序章
―時は豊臣家がまだ力を持っていた頃に遡る。
大坂城の奥の間に、豊満な体つきの女が、煙管を手にゆったりと座っていた。その女が座る間は、上座と下座が御簾で仕切られていた。御簾越しの下座には、何やら怪しげな雰囲気の侍たちが背筋を伸ばして座していた。
「……して、妾の大事な娘、橘の行方は知れたのかえ?」
豪華な着物を身に纏っている女は、猫なで声で近くに座っている厳つい顔の男に尋ねる。男は平伏しながら答えた。
「はっ、只今書状を橘の君にお送りいたしました。数日後には、橘の君を迎えに馳せ参ずる次第になっております」
しんとした空間に、彼の声が響く。それを聞いた女は、薄笑いを浮かべる。
「そうか、そうか。ようやっと、我が元に帰ってくるのか……橘や。やや子もさぞかし嬉しかろうのう……。そうであろう?鬼童丸」
優しく腹を撫でながら、女は厳つい顔の男―鬼童丸へとまた声をかける。
「……そうでございますな」
彼は表情を変えず、淡々と答える。さして気にもとめず、女は煙管をもてあそぶ。
「ほほ、何百年ぶりとなろうか……。行方知れずと聞いたときには、我が身は引き裂かれるほど苦しゅうあったというに……」
とても嬉しそうな声音で女はたちあがった。御簾を自ら持ち上げ、上座から下座へと降り立つ。ズルズルと音を立てて、長い着物が引きずられた。それと同時に、下座に座っていた男たちの姿は異形のものへと姿を変える。薄気味悪い笑い声があちこちから上がった。女はそれを細目でみやる。
「……橘がもうすぐこの母のもとへ帰ってくるのじゃ。今は妾の中に居るやや子も、はよう会いたかろうぞ。さあ、また力を持つ人間の生き肝を集めてまいれ!この羽衣狐のもとへと!!」
羽衣狐の一喝を皮切りに、妖怪たちは次々と姿を闇に眩ませる。あるものは鎌を持ち、またあるものは太刀を手に。
そして、最後に部屋に残ったのは、人の面を被った、八つの太く立派な尻尾を持つ妖狐だけだった。