晴明の姉

ある日。内裏の白州にて、陰陽術くらべが行われていた。

安倍晴明と蘆谷道満の対決である。

安倍晴明は白い狩衣姿に烏帽子をかぶっている若い男だった。対し、蘆谷道満は黒い狩衣を着て、頭が異様にでかい上に、白く長いひげをはやした小さい老人であった。

ヒュオオと、風を切り飛ぶツバメが現れた。そのツバメが白い狩衣を着た男へと向かい、一直線に飛んでいく。だが、男は扇を取り出すとバッと開き、ツバメに当てた。そのツバメは、術にかけられたかのようにサラサラと砂に溶けていった。

おぉ、と周囲から歓声がわいた。

「み、みましたか、道満殿の術!!白砂が一瞬でツバメに!!」

「いやいや晴明殿も!!扇一振りでこれまた白砂に戻しましたぞ!?」

御簾の後ろの女御、更衣たちもきゃあきゃあと騒いでいる。その中には、橘の姿もあった。他の女性と違い、彼女の周りだけどこか不思議なオーラが漂っていた。橘は騒いでいる女子どもから少しはなれた後ろの方から、義弟の晴明を見守っていた。

すると、騒いでいた皆が急に静かになったと思うと、ざわざわし始めた。何か問題が起こったらしい。橘が隙間から覗き見る。晴明と道満は、長持という箱の中身を占い、言い当てるという占い比べをやっているようだ。

「………"幼い男児"が入ってございます…」

「晴明!!このごにおよんでまだシラを切りよるか!!」

蘆谷道満が叫ぶのが聞こえる。橘は彼のことが心配になり、御簾のすぐ近くまで詰め寄った。

「道満、中身はなんじゃ!」

上が道満にたずねた。道満はニタリとほくそ笑んだ。

「はい…。これはこ奴めが墓場より持ちかえった"死体"にございます」

「し…死体!?」

「おおお、おぞましや〜〜!」

ざわざわと見物人が騒ぎ、あちこちから悲鳴が上がり出す。

「こ奴めの邪悪な気性をごらんにいれよう!晴明!!おぬし夜な夜な死体で何をしておるのだ!?」

道満が晴明を指差して詰問した。それには上の側に控えるものたちも黙ってはいなかった。

「そんな…晴明殿が…?まさか」

「晴明!これは捨ておけんぞ!」

上が御簾の向こうから晴明を名指しする。そして、長持の蓋を開けるように言った。

「開けてみよ!!」

内裏へ使える男衆が、長持の蓋を開けはじめた。すると、晴明が何かを呟くようにしているのが橘には見えた。

「晴明……、お主はまだ諦めておらなんだか……」

橘は誰にも聞こえないほど小さな声で囁いた。

男衆が蓋を開けた。すると中には、幼い男児の死体が入っていた。ぼろの服をまとってることから、農民の子だったのだろう。

「うぉあわああー!死体でおじゃる!!」

そう誰かが叫んだ瞬間。

死体のはずの男児がむくりと起き上がった。

「………な」

道満の驚きの声はかき失せた。

「ん?ここ……どこー?」

男児はキョロキョロと辺りを見回した。

「い…生きておるではないか!!」

「これはどういうことだ!?道満!?」

観衆が道満への罵声を上げた。道満は怒りでわなわなと震えていた。

「はて…道満の言う中身とは違う…。しかし、晴明が中身を当てたのはまぎれもない事実。この勝負、晴明の勝ちだ!!」

どうなることかと、橘は瞬きする暇もないほど見入っていた。晴明が疑いをかけられれば、この京の都で生き抜くのは到底無理な話。ほっと、胸を撫で下ろし、晴明のもとへと橘は向かった。まわりの女たちは晴明が勝ったことにきゃあきゃあとまた騒ぎ始めた。

道満は晴明を睨み付けていた。

「晴明…まさかおぬし…"反魂の術"に手を出したのか…」

「…なんのことやら。それではこれにて」

晴明は幼い男児を抱き抱え、内裏の白州から立ち去った。道満はその去った方をじっと見ていた。

内裏のはなれた場所で、橘は晴明に追い付いた。打ち掛け姿は走るのには向いていないのだ。

「晴明!」

呼び止めると、晴明はこちらを向いた。近くには、彼に使える鬼童丸の姿もあった。

「姉上!見ておられたのですか?」

彼は微笑みながらこちらに近づいてきた。橘は足が汚れるのも気にせず、回廊から地へとおりていった。

「そなたが何をするかと、ひやひやしておったわ。特に最後がな」

息を少し上げて、橘が言った。晴明はそれを聞き、苦虫を噛み潰したような顔をした。

その後晴明は、少しだけ言葉を交わすと、最後に鬼童丸に「姉上を内裏までお連れするように」と言い付け、朧車に乗り込んだ。鬼童丸は橘を軽々と抱き上げ、晴明と逆の内裏へと向かった。

「鬼童丸!?よせ、妾は歩ける!」

「晴明様の大切な姉君を草履も履かずに歩かせるなど、私にはできませぬ」

それを聞き、橘はしぶしぶと大人しく鬼童丸に抱かれた。

「のう、鬼童丸よ。晴明が無茶しないよう見張っといておくれ。彼の者は昔から奇天烈じゃからな」

「橘の君もあまり無理せぬように、と晴明様から承っております。姉君は妖怪なのだから、人に気付かれるようなことをせぬように、とも仰っていらっしゃいました」

それを聞いた橘はくすくすと笑った。

「あいわかった。この妾も気を付けようぞ。鬼童丸、そなたも達者でな」

「はっ」

その後、鬼童丸は晴明と共に車でどこかへと向かった。二人が別れる様子を、物陰から見やる男が居たことに、誰も気付かなかった。

橘は自室へと戻り、彼らが去った方を見やった。今宵は満月、晴明が乗った朧車が空を駆けていくのが見えた。

「ばれるばれないなど、妾は気にしておらぬ。母上とそなたが幸せに暮らせれば、妾は構わぬと言うに……」

その後、彼女は布団へと入り寝ようとした。だが、どうにも胸騒ぎがして寝れなかった。

「寝付けぬ……」

そうして、彼女は起き上がった。その瞬間、ドタドタと走ってくる足音がした。

「何奴!?」

そう言って橘は近くにあった飾り刀を手に持ち構えた。

「こ奴は狐女じゃ!あの男がぼろを出すに違いない、今こそ捕らえよ!」

そう言って、何人もの男が橘の部屋へとなだれ込んだ。

「何を申すか!妾が狐女なぞ、どこに証拠がある!?」

「そなたが安倍晴明の姉であることは調べがついとる。さあ、大人しくし捕まるがよい!」

「その声は……、蘆谷道満!妾が晴明などと関わりがあるなど噂にすぎぬ!」

蘆谷道満が姿を現した。橘は晴明の姉だということを隠して内裏に勤めていた。姉だとわかれば、何か不都合があったときに困るだろうと、晴明が申したためである。

「さあ、大人しく捕まれ!」

道満が叫ぶと、周りの男たちが呪詛を唱え始めた。妖怪ならばこの言葉を聞いてただでは済まないものである。

橘はううっとくぐもった声をあげ、その場に座り込んでしまった。その間に後ろにいた男が彼女を紐で縛り上げた。

「さあ、一緒に来てもらいますぞ、橘の君よ」

橘は薄れゆく意識のなか、最後に歪に笑う道満の顔を見た。晴明が危ない……と思いながら闇に意識を預けた。

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