狙い
「なあ、ナルト」
「なんだ」
自来也は美女に連れられて何処かへと行ってしまった。なんだあれはと呆れつつも宿へと一足先に向かって、そこそこに重たい荷物を床へと下ろす。そのまま帰りを待つぐらいしかやる事が無い。手持無沙汰になった俺は、静かにベッドの上で目を閉じていたナルトに話しかける。
その声は、思ったよりも小さい声量になってしまった。
「この旅行、ホントはお前だけが自来也に誘われてたんだろ?」
「……」
「なんで俺を誘ったんだ?」
直接そうだと言われたわけでは無い。
けれども二人の面識がある様子と、俺と自来也に何の繋がりも無いという理由からその結論に至った。
だけど、何故ナルトが俺を誘ったのかの理由だけはどう考えてもわからなかった。
まあ誘われたその時は感極まるあまりに思い切り抱き着いてしまい、手厚い拳骨を二発ほどいただいたのだが。
そこからは居てもたっても居られず、急いで家に帰ると必要なものだけをカバンに詰めてから、父さんと母さんに話もそこそこで出てきてしまった。
兄さんに関しては顔を合わせてすら居ない。暗部の仕事で出ていたので仕方がないのだけれど、今更ながらにほんの少し不安だ。父さんと母さんの説明に任せるしかない。
奴はああ見えて俺やナルトに対して酷く過保護な面を持つ。
ナルトには「鏡見ろ」などと言われたが。
思考が少し脱線したが、俺は当初の疑問に答えて貰うべく、黙り込んだナルトの顔を見続けた。
黙って大人しくしてろの一点張りかと思いきや、何かを考えるような仕草を見せたナルトは、暫しの沈黙の後に口を開いた。
「お前にはこの取材旅行を通じてある術を取得してもらう」
「術…?」
「螺旋丸だ」
「えっ」
ナルトが手の平に作り出したそれは、今まで幾度となく見たあの術だった。
チャクラで固められた球体と、そこに混ざる風。
戦闘時より威力は弱くしてあるが、当てられれば軽く吹っ飛ぶであろうそれ。
けれど、ナルトのその術は俺の千鳥のようなものでは無いのだろうか。謂わば十八番の術。
何故そんなものを俺に教えるのかが益々わからなくて、首を傾げるしかない。
ナルトは一つ溜息を吐くと、螺旋丸をそっと消した。
「理由は勿論あるが、今のお前に話しても意味を成さないどころか、余計話をややこしくするだけだ。兎に角、これから先必要になるかもしれねェから言われた通り取得してろ」
「…なんでそんな事わかんだよ」
「…良いだろうが、強くなれんだから」
最後はやはり適当にあしらわれた。
片手であっちへ行けと手を振ったナルトに、これ以上聞き出そうとしても機嫌を損ねるだけだろう。
これから必要になる。
その言葉に何か引っかかりを覚えなくも無かったが、俺は大人しく身を引いた。
∞
コンコン、
外の喧騒のみが響き渡っていた部屋に、軽快なノックの音が広がる。
ノックをしたということは自来也ではない。
従業員だろうか。
ナルトにお前が行けと言われる前に立ち上がり、寝そべっていたベッドから離れようとするが、それを静止したのはナルトだった。
「俺が出るからテメェはここにいろ」
いつもであれば面倒な雑用は全て俺に任せるというのに、今日のナルトはなんだか変だ。
訝しげに黙り込む俺の横を通り過ぎ、ナルトは未だ気配の消えない扉の前に立った。
静かにノブを回し、ドアを開いていく。
───扉の向こうから現れたのは、赤い雲のマークが描かれた黒い外套を着た、二人組の男だった。
何か言葉を発するより先に、繰り出された鋭く光る何かを、
「っ!?」
片手で受け止めたナルトは、そのまま腕を粉砕した。
聞くに耐えない、骨や皮膚の砕け散る音が響く。
それよりも驚いたのは、腕をめちゃくちゃにされた男が苦痛や痛みに顔を歪めるでもなく平然としたままナルトから目を離さない事。
鉄錆の匂いが辺りに充満する。
手首から先が消失したことにより、今まで男に握られていたクナイが重い音と共に床に落下した。
「随分な挨拶じゃねえか。来て早々殺しにかかるなんて」
「そういう割には此方の動きを見切っていたように思えますが?」
鮫のような相貌の男は、笑みを浮かべながら軽口を返す。その笑みは心底楽しそうで、腕を無くした仲間のことなど一切気にかけていないようだった。
異様な空気に、ベッドから立ち上がりかけた中途半端な体勢のまま息を呑む。
片手に付着したそれらを嫌そうに一瞥して、ナルトは笑った。
「んで?何の用だ?S級犯罪者集団暁のメンバーが」
「おや、知っていましたか。これは益々興味が湧きますねえ」
「……あ、アァ、うず、うずまき…」
「今は抑えてくださいね。九尾を抜き取る前に殺してしまうなんて失態、犯すわけにはいかないでしょう?九尾を抜いたその後は骸をどうしようと貴方の勝手なんですから」
顔の半分に火傷を負った男が、先程から息を荒くし、ひどく興奮した様子でぶつぶつと不明呂なことを呟きながらナルトを見ていた。
