星とペルセポネー


 ――界境防衛機関、と呼ばれるものがある。境界線、の名を取って、ボーダーとも呼ばれているか。
 七々原羽純は、ボーダー%烽ナも随一の強さを誇る女子高生だ。その強さはほぼ経験の差、トリオン量の差、というものが挙げられるが、四年前____ボーダーが周知される以前から所属している隊員でもあるというのに、未だやっかみの波は止まない。
 本人に気にしているような素振りはないが、それなりに気を掛けている上層部や隊長格も居る。A級上位組の同級生が言うには、女子生徒からも目の敵にされているとか。――ただしこれも、本人が気にしている素振りはない。羽純はただ、知り合いを守る為に、正義の味方になるために、敵の、近界民の前に立っている。

「ちーくん、近界民の移動予測宜しくね〜」
『お前自分で出来るだろ……。了解』

 耳から滑り落ちてくる声の主はオペレーター。名前は出水知歳。七々原羽純の作った部隊の、オペレーター。A級一位太刀川隊の、出水公平の双子の弟。愛称は「ちーくん」。口は悪いが根は優しい。

『知歳、外してもいいけどその所為で羽純に傷が付いたら、あとは分かるよね?』
『はいはい、分かってますって』
「旬は過保護だね〜。わたしだって、早々傷付けられるとは思ってないんだけどな? ――アステロイド」
『! 援護するね。頼むよ、アイビス』

 その声と同時に、異形のものを貫く二つの光線。ひとつは羽純の繰り出した、ほぼゼロ距離のアステロイド。もうひとつは、

「今日も絶好調だね、旬?」
『羽純に怪我をさせる訳にはいかないから』

 七々原隊の頼もしい最年長であり狙撃手の、御滝旬による攻撃だ。彼は羽純を守ることに命すら掛けているような焦燥感がある。それ以外なら普通にいい人なのにな、とは知歳談だ。愛称は無く、強いて言うならば「羽純セコム」。羽純を愛し、羽純を信仰さえしていると思える崇拝者。
 二発の弾が入った近界民が倒れたあとの辺りを見回して、羽純は一息をついた。

「もうそろそろ交代の時間じゃない? 引き継ぎ部隊は〜……」
『太刀川隊だよ、羽純』
『げっ、太刀川さんとこか……。兄さんも居るもんな……喧嘩すんなよ、七々原』
「太刀川隊……って、遠征じゃなかったっけ?」
『昨日帰ってきたって聞いてたけど』
「ふーん……。わたし、お兄さんに何も聞いてないな。明日会ったら嫌味言ってやろ」
『あんまり太刀川さんに迷惑掛けんなよ』

 「掛けてませーん!」と不満気な顔をして頬を膨らませる羽純はふと、迅のことを思い出す。
(不穏なこと言ってたな、迅くん。……ま、うちではそういう面倒なことは引き受けないんだけど)
 そう考えながら、耳から流れる聞きやすい声が今回三人が倒した近界民の数を数えていて。

『・・・だから、七々原が七体、旬が二体、最後のやつは七々原と旬で一体だな』
「あと周囲に開いたままの門はある?」
『今のところは無し。交代の時間だ、お疲れさん』

 その声と同時に、羽純の隣にふわりと黒い風が吹き抜けた気がした。黒いコートに赤い差し色、なんて中二病なカラーリング。A級一位、太刀川隊の隊服だ。

「どうも、太刀川隊長」
「お疲れ、七々原」

 降り立った黒いコートの筆頭、太刀川隊隊長である太刀川慶は、羽純の頭に手を置いて軽くくしゃりと撫でる。嬉しそうに笑いながら、引き継ぎの任は会って報告だけすれば終わりだから、と、羽純は旬に「帰還していいよ」と通信を入れた。けれどすぐに、その機嫌は地に落ちることになる。

「今日は何体倒したんだ? ん?」

 ……あーあ、折角慶お兄さんに会えたのに、こいつの所為で台無しだ。耳から『まあ落ち着けよ七々原』というオペレーターの声が聞こえてくるが、そんなものは意味が無い。

「出水ぃ……。いつになったら分かるの? いい加減にして」
「は、ランク戦もやってねえ癖に良く言うぜ」
「そのランク戦もやってないわたしに一本も取れたことない出水がそれ言う!?」
「お前……ほんっと、生意気だよな……!」
「褒め言葉かな?」

 出水公平。A級一位太刀川隊に所属する天才射手。巷では弾バカとも呼ばれているらしい、七々原隊オペレーターの双子の兄。そして七々原羽純と最も相性が良く、最も相性が悪い男。顔をあわせたら喧嘩ばかりするくせにいざ戦闘になったら息がぴったりなこの二人、周囲では「ツンデレ兄妹」と呼ばれているらしい。噂に違わぬ喧嘩っぷりである。
 しかし引き継ぎも仕事の一環、『俺も疲れたから仕事くらいやれ七々原』とオペレーターに怒られた羽純は、奥で太刀川にチョップされている出水を見て溜息を下した。背筋を伸ばして、報告の姿勢に入る。

「――ということで、特に異常はありませんでした。ただ、」
「……ただ?」
「一つの門から出てくる近界民の量が多くなってきたような気がしています。太刀川隊なら心配は無いでしょうが、お気を付けて」
「了解した。ありがとな」
「じゃあ、わたしは帰るね。お兄さん、帰還してたこと教えてくれなかったの、帰ってきたら怒るから! 緊急脱出(ベイルアウト)!」

 帰るのが面倒だったから=Aという理由だけでベイルアウトを使うと旬に怒られるからあまり使わないようにしてたんだけど、今回は慶お兄さんに言い逃げしたかったって言い訳したら許してくれるかな、と考えを巡らせているうちに本部に帰ってきた七々原羽純であった。