幻想、クローズド


 今回の遠征からお兄さんたちが帰ってくる予定の日は、今日だ。わたしは今回は参加していなくて、こちらで待機していて。お兄さんが帰ってきたら、話を聞こうと思っていて、だからわたしは今、学校を終えて、本部に来ていたのだ。そう、だから。決して、迅くんの用事を聞きに来た、という訳ではなく。

「まーまーそう言わずにさ、羽純」
「わたし、お兄さんと戦うつもりは無いんだけど」
「オレからの頼みだよ、な?」

 両の手を合わせてこちらを伺い見る迅くんにため息を吐く。

「そもそも、なんでそんな――」
「あいつは、……遊真の名字を思い出せ」

 はくり。空気の吸えない魚のように、口を開閉させる。今回問題に上がっていた、その、白髪の近界民のフルネーム。聞き覚えのある名字。脳裏に浮かんだのは、わたしに、いろんなことを教えてくれた。

「――空閑、先生」
「あいつはその息子で、あいつが持っている黒トリガーの元になった人間は、空閑さんだ」

 迅くんは、わたしに、オレの味方をしてくれ、といった。上層部が黒トリガーを回収するため、遠征に出ていた組が玉狛に向かってくるから、と。

「それはつまり、空閑先生の、息子さんは、」

 それよりも、そうだ。彼は近界から来たと行っていた。空閑先生と行動を共にしていて、彼だけが帰ってきて、彼の持っている黒トリガーが先生だということは。彼は、目の前で、黒トリガーになるところを見ている可能性があって。

「、分かった。空閑遊真の黒トリガーは、奪わせないよ。……家族とは一緒に居た方がいいもんね」
「流石、話がわかるな」

 お兄さんと戦うのは嫌だけど、出水とは戦えるし、空閑先生の喜ぶことをしたいから。わたしは迅くんに協力しよう。目を細める迅くんは、憐憫の感情をわたしに向けているように思う。

「迅くんに頼まれたからじゃない」
「……羽純?」
「わたしはわたしの意思で、先生のために、お兄さんと戦うの」

 そう言えば、迅くんは一瞬瞼を伏せて、辛そうな笑みを小さく零した。

「迅くんがわたしの前で涙を晒して、もう何年も経ってる。でも、迅くんが泣きそうな顔は、変わらないね」
「……適わないな」

 諦めたような迅くんの胸に、やわく右手をぶつける。「しっかりしてよ」、と、わたしは彼の背中を押した。