邂逅
ざわざわ、ヒソヒソ。
遠巻きに見つめてく大人たちは、皆手に口を当てて何事かを囁いている。
アイツよ。
ほら、アイツ。
アイツのせいで。
アイツを許さない。
憎悪の入り混じるそれらは、まるで脳みそに入り込んでバリバリむしゃむしゃと害虫のように荒らしまわる。
うるさい、黙れ、と。
睨み付けてやるだけで大人たちは肩を跳ね上がらせる.
そして先程まで留めていた足は何だったのか、と言いたくなるほど早急に動き出す。
蜘蛛の子を散らすみたいにして、あっという間に周りに人が居なくなる。
そんな一連の動作を見届けて、少年は再び歩き出した。
目的のある足運びでは無く、只、単に外をふらふらするだけの散歩。
行く当てなどないし、行ける場所も限られている。
少年がぼんやりと空を見上げながら歩き続けていれば、やがて一つの門へとたどり着く。
うちは一族。
内輪のマークを家紋にしているその一族は、此処、木の葉の里において最も古い一族。
ある条件を満たすことで、その目に写輪眼という特殊な血継限界を発揮させるらしい。
三代目の火影が持っていた巻物に書かれていたことを思い出す。
うちは一族とは愛情の深い一族で、大切な人を失った時に真の力を出すことが出来るのだとか。
深い愛情。
自分には縁遠い言葉だ。
一体愛情とはなんだろう。
そんな事をぼんやりと考えていれば、誰かに肩を叩かれた。
「うずまき、ナルトくん?」
「……」
真っ黒な髪を後ろで縛り、うちはの家紋が入った服を着ている男。
自分よりも5歳ほど年上に見えるその男は、声に見合う程の優しい口調で問いかけてくる。
化け狐か、なんて聞かれていれば問答無用でその手を叩き落としていただろうが、男の言いたい事はそんな事では無いように思えた。
「そうか。…俺はうちはイタチ。うちはに、何か用でもあった?」
イタチの問いかけに、ナルトは静かに首を振る。
用が無いともなると、何故彼がこんな所に居るのかが分からず、イタチは少しの間考える。
そして右手に持っている袋を目にとめて、もう一度笑顔を向けた。
「もし暇なら、だんご でもどうかな。家に君と同じくらいの弟が居るんだ。…嫌じゃなければ、だけど」
「………なんで、」
漸く、そこで初めてナルトが言葉を発した。
青い、深海を連想させる色を湛えた目でイタチを見上げながら、純粋な疑問を口にしているらしかった。
何故、俺なんかを誘うのかと。
「……俺が、君と仲良くしたいと思ったから…ではダメかな」
理解が出来ないとナルトは思う。
里の全員に嫌われているのだと思っていた。
だから目の前の男が理解できなかった。
今までも優しい顔をして近寄ったかと思うと、あっという間に豹変する大人は何人か見てきたけれど、イタチと名乗る男にそういった雰囲気は見受けられない。
純粋に自分を身内に入れようとしている男。
ナルトには、その存在が奇妙なものに見えた。
∞
父さん。
夜も深くなってきた頃に、イタチは暗部から戻ると静かに父・フガクの部屋へ向かった。
蝋を一本立て、じっと巻物を眺めていたフガクは、すい と目をやる。
大きな丸い月の下で、イタチが静かに頭を下げていた。
「俺の提案を、少しでも良いので聞いてはいただけませんか」
「………」
その真意を測ろうとしたが、一族の中でも天才児のように言われているイタチを推し量るのは難しいものがあった。
例え息子であろうと、それが叶わない事に、フガクは自分の至らなさを痛感する。
「……言ってみなさい」
「はい、」
うずまきナルトの事です。
そんな切り口で話を始めたイタチに、フガクの眉が一瞬跳ねる。
うずまきナルト。
その名を知らない者はこの里には居ないだろう。
その身に九尾の狐を宿している人柱力。
里の脅威にもなるが、ある種他里と渡り合っていくための兵器的な存在。
それが故意であろうとあるまいと、少年の父である四代目火影・ミナトによって人とは違うモノとなってしまった哀れな少年。
ミナトの意図するところは、今となっては"死人に口なし"ではあるが、里中に嫌われている息子のそんな姿を望んだ訳ではない事しか理解することができない。
…一緒のアカデミーだったにも関わらず、自分にはそれくらいしかわかってやる事が出来ない。
そんな少年が、今日、イタチの手に連れられてうちは の敷居を跨いだ。
その年では有り得ない程に無口で、表情を見せない少年だった。
ナルトの母であるクシナや、ミナトと同期だったミコトもフガクも、なんと声を掛ければ良いのかわからず。
ミコトに至っては終始悲痛な顔を隠せていなかった。
けれど気まずさに包まれそうな空気を壊したのは、イタチの弟でありナルトと同じ年の少年、サスケだ。
何かと兄を慕う彼は、その日、珍しくもイタチより先にナルトへと声を掛けた。
「…俺、うちはサスケ!お前は?」
「………うずまき、ナルト」
何を感じたのかはわからない。
それでも、ナルトのその深い海底を思い起こさせるような瞳が、一瞬だけ美しい晴れ空のような色になったのを、その場に居た者たちが確かに見ていた。
ナルトとサスケは気付くととても仲が良くなっていた。
まるで兄弟のような二人が遊ぶのを見ているうちに、空も茜色に染まり始めた。
「ナルトくん。そろそろ家へ帰った方が良いんじゃないか?」
お家の人が心配する…、そう言いかけて、彼には家に待つ人間など居ない事を思い出した。
無表情の中に垣間見える、寂しげな色。
ミコトが夕食の準備に取り掛かりながら笑う。
「もしナルトくんが良ければだけど、泊っていく?」
「!いいの!?母さん」
「いいわよ」
サスケの喜びように、イタチは兄として頬が緩む。
ナルトは、そんなサスケの様子を眺めた後に、静かに頭を下げた。
今日のナルトとサスケを思い出しながら、イタチは言う。
「ナルトくんを、うちは の家で預かってはどうですか」
「…何だと?」
意味を求めるフガクに対し、イタチの顔はどこまでも凪いでいた。
それはある種の決意を秘めたような表情で、フガクは息を呑む。
イタチが、うちは と木の葉で板挟みになっている事は理解っているつもりだった。
それでも、その砂漠の中でオアシスを見つけたような顔を見て、そんな甘いものでは無かったことを思い知る。
イタチは、今回の話に人生の全てを掛けようとしているのだ。
「…父さんももう気付いてるかもしれませんが、木の葉の上層部は九尾襲撃事件の犯人をうちは だと疑っています。けれど今此処に居る者の中に、そのような事をする人間が居たという事実はない。…なら、その九尾を宿したうずまきナルトを家に置くことで、我々の安全性を証明すればいいのです。聞く話によると、三代目はうずまきナルトの生活を心底心配しているようで。そういった面でも信用を勝ち得る事が出来るのではないでしょうか」
イタチの言葉は、果たして的を射ていたように思う。
ここ最近、うちは を断罪しようとする木の葉の上層部との間でいざこざが絶えないのは周知の事だ。
温厚なフガク自身ですらクーデターを企てようとするくらいには、そんな現状に辟易していた。
――だが、もし全てを平和的に解決出来るというのであれば。
「…――、イタチ、三代目への手紙を届けてくれるか」
「!……父さん…、ありがとう」
フガクは、そこで初めてイタチを救ったような気持ちになった。
月の下で見えたイタチの顔は、涙で濡れていたように思う。
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