示唆
私のお父さんとお母さんは、毎日、電話をくれる。会えなくてごめんねって。二人はいつも外国に居る。治安が悪いから、私には日本に居て欲しいんだって。帰ってくるのは年に一度、クリスマスからお正月までの一週間だけ。寂しい思いをさせてごめん、って、お父さんとお母さんは言う。二人が悲しそうな顔をするのが見たくなくて、電話の度に嘘をついた。「大丈夫だよ」。本当は寂しいの。一人ぼっちで、哀しいの。お父さんの紺色にお母さんの黒を混ぜた私の髪が、花びらのように広がった。誰かに助けて欲しかった。誰かと一緒に居たかった。嘘でもいいから、一緒に居てよ。「京」
「万理、お兄ちゃん」
私より少し明るい紺色の髪が私の首にかかる。私が居候している、お父さんのお兄ちゃんの、子供。私にとっては、お兄ちゃんみたいなもので。
「お兄ちゃんはヒーローみたいだね」
「ん?」
「いつも、私が悲しくなったら来てくれるから」
「……お兄ちゃんはお前限定のヒーローだよ」
大好きなお兄ちゃん。私だけの、大切な。
だから、お兄ちゃんがやりたいことは、私もやりたくなったし、お兄ちゃんが困ってたら、私が助けたかった。
初夏、未だ暑くなり始めた頃だった。その日は確か、万理お兄ちゃん、もとい万理兄さんは、同級生に誘われたか何かで出掛けていて。私は兄さんの使っていた楽器を幾つか触っていた。兄さん、いつ帰ってくるかなって。ギターの弦を弾いて音を鳴らす。確か、兄さんが前に作っていた曲は、こんな感じだった。ギターを鳴らしていれば、玄関から扉の開く音がして、兄さんを迎えよう、と、私は廊下を駆け抜けた。
「兄さん、おかえ、――」
「ただいま、京」
「……何この子供」
子供って言われたのはちょっとカチンときたけど、兄さんが頭を撫でてくれて、そこまで不機嫌という訳ではない。銀髪で襟足の長い髪の毛をしている、顔が整っている彼は、兄さんの話によれば、兄さんの曲を聴きに家に来たとかで。
「こいつは折笠千斗」
「ねえ、早く曲」
「……千斗さん。……CD、持ってくるね」
「あ、京……全く、挨拶くらいしろよな」
「あの子は関係ない」
「……残念だけど、京にも関係はあるよ」
折笠千斗という名前らしいその男が聞きたいというから、私はスピーカーとROMを取ってきて、繋いで、再生した。幾つか私が弄ったり作ったりしている曲も入っている。折笠さんの方を見れば、口角が少し上がっていて、この人は誤解されやすい人なんだなあと理解した。音楽が本当に好きなんだろうなあ、ということも。
「ねえ」
「、はい?」
「幾つか音律が違う。作ったのは君?」。ROMに入っていた曲を全て聞き終えた折笠さんが言った言葉は、私を凍り付かせるのには十分過ぎる。どうして、と出た声は少々震えていて、兄さんもこちらへ振り向いた。
「これ、これとこれも、あとこれと、それ。メロディの作り方が
「真逆、……」
兄さんは慌てて折笠さんの肩を押していたが、折笠さんは何処吹く風で。
「名前は?」
「え、っと、」
「君の」
「……大神京、です」
「そう」
私を一瞥して、折笠さんは兄さんに、「この子も入れよう」と言った。兄さんも、勿論私もびっくりして(というか、その時の私はまだ何のことか分かっていなかった)、私は声も上げてしまったけど、折笠さんは私の想像以上に、私が作った子達を評価してくれているようで、嬉しいやら、恥ずかしいやら。
「折笠千斗。皆はユキって呼ぶ」
「、宜しく、お願いします、ユキさん」
「まあ、頑張ろう、京」
「うん、兄さん。……頑張るね」