05
彼と同居してから半年。
色んな不安が募っていた彼との同居生活は順調に進んでいた。拙かった気持ちの発露も徐々に上手くなっていた。感情を大きく表出することが増えたわけではないが、彼が今どう思っているのかがわかるようになった。
彼の好きな食べ物も、半年経った今では当たり前にわかる。それを食べた時のわずかな表情の変化があることも。
そんな私と彼の週末は特別な日になっていた。
凪砂くんは食事管理を厳しくされていて、必要以上のカロリーを摂取してはいけないことになっている。これは七種くんの意向であって、彼自身もその考えを尊重している。ファンに愛されるようなアイドルとして高められる部分は高めたいという考えだからだ。
「……私、すぐに大きくなってしまうから」
と、彼が言った時には不思議と納得してしまった自分もいる。育ち盛りな上、筋肉がつきやすい体質なのか、放っておくと体格が良くなってしまう。
私としては体格がいい彼も素敵だと思うが、衣装等の問題でやはり体型は慎重に管理しなくてはいけないようだ。
頭では理解している一方で、彼も多少の不満を抱いている。それは、大好きなチョコレートを好きなだけ食べられないことだ。
以前、私がバレンタインデーの日にチョコレートを贈ってから、宝石のように輝く金箔とドライフルーツの装飾に心を奪われたようだった。更にはその食感も彼のお好みのようで、ひとたび口の中に入れれば蕩けるように消えていくその感覚がたまらなく気に入っていた。
それから、チョコレート以外のスイーツにも興味を向けるようになり、七種くんを説得するのに時間がかかった。彼が考案してくれたのが「週末だけ」、「彼女が見ている前で」という条件付きでスイーツを食べても良いということだった。あの時の彼の瞳の輝きは忘れられない。
美味しそうに食べている彼の様子を眺めるのが好きな私に、「君も一緒に食べよう」と声をかけてくれたので、毎週いろいろなスイーツを食べる口実が出来ていた。
週末は、スイーツを食べるだけではなく、週の出来事を話したりする、会話の機会でもあった。
「……今度、夢ノ咲の子たちとライブをするらしい。夏に日和くんが一緒にしていた子たち」
「あぁ、『サマーライブ』の時のユニットのことかな? あのステージ、日和くんたちが夏を代表してるみたいに素敵なライブだったよね」
「……うん。茨から能力値の高い子がいると聞いているから、一緒にライブをするのが楽しみだ」
淡々と話しているようで彼にとっては楽しみで仕方ないのだろう。少しだけ上がる口角と柔らかい雰囲気が物語っていた。夢ノ咲にいい思い出は少ないだろうけど、彼の好奇心を触発して、希望を見せてくれる子たちなのであれば、彼も未来を明るいものにしたいと思うだろうか。
いずれにせよ、彼らとの出会いが、凪砂くんを良い方向へと導いてくれたらと強く願った。
「あ。チョコレート溶けちゃうかも。今日は生チョコレートだから早く食べなきゃ」
「うん」
話に夢中で、肝心のメインイベントを忘れるところだった。
箱からチョコレートを取ると、ココアパウダーがほろほろと落ちる。それを口に運ぶと、とろりと口の中で蕩ける食感が溜まらない。彼も一口だけ含むとぱあっと表情が明るくなった。
「美味しい?」
こくりと頷いた彼は目をきらきらと輝かせていて可愛らしかった。愛おしさから思わず吹き出した私を余所に、私への返事を答えた。
「……不思議だね。見ているだけだとただの固形物なのに、触ると徐々に溶けて、ひとたび口の中に入れたら蕩けてなくなってしまうのだから」
心なしか、頬が緩んで口角が上がったように見えた。初めて自分で好きだと主張できた食べ物だから、嬉しいのだろう。興味や関心から好きに変わることは珍しいことではないが、彼にとってはそれが大きな進歩なのだから。
こうして穏やかで幸せに満ちた時間を過ごせることが嬉しくて、いつも以上にだらしない笑顔を浮かべているだろう。彼の饒舌な姿が微笑ましい。
「ねえ、凪砂くん」
私の呼びかけに、彼はチョコレートから視線を動かした。その目にはハテナマークが見えた。
「忙しい日が続いてもこうして毎週ゆっくりできる時間があれば嬉しいね」
我ながら突拍子もないことを言っている。これは本心だ。今彼に伝えたいと思ったこと。彼も私の言葉の意味を汲み取ったのか、目を細めた。
「……うん。君とゆったり過ごす時がこれからも続いたら嬉しいな」
ふふっと笑い合いながら幸せに浸る。平和な休日と彼の笑顔に、心の底から充足感がわいてきた。
「来週も美味しいスイーツがありそうだったらたくさん買ってくるね」
「……ありがとう」
この週末の日を過ごし始めてから、彼もリラックスする時間が増え、私も彼とじっくりと向き合う時間が増えた。そのおかげもあってか、彼がよく温かい雰囲気を醸し出すようになった気がする。『幸せオーラ』というのだろうか。毎週、彼の笑顔を見るのが私の楽しみになっていた。