生の衣

 後からバンドをやるんだと兄さんに聞かされた私は、ユキさんと一緒に曲を作り始めた。中でも私のお気に入りは「未完成な僕ら」である。一度これだと思って満足した矢先、またいじりたい箇所が出てくるような曲で、まさに未完成なのだ(歌ってみてとユキさんに言われたので、その通り有名どころのポップスを歌ったら頭を抱えられた話は隅に置いておく)。ただ、バンドをやるにはメンバーが足りないし、集まったメンバーもユキさんが切ってしまうので、どうしたものかと悩んでいる。その内私は彼のことをユキさん、ではなくユキくん、と呼ぶようになった。彼を敬うことは難しい。尊敬はしているし、その、十分尊んでは居るんだけど。……彼の曲を聞いた瞬間に瞬いた輝きが、私の瞼を刺激して止まない。きらきらと夜空に咲いた宝石の花のように、私を惹き付けるのだ。ユキくんと視線を合わせることが出来なくなって来ていたけれど、小学生が高校生に恋をするなんてそんなの、笑い草で。……だから、気付かれないうちに、そんな気持ちを潰すことにした。

「ユキくん」

 楽譜を散らして寝ている銀髪を見る。

「ユキくん、起きて」

 肩を揺らしても起きない彼に、私は溜息を吐いて、毛布を掛けた。この調子ではもう兄さんも眠ってしまっているだろう。ユキくんに掛けたものと色違いの毛布を手に持って兄さんを探しに行こうと足を向ければ、ユキくんの手が私の腕を掴む。

「僕らの、曲、を……」
「――。曲も大事だけど、ユキくんの体も大事だよ。おやすみ、ユキくん」

 いっそこの恋心を全て楽譜に移して、私が抱いているそれは消え去ってしまえば良いのにな、と思う。……いや、これはただの幻想で、願望だ。

・・・


「もう来なくていいよ」
「頼まれたって二度と来るかよ……!」

 またか。何度目か分からないくらい、ユキくんは助っ人の首を切る。でも、ユキくんだからなあ。そう思ってしまう以上、少なからず私も、ユキくんに毒されているらしい。

「ちょ、ちょっと待って……!千、今度は何が気に入らないんだ!?」
「自己主張激しすぎ」
「それユキくんが言えたことじゃないよね……」
「音のだよ。下手な癖にネチネチ弾く。万も欲しかった感じじゃないだろ。特に京なんかは音を聞きながら作曲してる。現に次の曲は上がってきてない」

 それでも、ユキくんが言った通りだ。私の曲は音色に左右されやすいところがあって、ユキくんと兄さんの曲ならまだしも、合わない人とは合わない。下手ならそれに合わせたコードにしなくちゃいけない。「話し合いとかさあ」、と兄さんは言うけれど、それで解決するほど問題は甘くないのだ。

「……また募集かけなきゃ……」

 ただ、こうして苦労している兄さんを見る度、罪悪感は覚える。私はそこまで鬼畜じゃない。

「お腹空いた」
「ユキくん……」

 私はそこまで、鬼畜じゃない。

・・・


「兄さん、おかえ……、また殴られたの」

 私はまだ小学生とか中学生とか、義務教育を終えていない子供だ。だから意味は理解しているけれども、修羅場とかそう言うところには連れて行ってくれない。いや、一度あったけど、あの時は私女の人にボロクソに言われたから、もしかして兄さんとユキくんも過保護になっているのかも。

「ベーシストが減った……」
「あー……、あのお姉さん……」
「万、今何考えてる?」
「おまえのせいで誰かに刺される前にバンドを解散するか考えてる」

 でも、兄さんはあんまりユキくんに怒っていないみたいだ。首を傾げる。どうしてだろう。いつもならもう少し兄さんは荒れるのに。その考えも、ユキくんがバンド名を考えた、と言ったことで霧散するんだけど。

「バンド名、二人はきっと気にいると思うよ」
「どんなの?」
「センスいいからなあ、ユキくん」

「Re:vale」

「……綺麗、素敵。大好き、そういうの」
「京ならそう言うと思った」

・・・


「このガキ、人の女に色目使いやがって!」
「そんなんじゃないってば!ユキくんのバンドの手伝いをしてあげてるの。私のベース、好きって言うから……」

 健気なことだ。冷めた目で千は女を見る。

「そうだよ。欲しいのは彼女のベースであって、心や体は好みじゃない」
「おまえ、もっと言い方……」

 女はその言葉に憤怒を顕にした。そして言う。「騙したのね……、ひどい!」、と。千はただ落ち着いていて、もしも京ならこんなことは言わないだろうな、僕にそれを言われたら京は悲しそうに笑って肯定するだろうか。そう思えば心がちくりとする。千はその痛みを疑問に思った。

「騙してないだろ。何か期待してた?」
「おまえ、もっと言い方……!」
「京はこんなに面倒臭くない」

「っ、何なのよ京、京って!あんな不気味な子嫌いよ、大っ嫌い!居なくなれば良いのに……!」

 女が言ったそれは、二人の逆鱗に触れてしまって。両親の海外赴任で一人万理の家に居候しなければならず、嫌でも大人になるしかなかった京を、万理は知っていて。自分たちが寝てしまう度に毛布を掛けてくれて、曲を共に作り上げる京のことが、千は万理と同じくらい好きだったから。

「このガキ、殺して……!」

 だけど万理は、それも全部押し殺さなきゃいけなかった。暴力沙汰なんてイメージを損ねることは、京の為にもしてはいけないから。

「待ってください!落ち着いて……」

 万理は千の前へ出る。片頬に殴られた跡を付けて、京の待つ家へと帰らねばならなかった。

「京、心配するよなあ……」
「、新曲の約束は今日だ。早く行こう、万」
「お前な……。分かった分かった」