暁
「こんなとこにおったのか」
木の葉の舞い落ちる木の下でナルトはぼんやりと空を見上げていた。
その目は不思議なほどに凪いでいて、見ている者の気持ちすら落ち着かせるような雰囲気すら漂わせている。
自来也はいやに達観したその姿に言い知れぬ不安を感じた。
「………なんか用か」
「なんだァ?用がなけりゃ話ちゃいかんのか」
ウザ絡みするなと言いたげな顔。
かつての教え子夫婦の血を引いているけれど、同じようで全く違うその顔に懐かしさを覚え、自来也は笑う。
自来也にはナルトが予言の子だという自信があった。
なれば自分が導いてやらねばならないと。
それを本人が望もうが望むまいが、それが自分の使命なのだと。
けれどナルトは自来也に師事することを望まない。
どうしてだか引き離すような言動ばかりをとる。
「…ナルトよ、ワシと取材旅行に行くぞ」
なぜ俺なんだと言いたげな視線を跳ね除け、自来也は強引にその手を引く。
ナルトは嫌そうに顔を顰めたが、その手を跳ね除ける気はないようだった。
「…行ってもいいが、一つ条件がある」
「条件だと?」
思っても見なかった申し出に目を瞬かせた自来也は、ナルトの口から出た言葉に静かに目を見開いた。
「うちはサスケを一緒に連れて行け」
∞
その様相から感じ取れるおぞましさに、カカシは知らぬうちに息を呑んでいた。
屋台船の通る川の端で、不気味な赤い雲の描かれた黒い外套を来た男が2人、木ノ葉の実力者上忍たちと対峙している。
カカシ、イタチ、紅、アスマの4人は、鬼鮫と名乗った男の横に立っているもう1人の男を見て、嫌悪感が湧き上がるのを抑えられなかった。
別に何かをされたと言うわけでもないのに、この心の底からくる拒絶心が理解できない。
見ているだけでも精神を侵されるような存在感。
顔の半分は火傷か何かの影響で爛れていた。
虚な目の焦点は曖昧で、こことはどこか別の場所を見ているような気さえしてくる。
ぶつぶつと何かを呟いており、口の端から泡をこぼしていた。
鬼鮫はすでに馴れてしまっているのか、様子のおかしい相方に何を言うでもなく不躾に言葉を投げかけてきた。
「彼のことは気にしないでください。刺激しなければ結構面白い術を色々とお持ちの方なんですよ」
「水の国の抜け忍である干柿鬼鮫が、木ノ葉の里に一体何の用だ」
「いえ何。四代目火影の遺産をね…」
「四代目の遺産だと?」
イタチの警戒心が強まる。
カカシは以前自来也から聞いた話を思い出していた。
大蛇丸についての情報から芋づる式に聞いた暁という組織の話を。
S級犯罪者ばかりを集めた組織で、どうも九尾を狙っているらしいという話。
つまり、目の前にいる2人こそ、その暁という組織の一員ということに他ならない。
「貴様ら、暁の連中か。狙いはナルトの中の九尾だろう」
カカシの言葉に、鬼鮫が目を見開いたあと、仕方なさそうに笑った。
おかしい反応だった。
暁だとバレたことに対する驚愕ではない。
そのやれやれと言いたげな顔つきは、どちらかというと俺達でなく――、横の…、
「な る ト 、 ?」
空気が、凍る。
暗い昏い地底から何かに、誰かに、ナニか、に、覗き込まれているような気さえしてくる。
「カカシ、…さん」
流石にヤバい。
イタチでさえもそう感じたのか、写輪眼を見開いて男を見ている。
おかしい。
何か術を使ったわけでも無いのに、まるで金縛りにあったみたいに身体が動かない。
「凄いでしょう。彼はね、その狂気で人の精神を不安定にさせる生粋の狂人なのですよ。まともな精神で相対すれば、下手をするとその者も狂気に引きずり込まれ、精神異常をきたしてしまう…」
「うぅぅぁあ……、ああぅぅ、」
「まあお陰で、この通りに人間の様相では無くなってしまっていますがねぇ」
涎をぼたぼたと垂らしながら此方を睨みつける男の眼には闇が広がっている。
呑まれる。
呑まれる。
呑まれる。
