装が剥げ落ちている扉に手をかけた。







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「こんばんは、マスター。遅れてすみません。」


「待ってたよ。ほら、急いで。今日のお客さんは多いよ。」


後ろ手にドアを閉めると、中にいた人物はこれに着替えろと言うように服を投げて寄越してきた。
当然、投げ渡されたそれはいつもの制服だ。

私がマスターと呼ぶこの人物は、文字通りこの店のマスターとして働いている、そして、身寄りが無い私を引き取った人物だ。
働いた経験の無かった私に接客の基礎を叩き込み、酒の作り方、引いては客との円滑な会話を可能にする技術をも一つ一つ教えてくれた人物である。
私はこの人に親の居ない私の生活水準を維持してもらう代わりに、こうして彼の経営する店で働いている。
彼も人手不足で悩んでいたところだというので、意外にウィン・ウィンの関係にあるのかもしれない。

「あそこのテーブル席のお客さんにこれ渡してきてね」

「分かりました」



制服に着替えてすぐに客の注文した酒を渡される。
客のいるテーブルに向かいながら店中を見渡す。
テーブルは全て埋まり、カウンターにも空席を見つけるのが困難な程混雑している。


今夜は忙しくなりそうだ。
マスターの言葉で半ば確信していたことだったが。
やれやれと、私は溜息をついた。







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