十六夜が姿を消したのはこれで二度目だ。一度目はあの大火の日、家を襲った男たちの討ち漏らしに連れ去られてしまった日。そして二度目は今朝。
珍しくなかなか起きてこない近藤さんを起こそうと寝所に入ると、グースカ寝こけている近藤さんの首元に刀が突き立てられていた。
「ッ、近藤さん!」
「んぁ、なんだよトシぃ朝っぱらから……おわァ!?」
幸いにも近藤さんに怪我はなかった。すぐ近くの畳に刀を刺されているのに気付かず寝ているのは真選組の大将としてあまり褒められたことではないが、ひとまず安心した。それから他の被害を確認しようと屯所内を見て回って、被害だけでなく十六夜の姿もないことに気づいた。
十六夜に与えた部屋に入れば、不自然なほど片付いていた。まるで最初からこの部屋を使っていた人間などいなかったかのように。学用品を含む十六夜の荷物が全てなくなっているのだと気づくのに時間はかからなかった。
状況だけ見れば十六夜が下手人だろう。けれどもそう信じたくはなかった。
念のため山崎に刀を調べさせれば、指紋こそ残っていないが十六夜の所有していたものだと分かった。一歩、十六夜が犯人であるという結論に近づいてしまった。
「冗談にしては質が悪ィや。あいつの実力は知ってるでしょう? 寝込みを襲って、首を取れないわけがない」
「総悟の言う通りだ。十六夜がいないのも、下手人に攫われた可能性だって」
「幼いころならいざ知らず、今の十六夜さんが攫われることの方が可能性は低いんじゃないですか? 局長、沖田隊長も、信じたくないのはわかります。俺だってそうだ。けど……」
「チッ……なんで何も言わないんですかィ土方さん。あんた、あいつの兄貴でしょう」
何も言えなかった。十六夜を信じたい情と、犯人は十六夜だと訴える理性がせめぎ合って気がおかしくなりそうだ。ただ、ああそうだ、十六夜なら、隊士の誰にも気取らせずに自分の痕跡を消し、近藤さんの寝所に侵入するのも容易なんじゃないか。いや、十六夜はそんなことをする奴じゃない。あいつは……俺は、あいつの何を知ってる?
「トシ!」
近藤さんの声にハッと我に返れば、心配そうにこちらを窺う山崎と不安そうな顔をする総悟が視界に飛び込んでくる。
「トシ、俺はお前の判断に沿う。兄貴であるお前が覚悟を決めなきゃ、何も進めねえよ」
「近藤さん……」
とりあえずこの件は、ここにいる四人で内密に捜査することとなった。隊士たちに公表するか否かは俺の判断次第だと近藤さんが決めた。
その日の午後、政府の方の警察庁から連絡が入った。何でも裏で真選組局長が死んだとの情報が入ったとのことだった。俺たちは首を傾げる。だって近藤さんは生きている――ふと、今朝のこと、十六夜のことが頭をよぎった。
近藤さんの存命を伝えれば、政府方は「近藤局長はしばらく表に出ず、様子を見るように」とのことだった。どの筋からの情報なのかも明かされないままだったが、俺にはどうしても十六夜が関係しているように思えた。
だから、隊士たち全員を集めた。十六夜が行方不明であること、近藤さんがこれから動きにくくなることをかいつまんで説明し、なるべく普段通りの仕事をしつつ十六夜の情報を少しずつ集めるよう命じた。刀のこと、近藤さんが死んだことになっていることは言わなかった。混乱を招けば敵に隙を突かれる可能性が高まるからだ。馬鹿な者も賢い者も、何も言わなかった。そういう決定なのだと受け入れたのだろう。
巡回の範囲も少しずつ、江戸の外にまで手を広げていった。東京の中でも事件の発生率の高い米花や杯戸まで足を運ぶ。何度か事件にも巻き込まれ、そのたびに居合わせる探偵たちにも探りを入れたりなんかしているが、なかなか手掛かりはつかめない。
「真選組のお兄さんたちは、どうしてこんなところにいるの? 制服を着ているってことはお仕事中なんだよね? でも僕、真選組の担当範囲は江戸の中だけって聞いたことあるよ」
いやに賢いその小学生は、大抵の現場に居合わせていた。もちろん内部情報を部外者に漏らすことなんてあってはならないし、相手はまだ一桁のガキ。適当にあしらっていたのだが、これがなかなか粘着質で厄介だった。
「最近、江戸じゃ俺たちに嗅ぎつけられるってんで東京に逃げ出す攘夷浪士が増えてんだよ。お前もテロに巻き込まれないようせいぜい気を付けな、ボウズ」
別に噓をついているわけじゃない。江戸の外に出る浪士が増えているのは事実だ。実際、強盗なんかの犯人が攘夷浪士だってんで政府方と共同戦線を張ったこともある。もちろん本命は十六夜だが、そういった取り締まりの強化も大切な仕事である。
そういえば、眼鏡のボウズの周りには同級生だろう小学生が数人いることも多い。その中に一人、十六夜と雰囲気の似たガキがいるのだ。刀に怯えてだろうか、ボウズ以外の子供がこちらに話しかけてくることはないが、いつかは話を聞く必要が出てくるかもしれない。
十六夜があのくらいの年の頃、俺たちは離れ離れだった。薄情にも俺は十六夜が生きているだなんて思ってもみなかったし、あいつ自身も同じことを思っていたと聞いた。だけれども、もし十六夜があのくらいの頃に俺の隣にいたならば、もう少しくらい兄らしいことをしてやれたかもしれない。らしくもない“もしも”を考えながら吸った煙は、いつもより苦く感じた。