ああ、俺の中身が放り出され、やがては裂かれて捏ねられて細切れにされてぐちゃぐちゃのミンチみたいになってそこに無い筈の何かに取り込まれるのか。
暗闇の中でオビトとリンが笑っている。
なつかしい姿でこちらに手を振っている。
俺も懐かしい気分でそちらにかけていく。
いきていたのか二人とも。
こっちを指さして。
おいで、とてまねきをしている二人が。
わらって。
わらった。
わ。
おれは。だれだ。
、
「―――カカシさん!!!」
腕に激痛が走る。
間一髪で叫び声を飲み込んで顔を上げれば、息を荒くしたイタチが血に濡れたクナイを片手にこちらを睨み付けていた。
後ろでは、アスマと紅が同じように手から血を流している。
「俺は…今…」
「意識を強く持ってください。あの男の狂気に呑まれてはダメです」
一瞬だけ見えた何かは幻術では無かった。
ぞっとする。
己の狂気で幻覚を見せるほどに精神を狂わせられる人間が居る事に。
男は、相変わらずじっとりとした嫌な黒い目でこちらを見ていた。
「さて、正気に戻ったところで写輪眼を持ったお二人と是非お手合わせ願いたい」
後ろの大剣に手を添えた鬼鮫は、しかし突然現れた何者かに瞬時に身を避けた。
男もはるか後方に下がっていく。
物凄い風力と共に現れた竜巻のような男。
「マイト・ガイ!参上!!」
「ガイ…」
白い歯をきらりと見せて笑った男は、そのつぶらで小さな黒い瞳を二人に向ける。
先程まで漂っていた陰鬱な空気を吹き飛ばしてくれるその雰囲気が、いつもならウザいと感じているはずなのに、何故か今この場ではとてつもなく頼もしいものに見える。
「………これまたアナタと相性の悪そうな男が現れたものですねぇ」
鬼鮫が、後ろに居る男を横目にそう言って笑った。
「今回は大人しく引く事にしましょう。我々の目的は此処に居ないようですしね」
「っ、待て!!」
アスマの声にニヤリと笑っただけで、鬼鮫は消えた。
男も、先程の取り乱しようとは打って変わって、無くした表情で此方を一瞥するとそのまま姿を消す。
後に残ったのは、水面に浮かぶ二人が今までいたと言う証拠である二つの波紋だけだった。
「むぅ。折角来たと言うのに…アイツらは何者だ?」
「…干柿鬼鮫が水の国の抜け忍というのはわかったが、もう一人の男は見たことも無い顔だった」
「なんにしたって、あんな狂気、常人じゃ耐えられないわ」
紅の言葉に、三人は静かに頷く。
イタチは心配げに顔を俯かせていた。
暁という組織の話は聞いた事があった。そんな危ない連中がナルトを狙っている。
正しくは、ナルトの中に居る九尾を。
尾獣を抜かれた人柱力の末路を、その存在を知る者達なら誰でもわかっている。
何故九尾を狙っているのか。何のために?
疑問は尽きない。
けれど一つ分かって居るのは。
(守らなくては)
実の弟と同じように可愛がっていた。
どこか達観したように、或いは諦観したように夕陽を眺めるナルトを思い出す。
利用した罪悪感は常にあったのだ。
うちはと木ノ葉のかけ橋として利用した事に対する罪悪感が。
けれどナルトは幼いながらにソレを否定した。
自分はそれを悪だとは思わない、だから謝らなくていいと。
ならば精一杯可愛がろうと思った。
罪滅ぼしではないけれど、愛情を与えたいと、純粋にそう思えた。
悲痛な面持ちで俯くイタチに、カカシはそっと肩に手を置いた。
「大丈夫だイタチ。ナルトは強い。それはお前も知っているだろう」
カカシも、そう信じていたいのかもしれない。
イタチは頷き、顔を上げる。
落ち込んでも居られない。
こうなれば、弟に徹底的に訓練をさせるしかない。
そう心に決めたイタチは、その時には知らなかったのだ。
―――サスケがナルトに連れられて自来也との取材旅行とやらに出たことを。
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