何かに喜んでいるようなその様相に、若干鳥肌が立つ。
同時に、精神を掻き乱すような不快感に襲われた。
奴らは目的など端から隠す気が無いらしい。
九尾が狙いだと、鮫の男は言う。
一度だけ見ることが出来たあの狐。
視線を向けた先のナルトは、此方に背を向けたまま2人を無表情に見やっているだけだった。
「というわけで、九尾の人柱力。貴方には我々について来てもらいますよ」
「はいそうですか、って付いて行くとも思ってねぇんだろ?」
「ええ。なので足の一本や二本は置いてから付いてきて貰うことにしましょうか」
鮫男は、その背中にある大きな刀を手にして、嫌な笑みを浮かべる。
詳しいことは何もわかっていないが、こいつらがナルトを傷付けようとしている事だけはわかる。
そうはさせるかと、俺も急いでナルトの隣に並び立った。
先程から何かを呟いていた男が、手のひらを此方へ向ける。
何かをしてくると身構えた瞬間、ナルトに物凄い力で突き飛ばされ、廊下の方に転がされた。何をするんだという叫びは、物凄い爆発音と爆風に封じられる。咄嗟に振り向いた先で、部屋の中から煙が上がっていた。
「──ナルトッッッ!!!!!」
「あのー、私の話聞いてました?九尾抜き取る前に殺したらどうするんです?」
「……殺すようなレベルじゃ無い。酷くて全身火傷程度だ」
冗談じゃない。
扉の蝶番が襲ってきた熱によって溶けかかっている。
あんなものに人間が直撃して無事に生きていられるわけがない。
唖然と膝をついたまま、俺は呑気にかわされる敵二人の言葉を聞いているしかない。
(───殺す)
やがてそれは殺意に変わる。
よくも、よくも大事な弟を……!!!
目が熱い。
鋭い痛みに襲われたが、そんなものが気にならない程の憎悪が滲み出る。
「ほう。これは…!」
鮫面の男が此方を見ながら何かに感心したように声を上げる。物凄い力が体の底から湧き上がり、全てを薙ぎ払えそうな気分に襲われたその瞬間。
「──落ち着け」
声がした。
はっとして振り向くと、いつの間にそこに移動していたのか、相変わらずの無表情のままナルトが立っていた。その手は俺の肩に置かれており、人間の生きている熱を伝えて来ている。
「な、なる…」
「…なに情けない顔してんだ」
「し、死んだかと…」
「馬鹿が、勝手に殺すな」
その軽口に、心底安心した自分がいた。
火傷男は、傷一つ無くそこに立っているナルトを見て忌々しげに舌打ちを溢す。
「派手にぶち壊しやがって、修繕費置いてけよクズ共」
「生憎ですが、金を貰ってやる仕事じゃ無いものでして」
「どこまでも減らず愚痴を…」
ぞわりと、身の毛のよだつようなチャクラが身体から滲み出る。
チャクラ自体が襲いかかってきそうな程の殺気を孕んで、今にも爆発しそうだ。
ナルトの殺気に、冷や汗が流れる。
いつまで経ってもこいつの醸し出す殺意には慣れない。心臓を凍らされたような感覚を覚えて、動くのも億劫になるほどの敵意。
鮫男もその殺気に、流石にふざけた姿勢を正して身構える。
仕切り直しの戦闘が始まるかと思われた時だった。
「お前ら、ワシのことを知らなすぎるのォ……、男 自来也、女の誘いに乗るよりゃあ口説き落とすがめっぽう得意ってな……」
煙と共に現れた自来也が、別れる前に付いて行った女を担いで立っていた。
どうやら、女自体何かしらの幻術に掛けられていたらしい。
「ふむ、これは少々分が悪い。九尾の子供も何やらとんでもない隠し玉を持っていそうですしね。今日のところは大人しく退散しますか」
「ワシがそう易々と逃がすと思うか?」
気付くと、廊下だった場所の壁が生々しい肉の通路に変化していた。
蝦蟇の食堂を口寄せしたなどと自来也は言う。
(つまり俺達、蛙に食べられる寸前ってことか!?)
慌てふためく俺に、ナルトが落ち着けと一言添えてから睨み付けてくる。
お前はそれでも忍者かと言外に言われたような。
「神に逆らう愚か者よ。いずれその身をもってして神の供物となるがいい」
火傷男の謎の言葉を残して、二人が走り出す。
逃がすかと自来也も力を籠める。肉の壁が段々と狭まり、二人を捕食しようと動き出した。やがて姿が見えなくなった頃に、自来也が唖然とした表情で立ち上がり、二人が逃げた方へ走っていく。
「どうしたんだ!?」
俺達も後を追って向かえば、肉壁の先にぽっかりと穴が開いていた。
縁にはメラメラと燃え盛る炎が残って、そのまま肉の焼ける生臭い匂いが辺りに充満している。
二人は何らかの術で逃げおおせたのだと知る。
自来也も術を解けば、そこはあっという間に元の廊下へと戻っていた。
どっと押し寄せてきた疲れに、壁伝いに座り込む。
ナルトは、そんな俺を見て鼻で笑った。
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