What I want to forget U

―二十年前―

ある日、クローディアはクロゼルクとの戦闘で重傷を負った。右足と左肩を大きく負傷した彼女は、動くこともままならず、口を動かすのも不可能に近かった。いつもなら回復魔法を唱えれば済むことだが、この状況では魔法を使うことができなかった。

不老不死と変わらない彼女の身だが、大怪我をしたり胴を断ち切られたり、首を跳ねられれば死ぬ。つまり、今の状況は非常にまずいのだ。

近くに小さな町があるため、そこまで歩いていけるかとクローディアは思い、足に力をこめようとしたが、右足が思うようにならなかった。

「くっ……、このままじゃ……」

ほぼ掠れた息のような言葉を吐き出す。これで魔物にでも見つかれば即死だろう。この辺りには他の魔物を呼び集める習性のあるリンリンが生息する。それに見つかれば命はない。

ガサガサ!

「!!」

後ろから草木を分ける音が聞こえた。おぼろげな意識の中、なんとかそちらへ首を向ける。魔物かと、悔しげな表情で力を振り絞って目を閉じて見開いた。

「……お姉さん、その怪我は……!?」

そこにいたのは、黒髪の少年だった。紺色の上質そうな衣服に包まれた貴族のような出で立ちだった。年はまだ十にも満たないだろう子は、傷だらけになり血にまみれた女性に駆け寄り、手を彼女の右足の上にかかげて、ホイミと小さく呟いた。淡く小さな緑の光が彼女の右足を包む。

いくらか癒えたのだろう、先ほどのような激しくつんざくような痛みはなくなった。鈍い痛みはまだ残るものの、動けないほどではない。意識がいくらか正常に戻った彼女は、側にいる少年をその目で認識すると彼はまたホイミを唱えようとしていた。

「……もうこれ以上はやめなさい!その幼い体ではもたぬ!」

再度唱えようとする少年に、クローディアは制止をかけた。魔法の連発は、しっかりと訓練をした魔法使いでなくては身の危険がある。少年は彼女が動けるということに気付くと、驚いた表情で見ていた。

「お姉さん、もう動けるの?僕、ホイミしか唱えてないのに」

「それだけ回復すれば後は己の力でどうにでもなる。世話になった、少年よ」

そう言うと、彼女は目を閉じて精神を集中させた。右手に淡い緑の光が集まる。それがだんだんと濃く大きくなると、その光を左肩にあてがった。

「ベホマ」

そう唱えると、大きくえぐられていた左肩の傷が一瞬の光の後に癒えた。少年はそれを「わぁ〜!」とキラキラした目で見ていた。

魔力をかなり使った彼女は、またその地に背を預けた。それを見た少年は驚きつつも心配そうに声をかける。

「!……お姉さん、まだどこか痛むの?お屋敷がすぐそこにあるから、そこで手当てしてもらおうよ」

「……はぁ、は……、魔力を大量に消費しただけだ。ここで暫く休めば大丈夫……」

そうは言ったものの、今はもう夕方。暗くなる夜に、魔物が徘徊する町の外で寝るなど、体力の有り余った日でなくては襲われたときの対処ができない。彼女はそれをわかっていながらも、歩くのが辛いためにそう言った。少年はそれを察したのか、その小さな体で彼女を抱き起こした。

「……はぁ、何をするつもり……?」

「僕がお姉さんを屋敷まで何がなんでも連れていく。明日になって、死体になってたなんて嫌だ」

少年はその小さな体で大人を運ぼうと力をいれる。だが、自分より大きなものを運ぶなんてそんな力があるはずもなく、少年はすぐに力尽きた。

「うぅ、大人の人を呼ばなきゃダメか……」

そう言って、少年は立ち上がる。人を呼びに行こうとしてるということをクローディアは察した。

━……人に姿を見られるのはまずい!

そう考えた彼女は、彼の服を掴んだ。

「ねえ!……歩くから、屋敷まで案内してちょうだい。町より……近いのでしょう?」

そう言って、クローディアは残った魔力を振り絞って杖を召喚し、歩行の支えとした。少年はそれにも目を輝かせてみせた。だがそれに気付かなかったようにし、彼女は少年に屋敷まで案内をさせた。



「まあまあ!マルチェロ坊ちゃま、どちらまで行かれてたのですか!?それに、そちらの女性は?」

お世話係と思われる四十ぐらいの女性が門の前に立っていた。少年は簡単にその女性に説明をすると、女性はクローディアを頭から足元までじろりと見る。

「仕方ありません、こちらにおいでください。坊ちゃまは速やかにお父上のもとまで向かってください。こちらの方は私どもの方で手当ていたします。さあ、こちらに……」

クローディアは、マルチェロと呼ばれたその少年に目を向けた。

「助かったわ、ありがとう」



これが、マルチェロとの出会いだった。

その後、完全に回復するまで暫くの間、クローディアはマルチェロの屋敷に世話になったのである。そして、この屋敷の主―ドニの領主に、息子たるマルチェロに魔法の手解きをするように頼まれたのである。マルチェロに命を救ってもらったも同然なので、クローディアはそれを快く了承したのである。

ALICE+