
どうか
アンティークの、結波春。鮮烈な青い光を纏って歌い、踊る姿は、俺にとっての太陽だった。風に揺れ、満開に咲く花のような笑顔は、散ることを忘れたように悠久の時を保っていて。ファンだとか、そういうレベルではなかった。
もしかしたらオタク特有の自意識過剰かもしれないけど、俺は正しく春ちゃんに導かれた、結波春という青い空を飛ぶ鳥になろうとしたひとり。アイドルにのめり込んでからこちら、ずっと春ちゃんの笑顔に背を押されてきたのだ。
だからこそあの日、あの時、衝撃を受けた。春ちゃんの象徴、チャームポイントとも言うべきブラウンにブルーのメッシュが入った髪から、青だけが忽然と消えている。サイドテールだってすっかりその姿を見せていない。花のような笑顔だってそこにはない。ただ変わらないのは、瞳の強さと、そこにある色だけ。アイドルを辞めるのだと、その為の会見なのだと語る春ちゃんにショックを受けて、けれどどこかでやはりか、と感じていた。だって、少し辛そうだったから。多分、少しというレベルではなかったのだろう。けれど友人に言ったところで首を傾げられていたから、それに気付いている人間は恐らく、少ない。
これは俺自身、自分で最も吃驚したことだけれど、意外にも春ちゃんを惜しむことはあまりなかった。ただ、休んでくれ、という思いがあった。寂しいけれど、このまま活動を続けて春ちゃんが磨り減っていくのは見たくなかった。その時でさえ、春ちゃんが泣ける場所はあるのかな、と思っていて。どうか彼女の辛さが軽くなりますようにと願っていて。
「それくらい苦手なんだ、プロデューサーの泣き顔」
「……みのりさん」
夜、プロデューサーが悪夢を見ていることを、知っている。
「俺に出来ることがあるならなんでもする」
だから泣かないで、春。
あの時よりも随分短く、大人しくなったブラウンの髪を緩やかに手のひらでなぞる。願うだけしか出来なくて、歯痒い思いをしていた俺はもう居ない。それがただのエゴだと理解していて、それでも俺は春の、そしてプロデューサーの泣き顔を、見たくなかったから。
ああでも、無理して笑うくらいなら涙を見せて欲しい、とも思う。
「こんなのわがままだね」
「良いんですか、みのりさん」
「……何が?」
「だってわたし、アイドルの結波春、じゃないですよ」
「例え春がアイドルの春ちゃんじゃなくても。今俺が泣かせたいのも、慰めたいのも、ここにいる春だから」
徐々に春の視線が下がっていって、それと共に顔も下を向く。すん、と鼻を啜る音が聞こえてきたことに安堵しつつも、胸に迸るものは痛みでもあり。「みのりさん、」と俺の名前を呼ぶ春を、柔らかく抱きしめた。俺が君の泣ける場所になるなんて、昔の俺は想像もしていなかったのに。