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 今日は朝早くの収録から夜までびっしりとスケジュールが入っていたようで、夜遅くに来ることになった。疲れている彼には申し訳ないが、明日に引き伸ばしてはダメだと思った。早いうちに話してしまわないと後悔するから。彼も複雑な気持ちのままでいるのも悲しいはずだ。

 インターホンが鳴った。いつもは鳴らない音に緊張して足早に玄関に向かった。

「いらっしゃい……は変だよね。おかえりなさい」
「……ただいま」

 玄関のドアを開けると、疲れが溜まってそうな笑顔の彼が現れた。
 この一日でどれだけ彼を追い込んでしまったのだろうか。日和くんの話によると、今日のお仕事も突然凪砂くんが七種くんに頼んだことだったようだ。何も考えずにいられるから、と。
 これで何かを察した日和くんが私の元へと来たということだったようだ。


 リビングへと案内していつもの位置に座る。一日も経っていないのにこの光景が再び見られたことに感動を覚える。
 コーヒーを淹れて彼へと差し出した。

「凪砂くん、早速で申し訳ないんだけど、話があるの」
「……うん」
「私は、凪砂くんのこと応援したい。アイドルとして、輝く姿を見ていたいと思うから。でも、今の私には前みたいに純粋な気持ちで凪砂くんのことを見れないから、少しだけ避けていたの。凪砂くんのことを男性として意識すればするほど、私はどうしたらいいかわからなくなって」

 彼が私の話に耳を傾けてくれる。自己満足に思われるかもしれないが、伝えたいことを伝えられた。一つだけ、重要な言葉は言えてないが、それは彼次第になってしまうからまだ言えない。
 私の話を真剣に聞いてくれていた彼が口を開いた。

「……君を、愛しているんだ。私は君にとって未熟な存在かもしれない。どれだけ知見を得ても、本を読んでも、君という存在と対峙するとなると、意味をなさない。君の声を、表情を、優しさを。そして、私に対する愛を感じるたびに、理屈では解決できないことが分かるんだ。この『愛』は親しい友人として想うものではなくて、君をひとりの女性として愛してるということ」

 彼から溢れるひとつひとつの言葉は、私への気持ちに着地点が見つかったようだった。唇を噛んで視界が霞まないよう耐える。彼の誠実な想いをひしひしと感じて、胸が痛む。
 私の身勝手な言動で今までの関係を終わらせたのだから、今更になって彼が欲しいなんて言えないと思っていた。が、彼が私を必要としてくれるのなら、それでいいのではないかと思えてしまう。

「凪砂くん、ごめんね。凪砂くんの気持ちを無視して世間体ばかりを気にして……」

 保守的になり自分に言い訳をしていた。彼よりも大人だから、彼とは住む世界が違うからと遠慮をして。

「……君が待っていてほしいと言うなら、私は君を待っているから大丈夫。君のことなら待てると思うんだ。時が移り行き、君が私を置いて遠くに行ったとしても、私は君を待つよ。だから、君も時が満ちたら、私の元へと戻ってきてくれる?」

 いつもは多くを語らない彼が私への想いを綴ってくれる。彼の言葉に、涙が止まらなかった。今すぐにでも触れたいと思う私の気持ちとは反対に、彼の成熟した考えが浮き彫りになる。

「……これは私の我儘だよ。君なら私を赦してくれるという信頼の証」

 乾いた口を潤すように唾を飲み込んだ。意を決して、言葉を紡ぐ。

「ありがとう。許す許さないだなんて、そんなこと言わないよ。ただ、凪砂くんが私のことを好きって言ってくれる。それだけで嬉しい」
「……じゃあ、待たなくてもいいの?」
「うん。もちろん」

 彼の熱い言葉に、鼻先がツンと疼いた。

「そう。やっぱり近くにいた方がいいね」
「え……?」
「こうして君の涙を拭うことも、できるから」

 いつの間にかポタリとこぼれ落ちていた涙。泣いている場合ではないのに。彼に私の素直な気持ちを言わなければ。

「私も、凪砂くんが好き。凪砂くんがアイドルとして輝き続けることも、愛されることも、私にとっては嬉しいからアイドルの凪砂くんを独り占めしたいなんんて烏滸がましいことは思わないよ。ただ、ありのままの凪砂くんをこれからもずっと側で見守っていたいの」

 涙が溢れて詰まりそうになる声を必死に出した。

「……うん。君と、確かな関係を築きたいんだ。友人でもなく姉弟ではない、この関係に名前がほしい」

 堪えるのも意味を為さないほど大粒の涙で視界が滲む。喉を震わせながら頷くと私の頬をするりとひと撫でした。壊れものを扱うように、愛しいものに触れるように、そんな手つきで優しさを感じた。

「……付き合って、ください。生涯、私が一人の女性として愛するのは君だけだよ。君と永遠を共に過ごしたい」

 世間一般で言えば重いであろうその言葉は私にとっては何にも代えがたい熱烈な愛の告白だった。

「よろしくお願いします」

 涙でぐちゃぐちゃな私の顔を見た彼が愛おしそうに頬を撫でた。

「……私は、君にすべてを捧げるよ」
「ふふ」

 私が笑うと不思議そうな表情をする。予想とは真逆だった。彼は存外ロマンチストで歯の浮くようなセリフを積極的に使う。そんなひとだった。

「凪砂くんなら、『私はものではないからあげることができないよ』って言うかなって」
「……ああ、そんなこと。私はものではないけど、この『愛』は君だけのものだから。私のすべてを君に捧げるんだ」

 得意げにしていた。それが可笑しくて頬が緩む。

「……これで、君と私は『恋人関係』だね」

 噛み締めるように彼が呟いた。