The moment

ほんのわずかなものだった。

彼が父に連れられて挨拶を交わしたその瞬間だけ。

「レギュラス、こちらはアルフォード家のお嬢さん、メアリーだ。お前と同学年になるんだそうだ」

彼の父が私のことを紹介する。通過儀礼といえど、彼は年相応の笑顔で私と握手を交わす。お互いまだ小さい手をしっかりと握りあった。

「レギュラス・ブラックです。宜しく、メアリー」

そう言って笑う彼は、星のように輝いていた。

「……メアリー・アルフォードです。宜しくね、レギュラス」

私なんかが、気安く話しかけれるような相手ではなかったのに。相手はあの魔法界で有名な純血名家のブラック家のご子息だ。二つか三つぐらい上の兄も居た気がするが、それは関係ない。ともかく、お話しできるだけでもありがたいものなのだ。それほど、ブラック家は凄い力のある家なのだ。

今になって考えれば、私はこんな純血貴族のパーティーに呼ばれる資格のあるものではない。確かに純血ではあるが、ただ父が上手く魔法省で出世できただけのこと。それまではただ純血を守りきれただけの小さな家。



身分違いも甚だしいものだ。



そのことに気づいたのは、ホグワーツへと入学してからだ。



それまでの私は、何も知らないただの小娘に過ぎなかった。何度も言うが、父親が魔法省で上手く出世し、莫大な力を得た。それだけの何の力もない、やれ蝶よ花よと育てられた世間のことを知らない箱入り娘。



スリザリン寮生となった私を待っていたのは、今までに想像もしなかった上下関係だった。



家で散々甘やかされてきた私は、そこで下僕扱いを強いられたのだ。



今からしてみれば、家と同じように我が儘に振る舞っていた私が原因を作ったのは確かである。無知というのはとても恐ろしいものだった。あの頃の私は、常に自分が世界の中心だと思っていた。少し言い過ぎだが、そのぐらい甘やかされてきたのだ。

「アルフォード?今まで何の力もないアルフォード家が私に何の用?ブルストロードの名を知らないわけじゃあるまいし」

「クスクス、可哀想に。何も知らないのね、あなた」

「まあ、スリザリンでの作法もご存知無いのね。いいわ、この私が教えて差し上げましょう」

━どうして?

「ほら、私の荷物を運びなさいよ。アルフォードの癖にこの私に逆らうの?」

━お父様、私は……

「じゃあ、僕の代わりにこの魔法薬の調合ツボを掃除しといてくれる?まあ、メアリーだもんな、やってくれるに決まってたな」

ー……私は、下僕なのですか?



ホグワーツ入学から二年ほど経ったある日、そんな私は相変わらず荷物(主に教科書類)持ちを強いられていた。とうの本人たちはどこかで油を売っているのだろう。いい加減にもう慣れてきた。

なんとかそれを談話室まで運びきったのだが、ふと談話室まで運べたという安心感からつまずいてしまった。すると、拾うのを手伝ってくれた親切な少年が居た。

「あ、ありがとう……」

そう言って、顔を上げて私は凍りついた。

「レ、レギュラス・ブラック……!?」

目の前のその少年は、あろうことかあのブラック家の次男だった。思わず体が震えるのがわかった。人間不信ではないが、同学年のスリザリン生が怖いのだ。私を下僕扱いするのは、同学年のみだ。他の学年は、私を居ない存在と思っているような態度である。

話を戻すが、あのパーティー以来、彼と会話を交わしたことがないのだ。あのパーティーのときは二人で笑いながら会話したが、その内容はもう覚えていない。

彼は、あの幼いときと変わらずに笑って落ちた教科書を私に手渡した。

「気を付けてね、Ms.アルフォード」

「……どうも、……ありがとう。Mr.ブラック」

それなのに、彼は私の名字を覚えていたのだ。

なぜ、この私の名を覚えていたのだろう。もはや、関わってすらいないような小娘の名を。

とりあえず顔を伏せて去ろうとした。そのとき。

「困ったことがあれば、相談してね」

去り際に、彼は私に耳打ちをした。

「え!」と小さく叫び振り替えるが、彼はもう寮の外へと出ていってしまった後だった。

………何だったのだ。

きっと私の聞き間違いか何かだろう。そう思って、私は相変わらず下僕扱いを受け続けていた。

そんなことがあってからまた一年が過ぎた。

彼、レギュラス・ブラックとは何も関わらなかった。何故か選択授業が全て重なっていたということ以外では。

そして、五年生となった現在、何故か私は彼の直属の下僕となっていた。

「こんにちは、メアリー。僕の荷物を教室まで運ぶの手伝ってくれませんか?」

「ええ。私などで良いなら……」

最初は、彼も結局は純血貴族の典型的な嫌がらせをしているのだと思っていた。だが、気付けば彼以外に私を下僕扱いする人間が居なくなっていたのだ。

私が思うに、彼は私のことを助けてくれたのではないだろうか。口に出しては居ないが、彼は私が下僕扱いされてるのを知って、自然と私が彼の手元に来るように仕向けていたのではないだろうか?もしかしたら、私の勝手な想像、妄想に過ぎないかもしれないが。



そして、今日も私は彼の下僕……荷物運びの役目を任されている。

「……Mr.ブラック」

「その呼び方、やめてください」

彼が、先に歩くのをやめて立ち止まり、こちらを睨み付ける。それに私は躊躇した。今までこんなことがなかったのだ。彼のことをMr.ブラックと呼ぶのは、暗黙の了解のようにずっと当たり前だったのだ。

それから暫し思案した。それ以外に彼をなんと呼べば良いのだろうか、と。そして、一つ私が思い浮かんだことー昔読んでいたように、ファーストネームを呼ぶーをしてみたた。

「……じゃあ……、レギュラス……」

「何ですか?」

彼は普通に返してきた。私は呆気にとられながらも、次の言葉を必死に探した。

「……っ、…………呼び方を確認したに過ぎません」

「そうですか、なら早く図書室に行きますよ」

その本の返却期限は今日なんですから。そう言う彼は、前と変わらずに綺麗な笑顔を描いていた。

そんな彼に、少し淡い恋心を抱いた私は、おかしくない……と思いたい。いや、出会ったその瞬間から抱いていたのだろう。心の奥底にしまっていただけで。


The moment

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