境界線をかたどるドラマ

 あの人を遺してしまって、本当に良かったのだろうか。遍く時空の場に留まりながら、ぼんやりとそう考える。そもわたし達が出会ってから二十年と少し、内の十年は自分が早くに死んでしまうものだと思っていて、だから十年もこの命が保ったのは奇跡だとさえ考えていたけれど、彼は本当にそう思っていたのだろうか。
 彼。つまるところの、ウェイバー・ベルベット。ロード・エルメロイII世とも言うべきか。わたしはこうして理由の分からぬままアラヤに招かれ、そしてノルニルに権能を譲られ、此処に居る。思い出すのは専らウェイバーのこと、マリーのこと、マリスビリーのこと、カウレスのこと、……言い出せばキリがない。特に印象に残っているのはやはり第五次の時に合間見えた衛宮士郎と遠坂凛だろう。とはいえ、恐らくはわたしの記憶を覗き見したアラヤが作り上げたわたしの座(正式にはノルニルの座でもあるのだろう)は基本的に時計塔を象っている。この様な景色にされては、ウェイバーを思い出して悲観的になるのも無理はないのだけれども、アラヤはそれを識らないのだろう。言葉通りに。
 ウェイバーにはわたしの死後の全てを託した。わたしの魂。わたしの身体。わたしの研究成果。そしてわたしの、魔術。天文科の天才と呼ばれた兄が為にわたしがやった処理方法をメモにして置いてあるだけだが、あれだけでも役に立つのは役に立つ筈である。

「……それに、ウェイバーは強いからな」

 あの人は強いひとだ。わたしも天才と呼ばれはしたけれども、そういった意味ではなくて。

「案外、相手が居なくてダメなのは、実はわたしなのかもしれない」

 ふ、と自嘲気味に瞼を伏せた。近くには恐らくノルニルの三姉妹が寄り添っているのだろう。今でも鮮明に思い出せる光景も、いつかは擦り切れて忘れてしまうのだろうか、と思えば、それが恐ろしくて仕方が無い。これからの気の遠くなるような時間を英霊として駆け抜ける。聖杯戦争も無く、召喚されないままに。二十数年など、すぐに通り過ぎてしまって、手では掴めなくなる。

「自分で望んだ筈なのに、情けないなあ」

 手を伸ばす。そこにウェイバーが居ないのは、端から理解していたのだけれども。
-