2018年07月29日


「なぁ、涼っ」
 花奈さんは少し困ったような笑顔で、すごく嬉しそうな声色で話しかけた。
 膝の上に乗せられてるのもあり、頬を赤くしているのがかわいらしい。
「…………頭、なでてっ」
 満月の日の彼女はテンションが異様に高い。
 普段も、新月の時を除いては──俺やルカさんや正奈さん達にしかわからないけど──結構ハイテンションなのに、満月の時は余計にハイになっている。
 満足して二人とも立ち上がると二人の身長差はほぼなくなってた。
 と、言っても花奈さんが30cmも浮いているからだけど。
「なぁ、涼…………俺って、幸せだね。
……だってこんなに浮いているんだもん。」
 声色と口調と頬の紅潮具合でわかった、ハイテンションなんて比じゃない。
 ぴったりと密着してくるから彼女のふわふわした大きな胸が当たる。
「…………どこか、出かけようよ。」
 そう言っても、関東の天気予報は暴風雨で、注意報まである。
「……華奈に頼んで晴れにする、だから。」
「だーめ、神様だって忙しいでしょ。」
 花奈さんは残念そうな顔で、とぼとぼとめろんの部屋へと向かった。
「仕方ねぇなぁ……」
 そういいつつも楽しそうにゲームをしてる姿を見て、少しだけ微笑ましく思う。
「ほらほら、涼もやろうよ。」
 4人までプレイ出来るゲームらしく、花奈さんと俺以外にも、めろんはともかく……住み込みの家政夫さんにまで手伝ってもらってしまった。
 キリのいいところで花奈さんのスマホの着信が来た。
 この着信音は明らかに仕事の連絡である。
「なんですか?…………はい…………はい、わかりました。
え、はい…………涼も連れてくるんですね。
わかりました。」
 花奈さんは淡々とした口調でぷつんと通話を切ると、ため息のあとに外を見て、まだ雨も風もない事を確認すると、キリッとした表情で「涼、急患だってよ。」と少しむっとしつつも仕事モードに入った。


「涼、抱っこ。」
「はいはい」
 強風が怖いのか、涙目で抱っこをせがむ。
 仕事スイッチがオフになりかけているが、飛ばされてしまうのは確かに怖い。
 まるで天使のように真っ白な少女を抱っこしながら、俺は駆け足で病院へ向かった。

「輝星先生、お疲れ様です。」
 花奈さんはふわりと着地すると、少し腑に落ちない顔で頷く。
「なんだよ暴風雨って……雨ならまだしも暴風だぜ?
俺を飛ばす気なのか?」
 明らかに歳上の看護師……星海ルルハさんにタメ口で愚痴をこぼしていたがルカさんの妹であるルルハさんへのタメ口はほぼ日常茶飯事である。
 ルルハさんは花奈さんの頭を撫でて、もう一度「はなちゃん、お疲れだね。」と苦笑しながら返した。
「ほんっと、お疲れだよ…………患者はどちらにいますか。」
「はい、こちらです。」
 ルルハさんにもスイッチがあるらしく、花奈さんとくだけた口調で世間話をしてても仕事モードになれば真面目な顔と敬語になる。
 俺もあるにはあるが、そこまでハッキリはしていないので、少し2人が羨ましく思えた。


 一旦やる事は終わって、花奈さんは気の抜けたような感じになっている。
「…………はなちゃん、おつかれ~っ」
 脱力気味の花奈さんの頬に、彼女からしてみれば熱々の飲み物が来た。
「はい、はなちゃんの好きなミルクコーヒーだよ。」
「さんきゅ…………。」
 ハンカチで持つところを包み、ぷしゅっと栓を開けこくこくと飲む。
「少し……元気になった。」
「よかったよかった。
そうだ、もうすぐルカ姉は遅めの休み時間だけどどうする?」
「ルカ姉?」
 花奈さんは少し嬉しそうに聞き返す。
「行こっか、あたしも休み時間だし。」
 花奈さんは嬉しそうなステップで院内を歩いた。

「ルカ姉~」
 ルルハの声が聞こえ、反射的に振り向くとまた別の誰かにぽふりと嬉しそうに抱きつかれた。
「はなちゃん?今日はお休みじゃないの?」
「それが急患でさ、ルカ姉に会いたいって言うから来させたの。」
「会いたいなんて言ってない。」
 と言いつつぎゅっとしがみついているあたりがかわいらしい。
「…………お昼どうする?」
 もうそんな時間かぁ……言われてみればお腹もすいてきた。

 はなちゃんは、いつも通りたこ焼きを16個平らげてデザートにクレープを食べる。
「はなちゃんは粉物が好きだねぇ。」
「うん、大好き。」
 それからはもくもくと無言でかつ幸せそうに食べていて、それを見ていると多忙な心がだいぶ和んだ。
「ごちそうさまでした。」
「あ、口にクリームついてるよ。」
 はなちゃんについたクリームを指で取って舐める。
「いや、自分で取れるから……。」
「照れちゃって、かわいいなぁ。」
 そんなはなちゃんがかわいくて、自分はぎゅっと抱きしめた後、頬にキスをした。
 目をとろんとさせつつもなんとか正気のはなちゃんは少し嬉しそうな足取りで、涼くんの元へと向かった。

 涼くんに抱きしめられると少し落ち着いたのか、全員分のお金を財布から出す。
「ごちそうさまでしたるかせんせい、とてもおいしかったです。」
 仕事モードになりつつも、まだぽわぽわした敬語でお礼を言ってくるのがかわいい。
「お金なんていいんですよ?あなたの食べてる姿を見て疲れが癒されました。
ありがとうございます。」
「そう、ですか。
ありがたくごちそうになります。」

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